[2000年8月]
北海道において輪作体系の中核をなすてん菜は、同じく輪作体系の中核である小麦、馬鈴しょ、大豆、小豆に比較し、10a当たり労働時間が多いことから、より一層の省力化が求められています。こうした状況下、移植栽培においても増収・低コスト化を図るため、様々な試験研究が行われています。しかし、高齢化が進む現在では、重労働となる移植作業の大幅な省力化を図るためには、直播栽培を導入することが重要となっています。省力化には欠くことのできない直播栽培の導入における、問題点や対応策について、直播栽培に詳しい北海道立十勝農業試験場の梶山研究職員に執筆していただきました。
北海道立十勝農業試験場作物研究部
てん菜畑作園芸科研究職員 梶山 努
北海道の畑作農業におけるてんさい栽培の位置付け
北海道における畑作栽培は、稲作、酪農・畜産などと並ぶ北海道農業の基幹部門として展開されています。昭和60年からは、適正な輪作体系の確立による良質な畑作物の安定生産、価格制度の維持、農業経営の安定などを目的として、主要作物の麦類、豆類、馬鈴しょ、てん菜について「畑作物作付指標面積」を地域別に設定しています。その中でてん菜は、若干の年次変動があるものの、北海道畑作面積の約4分の1に当たる約7万ha前後で栽培されています。
てん菜作付農家戸数は年々減少を続けており、10年前に当たる平成元年では19,252戸であったのに対し、平成11年では11,924戸と約4割も減少しています。そのため、1戸当たりのてん菜作付面積が年々増加し、平成元年の3.74haに対し、平成11年では5.87haと約6割増加しています。
一方、農畜産物の価格は、昭和60年以降主な生産物の行政価格が下落し、価格低迷が続いています。こうした状況で、農業粗生産額の中で、昭和60年を境に生産額がのびているのは野菜と花卉のみで、その他は停滞しています。
以上のことから、今後の畑作経営においては、より一層大規模化するとともに、その一方で野菜等の収益性の高い作物を組み込んだ経営が増加すると考えられます。また、農業就業者の高齢化も進んでいます。農林水産省の「農畜産物生産費調査」(平成9年)によると、各畑作物の10a当たり労働時間は、小麦3.1、原料用馬鈴しょ9.1、大豆14.8、小豆12.7であるのに対し、てん菜(移植栽培)では19.0となっています。このように、他の畑作物と比較して労働時間が多いてん菜においては、より一層の省力化が求められています。
てん菜栽培の省力化
現在、北海道のてん菜栽培の約97%が紙筒を用いた移植栽培で行っています。移植栽培は、(1)生育期間の延長による増収効果の他に、(2)間引労力の省略節減、(3)土壌病害虫被害の軽減、(4)除草労力の節減、(5)播種量の節約等の目的で、昭和30年代後半以降、直播栽培から徐々に置き換わり、昭和40年代前半にはてん菜栽培面積のほぼ半分に達し、昭和50年前半にはほとんど移植栽培に移行しました。これによってha当たりの収量は昭和30年代の20トン台から激増し、現在では50トン台となりました。
このように大幅な増収をもたらした移植栽培ですが、移植作業は体力的にきつい作業です。紙筒の重さは1冊当たり約40〜60kgあり、1冊そのまま、もしくは2〜3分割して育苗ハウスから運び出してトラックに載せて圃場まで輸送します。その後、圃場でトラックから移植機に移し替えて移植を行います。これらの移動は、フォークリフトなどを利用している農家の方もいますが、多くは人力で行われています。また、10a当たりに紙筒が6冊必要ですので、ほぼ1戸当たりのてん菜栽培平均面積である6haでは、紙筒が360冊必要です。道東の大規模な農家では、20ha程度移植栽培でてん菜を栽培していますので、そのような農家では1,200冊以上の苗運搬を行っています。このことから、移植栽培による規模拡大を図るためには、徐々に現地で導入されている全自動移植機の更なる普及と、土詰作業から圃場運搬まで一貫した紙筒のハンドリング方法の検討が必要です。
直播栽培と移植栽培の労働時間の比較を表1に示しました。10a当たりの労働時間は、今から20年前の昭和55(1980)年では、移植栽培は約30時間、直播栽培は約27時間かかっていました。その後、両栽培法とも徐々に労働時間は減り、10年前の平成2(1990)年では、ともに約20時間程度となりました。
移植栽培では、苗床、移植、中耕・除草の各作業で省力化が図られています。苗床作業は、規模拡大による管理時間の省力化及び共同播種、育苗センターの利用などによって、移植作業は移植機構の改良(ホルダー方式からゴム円盤植付方式へ)及び自動苗選別装置の開発などによって、それぞれ省力化が図られました。直播栽培では間引、中耕・除草の各作業で省力化が図られています。間引作業は、単胚種子の利用による間引き作業の軽労化及び圃場発芽率及び播種精度の向上によってある程度点播が可能になったため、省力化が図られたと考えられます。また、移植、直播栽培とも中耕・除草作業が短縮されていますが、除草剤の効果的な使用(混用処理)、機械除草の改良などによって省力化が図られました。
そして現在では、移植栽培では全自動移植機やタッパー付収穫機の開発などによって、10a当たりの労働時間は19時間程度となっています。一方、直播栽培では、無間引き栽培が現地農家に普及しだしていることから10時間程度となり、一部では5時間程度という事例も見られるようになりました。
このように、てん菜栽培における省力化は、移植栽培自体の省力化を図る他に、直播栽培を導入することによって大幅な省力化を図ることが考えられます。
表1 作業部門別労働時間の推移(時間/10a)
作業名 |
1980年 |
1985年 |
1990年 |
直播 |
移植 |
直播 |
移植 |
直播 |
移植 |
苗 床 |
0.3 |
8.3 |
― |
6.6 |
― |
5.2 |
耕起及び整地 |
0.9 |
0.8 |
1.0 |
0.7 |
1.1 |
0.9 |
基 肥 | 0.7 | 1.0 | 1.6 | 1.0 | 1.0 | 0.8 |
播 種 | 1.9 | ― | 0.9 | ― | 2.6 | 0.8 |
移 植 | ― | 6.0 | ― | 4.4 | ― | 3.8 |
間 引 き | 6.2 | 0.0 | 7.2 | ― | 3.4 | 3.3 |
中耕・除草 | 11.4 | 6.6 | 9.4 | 5.6 | 7.1 | 4.7 |
防 除 | 0.6 | 0.7 | 0.9 | 0.8 | 0.7 | 0.7 |
追 肥 | 0.3 | 0.8 | 0.2 | 0.2 | 0.2 | 0.1 |
収 穫 | 4.1 | 5.3 | 4.5 | 4.2 | 4.3 | 3.5 |
その他管理 | 0.6 | 0.1 | 0.2 | 0.2 | 1.3 | 0.4 |
計 | 27.1 | 29.6 | 25.9 | 23.7 | 21.7 | 20.1 |
|
資料:農林水産省「生産費調査」 |
表2 直播栽培における根重(kg/10a)
| A農家 | B農家 | C農家 | D農家 | E農家 | F農家 | G農家 | H農家 | 平均 |
平成6年
平成7年
平成8年 |
3,500 (59) 5,100 (87) 3,670 (85) |
4,917 (87) 3,982 (80) 4,677 (104) |
5,353 (89) 4,935 (80) 4,659 (90) |
5,630 (85) 5,266 (81) 4,512 (79) |
4,174 (77) 5,203 (96) 4,580 (83) |
5,460 (96) 3,613 (74) 2,404 (60) |
5,900 (92) 4,270 (83) 4,009 (89) |
5,669 (99) 5,720 (103) 4,772 (98) |
5,075 (86) 4,761 (85) 4,160 (86) |
平 均 |
4,090 (76) |
4,525 (90) |
4,982 (86) |
5,136 (82) |
4,652 (86) |
3,826 (79) |
4,726 (88) |
5,387 (100) |
4,666 (85) |
|
注)( )内は各農家の地域における標準的な移植栽培農家に対する百分比 |
直播栽培について
直播栽培の話をした場合、移植栽培との収量差、省力化(労働時間)、無間引き栽培等について質問を受けます。それらについて、試験場の成績及び実態調査等から説明します。
平成6年から8年まで実施した「てん菜省力化生産モデル農家設置事業」における根重の調査結果を表2に示しました。この調査は、全道から既に直播栽培に取り組み実績のある農家を8戸選定(3カ年同一農家)して直播栽培農家とし、その各農家の地域における標準的な移植栽培をしている農家を移植栽培農家として比較検討した結果です。
全平均では、直播栽培の根重は移植栽培と比較して15%少ない結果となりました。しかし、年次、場所による差が大きく、特に、高温、干ばつで生育の停滞した現地(平成6年E農家)、立枯病、湿害が発生した現地(平成7年F農家)、薬害、風害が発生した現地(平成6年A農家)、圃場の低 pH が原因と思われる生育障害が発生した現地(平成8年F農家)などでは大きく減収していました。逆に移植栽培並みの収量を上げている現地(H農家)もありました。
次に各農家の労働時間を比較した結果を表3に示しました。その結果、全平均では42%少なく、10a当たりでは約10時間でした。しかし、平成8年のF農家では、生育障害の生育停滞により追肥、防除、除草作業等の圃場管理に時間がかかり、移植栽培並みの労働時間となりました。逆にA農家は3カ年ともほぼ5時間と省力化が図られていました。
このように、実際の生産現場における直播栽培は、移植栽培と比較して種々の障害(湿害、風害、病虫害等)の影響を受けて大きく減収する場合が認められました。また、これらの障害によって労働時間の増加を生じる場合も認められました。しかし、これらの障害を未然に防ぐ対策を作成、実行することにより、直播栽培はある程度安定的な所得を得ることができると考えられます。さらに、移植栽培より大きく省力化されることから、比較的大規模な畑作経営でもより高収益な作物を導入しやすい栽培法と言えます。
表3 直播栽培における労働時間(時間/10a)
| A農家 | B農家 | C農家 | D農家 | E農家 | F農家 | G農家 | H農家 | 平均 |
平成6年
平成7年
平成8年 |
4.5 (25) 4.7 (26) 4.9 (25) |
10.7 (49) 9.3 (57) 9.8 (55) |
10.2 (55) 11.0 (63) 8.5 (77) |
9.8 (56) 10.5 (76) 10.5 (72) |
12.8 (71) 12.9 (86) 13.4 (89) |
5.7 (48) 5.6 (50) 11.8 (106) |
6.5 (44) 5.0 (33) 9.2 (61) |
14.3 (70) 13.0 (64) 12.9 (63) |
9.3 (53) 9.0 (57) 10.1 (65) |
平 均 |
4.7 (25) |
9.9 (53) |
9.9 (64) |
10.2 (67) |
13.0 (81) |
7.7 (68) |
6.9 (46) |
13.4 (65) |
9.5 (58) |
|
注1)( )内は各農家の地域における標準的な移植栽培農家に対する百分比
2)雇用労働時間を含む。 |
表4 直播無間引き栽培技術体系(暫定基準:30〜50ha規模)
作 業 名 |
栽培技術内容 |
使用農機具 |
ha当たり時間 |
備 考 |
機械 |
人力 |
心土破砕 |
耕盤層を破砕する。低地土、黒ボク土では心土破砕、多湿黒ボク土では心土破砕+畦間サブソイラを実施する。 |
サブソイラ (2本爪) |
1.2 |
1.2 |
山中式硬度計の読みで低地土、黒ボク土20mm以上、多湿黒ボク土16〜18mm以上を耕盤層とする。 |
堆肥散布 |
全面散布(3t/10a) |
マニュアスプレッダ (3t) フロントローダ |
1.0
0.5 |
1.0
0.5 |
|
耕起 |
耕起深 25〜30cm |
プラウ (18インチ×3) |
2.3 |
2.3 |
リバーシブルプラウでは 作業能率10%程度向上 |
融雪促進 |
多雪・土壌凍結地帯では、融雪資材を散布して融雪を促進する。 |
ブロードキャスタ (スノーモービル装着) |
0.3 |
0.3 | |
土壌改良 資材散布 |
土壌改良資材の全面散布を行う。特に石灰資材散布により圃場 pH を5.5以上にする。 |
ライムソワー トラック |
1.3 0.5 |
1.3 0.5 |
|
砕土整地 |
発芽を斉一にするため砕土率70%以上を目標とするが、過度な砕土は避ける。 |
ロータリハロー |
2.6 |
2.6 |
|
施肥播種 |
施肥量は移植栽培の施肥基準に準ずる。 極端な早播きは避ける。 殺虫・殺菌剤を混入した改良ペレットを用い株間15〜20cm、播種深度1〜2cm(土壌水分多:1〜1.5cm、少:2cm)に播種し、8,000本/10a以上確保する。 |
総合施肥播種機 トラック |
2.3 0.5 |
4.6 0.5 |
作条混和施肥は濃度障害を回避し、初期生育が向上する。 |
総合施肥播種機 混和装置付 |
(2.3) |
(4.6) |
除草剤散布 |
フェンメディファム乳剤またはレナシル・PAC 水和剤の規定量を、本葉2葉期(雑草発生初〜揃期)及び中耕後雑草発生揃期に散布する。その場合、単剤2回散布より異なる剤を組み合わせると効果が高い。 |
スプレーヤ (1,200リットル) トラック |
0.5
1.0 |
0.5
1.0 |
フェンメディファム乳剤、レナシル・PAC水和剤の規定量1/2現地混用は各単剤処理より殺草効果が高い(未登録)。除草目的の中耕作業を行う場合、株間除草機構を装着することにより、株間除草できる。 |
中耕 |
除草目的の中耕作業は省略できる。除草剤の効果が不十分なときは、中耕作業によって除草効果を補う。 主に土壌の通気性、排水性を改善する。 |
カルチベータ |
2.8 |
2.8 |
除草 |
種草取り |
鎌 |
|
20.0 |
病害虫防除 |
除草基準に準じて行う。 |
スプレーヤ (1,200リットル) トラック |
1.3
2.5 |
1.3
2.5 |
改良ペレットによりテンサイトビハムシ、テンサイモグリハナバエの防除は不要 |
収穫 |
茎葉切断、掘取、集積 |
ビートハーベスタ (タッパ付) |
3.4 |
3.4 |
|
ビートタッパ ビートハーベスタ |
(2.3) (3.0) |
(2.3) (3.0) |
合計 | | |
24.0 |
46.3 | |
直播無間引き栽培について
前項でも少し述べましたが、直播栽培では徐々に無間引き栽培が普及してきています。無間引き栽培を行うに当たっては、播種精度と圃場発芽率確保が重要となってきます。
てん菜の種子は小さくさらに不整形で表面が凸凹しており、播種機を用いても均一な播種が難しかったのですが、種子をコーティング処理することによって、播種精度が高まりました。また、従来のコーティング種子には殺菌剤のみが混入されていましたが、最近、コーティング資材への殺虫剤の混入が農薬登録され、直播栽培では殺菌剤と殺虫剤の2剤を混入したコーティング種子が使用されています。このことにより、発芽率の向上が図られ、また出芽直後に行っていたてん菜トビハムシの防除が省略できるようになりました。
このように、移植栽培が急速に普及した昭和40年代と比べ、現在は単胚種子がコーティング処理され、播種機も高精度、高能率となり、また、コーティング資材に殺菌剤、殺虫剤を混入することによって、圃場発芽率が向上し、無間引き栽培が可能となってきました。そこで、過去の試験成績及び実態調査を基に、圃場発芽率80%を確保できることを前提として、無間引き栽培の技術体系表を表4に示しました。
表5 普通畦幅(60cm)に対する狭畦幅(50cm)の増収効果
(十勝農業試験場)
| 根 重 (kg/10a) | 根中糖分 (%) | 糖 量 (kg/10a) |
普 通 畦 幅 狭 畦 幅 狭畦幅/普通畦幅(%) | 4,901 5,170 150 | 18.35 18.47 101 | 899 955 105 |
|
注1)3品種、平成8・9年の2カ年平均 |
直播狭畦幅栽培について
無間引き栽培は直播栽培の省力化を図ることによって収益性向上をねらった栽培法ですから、多収または高糖分を目的とする栽培法ではありません。そこで、現在、直播栽培の多収化を目的に、直播狭畦幅栽培について試験を行い、また、一部の現地農家ではこの栽培法を取り入れています。
十勝農業試験場における普通畦幅(60cm)と狭畦幅(50cm)の収量の比較結果を表5に示しました。その結果、根中糖分はほぼ同等ですが、狭畦幅の根重は普通幅より6%多い結果となりました。このように狭畦幅栽培は従来の直播栽培に比べ増収するというメリットがありますが、現段階ではいくつかの問題点もあります。現在、各糖業者及び十勝農業試験場を中心に、狭畦幅に関する試験を行っていますが、1番大きな問題点は作業機械に関することです。従来の畦幅と異なるため、播種機を新たに購入することが必要です。また、収穫に当たっては、従来の収穫機の使用も可能ですが、一定面積の畦数が増えるため、作業速度が同じでも収穫に時間がかかってしまいます。さらに、畦幅が狭くなったことから、従来の収穫機の機構では収穫する畦を踏んでしまったり、収穫ロスが多くなるなど、実際に作業している農家の方々からは収穫作業の改善に対しての要望が多いのが現状です。
日本において狭畦幅としている畦幅45〜50 cm は、欧米では一般的な畦幅であり、当然のことながら種々の作業機械が使用されています。このことから、作業機械を海外から導入して狭畦幅栽培を行うこともできます。しかし、今後直播狭畦幅栽培を北海道で定着、普及していくためには国産の狭畦幅用作業機械、特に多畦収穫機の開発が望まれます。また、播種作業の高能率化を考えた場合、欧米で行われているような全層施肥による多畦播種の可能性についても検討する必要があります。