[2000年11月]
日常生活において運動する機会をみつけるのはなかなか難しいのかもしれません。しかし、スポーツ医学では散歩やボール遊びなども広い意味で“運動”ととらえているようです。
今回は高輪メディカルクリニック院長久保明氏に運動の新しい分類や手軽にできる運動の効果などを紹介していただきました。
ゴルフは運動か
「ダメですよ。ゴルフは運動にならないんですから。」と主治医の厳しい言葉に肩を落としてしまったAさんは50歳。健康診断で肥満と総コレステロールの高値(220mg/dl)を指摘され、週に1回はラウンドするゴルフは運動になるだろうかと主治医に聞いてみたのですが…。
本当にゴルフは運動にならないのでしょうか?
ここ数年間、スポーツ医学は進歩してきました。その進歩は一方ではシドニー五輪でも様々な実を結び、女子マラソンの高橋選手のように多くの人々に感動を与えました。一方、この鮮やかな舞台とは別に、スポーツ医学は私達の日常生活と健康の結びつきの解明にも役立っているのです。
その1つが大阪で行われた“Osaka Health Study”です1)。これは6,017名を10年間追跡調査して通勤における歩行時間と高血圧発症リスクとの関係を検討したものです。この研究によれば通勤の歩行時間が0〜10分間の人の高血圧発症リスクを1.0(標準)とすると11〜20分で0.91、21分以上で0.7(30%減少)と歩く時間による高血圧発症への予防効果が明らかになりました。
通勤の時の歩行時間でも代表的な生活習慣病(成人病)の1つである高血圧への効果があるのですから、ゴルフでも…と考えるのは当然です。そのような方々の希望にこたえる研究結果が2000年8月にフィンランドから出されました2)。
この研究では48〜64歳までの55名の男性を対象として週2回のゴルフラウンドを7ヵ月間行い、その前後の体重、ウエスト、HDLコレステロール(組織や血管に余ったコレステロールを肝臓に戻して動脈硬化を防ぐ働きがあり善玉コレステロールとも呼ばれる)レベルなどを測定して比較しました。その結果体重では平均1.4kg、ウエストは2.2cm減少し、HDLコレステロールは幾分増加したのです。ゴルフは熟達するにつれ、エネルギー消費も歩行距離も少なくなってしまうため、すべてのゴルファーにとって朗報かどうかは分かりませんが、ゴルフラウンド中の歩行効果を医学的に検討したものは少なく、興味をひくところではないでしょうか?ちなみにカートを使用しても全く運動しないよりは効果的だろうと述べています。
運動の新しい分類
一般の国民だけでなく医師や看護婦などの医療、健康従事者をはじめとしていまだに、“運動は汗をかくことに意味がある”とか“20分以上運動しないと意味がない”という誤った考え方が浸透していますが、その原因の1つは“運動の分類”を理解していないことにあります。最近スポーツ医学では“運動”はより広くとらえられ、掃除や庭仕事などを含め、“身体活動”として理解されています。ですから、エアロビクスやジョギングだけでなく散歩もボール遊びやダンスも広い意味では“運動”に入ります。このような“身体活動”は“レジャー活動”や“レクリエーショナル活動”と表現され、一時期良く使われた“エクササイズ”や“フィットネス”という言葉とともに最近のスポーツ医学の論文では良くお目にかかります。
表1に“新しい運動の分類”を示しました3)。体調を調えるための運動は1回10分程度でも効果がありますし、かつて指摘されたような“運動による活性酸素の増加”はほとんど心配ありません。むしろ軽めの運動は活性酸素を減らす方向に働きます。さらに10分程度の運動を3回繰り返すことで体重が平均1.7kg、ウエストが平均3cm減ったのに比べ30分続けて運動した人々ではいずれも改善しなかったことを英国の研究者は1998年に報告しています。比較的弱い運動をする場合、運動開始から20分位までのエネルギー源は糖質60%脂質40%で、20分を過ぎる頃から50%ずつとなり、40〜60分頃になると脂質60%糖質40%と逆転します。このことから運動は20分以上しなければならないという考え方が広まったようですが、たとえ比率は少なくてもエネルギー源として使われるのですから体を動かさないよりははるかに効果的といえるでしょう。
表1 新しい運動の分類
|
体調を整える ための運動 |
生活習慣病の 治療としての運動 |
競技としての 運動 |
高齢者のための 運動(転倒予防) |
頻度 |
2〜3回/週 |
3〜5回/週 |
5〜7回/週 |
2〜3回/週 |
1回に続ける 時間のめやす |
10分程度 |
20分以上 |
種目による |
10分程度 |
運動による弊害が 起こる可能性 |
なし |
なし |
あり |
なし |
長寿への効果 |
あり |
あり |
一般的にはなし |
あり |
対応する用語 |
フィットネス 日常的な身体活動 (physical activity) レジャーアクティビティ |
エクササイズ |
スポーツ |
フィットネス 日常的な身体活動 (physical activity) レジャーアクティビティ |
長寿への効果はすべて明らかになったわけではありませんが、東京オリンピックに出場した選手達の経過観察をみても必ずしも日本人の平均寿命(1999年簡易生命表では男性77.10年、女性83.99年)を超す傾向にはないようです。ちなみにインフルエンザの流行や、1998年から増加している自殺者の影響を受けて日本人の寿命は男性、女性ともに前年度よりもやや下がっています。軽い運動はうつな気分を変える効果も推測されていますので、体調を調えるために運動はやはり長寿の源なのかもしれません。
このことはデンマークの研究者が2000年6月に発表した研究によっても確認されています。彼らの13,375名の女性と17,265名の男性を対象に平均15年に及ぶ追跡調査を行い、日常の身体活動が増えれば様々な疾病による死亡率は30%以上低くなることを明らかにしました。この研究においても身体活動はレジャータイム身体活動と述べられています。特に職場まで自転車で通うことが死亡率を下げるのに有効な手段であると述べているところは、車であふれている私達日本からみるとうらやましい点でもあります。
表1の“新しい運動の分類”の中に高齢者のための運動(転倒予防)という見慣れぬ項目があります。高齢であっても運動の効果は期待できるのでしょうか?
1990年に平均年齢が80歳を超える100名の方々を対象として筋肉トレーニングの効果が検討され、最大筋力の80%程度のトレーニングを1日45分、週3回行うことによって筋力が増強し、日常生活における自発的な活動量も向上することが確認されました。さらにこの筋力アップでは転倒予防に効果的なのです。高齢者が寝たきりになる原因の多くは脳血管障害なのですが、直接的な原因の1つに“転倒”があります。脳血管障害によるバランスの喪失から転倒し、大腿骨頚部骨折などを生じて寝たきりになるというケースが少なくありません。住宅での転倒の年間発生率が10〜20%であるのに比べ特別養護老人ホームにおける発生率が20〜30%と約2倍も高いのは脳血管障害などの基礎疾患(いわゆる持病)が転倒に重要な影響を及ぼしているかのあらわれでもあります。図1は20日間ベッド上に安静にしていた時の体の各筋肉の変化をみたものです。筋組織の減少は上肢よりも下肢、大腿前面の筋肉で著明なことが分かります。大腿前面の筋肉(大腿四頭筋)は膝を伸ばす時に働くため、委縮してしまうとさらに歩くことが難しくなって転倒の危険性が増してしまうのです。そして転倒は寝たきりを生じて…というように悪循環になってしまいます。
図1 20日間のベッド上安静による筋組織厚の変化
日常生活における体力アップ
ともすると“運動”や“身体活動”はイコール“歩くこと”というように理解されていますが、実際には3つの要素があります。
・歩くこと、泳ぐことなどの有酸素運動
・筋肉運動
・ストレッチ(柔軟性)
このうち有酸素運動を中心とした運動習慣をもっている人の割合は、男性、女性ともに20〜40歳代が最も低くそれぞれ約20%、約15%となっています。(1998年国民栄養調査から)この原因として仕事に時間をとられて体を動かしている時間がないとかダイエットに興味があり体を動かすことは苦手などの理由が考えられます。体と脳を働かせる大切な栄養素の1つは砂糖です。自己流のダイエットによって極端に砂糖を制限しすぎると思うように体が動かないばかりか“いつもボーッとしている”ことになりかねません。
“体を動かすこと”を難しく考えていませんか?
私のクリニック(高輪メディカルクリニック)では約10坪のフィットネスルームを併設して、生活習慣病(糖尿病、高血圧、高脂血症など)の具体的、日常的な治療法としての“身体活動”を行っています。1ヵ月にのべ150〜200名が健康運動指導士とともに自分の体との対話を楽しんでいるのです。
この経験と最近のスポーツ医学の進歩を踏まえて3つのまとめをしますので読者の皆様の健康な生活に役立てて下さい。
(1) 体を動かすことはまず“10分”から、そして3日坊主を繰り返すつもりで。
(2) 歩行のカロリーは10分40キロカロリー。まず1週間で500キロカロリーのエネルギー消費を目指そう。極端なカロリー制限や砂糖制限はコンディション不良の原因に。
(3) 日常生活における筋力アップと座った姿勢でのストレッチを図2に示しました。あまり気ばらずに!
1) Ann Interm Med 1999;131:21-26.
2) Am J Med 2000;109:102-108.
3) 診断と治療 1999;87:451.
図2