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日本の風土に合った食文化

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2001年2月]
 平成12年11月8日(水)に横浜市のはまぎんホールヴィアマーレにおいて当事業団が開催した「砂糖と食文化セミナー2000」における料理研究家土井善晴氏の講演内容を紹介します。日本料理は旬の味を大切にしながら日本の風土に合った料理方法が大切。自然の中に身を投じると他の生きものの命を頂く大切さや、旬のもののおいしさを感じるとのこと。家庭料理には素朴な旬の食材を積極的に取り入れて健康的な生活を送ることができる等興味深い内容でした。

料理研究家、おいしいもの研究所代表 土井 善晴


カリンジャムを作ってみよう
自然の中に身を置いて
採れたてのおいしさ
旬の味の大切さ
日本の風土に合ったおかず


 今日は、昨日私自身が煮たカリンジャムを持ってきました。このジャムはとても鮮やかなバラ色 (ワインレッド) をしています。私の修行時代、フランスのロワイエット村のレストラン・ラテラースでお土産のジャムとして作っていたものです。カリンを砂糖でジャムにしたものです。今朝、早速、パンにたっぷり添えて食べてきましたが、すごく元気になりました。このようにフランスの家庭では、朝、子供たちに甘いものを食べさせることが多いようです。
 でも、カリンのジャムがこのような色になるとは信じられないでしょう。日本では、まだだれも知らないのではないかと思います。
 カリンは食用としては、カリン酒にするか砂糖漬けにするかぐらいだと思います。のどが痛いときに、カリンシロップをなめたりもします。食用としてあまり使い道がないので値段がとても安く、築地市場で、約3.2kgで1,000円でした。
 さて、本邦初公開、秘伝のカリンジャムの作り方ですが、カリン10個 (約3.2kg) を用意し、りんごと同じように、縦割りのくし切りにしてへたをきれいに取って皮を剥き、固いところを完全に除いてください。普通りんごなら、皮と芯などは捨ててしまいますが、それを捨てないで鍋に入れ、かぶるぐらいの水を加え (約1.5リットル)、そのまま弱火で約1時間煮ます。そうしてできたものが“カリンジュース”です。
 どうしてカリンジャムがこんなに赤くなるかというのは、赤ワインがブドウの皮の成分の働きで赤くなるように、カリンの種や皮の成分のおかげで、赤くなるのではないかと思います。
 次に、カリンジュースの中にカリンの実を入れて一緒に煮ます。そこに砂糖570gを2〜3度に分けて入れ、これを大体4時間ぐらいかけて弱火でゆっくりと煮ていきます。すると、本当にきれいなバラ色のカリンジャムができあがります。ゆっくり煮ますと途中だんだん赤色が出てくるのが分かります。私はきのう、電磁調理器で、弱火でことことと、紙蓋をして煮ました。時間はかかりますが、時々様子を見るだけで手はかかりません。いつものようにデスクで原稿を書きながら煮ていましたが、私のオフィスは1日中いい香りがしていました。アクはあまり出ないのですが、カリンの種類によっては出ることがありますので、その場合はきれいに取り除いてください。
 ここでカリンにまつわるエピソードを1つ紹介します。昔、四国の高松で聞いた話です。弘法大師が巡礼をして、布教して回ったときに、疲れた弘法大師がいいナシがなっているのを見かけて、「1つ分けてください」とお願いしました。すると意地悪なおじいさんが、「いや、これはおまえが食べられるなしではない」と断り、弘法大師は見るからにおいしそうなナシを頂けなかったらしいです。そしたら弘法大師が去った後、そのナシが全部カリンになって、本当に食べられなくなったという話が残っています。
 そんな風にあまり風評の良くないカリンも、この秘伝のジャムにすることによって生き返ることでしょう。
 もう1つ、私のお気に入りのリンゴジャムの作り方をお教えします。こちらは4時間もかからずに炊き上がります。
 リンゴのジャムの場合は、それだけで煮るとどうしてもあっさりとできてつまらない。そこで水にリンゴジュース (フレッシュ100%) をプラスして煮るのです。アプリコットジャムも入れてください。そうすると、リンゴのジャムの風味が豊かになり、一層おいしいものとなります。[りんご1.3kg (皮剥きいちょう切り)、りんごジュース1カップ、アプリコットジャム適宜]
 このように、季節の素材を生かして手作りしたジャムやお料理というのはおいしいものですが、食べ物のおいしさというのは、私たちの健康にとてもかかわりがあるのです。「栄養価値充分にしてまずいもの無し」とは古くから言われ、言い換えれば、素材のおいしさが私たちの“健康の道しるべ”となるのです。私は、なぜ人がおいしいものを求めるかということや、その持ち味を壊さないように、どのように調理し、どうやって食べるのかといつも考えています。私の体験の中から、お話しさせていただこうと思っております。




 大阪から東京に引っ越して4年が過ぎました。現在私が住んでいる世田谷は、横浜の環境とよく似ていますが、買い物はやはり大きなスーパーマーケットで済ませるのが便利なものです。スーパーマーケットで売っている食品、例えば野菜なんかでもパックに入って売っています。今は慣れてしまって、これが私にとっても当たり前となっていますが、当初はとても違和感を覚えました。東京で暮らしていると、地方の生産者がすごく遠くに感じるのです。野菜を1つ1つ見ても、これが本当に土の中にあったものか?と、人の手がかかったものかと疑問さえ抱くのです。きれい過ぎるのです。それがとても不自然なのです。このようなものしか見ていないと、お料理するのに、何か大切なもの失ってしまいそうで不安になります。ですから、意識して自然の中に身を置くようにしています。
 平成12年10月に長野の戸隠に、キノコを採りに行ってきました。雑木林に入り、2〜3時間で首から下げた竹のビクいっぱいたくさん採れました。私もここ何年もの間、毎年、春は山菜、そして秋はキノコ狩りに行くようになりまして、初めのうちは地元の人にキノコがここにあるよと指を指されても、見えなかったのですが、ようやく要領を得てきて、今年は初めて自分の力で見つることができました。
 ダイコクシメジやアミタケ、ぬめりがあるハナイグチ、イッポンカンコ、クロカワタケなども採れました。また、私が山に行くときは鶏肉と茄子だけは必ず持参して、キノコ汁を作ることを楽しみにしています。茄子は昔から、キノコの毒消しになると言われてキノコ汁には欠かせません。
 また春、新潟県の大島村の棚田で、田植えをさせて頂きました。ここの田んぼはブナ林から湧き出る飲める山水を引いているのです。薄いゴム靴を履いて、田んぼに入るわけですが、足が泥に包み込まれる感触、本当に気持ちのいいところに足を入れた実感……感動しました。これは私にとって宝物のような経験です。
 一仕事済ませたら、昼ご飯です。「お田植え」の日はお祝いですから、朴の葉に包んだ赤飯を弁当にする、箸は自然のカヤで祝い箸を作ります。正月に私たちがヤナギ箸を使うように、山ではカヤを拾ってその場でナタを使って削るのです。朱のお重に入ったおかずは素朴なフキの煮物、タケノコや切り干し大根等を身欠きニシンと一緒に煮たものです。どちらもちょっと油を使って、しょうゆと砂糖を等分量ぐらいで、甘辛く煮たおかずが仕事の後には実においしい。赤飯には「稲の花が舞うように」と、おまじないみたいな言葉をかけながら、赤飯に砂糖の入った“きな粉”をぱっとかけて頂きます。
 ここではみんなすごく体を動かしているので力をつけなければいけません。そのため甘いものをたくさん食べます。昔ながらの日本のおかずです。高価なごちそうよりこういった暮らしの中の素朴なお料理を頂いた時、私は感激します。気取りや飾りも何にもない力強い人の命を育てる素朴なものが、私にとっては御馳走であり、私は好きです。
 秋の稲刈りの後は、おはぎが主食になります。おはぎはご飯を温かいうちにつぶしてまるめ、粒アンでまぶしたもの。もう1つはアンをご飯で包んですり胡麻をまぶしたものです。ちょうど、稲刈りの頃に、小豆の新物が採れるのです。魚沼の少し北に位置するここ大島村のお米が、今年も新潟では一番おいしい米と品評されたのだそうです。
 私は、日本料理屋の吉兆で修行を終えた頃から、このように地方に出かけて、地元の人たちと一緒に、いろいろな体験をさせて頂き、また、食べさせて頂きました。




 山で採ったばかりのキノコやもぎたてのリンゴは驚く程おいしい!と、感じたことが、皆さんにもきっとあると思います。
 他にも、地元で食べさせて頂いた、凍るほどの冷たい漬物蔵で作った自家製の野沢菜漬……スキーに行った時など、本当においしかったなと覚えている方も多いと思います。しかし、それをおいしいと感激して、都会に持ち帰るとおいしさがなくなっている。キノコにしても何にしても大抵のものが、時間を置くとそのときの感動的なおいしさがなくなっています。
 なぜかな?とその度に考えます。これは私が思うに、もぎたてのリンゴはまだ生きているのだと思います。そして、私たちは鮮度が落ちると言いますけれども、鮮度が落ちるというのは、だんだんりんごそのものの命がなくなっていくのではないか、と考えています。漬物も、その冷たいおいしい環境にいる微生物が、環境が変わることで死んでしまうのですから、同じことです。鮮度という“生きている命のおいしさ”は、格別で簡単に説明できません。甘いわけでも、辛いわけでもないおいしさ、これこそ「風味」というものです。きっと命のそのものを、私たちは頂いているのだと感じます。
 そのような経験の中から、自然の中に入ることによって、食べるということは、ほかの生き物の命を頂いているということを実感し、気がつくことができると思うのです。




 季節の旬というものを頭の中に描いてみてください。春は芽物、“アスパラガス”や“山菜”“マメ”が出てくる季節から、夏真っ盛りになって野菜が実をつける“トマト”・“茄子”の季節、そして秋になったら“りんご”や“くるみ”など果実が実をつけて、冬は根のもの……“根菜”というように、それぞれの季節の景色を連想して、食材をイメージしてもらったら、きっとその季節に「今何を食べればよいのか」を見つけることができるでしょう。
 今やスーパーに行って、それこそ、冬になってもまだキュウリもあるしトマトもある。もちろん季節の山芋やレンコンもみんなあるわけです。横には春のグリーンピースさえあるというように、今はどんな季節かと……私は混乱してしまいます。ですからお母さんの役割……このごろはお父さんの役割かもしれませんが、旬のものを意識して家庭の食卓の中に持ち込み、料理する。季節を食卓に運んでもらいたいのです、家族のために……。そろそろ春の『お豆が出始めましたよ……』と、言葉を添えて。
 日本の食生活は、このように旬のものを食べることが基本です。
 家庭料理の場合は、“旬のもののおいしさ”、“鮮度の良さ”それとなんといってもできたての“お料理のおいしさ”です。菜っ葉と焼き魚でも十分ですから、季節を忘れずに料理していただいたら、間違いなくおいしいものができます。旬のものを食べることは、その植物の最も勢いのあるところを食べることになり、まさに命のありかを食べているのです。春のえんどう、夏のトマト、秋の芋、冬の根菜……その種を守っているところ……それは最も栄養価値が高いのは当然です。
 一方で、日本の懐石料理のように、文化的にとらえた場合、「もうすぐこんな季節がやってくるんだよ」というもの、いわゆる「はしりの物」があります。例えば寒い季節に、まだ雪の下にあるタケノコを掘ってきて汁に入れる。それは寒い季節が長く続き、「早く春になってほしい……」というような気分にある時、お椀の蓋を開ければ、タケノコがあると「もうすぐ春が来る……」、やはり喜びですし……うれしいと感じます。
 料理屋において5月は初夏だから、木の芽はやめて青ユズを使い、お椀でも深いものから浅いものにしようというような季節です。はしり物としてカボチャを使います。カボチャというのは、8〜9月にならないと旬にならないわけですが、5月のカボチャというのは、お客さんから「料理屋さんだから上手に炊いているね」と言われることではなく、「あっ、やっぱりまだ青臭いね」「まだ、硬いね……だけど、もうすぐ夏が来るんだね」というようなメッセージを伝え、お客さんに喜んでいただけたらと思います。
 しかし、そのようなことも分かっていながら、お客さんの方でも、そこまで、考えている方も少なくなりましたし、また実際に料理人も「はしり」のメッセージを伝えようとする人がいなくなってきているのかもしれません。




 日本のおかずは、必ずご飯のおかずです。塩ゆでしたジャガイモはご飯のおかずにならないので、必ず、しょうゆと砂糖で“煮ころがし”にするのです。カボチャでも、必ず砂糖を加えることによってご飯のおかずになるのです。日本料理は素材の味を生かし、お米をしっかり食べる。味付けは砂糖やしょうゆなどの調味料だけです。それが日本の風土に合っているのです。ご飯のおかずは、砂糖が入って初めておいしいと感じるのです。安心して砂糖を使っていただきたいと思います。
 献立として、ご飯のおかずを1つ考えるとき、“煮ころがし”はしょうゆで味をつけ茶色にしたら、おひたしはしょうゆを入れないで、お塩で味をつけ青色を生かす。そうすると、ここにもう1つ何か、黄色いものや白いもので、色や味でコントラストを出すと、自然と食のバランスが必ず良くなるはずです。
 いずれにせよ、私たちの体は、“自分の食べたもの”からできているということを、忘れないようにしなければなりません。子供や若い人たちが“インスタント食品ばかり”食べていたら、あなたの体はインスタント食品でできているのです。……ちょっと怖い気がしますね。
 この日本という風土の中で自然と共生して、日本の風土の中で育った食材を、日本の風土に合った調理法で食べるというのが、一番の健康のもとだと思います。
 日本のご飯とおかず、そして、それは甘辛い味で結構ですので、ぜひ、御自身でお料理なさっていただけたら、健康な毎日を送れるのではないか思います。
 食生活は未来の家族への投資です。



「今月の視点」 
2001年2月 
新しい砂糖制度と行政体制の発足に当たって
  農林水産省生産局特産振興課長 小山信温

日本の風土に合った食文化
 〜食生活は未来の家族への投資です〜

  料理研究家、おいしいもの研究所代表 土井善晴

フランス料理の歴史とデザートの役割
  フランス薬膳・文化研究家、エッセイスト 須藤春子

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