[2001年10月]
北大東島においてさとうきび生産に必要な農業用水が不足する傾向にあるため、畑地かんがいを積極的に推進するとともに、限りある水資源を有効に利用する必要があります。こうした状況の中、事業団助成事業により点滴かんがいが普及し、それ以降さとうきびの生産量が増加していきました。北大東島におけるかんがいの取り組みについて紹介していただきました。
北大東さとうきび糖業振興会 前会長 新里 泰久
北大東島は沖縄本島の東方約360kmに位置し、気候は亜熱帯海洋性気候に属している。北大東島は珊瑚環礁が隆起したもので、島の中央部は盆地のように窪んでおり、大小20数個の沼が散在していて島の面積は1,194ha、耕地面積は540haである。北大東村の基幹作物はさとうきびで、植付から収穫まで機械化体系を採用しており農家の経営面積は1戸当たり約6haである。また10年前からさとうきびとの輪作でじゃがいも栽培が始まっている。同村の土壌は珊瑚石灰岩を母材とした強粘質の暗赤色土壌で有機物が少なく保肥力が非常に弱いのが特徴である。表土の物理性は良好だが保水性に乏しく干ばつの被害を受けやすい。また同村は高温多湿地域にあるため地温が高く土壌中の有機物は分解が早いため蓄積が難しい。さらに、毎年梅雨時期や台風時の大雨により土壌流亡が激しく表土流出により大きな被害を被る。明治36年の開拓以来さとうきびのモノカルチャーにより土壌は強酸性化しており、地力の低下が著しい。また、昭和47年にバーンタイプハーベスタが導入され、事前にさとうきびを焼いた収穫方法が約18年間行われた結果、有機物の土壌への還元が極端に減少し、土壌からミミズ等の小動物が消え地力が著しく低下した。平成2年からバーンタイプハーベスタの弊害を補うため、グリーンハーベスタが導入され、若干の地力の回復は見られるものの、さとうきびを焼いた収穫方法によって著しく地力の低下した土壌の後遺症は解決できないまま現在に至っている。同村が現在実施している地力対策としての有機物確保は、緑肥栽培と製糖工場から出てくるバガスケーキに頼っており、有機物の確保に四苦八苦している。
同村のさとうきびの生産を阻害している主要因は地力の不足以外に農業用水の不足、台風による災害、干ばつ被害である。同村の年間降水量は約1,700mmであるが、降雨は5〜6月の梅雨時期に集中し、7〜9月にかけて干ばつ被害を受ける。降水量の分布の偏りにより干ばつ被害を受ける同村においては、畑地かんがい事業を積極的に推進し、畑地かんがい施設の利用による効率的水利用 (点滴かんがいの普及) と共に施設の多目的利用を図る必要がある (養液土耕栽培、害虫防除)。同村では現在畑地かんがい施設がモデル事業として供用開始されているが、これは、全ほ場面積の10%足らずがその恩恵を受けているにすぎない。同村ではその他にも畑地かんがい事業が計画されているが、毎年のように発生する干ばつに対応できないのが現状なので、今後採択された土地改良事業の早期着工や畑地かんがい事業の早急な実施が望まれる。
北大東村のさとうきびの生産は平成4/5年期の26,135tを境にして、平成5/6年期以降平成9/10年期まで1万t台で推移し、平均単収は3,587kg/10aであった。特に平成8/9年期と9/10年期の2年間はそれぞれ生産量が11,753t、11,536t、単収が2,733kg/10a、3,396kg/10aとなっており、さとうきびの大幅な減産により農家経営が圧迫され、また、製糖工場としても会社経営に必要な原料確保ができず、さとうきび産業は非常に厳しい状況であった。沖縄県と北大東村の過去10ヵ年の平均単収を比較すると、沖縄県6,472kg/10a、北大東村4,426kg/10aと両者の差は約2tとなっており、これが農家経営に与える影響は大きい (表1)。
表1 過去10ヶ年の生産実績
年 期 |
収穫面積 (ha) |
生産量 (t) |
トラッシュ率 (%) |
単 収 (kg) |
産糖量 (t) |
歩 留 (%) |
(参考) 県平均単収(kg) |
平成3/4
4/5
5/6
6/7
7/8
8/9
9/10
10/11
11/12
12/13
|
474
493
500
482
486
430
340
390
427
444
|
14,538
26,135
19,604
18,651
19,523
11,753
11,536
25,735
31,642
17,526
|
18.03
12.45
14.79
15.68
14.52
16.46
24.49
16.33
16.60
22.31
|
3,060
5,301
3,920
3,870
4,017
2,733
3,396
6,597
7,414
3,950
|
1,600
3,057
2,280
2,056
2,524
1,144
1,160
2,677
3,872
1,934
|
11.01
11.70
11.63
11.02
12.93
9.73
10.06
10.40
12.24
11.03
|
6,151
6,464
6,801
6,455
6,896
5,173
6,447
7,284
7,105
5,942
|
平 均 |
447 |
19,664 |
17.16 |
4,426 |
2,230 |
11.18 |
6,472 |
|
資料:沖縄県農林水産部 「さとうきび甘しゃ糖生産実績」 |
北大東村における点滴かんがいは、平成8年以前から一部の農家や農業青年クラブの展示ほ場で実施されてきた。この間の成果により、平成8年度から9年度の2年間の農業経営育成システム確立条件整備事業が実施され、また、平成10年度の事業団のさとうきび安定生産条件整備事業の導入により点滴かんがいは普及していった。同村におけるさとうきび安定生産条件整備事業の事業主体は JA 北大東村、事業費は約5,000万円で補助率は50%であった。地元負担50%のうち1,000万円は製糖工場が助成し残りを農家が負担した、この事業による点滴チューブの導入が農家の積極的な取り組みにつながり、平成13年8月現在の点滴かんがい敷設面積は114haに達している。農業用水は島の中央部にある大池や土地改良事業で設置された貯水池が主に使用されており、その他にボーリングによる取水もある。また今期は 50t 規模の簡易貯水池が25ヵ所に設置されることになっており、農業用水不足にその効果が期待される。
点滴かんがい
|
平成10年度に実施されたさとうきび安定生産条件整備事業による点滴かんがいの増収効果は、特に畑地かんがい事業が実施されている黒部地区において顕著である (表2)。
黒部地区の平成8年産、9年産までの平均単収は村の平均単収とあまり差は無くほとんど横ばい状態であった。その後平成10年度に始まった農畜産業振興事業団のさとうきび安定生産条件整備事業の成果により同地区の単収は、村平均単収を平成10年産は46%、11年産は27%、12年産は34%それぞれ上回った。12年産の平均単収が低いのは、生育旺盛期の8月の大型台風8号 (瞬間最大風速61.8m/s) や生育後期の干ばつ被害によるものである。また県全体と比較しても黒部地区の10年産の平均単収は沖縄県平均を2,359kg/10a上回り、11年産も2,375kg/10a上回った。10年産、11年産の北大東村のさとうきびの増産は、気象条件に恵まれただけが要因ではなく、さとうきび安定生産条件整備事業の実施に伴う、農家の点滴かんがいに対する積極的な取り組みや、この事業を創設した関係者の努力による賜物である。
表2 黒部地区の単収と北大東村平均単収との比較
単位:単収 kg/10a、面積 a |
平成8年産 |
|
夏 植 |
面 積 |
春 植 |
面 積 |
株 出 |
面 積 |
平均単収 |
収穫面積 |
黒部地区
村 実 績
対比(%)
|
3,745
3,629
103
|
220
1,600
14
|
2,361
1,965
120
|
258
5,800
4
|
2,422
2,813
86
|
3,673
35,600
10
|
2,843
2,729
104
|
4,151
43,100
10
|
|
平成9年産 |
|
夏 植 |
面 積 |
春 植 |
面 積 |
株 出 |
面 積 |
平均単収 |
収穫面積 |
黒部地区
村 実 績
対比(%)
|
0
3,636
0
|
0
1,000
0
|
3,235
2,521
128
|
468
5,100
9
|
3,161
3,548
88
|
2,685
27,800
10
|
3,198
3,396
94
|
3,153
34,000
9
|
|
平成10年産 |
|
夏 植 |
面 積 |
春 植 |
面 積 |
株 出 |
面 積 |
平均単収 |
収穫面積 |
黒部地区
村 実 績
対比(%)
|
11,042
7,769
142
|
710
7,300
10
|
8,932
6,265
143
|
697
8,100
9
|
8,954
6,351
141
|
923
23,700
4
|
9,643
6,597
146
|
2,330
39,000
6
|
|
平成11年産 |
|
夏 植 |
面 積 |
春 植 |
面 積 |
株 出 |
面 積 |
平均単収 |
収穫面積 |
黒部地区
村 実 績
対比(%)
|
10,267
8,698
118
|
484
5,500
9
|
8,349
6,599
127
|
214
8,200
3
|
9,825
7,403
133
|
1,641
29,000
6
|
9,480
7,414
128
|
2,339
42,700
5
|
|
平成12年産 |
|
夏 植 |
面 積 |
春 植 |
面 積 |
株 出 |
面 積 |
平均単収 |
収穫面積 |
黒部地区
村 実 績
対比(%)
|
8,486
4,856
175
|
70
3,700
2
|
4,532
3,188
142
|
650
6,400
10
|
5,378
3,996
135
|
1,818
34,300
5
|
5,293
3,950
134
|
2,538
44,400
6
|
|
1. 平成8年度、平成9年度の黒部地区の単収は本格的に点滴かんがいが始まる前の実績。
2. 平成12年度の黒部地区の夏植は1件のみ。
3. 黒部地区は畑地かんがい事業導入前は村の単収平均と同様な実績であるが、畑地かんがい事業の導入や点滴かんがいの普及により村の平均単収を大きく上回っており、畑地かんがい事業の導入が相当な効果をもたらしている。
|
|
無かんがい区 |
|
点滴かんがい区 |
株出 |
|
|
|
点滴かんがい区 |
|
無かんがい区 |
春植 |
株出 |
|
|
無かんがい区 |
|
点滴かんがい区 |
株出 |
春植 |
|
|
|
点滴かんがい区 |
|
無かんがい区 |
春植 |
|
さとうきびのかん水方法にはスプリンクラー、畝間かんがい、点滴かんがい等の方法がある。中でも点滴かんがいは作物の根群域に水を少量ずつ供給するため水量が少なくて済み、かん水効率が高い。特にさとうきびの生育旺盛期に農業用水が不足する北大東村では地理的条件や地形的条件及び気象的条件を考慮して7、8年前から点滴かんがいを普及・推進している。同村は現在土地改良事業やそれに伴う貯水池の設置が実施または計画されており、大型機械化農業に不可欠な基盤整備事業が行われている。最近点滴かんがいの普及が急速に進んでいるものの農業用水は依然として不足している状況であるので農業用水の確保は急務である。北大東村役場は、黒部地区 (受益面積約40ha) に点滴かんがいを想定した畑地かんがい事業を実施し大きな成果を得たことから、さとうきび生産を安定させかつさとうきび産業振興を図る上で節水型の点滴かんがいを普及させる必要があるとの考えから、次のステップとして、島の中央部約160haを対象とした幕内地区かんがい排水事業の平成14年度事業採択及び着工に向けて日々努力しており、この事業が実現すると北大東村に大きな経済効果をもたらすことが期待できる。
北大東村では、独立行政法人国際農林水産業研究センター沖縄支所の指導と世界の点滴チューブメーカーの協力を得てさとうきびにおける点滴チューブの地下埋設及び養液土耕栽培技術の確立に向けて研究が今年度より開始されておりその成果が期待されている。平成10年度からは農林水産省九州農業試験場 (現 独立行政法人九州沖縄農業研究センター) 作物開発部さとうきび育種研究室、沖縄県農業試験場作物部さとうきび育種研究室との間でこれまでの育種試験とは違う地域に適応する個性のある品種を選抜する方向での研究が続けられており、今後点滴かんがいとセッティングされた超早熟高糖性品種が出現し、北大東村の気象をうまく利用した栽培技術の革新と製糖業の革命が起こることを期待する。
最後にさとうきび安定生産条件整備事業の創設に尽力された農林水産省、農畜産業振興事業団及び関係者の皆様に感謝申し上げる。