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てん菜の育種に関する研究の現状と今後の課題

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2005年1月]

【生産/利用技術】

独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
北海道農業研究センター畑作研究部てん菜育種研究室
室長   中司 啓二


はじめに
1.最近の品種の特徴
  (1) 抵抗性品種の育成・導入の現状
  (2) DNAマーカーを利用した耐病性品種の育成と育種法の改良
2.直播栽培の再評価と直播適性品種の育成・実証の問題点
3.てん菜の多様な利用


はじめに
 てん菜は北海道の主要な畑作物として、2003年は約6万7千ha作付されています。表1は、6年間の作付面積などの推移をまとめたものですが、作付面積がやや減少しているのに対し、農家1戸当りの栽培面積は増加する傾向にあります。これは農家数の減少による畑作の大規模化が影響していると思われます。収量に関しては、2001年以後は根重と糖分も高い値を示していますが、1999年と2000年は病害により大幅な減収となりました。近年、根重、糖分ともに高い値を維持している要因として、天候に恵まれたこと、収量性に優れた品種の導入が進んだこと、てん菜作付け時に石灰資材による土壌pHの改善が進んだことなどが考えられます。なお、2004年も引き続き豊作が期待されています。
 ここでは、てん菜品種の開発・導入の現状と今後の考え方を中心に説明致します。

表1 1998年〜2003年の生産の推移
表1
統計データはてん菜糖業年鑑((社)北海道てん菜協会)より集計し、筆者が一部改訂

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1.最近の品種の特徴
 てん菜という原料作物にとって最も重要なことは、根重と糖分が多いことです。1990年代に作付された主な17品種が、1千ha以上作付けられた年数の平均は、おおよそ7年となっています。また、新品種は、北海道の優良品種となった翌年から急激に栽培面積が増加し、対照品種は急速に面積が減少し、作付られていないのが特徴です。これは一般の作物には見られない特徴で、原料作物としてのてん菜の性格を表していると思われます。
 現在、北海道で栽培されるてん菜のほとんどは外国からの輸入品種で、オランダ、ドイツ、スウェーデンの3社が日本向け品種の育成を行っています。これら3社は、てん菜の育種では世界的に著名であり、多くのシェアを持っています。一方、国内で唯一てん菜の育種を行っている当研究室は、2003年に複合病害抵抗性を持つ「ユキヒノデ」が優良品種となりましたが、その栽培面積はわずかに止まっています。
 てん菜は原料作物という性格上、根重と糖分が最も重視されますが、最近では以下のような項目が、品種や栽培法に求められるようになっています。

(1) 抵抗性品種の育成・導入の現状
 てん菜の褐斑病は主要病害として、対応が求められてきました。現在、褐斑病に対して抵抗性品種や農薬が開発されています。しかし、図1、2のように1999年と2000年は、褐斑病を含む病害の多い年となりました。特に2000年は栽培されたてん菜の約8割が褐斑病に罹病し、約2万haで被害が発生しました。また、この年は褐斑病に加えて根腐病も約2万haで発生し、被害は約5千haにも及びました。この根腐病には黒根病という病害が含まれていました。そのため、最近では根腐症状と表現されることもあります。黒根病の抵抗性品種育種の歴史は浅く、抵抗性品種が開発されていませんし、登録農薬も一つしかありません。この他に、これまで発生が限定的であったそう根病の汚染地域が、確実に広がっていると考えられています。そのため、そう根病抵抗性品種の作付面積が増加しており、てん菜研究関係者の一部は、10年後、そう根病抵抗性品種が主流になるとも考えています。
 1994年以後に北海道の優良品種と認定されたものは21品種あります。しかし、病害に対する抵抗性品種は、褐斑病2品種、根腐病0品種、そう根病5品種、黒根病0品種です。抵抗性品種とは表2のアンダーライン以上のランクに位置づけられているものを言います。このうち、「ユキヒノデ」が褐斑病とそう根病の複合抵抗性品種であるため、6品種しか抵抗性品種と呼べるものがありません。

図1   図2
図1 病害の発生面積
(てん菜糖業年鑑より抜粋)
図2 病害の被害面積
(てん菜糖業年鑑より抜粋)

表2 抵抗性品種を決めるための特性検定試験の基準品種・系統
表2
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(2) DNAマーカーを利用した耐病性品種の育成と育種法の改良
 てん菜は2年生作物であり、さらに三系交配という極めて複雑な育種方法を採用しています。そのため、品種の育成には多くの時間と労力が必要となります。例えば、品種育成の過程で、花粉を出さない系統を作る必要があります。これは細胞質雄性不稔系統とかO(オー)型系統と呼ばれますが、その出現率は1〜3%であり、その中で生産力や特性が良くて育種に使えるものは、ごくわずかになります。また、てん菜は本来多胚(沢山の種子の集合体)であるため、外見上は1つの種子から複数の芽がでます。以前は間引きで対応していましたが、農家にとっては労力がかかる作業でした。そこで、現在では単胚(1つの種子から1本の芽が出る)種子が使われています。これを作るため、単胚遺伝子を持つ系統と優良な形質を持つ多胚系統を4回交配すると、9割が優良な形質を持った単胚系統となります。加えて、てん菜は2年生ですので、採種するためには越冬させる必要があり時間がかかります。これはあくまでも育種のほんの一部の過程にすぎません。
 このような従来型の育種では、7年程度しかない品種の利用期間内に新品種を出すため、多大な労力と圃場や施設が必要となります。また、農家や製糖会社からの要望に迅速に答えることは難しいと考えられます。それを打破するため、O型系統の選抜や、耐病性品種育成に使うDNAマーカーを北海道大学と共同で研究しており、O型系統と黒根病のマーカーが実用化に近づいています。黒根病については、特性検定が始まったばかりですが、当研究室では抵抗性系統として「北海90号」を育成中です。また、甘味資源振興会とも交流共同研究契約を結んで、耐病性品種の育成を進めています。
図3
図3 生産費等の推移 (10a当たり)
(てん菜糖業年鑑より抜粋)
 DNAマーカーによる耐病性品種を重点目標にする理由は、
[1] はじめに紹介した1999年と2000年の病害による被害は、図3のように農家の所得に大きな影響を及ぼします。とくに2000年の場合、所得が例年の半分程度になっています。病害の発生に適した気候条件になると、防除だけでは被害を食い止めることはできません。
[2] 各種のマーカーの研究が進み、実用的なマーカーもできてきたことで、大規模な圃場選抜に依存しないで多くの系統の特性を検定できる可能性があります。
[3] 抵抗性品種であれば防除の低コスト化や病害発生地帯でも栽培できるようになることが挙げられます。
 2000年を最後に、大規模な病害の発生はありません。しかし、今年(2004年)は春から気温が高く、降水量が平年より少ない傾向が秋まで続きました。褐斑病、根腐病や黒根病が発生しやすい7〜8月は特に気温が高く推移しました。もし、この時期に東北地方以南で降ったような雨が北海道でも降ったら、2000年のような病害の大発生となる危険性は極めて高かったのです。また、てん菜品種の栽培適応地帯は全道一円となっていますが、北海道内でも気候条件や土壌条件が異なっており、特定の地域に適した品種があると考えています。そのためには、耐湿性を含めた抵抗性品種の育種・導入が必須であると考えています。
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2.直播栽培の再評価と直播適性品種の育成・実証の問題点
 北海道でも1950年代まで、てん菜はすべて直播栽培でした。しかし、日本甜菜製糖株式会社が紙筒移植法を1962年に開発し、また、1970年頃からの単胚品種の普及と相まって、急速に移植栽培が普及しました。これにより、収量の増加と安定がもたらされたため、収量水準も欧米と肩を並べる状況となりました。そのため、てん菜の直播用品種の育成や栽培法の研究は少なくなりました。しかし、てん菜栽培の低コスト化、畑作の大規模化および農家の高齢化による軽労化などの問題に、移植栽培では対応に限界があると言われています。そこで、これらを解決する一つの方法として、直播栽培が再び注目されています。なお、表1でも分かるように、直播栽培は栽培面積の3〜4%程度しかありませんが、2004年の春に、(社)北海道てん菜協会と北海道立農業試験場が行った共同研究の成果を、パンフレットにして全農家に配布しています。
 ところで、直播栽培再評価の理由の一つに、低コスト化が挙げられていますが、これについては肯定的な意見も否定的な意見もありますし、北海道立農業試験場の報告では、細かい条件別に適否を判断しています。これは、実施農家が少なく、また、多様な状況で直播栽培が行われているため、どの事例や項目に重点をおいて評価するかにより、判断が変わる場合があることを示していると考えられます。
 品種の育成も状況は変わりません。品種の育成や輸入品種の評価は移植が前提となり、直播適性品種の定義や検定法が確立していません。移植栽培より生育期間が一ヶ月も短い直播栽培では、初期生育が優れること、土壌の低pHや水分ストレスに強い根を持つこと、出芽直後の霜害に強いことなどが品種に求められますが、何れも検定法や基準値が確定していません。当研究室では、初期生育と畦の被覆の早さ、収量性で選抜しています。現在、「北海87号」という系統を全道数カ所で栽培し、その評価を行っています。しかし、栽培場所により、糖分が大きく変動するなど、改めて評価の難しさに直面しています。「北海87号」が直播用品種となるかという問題もありますが、基準値や特性の把握をどのように行うかも重要な問題です。例えば、移植栽培は最適な条件で苗を作りますので、定植後の初期生育は気候や圃場条件にあまり左右されませんが、直播栽培は気候や圃場条件に大きく影響を受けます。北海道の土壌pHは、ばれいしょのそうか病対策や土壌改良資材投入などの減少により低下する傾向があります。てん菜はpH5.5以下では生育が遅延し、障害が発生しますが、それに品種間の差があるのか、どのように検定するかについて、論議が始まったばかりです。これは一例ですが、「北海87号」を介して、直播用品種の特性を明らかにすると同時に、早期に直播用品種を育成するように努力致します。
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3.てん菜の多様な利用
 最近、てん菜のエネルギー作物としての利用が話題になっています。過去にも何度か研究されましたが、製造コストが高いため、実用的な研究とはなりませんでした。しかし、京都議定書が発効しようとしている今日、化石エネルギーの使用を低減する必要に迫られています。すでに一部の国では、ガソリンに作物から作られたアルコールを添加して使用していますが、コストが高いため税金による補助が行われています。
 てん菜が属するアカザ科には、光合成能力に優れるC4植物が比較的多くあります。てん菜はC3植物ですが、北海道で栽培される畑作物では、最も大きな乾物生産量があります。また、幼苗期を除き耐寒性も強いため、北海道に適した畑作物として評価されてきました。これは、エネルギー用作物として適していることを意味します。以前の研究により、「北海57号」という系統が、エネルギー用に適しているという結果があります。最近では、直播用品種として候補に上がっている「北海87号」が、「北海57号」を越える能力を発揮しています。2003年の結果では、「北海87号」は無水エタノールに換算すると、611/10aの生産力を持っています。てん菜は貯蔵物質がショ糖なので、従来の発酵技術で容易にエタノールに変換できるという利点がありますし、工場への集荷システムが確立していることも有利な点といえます。今後も、直播栽培で乾物生産力が高い系統はエネルギー利用も視野に入れて選抜・育成します。
 次に、てん菜の遺伝子組換え体の利用について説明致します。てん菜の遺伝子組換え体の研究は、北海道大学や北海道立農業試験場で行われて成功しています。両研究に使用されたのは、当研究室が育成した系統です。てん菜を用いた組換え体の研究は世界中で行われていますが、この系統は最も組換え体の作出が容易なことで知られています。ただし、当研究室としては、早急に組換え体の研究に取り組む予定はありません。これまでの組換え体の研究は、栽培の低コスト化を目的としたものがほとんどで、大豆などの場合、農家や消費者の理解が得られているとは言えない状況です。原料作物であるてん菜は、直接口に入れる作物とは異なりますが、原料が組換え体作物であることで、砂糖に不信感を持たれる恐れがあります。それは、砂糖需要の一層の減少につながります。ただし、当研究室としては、遺伝子の働きや発現などを調べる基礎的研究や、機能性成分などの有用遺伝子を持つ大学や企業と共同研究が行える場合、組換え体の研究に参画したいと考えています。その場合でも、それはてん菜の新しい育種法や利用に道を開くもので、農家や消費者に理解が得られるものでなければならないと考えています。
 最後に、畜産分野の研究者の一部から出ている要望を紹介致します。日本のてん菜研究は、全て砂糖原料用ですが、世界的には飼料用の研究も行われています。ニュージーランドなどでは飼料用てん菜を牛の放牧で使っています。日本でも放牧酪農が見直されており、秋季から初冬に砂糖用てん菜を飼料として利用できないかという要望です。砂糖原料用てん菜の飼料価値は極めて高くて嗜好性も良いことが、過去の研究で分かっています。しかし、褐斑病抵抗性が弱くて防除が必須であったため、実用化されませんでした。最近の品種や系統には、褐斑病に強くて耐湿性を持つものがあります。気候や土壌条件が厳しい草地更新畑に、上記のような特性を持つ砂糖原料用てん菜を直播栽培した場合、どれぐらいの生産性があるのか分かっていません。研究としては面白いテーマであると考えています。

※DNAマーカー:遺伝情報は、染色体を構成する4種類のDNA(デオキシリボ核酸)の配列で決まります。特定のDNAの配列により、特定の遺伝情報が発現しますので、その配列を遺伝子と表現します。有用な遺伝子がある場合、その遺伝子の近傍の特徴的なDNA配列を目印にして個体を選抜します。その目印をDNAマーカーと呼びます。
※C3植物、C4植物:植物は光合成により二酸化炭素(CO2)と水から炭水化物(ブドウ糖)を合成します。光合成の初期の段階で、炭素3つからなる有機物から炭水化物を合成するもの(C3植物、回路はカルビン−ベンソンサイクル)、炭素4つからなる有機物から炭水化物を合成するもの(C4植物、回路はC4ジカルボン酸サイクル)があります。光合成能は後者のC4植物が優れていますが、生育に比較的高温を必要とするため、栽培地域が限られます。サトウキビ、トウモロコシ、アワ、ハトムギなどが知られています。てん菜が属するアカザ科では、45属550種のうち7%がC4植物だといわれています。身近な例では、「とんぶり」で知られるホウキグサ(ホウキギ)がC4植物です。
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「今月の視点」 
2005年1月 
新年のごあいさつ
 独立行政法人農畜産業振興機構 理事長 山本 徹
てん菜の育種に関する研究の現状と今後の課題
 独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
 北海道農業研究センター畑作研究部てん菜育種研究室 室長 中司 啓二
砂糖・でん粉産業の公共性
 九州大学大学院農学研究院 教授 鈴木 宣弘
 調査情報部長 加藤 信夫
食品の甘味効率の決定要因と予測に関する研究
  〜適切な砂糖摂取を目指して〜
(平成15年度砂糖に関する学術調査報告から)
 お茶の水女子大学 教授 畑江 敬子