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ベトナムの糖業とサトウキビ研究の現状

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2005年3月]

【海外/糖業】

独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
九州沖縄農業研究センター さとうきび育種研究室 室長
  松岡  誠
独立行政法人国際農林水産業研究センター
生産環境部 主任研究官
  松本 成夫


はじめに
ベトナムの地勢
ベトナム糖業の概要
ベトナム北部、Tate & Lyle 社「Nghe An」製糖工場の概要
ベトナム南部、「La Nga」製糖工場の概要
サトウキビ研究所(Institute of Sugarcane Research)の概要
おわりに


図1 ベトナムの概略図

はじめに
 2004年12月にサトウキビおよび製糖副産物についての海外調査をベトナムで実施した。
 今年度から、アセアン地域に豊富に賦存するバイオマス資源を利用した持続可能な循環型社会形成への寄与および新規産業の創生を目的として、「ASEANバイオマス研究開発総合戦略」プロジェクトが開始された。本調査は、このプロジェクトの一環として行われたもので、サトウキビとその製糖工程で得られる副産物のベトナムにおける賦存量および利用可能量、またその利用技術について調査した。本報告では、これら調査内容の詳細については触れず、近年、急速に砂糖生産量を伸ばしてきたベトナムの糖業の概況と訪問した各試験研究機関、製糖工場の現状などについて紹介したい。

ベトナムの地勢
 ベトナムはインドシナ半島の東端に沿って、縦に細長い形状の国土をもっており、北緯8°35分〜23°40分の間に位置する(図1)。西側、ラオス、カンボジアとの国境近くは山岳地帯が南北に走っており、インドシナ半島の最高峰(標高3,143m)はラオスとの国境近く北西部の山岳地帯にある。東の南シナ海側には遠浅の海岸線が続いている。首都ハノイがある北部には紅河(ホン河、源流は中国雲南省)デルタが、そして旧南ベトナムの首都であったホーチミン市(旧サイゴン)がある南部には広大なメコン(源流はチベット高原)デルタが広がっている。
 ベトナムは全体としては高温多雨で、年間の平均気温は22℃以上、熱帯モンスーン気候の国であるが、南北に細長い国土をもつため、北部と南部では大きく気候が異なる。南部では、年間を通して気温の変動は少なく、雨季(5月〜10月)と乾季(11月〜4月)がある。首都ハノイがある北部は亜熱帯で四季らしきものがあり、冬には最低気温が10℃を下回ることもある。このベトナム北部地域は緯度的には、南西諸島の八重山諸島(北緯24°あまり)と近く、年の平均気温もさほど変わらない(表1)。
表1 ベトナムと石垣島の平均気温と降水量の平年値
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ベトナム糖業の概要
 肥沃な紅河デルタ、メコンデルタを持つベトナムは農業国で、稲作が盛んである。米の輸出量では2003年にはタイに次いで世界第2位となっている。また、このほか、コーヒー、胡椒などの生産量も大きい。サトウキビの栽培と砂糖の生産についてみれば、1990年代前半までは大した量ではなく、国内生産量は消費量を大きく下回っていた(図2)。1995〜96年期の砂糖生産量は18万トンである。しかし、その後、急速な勢いで砂糖生産量を伸ばし、2003〜04年期の生産量は115万トン、今期の生産見込みもこれと同量となっている。この10年間で生産量を6倍強伸ばしたことになる。砂糖の自給を達成するという増産政策をベトナム政府が積極的に進めた結果ではあるが、この急速な伸びには驚かされる。表2にはここ数年のサトウキビ栽培面積と生産量の推移を示した。この4年間についてみると、サトウキビの栽培面積は30万ヘクタール前後、サトウキビ生産量は1,500〜1,700万トンでさほど大きな変化はない。2003年〜04年期のベトナム全体での単収平均は47.5トン/ヘクタールであった。政府は、この単収を70トン/ヘクタールまで引き上げ、栽培面積は25万ヘクタールまで引き下げることを将来的な目標としている。

図2 ベトナムの砂糖生産量および消費量の推移
表2 ベトナムのサトウキビ生産の状況
 現在、ベトナム全体で44の製糖工場が操業しており、政府系の経営体により運営されている工場と、外資系の工場とに大別される。外資系としてはインド、タイ、台湾の製糖会社などが進出しており、今回、訪問した「Nghe An, Tate & Lyle」工場はイギリス資本の会社である。サトウキビの圧搾処理能力は、最大の工場が8,000トン/日、最小が500トン/日である。
 ベトナムのサトウキビ栽培地帯はおおむね以下の5つの地域に分けることができる。
1. 北東高原地域:傾斜地が多い。冬季は乾燥し、気温が低い。サトウキビの単収は低いが、糖度は比較的高い。サトウキビ生産は低調である。
2. 紅河デルタ地域:土壌は肥沃で、サトウキビの単収は高く、糖度も比較的高い。サトウキビが作付けされている地域は分散している。
3. 中部海岸地域:降雨量が比較的少なく、土壌も肥沃ではない。そのため単収は低いが、糖度は比較的高い。
4. 東南地域:雨季と乾季があり降雨量は多い。また、土壌も肥沃である。単収は55〜65トン/ヘクタール程度である。
5. メコンデルタ地域:単収が高く、100トン/ヘクタール以上の圃場もある。ベトナムのサトウキビ栽培の中心であるが、糖度は他地域よりも低い。
 ベトナム中部、北部では、サトウキビは特定の地域に集中して作付けされ、多くの製糖工場はその中心に位置している。しかし、南部では必ずしも製糖工場の周りにサトウキビの作付けが集中しているわけではない。これは、南部地域ではサトウキビとほかの作物、稲、果樹、ゴムなどとの競合が激しいためであり、近年、サトウキビ栽培地域の変遷に伴い、工場の整理、統合があったという話しも聞いた。
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ベトナム北部、Tate & Lyle 社「Nghe An」製糖工場の概要
 ベトナム北部、首都ハノイ市から国道1号線を南下し、ヴィン市の手前から西の内陸部に入ったところ(ハノイ市内から車で約5時間)に今回訪問したTate & Lyle 社の「Nghe An」工場がある(写真1A、B)。「Nghe An」工場は、1998−99年期から操業を開始した新しい工場である。そのため、建物、内部の設備なども新しく、コンピュータによる工場の自動化もよく進んでいるという印象を受けた。今回は工場長のPeter Nielsen氏(オーストラリア人)、Ngo Van Tu 氏(農務の責任者)、Le Dinh Quy 氏(工務の責任者)の3氏から説明と案内を受けた。「Nghe An」工場の2002−03年期のサトウキビ圧搾量は127万トン、砂糖の生産量は11.8万トンである。我々が訪問した2002年12月上旬には、すでに製糖は始まっていた。この地域の雨季は4月から10月で、年間の降水量は約1,500mm、製糖期は、気温が低く乾燥する11月から翌年の3月くらいまでである。表3には、1998−99年期から2002−03年期まで「Nghe An」工場の生産実績の推移を示した。もともと、この地域では大規模なサトウキビ栽培は行われていなかったため、工場の建設にあわせて新しくサトウキビ栽培を始め、作付け面積を広げてきた。通年の工場の従業員は320人だが、操業期間中は約540人に増やしている。この地域では収穫は人力に頼っており、ハーベスターはまだ入っていなかった。丘陵地帯であり、傾斜のある圃場が多いこと、人件費が安く、労働力も豊富であるということが原因と考えられる(写真2A、B)。工場に搬入される原料茎の繊維含有率は平均で12.5%、原料茎の約27%のバガスが出る。バガスのほとんどはボイラーの熱源として燃料に使用し(約90%)、一部は製紙、合板の原料に利用されているとのことであった。また、年間約5万トンの廃糖蜜が副産物として生産されるが、そのほとんどはMSG(グルタミン酸やその他調味料の原料として用いられる)の原料として韓国系の企業へ売り渡されている。

A

B
写真1 Tate & Lyle社 「Nghe An」工場
A:工場の遠景
B:ミルへ原料茎を送り込む貨車、矢印の部分で貨車は反転し、原料茎が下のミルへ送られる。
表3 Nghe An 工場の生産実績の推移

A

B
写真2 「Nghe An」工場周辺のサトウキビ畑
A:丘陵地帯のサトウキビ圃場、原料茎を道路まで牛車で運搬していた。
B:サトウキビの収穫風景、サトウキビは地際から倒した後、梢頭部を切断し、原料茎を調整する。
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ベトナム南部、「La Nga」製糖工場の概要

写真3 「La Nga」工場のヤード
この工場では枯葉が多く付着した原料茎が運び込まれていた。
 ベトナム南部、ホーチミン市の北東、Dong Nai省にある「La Nga」製糖工場を訪問した(ホーチミン市から車で約2時間)。ここは1984年に操業を開始した政府系の工場で、規模は前述の「Nghe An」工場よりもずっと小さい。この地域のサトウキビ畑、約6,000ヘクタールをカバーしており(うち、1,300ヘクタールは自社圃場)、年間約33万トンのサトウキビを圧搾している(写真3)。一日の処理能力は2,000トンで、操業期間は通常11〜4月ということであった。この地域の平均単収は、新植で60〜70トン/ヘクタール、株出しで55〜60トン/ヘクタールで、農家一戸あたりのサトウキビ作付け面積は1.5〜2ヘクタールである。

サトウキビ研究所(Institute of Sugarcane Research)の概要
 ベトナムのサトウキビ研究の中心となるのが、ホーチミン市の北東、Binh Duong省にあるサトウキビ研究所(ホーチミン市から車で約1時間)である(写真4)。サトウキビ研究所はベトナムの農業省の管轄下にある政府機関で1977年に設立された。今回の訪問では、Do Ngoc Diep所長が概要について説明、Cao Anh Duong次長が研究所内外の施設と圃場を案内してくれた。研究所の研究部門は、育種部、病害虫防除部、栽培部と3部門に分かれている。研究者の数は36名で、研究部門でサポートとして働く技術者は17名である。
 研究所の現在の主要な研究テーマとしては、1.高糖多収で、病害虫などへの抵抗性が強い品種の育成、2.サトウキビ遺伝資源の収集、保存およびその特性評価と利用、3.新品種「VN84−422」および 「VN85−1427」の栽培方法の確立と普及、4.育種システムの改良などである。

写真4 サトウキビ研究所の本部棟
 同研究所においても交配育種を行っているが、実施している交配の組合せは年間10〜20組合せである。選抜に供試している実生個体数は最も多い年でも5,000個体と、その規模は非常に小さいものである。それを補うためと思われるが、海外からの導入育種は盛んに行われており、現在、作付けされている品種の多くは導入品種である。導入はキューバ、インド、中国、台湾などの国々から行われており、ベトナム南部「La Nga」工場周辺で最も作付け面積の多い「MY5514」はキューバからの、ベトナム北部「Nghe An」工場周辺の主導品種「ROC10」は台湾からの導入品種である。この研究所で育成されたベトナムの品種は、例えば前述の「VN84−422」のように、「VN」とベトナム国名のイニシャルが冠せられ、その後に実生育成の年号下二桁と系統の一連番号が続くという形で表される。
 現在、研究所は小さな所帯で、研究部門も3部門と少ないが、近い将来に研究部門を充実させるとともに、選抜試験地をベトナムの数ヶ所に設けるという拡充計画を進めていた。また、現在もキューバ、中国、フランスなどとの研究協力(品種の交換、研修受入など)を進めているが、もっと幅広く多くの国と研究交流を行いたい(特に品種、遺伝資源の交換、バイテク育種の分野で)と所長は語っていた。

おわりに
 先にも述べたが、ベトナムはサトウキビ栽培、製糖では、最近台頭してきた新興の生産国である。今後、育種と栽培方法の改良が進み、単収が上がればその生産量はさらに増えるであろうし、製糖産業にとっては将来性の高い国であると思われた。また、今回の調査では、家畜の飼料としてサトウキビ梢頭部がほぼ100%回収されていること、製糖副産物であるバガス、廃糖蜜がよく利用されていることに驚かされた。ベトナムでは梢頭部、バガス、廃糖蜜については、未利用分としての余剰はほとんど存在しないと考えた方がよいであろう。これら資源の有効利用については、わが国、南西諸島の糖業においても、再点検が必要ではないかと考えさせられた次第である。


【引用文献】
1. Statistical Yearbook 2003, Socialist republic of Vietnam, General Statistics office, 2004.
2. Vietnam's Sugarcane Production, Proc. Internl. Symp. on Sustainable & Sugar Production Technol. Nanning, P.R. China, 2004.
3. 地球の歩き方「ベトナム」、ダイヤモンド社、2004.
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