[2006年1月]
【調査・報告〔砂糖/健康〕】
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授 高野 健人
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本研究は、都市生活者において、飲料からの糖質摂取が、健康の維持増進に及ぼす影響を明らかにすることを目的としたものである。
大都市および地方都市に居住する20〜69歳の一般成人を対象に、調査員が各家庭を訪問し、有効な回答を得られた386名のデータを用いて、精神健康度、自覚的ストレス度、自覚的健康度の3つを指標として、回帰分析を行った。
その結果、中等量の糖質(10〜25g/日)を摂取する群において、精神健康度は高く、自覚的ストレスは小さい傾向があり、特にそれは大都市生活者において顕著であった。
本研究を基に、今後は、個別の飲料についての糖質摂取量と健康状態の関係、健康状態による糖質摂取状況への影響などの因果関係の解明につながるよう、さらに研究を深めることが期待される。
1 はじめに
生活様式の多様化に伴い糖質を含有する食品および飲料摂取の様式は複雑になっている。糖質および炭水化物の摂取と健康との関連については、過度の摂取によるカロリー過多に伴う生活習慣病の発症が懸念される一方で、健康への影響、例えば、糖質を含む炭水化物の摂取と生活習慣病の発症との直接的な関係については必ずしも科学的な結論が得られていない(Lineback.
1998)。また、炭水化物や糖類の種類によって異なるグリセミック指数(GI:ブドウ糖を摂取した後の血糖上昇率を100として、各食品を同量摂取した際の血糖上昇率を百分率で表したもの)が注目されており(Warren,
et al. 2003; Ludwig, et al. 1999)、炭水化物や糖質は、摂取量とともに、その種類によって健康影響が多様であることが考えられる。一方、都市化に伴うストレスの多い日常生活にあって、適度な糖質を摂取することが精神的なゆとりをもたらし、精神的健康を良好に保つことに寄与するのではないかという考え方もある。糖質類を適度に摂取することは健康水準の増進と維持に寄与するとも考えられるが、多様化している糖質摂取、特に飲料からの糖質摂取と健康との関連性について十分な科学的知見は蓄積されていない。
著者は、先行研究において、食品摂取頻度記録システム(food frequency reporting system:食品・飲料の摂取量を詳細に定量化するための質問紙調査で、飲料については、食事中の飲み物、自家製飲料、市販飲料の別に摂取頻度・量についての質問を含む)を用いて、多様な飲料からの糖質摂取量を定量化する方法を開発した(高野、2004)。本研究では、この方法を用いて飲料からの糖質摂取量を算出し、それらと精神健康度、自覚的ストレス度、自覚的健康度との関連性について分析した。健康度には性別、年齢、居住場所、健康習慣の実践状況が影響を及ぼすことが知られているため、多変量解析の手法を用いて、飲料からの糖質摂取量と健康度との直接の関連性を明らかにした。
本研究は、都市生活者において、飲料からの糖質摂取と摂取パターンが、その他のライフスタイルとの相互関係の中で、健康の維持増進に及ぼす影響を明らかにし、都市生活における健康増進のための生活様式の提言に寄与することを目的としたものである。
2 方法
1)対象
大都市(A地域)および地方都市(B地域)の住民基本台帳から層化無作為に抽出した20歳から69歳の男女400名を調査対象とした。調査員が各家庭を訪問し、調査についてのインフォームドコンセントを得た後、以下の調査を行った。386名から有効回答が得られた。
2)調査方法
(1) 飲料摂頻度調査
飲料の摂取頻度は食品摂取頻度記録システム(food frequency reporting system)を用いて、自宅や喫茶店等における飲料(brewed
drinks)と市販のペットボトル等による飲料(bottled/packaged drinks)の摂取量により把握した。
Brewed drinksに関しては、紅茶、コーヒー、生果実ジュース、生野菜ジュースを糖質が含まれる飲料とし、それぞれについて、摂取頻度を「1日5杯以上」、「1日3〜4杯」、「1日1〜2杯」、「週3〜4杯」、「週1〜2杯」および「ほとんど飲まない」の6段階で測定した。紅茶およびコーヒーについては、砂糖量を1杯あたり入れる砂糖のスプーンの杯数で調査した。Bottled/packaged
drinksは野菜飲料、果実飲料、牛乳、砂糖入りコーヒー、炭酸飲料について、摂取量を「週1l以上」、「週500ml〜1l」、「週200〜500ml」、「週200ml未満」および「飲まない」の5段階で調査した。
(2) 健康調査
精神健康度、自覚的ストレス度、自覚的健康度について調査した。精神健康度は世界各国で共通に使用され日本語版が標準化されている評価法のひとつであるGeneral
Health Questionnaire(GHQ:精神健康調査票)の12項目を用いた(McDowell & Newell、1996;山崎、1992)。自覚的ストレス度は、最近1ヶ月のストレスと自身の健康状態についての不安について、「大いにある」、「多少ある」、「あまりない」、「まったくない」の4段階について回答を得た。自覚的健康度は「よい」、「まあよい」、「ふつう」、「あまりよくない」、「よくない」の5段階について回答を得た。
3)解析
(1) 糖質摂取量の算出
Brewed drinksについては、6段階の摂取頻度に応じて500、350、150、50、20、0を乗じてそれぞれの飲量(g/日)を算出した。Bottled/packed
drinksについては、5段階の摂取量に応じて179、107、50、14、0を乗じて飲量(g/日)を算出した。
糖質の含有量は、「五訂食品成分表」(香川、2003)を用いて、糖質量=炭水化物―食物繊維として算出した。各飲料は、野菜ジュース=野菜ミックスジュース(食品番号06186)、果実ジュース=果実飲料ストレートジュース(07030)、コーヒー=コーヒー飲料(16047)、炭酸飲料=サイダー(16053)とした。なお、自宅での飲料摂取量での糖質摂取量の算出における紅茶およびコーヒーについては、使用する1杯当たりの砂糖量(スプーン1杯=3g)より算出した。
総糖質摂取量は、その分布をもとに、0g/日、0〜10g/日未満、10〜25g/日未満、25g/日以上に区分した。また、先行研究(高野、2004)の結果をもとに、飲料からの糖質摂取量を「コーヒー・紅茶飲料による糖質摂取量」(以下「コーヒー・紅茶」)、「市販のペットボトル・缶等の飲料による糖質摂取量」(以下、「ボトル・パック他」)、「果実・野菜ジュース飲料による糖質摂取量」(以下、「果実・野菜ジュース」)の3つの各糖質摂取量を算出し、その分布から、0g/日、0〜10g/日未満、10g/日以上に区分した。
表1 対象者の健康度別分布(n=386)
表2 飲料の種類別推計糖質摂取量(平均±SDg/日)および推計糖質摂取量別分布
(2) 糖質摂取と健康状態との関連性の分析
糖質摂取量と健康状態との関係については以下の分析を行った。精神健康度は、GHQの12項目中2項目以上に問題があったか否かで区分し、1項目以下のものを精神健康度が「よい」とした。自覚的ストレス度は、最近1ヶ月のストレスと自分の健康状態に関する不安についての質問の両方に「まったくない」あるいは「あまりない」と答えた者を精神的ストレスが「小さい」とした。自覚的健康度は、「よい」(「よい」、「まあよい」)と「ふつう以下」(「ふつう」、「あまりよくない」、「よくない」)に区分し、前者を自覚的健康度が「よい」とした。
分析には、多重ロジスティック回帰分析を用いた。目的変数として、上記の3つ(精神健康度、自覚的ストレス度、自覚的健康度)とし、いずれもよい健康状態を1、悪い健康状態を0とした。説明変数は、糖質摂取量(総糖質摂取量は4区分、種類別糖質摂取量は3区分のカテゴリー変数)、性別、年齢、居住地域、生活習慣とした。生活習慣は、食事の規則性、食事のバランス、薄味、食べすぎない、適度な運動、十分な睡眠、喫煙しない、過度な飲酒をしない、の8つの質問項目を用いて8点満点の生活習慣得点(Health
Practice Index、以下、HPI)を算出した(HPIが高いほうがよい生活習慣を持つことを意味する)(森本、1991)。つまり、性別、年齢、居住地域、生活習慣と健康度(精神健康度、自覚的ストレス度、自覚的健康度)との関係の影響をとりのぞき、糖質摂取量と健康度との直接の関連性を多変量解析の手法で明らかにした。全対象者をすべてまとめて多重ロジスティック回帰モデルで分析した他、男女別、地域別に分析を行った。統計学的分析にはSPSS11.0Jを用いた。
3 結果
(1) 調査対象の基本条件等
対象者は男183名、女203名で、平均年齢は46.1±13.3(SD)歳であった。健康生活習慣得点(HPI得点、8点満点)の平均は3.4±2.3(SD)点であった。健康度別の度数分布を表1に示した。精神健康度が「よい」者、自覚的ストレスが「小さい」者、自覚的健康度が「よい」者は、それぞれ、50.0%、23.3%、56.2%であった。
推計した糖質摂取量(1日あたり)の平均は、「コーヒー・紅茶」4.9g、「ボトル・パック他」5.2g、「果実・野菜ジュース」3.8g、飲料からの糖質総摂取量で13.9gであった。推計糖質摂取量による区分を表2に示した。
表3 健康状態と飲料からの糖質摂取量ならびに性別、年齢、健康生活習慣(HPI)、地域との関連(多重ロジスティック回帰分析結果)
(2) 精神健康度
表3に、健康状態と総糖質摂取量ならびに性別、年齢、HPI、地域変数との関係を示した。表は、よい健康状態(精神健康度が「よい」、自覚的ストレス度が「小さい」、自覚的健康度が「よい」)に対するオッズ比(Odds
Ratio:OR)を示し、ORが1より大きいことは(=正の関係)、健康度が高いことに関連していることを表す。
精神健康度が「よい」カテゴリーに分類されるのは女より男に多く、HPI得点が高い方が精神健康度が高い。飲料からの糖質摂取量と精神健康度の関係については直線的な関係ではなく、摂取量ゼロに比べて10〜25g/日の群で健康との関係が最も強く(OR=1.51)、摂取量がこれより少ない群(OR=1.03)、多い群(OR=1.02)よりもORが大きかった。飲料からの糖質摂取量が10〜25g/日の群を、飲料からの糖質摂取量がゼロの群と比較したOR(95%信頼区間)は、全体で1.51(0.70−2.79)、A地域で2.41(0.99−5.89)、B地域で0.96(0.40−5.22)、男では1.11(0.47−2.66)、女では2.12(0.88−5.11)であった。いずれもORは1を超え、10〜25g/日の糖類を摂取していたことと精神健康度が高いこととが関連の方向であることを示した。特に、大都市地域(A地域)で、この関係が高い確実性(p=0.053)であることが示された。
表4 健康状態と飲料からの糖質摂取量、性別、年齢、健康生活習慣(HPI)、地域との関連:飲料の種類別(多重ロジスティック回帰分析結果)
(3) 自覚的ストレス
自覚的ストレスが「小さい」カテゴリーに分類されるのは年齢が高い場合に多い。飲料からの糖質摂取量について10〜25g/日の群を、飲料からの糖質摂取量がゼロの群と比較したOR(95%信頼区間)は、全体で2.04(0.99−4.17)、A地域で3.67(1.19−11.32)、B地域で1.25(0.48−3.30)、男では1.72(0.64−4.64)、女では2.50(0.86−7.28)であった。いずれもORは1をこえており、10〜25g/日の糖類を摂取していたことと自覚的ストレスが小さいこととが関連の方向であることを示した。この関連性の確からしさは、全体でp=0.052と高く、さらに大都市地域(A地域)ではp=0.023と、有意な関連性が認められた。
自覚的健康度と健康生活習慣得点とは有意な正の関連性があるため、自覚的健康度と飲料からの糖質摂取量との関連性は認められなかった。
表4に、健康状態と飲料の種類別の総糖質摂取量ならびに性別、年齢、HPI、地域変数との関係を示した。
大都市および地方都市に居住する20〜69歳の一般成人を対象に、食品摂取頻度記録システムおよび健康調査から算出した飲料からの糖質摂取量と健康状態について、3つの健康状態(精神健康度、自覚的ストレス度、自覚的健康度)を指標として、基本的属性および健康に関連したライフスタイルを考慮し検討した。その結果、性別、年齢、ライフスタイルに加えて、糖質摂取量は精神健康度および自覚的ストレス度において健康状態と有意な関係が認められた。
糖質を含む飲料は多様化しているが、本研究では、先行研究の成果に基づき(高野、2004)、brewed drinksに属するコーヒー・紅茶およびbottled/packed
drinksのうち砂糖入りコーヒーによるもの(「コーヒー・紅茶」)、砂糖入りコーヒーを除くbottled/packed drinksによるもの(「ボトル・パック他」)、brewed
drinksに属する果実および野菜ジュースによるもの(「果実・野菜ジュース」)の3つに類型化し、それぞれの飲料からの糖質摂取量と健康状態の関係を分析した。その結果、中等量の糖質を摂取する者では自覚的ストレス度が小さく、全く摂取していない者に比較して精神的な健康度が高いことが認められた。これらの関係は特に大都市において顕著にみられた。
糖類摂取の健康影響については、慢性疾患への影響を中心に多くの議論がある。糖尿病との関連について、糖類そのものの糖尿病の原因としての役割に否定的であるとする研究が多い(Lineback.
1998)。また、近年注目されているグリセミック指数(GI)は、糖質を含む炭水化物が消化されて血液中に糖として入り込むために必要な時間を指標化したもので、この値が低い食物は食後の血糖上昇とインスリンの反応を低下させるとされ、糖尿病や耐糖能異常を持つ者にとって、米飯、シリアルやパスタに加えて、フルーツや野菜は炭水化物の食源として適当であることが指摘されている(Lineback.
1998)。また、GIと肥満度であるBMIとの関係を分析した研究の結果、炭水化物の種類が体重に影響していることが示唆されている(Ma, et al.
2004)。
個々の飲料の種類別に詳細に分析した結果、個別の飲料からの糖質摂取量と健康状態との間には多様な関係があることが示唆され、今後の研究が必要と考えられた。
なお、本研究は横断研究の研究デザインを用いているため、結果が直接的な因果関係を示しているとは結論できない。横断研究では、因果関係(例えば、原因=糖質摂取、結果=健康状態)の他に、逆の関係(例えば、健康状態によって糖質摂取状況が変化する)に結果が影響されることも考えられる。横断研究をベースラインの調査とした縦断的研究を行い健康状態の変化を観察することは、因果関係の解明につながると思われる。
Lineback D. Carbohydrates in human nutrition. (FAO Food and Nutrition Paper -
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Ma Y, Olendzki B, Chiridoga D, Hebert JR, Li Y, Li W, Campbell MJ, Gendreau K,
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McDowell I, Newell C. Measuring health. Oxford University Press. 1996.
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