さとうきびは、栄養体繁殖性作物で、活性の高い種苗の増殖率は、10倍程度と極めて低いうえ、一般的防除法では防除不可能な病原(種苗伝搬性病害)が種苗に内在することが多く、一度植え付けした種苗の栽培期間が株出しを含めると3年程度と長期にわたることや、罹病株が感染源となること等から直接・間接的な収量に与える影響には大きなものがある。したがって、さとうきび栽培に当たって種苗を選択することは、基本栽培技術のひとつといえる。
当農場は、昭和40年10月に当時蔓延していたモザイク病やわい化病の被害軽減化による農家収入の高位安定化のため、国・県・市町村等での3段階組織による種苗増殖役割の頂点となる健全無病の優良種苗である原原種の生産・配布を目的に、さとうきび原原種農場として設置されたものであり、高品質の原原種を供給する役割を担っている。
現在、さとうきび原原種の生産は、当農場と沖縄農場の2農場で実施しており、鹿児島県及び沖縄県のさとうきび生産振興計画に基づいて、生産する品種並びに数量を決定している。
前述したようにさとうきびは増殖率が低く、種苗伝搬性病害に罹病したものは病害防除が困難なことから、増殖の基本となる健全無病な元種を作出確保し、増殖段階ごとに徹底した検定による淘汰と、万全を期した感染防止対策の実施によって無病種苗の生産を行っている。
また、種苗の持つべき品質として、品種特性の保持と発芽性に優れた能力が求められることから、栽培期間中を通した肥培管理や病害虫防除の徹底と収穫時の選別が必要となる。
なお、新品種等の優良品種の早期普及に当たっても、育種機関での奨励品種検定試験供試段階から導入して、無病化した元種の予備増殖を行い奨励品種採用決定後の配布開始に備えている。
(1) 原原種生産に至るまでの増殖段階と病害検定について
農場における無病種苗の生産体系は、増殖及び検定の効率化の観点から基本ほ・増殖ほ・原原種ほの3段階による増殖体系をとっており、増殖段階・種苗伝搬性病害ごとに検定と防除を実施している。
1) 対象となる主要種苗伝搬性病害と検定並びに防除法
a) モザイク病
病原はウイルス(Sugarcane mosaic virus)で、健全株への伝搬は、主にアブラムシによって媒介され、一度感染した株では農薬等で完治することなく、罹病株から採苗した種苗では全てが発病するとともに感染源となる。(罹病株から、健全種苗を得るには茎頂培養の手段が用いられる。)病徴は主に葉身に現れ、伸長期の半展開葉の基部では明瞭となることから、生育旺盛期の判定は肉眼でも容易に行える。
被害としては、生育時の感染では比較的影響は少ないが、罹病種苗を用いたり、株出し栽培においては発芽・萌芽の遅れや生育不良となって茎数及び茎長への影響がみられ、被害程度としては10%程度はあるものと思われる。
農場における検定手段及び防除法については、導入品種・系統の予備増殖や既存の配布品種の基本ほについては、肉眼による健病の判定と、血清を用いたELISA検定を実施し潜在感染株の検出や健全化の確認を行っているほか、種子島がモザイク病の発生地域にあることから、増殖ほを含めた場用種苗の生産においては網室による施設栽培とし、媒介虫の有翅アブラムシから隔離するとともに、定期的な薬剤散布を実施するなど徹底した感染防止を図っている。
また、配布種苗生産ほとなる原原種ほについては、露地栽培となることから生育期間を通して10〜12回の株ごとの肉眼判別を行い、新たな感染源とならないよう罹病株の早期抜き取りによる感染防止に努めているほか、有翅アブラムシの発生消長調査によって飛来動向の把握を行い、適期の薬剤防除による感染防止に努めるとともに、アブラムシの発生源となりやすいほ場周囲の雑草対策や、環境浄化のための農場周囲の農家ほ場の発生状況調査を実施する等生産環境の保全にも努めている。
現在、農場の位置する種子島における農家の栽培品種が、ほ場抵抗性の強い農林8号の独占状態となっていることから、農場での感染率はもとより、島内での発生は大幅に低下してきている。
b) わい化病(Ratoon stunting Diseases)
病原は細菌(Clavibacter xyli subsp.xyli)で、健全苗・株への伝搬は主に刃物等による汁液伝染で、極めて感染力が強くモザイク病同様一度感染した株では農薬等で完治することなく、罹病株から採苗した種苗では全てが発病するとともに、収穫や調苗時等に刃物等を介して感染源となる。(罹病種苗の健全化には、種苗の熱処理が有効である。)
病徴としては、外観上の変化は特に認められず、成熟茎下部の節下部を鋭利な刃物で横断することで維菅束部に僅かの変色(赤褐色)が認められるのみであるため、生育中の健病判定が困難である。
被害としては、新植時やさとうきびの生育に適した環境下では影響が少ないようであるが、病名(Ratoon stunting)にもあるように株出し栽培において、干ばつ等の不良環境下では茎数、茎径、茎長にかなりの影響が及ぶとされ、被害程度としては10%を超えるものと思われる。
農場における検定手段及び防除法は、導入品種・系統については光学顕微鏡(位相差顕微鏡)によって種苗茎内維菅束液の細菌を確認し、罹病種苗にあっては温湯消毒(50℃で2時間処理)によって健全化を行うとともに、健全化の確認までガラス室での隔離栽培としているほか、健全種苗についても種苗生産への影響を考慮し、万全を期すため同様に温湯消毒を実施している。また、配布品種の元種となる基本ほ及び増殖ほに植え付けする種苗においても、光学顕微鏡での検定を実施し健全化の確認を行うとともに、基本ほ植え付け種苗では温湯消毒も実施している。なお、種苗の収穫・調苗時には消毒液に浸した刃物を使用することで感染防止の徹底に努めている。
c) 黒穂病
病原は糸状菌(Ustilago sciraminea Syd.)で、罹病株から抽出する鞭状物から胞子が飛散し、種苗の芽子及び立毛キビの側芽芽子に接触した場合、胞子から発芽した菌糸が進入して伝染するとされている。したがって、鞭状物抽出盛期に芽子が露出しやすい株出しや夏植えでの感染が多いようである。また、感染した芽子が種苗として用いられた場合、植え付けほ場での発病となり新たな感染源となる。
病徴としては、細茎の叢生と細身の葉身がやや立葉を呈した後、穂ばらみ状となり病名の由来となる黒穂状の鞭状物を抽出することとなる。
被害としては、極めて細茎化することと鞭状物を抽出した茎が枯死に至る場合が多いことから、発病株からの収穫は著しい減収となる。
農場における検定手段及び防除法については、モザイク病の抜き取りと同時併行して罹病株の早期発見淘汰に努めるとともに、感染防止対策として、農家ほ場の株出し栽培における鞭状物抽出最盛期を中心とした殺菌剤の散布と、植え付け種苗の殺菌剤消毒や農場周辺農家ほ場における病株抜き取りの実施など、感染防止の徹底に努めている。
近年、種子島においては、農家ほ場の栽培品種が、ほ場抵抗性の強い農林8号で独占状態となったため発生は極めて減少し、数年来農場内はもとより、周辺農家ほ場でも発病を認めていない。
2) 導入品種・系統の増殖における種苗伝搬性病害の検定と防除について
モザイク病・わい化病・白すじ病・白葉病・黒穂病等の種苗伝搬性病害の健全化確認後、奨励品種採用決定後の需要に応え直ちに配布開始できるよう有望品種・系統の元種を下記の体系で予備増殖している。
4) 一般病害虫の防除
原原種生産の安定と種苗品質の向上には、一般病害虫の防除も重要となり薬剤を主体とした直接的防除と、 輪作による土壌病害虫の密度低下での間接的防除によって対処している。
病害については、当農場では耐病性の強い農林8号(NiF8)が現在栽培面積全体の約75%を占めていることから全般的に発生は少ないものの、植え付け時から分げつ期にかけての緩生育期には根腐れ病による生育遅延と、高温・多湿期には梢頭腐敗病や一部品種におけるサビ病の発生がみられる。これらの病害に対しては、植え付け時の土壌施用殺菌剤と発病期の薬剤散布で、発生の抑制及び防除を実施している。
虫害については、特に問題となるのがモザイク病の媒介虫であるアブラムシと、芽子への加害が多く種苗品質を大きく損ねるカンショシンクイハマキである。
アブラムシについては、植え付け時の土壌施用浸透移行性殺虫剤や生育期間を通した薬剤防除により場内さとうきびほ場での繁殖は認められない状況であるが、媒介の主体となる有翅虫の飛来には発生消長調査に基づいて、盛期に集中した薬剤防除により対処している。
カンショシンクイハマキについては、発生が不定期で葉梢内に侵入した場合防除が困難となる。また、芽子に直接産卵した場合薬剤効果の出るまでの間に加害が見られるなど、種苗生産上においては最も警戒を要する害虫となっているが、フェロモントラップによる発生消長の把握と、土壌施用浸透移行性殺虫剤や適期の薬剤散布によって対処している。
なお、その他の害虫としてハリガネムシやアオドウガネの幼虫による植付種苗芽子や幼生さとうきびへの加害、並びにシロアリによる生育期間を通した加害が見られるが、薬剤による防除効果と輪作による密度低下で被害程度としては大きくはない。
当農場は、主に鹿児島県の南西諸島のさとうきび生産振興地域を配布対象としており、現在、鹿児島県の申請に基づいて、夏植用66万本、春植用66万本の年間合計132万本(40ha分の種苗)の配布計画を基に生産を行っている。
種苗としてのさとうきびは、大型で繊細なことから取り扱いには重作業と細心の注意を必要とする。特に芽子は脆弱で、切断と同時に休眠打破となることから夏植用の高温期には伸育肥大で、春植用は脱葉性容易な品種は裸芽子が多いことから、収穫及び配布時の出荷・荷受け作業時の損傷が不発芽要因となりやすい。また、春植用にあっては霜害回避のため、やむなく収穫貯蔵としているが、切り口から糸状菌や細菌等の侵入を受けやすいことから収納時に殺菌剤処理しているものの、夏植用同様貯蔵性に欠けるため種苗活性としては新鮮さが要求される。そのため、配布に当たっては種苗の取り扱いを始め、極力新鮮種苗での配布とするため、現地のほ場条件や台風襲来期の気象情報、並びに輸送船便に合わせた出荷調整等に配慮が必要となる。
なお、前述の農場での増殖にも基本ほから3年を要するため、新品種の普及時等においては品種需要の増減が生産計画から大きく変化し、結果的に対応が不十分となる状況もある。したがって、生産計画においては各地域の品種需要を的確に反映させるよう動向把握に努めている。
生産の安定には、種苗の収量構成要素である茎数と節数の確保が重要となる。適した生育条件下でも、節間の伸び過ぎ等は逆に倒伏を招いて、折損や曲がりの発生と薬剤散布や病株抜き取り作業等の障害要因となることがある。当農場の立地条件から、夏期の台風・干ばつの常襲や数年ごとにみられる凍霜害等、とかく自然環境下では気象による生産への影響が大きい。こうした条件を克服して、毎年安定した原原種苗の生産・配布を行っていくことが当農場に課せられた使命である。このため、ほ場管理を含め生育期間を通した心配事が絶えない。
また、農場での植え付け適期と収穫・配布作業とが競合し、機械化による作業効率化が望まれるものの種苗の持つ特性上から困難なことが多く、繁忙期の労力調整に苦慮している。
以上、農場における原原種生産の過程や種苗生産が故の苦労を単に列挙してきたが、我々農場職員の苦労が報われ、さとうきびを巡る厳しい情勢の中で生産性の向上に貢献できるか否かは、県を始めとする種苗供給体系にかかわる関係者の努力によるところであり、当農場の種苗生産業務の目的に理解を頂くとともに、日頃より忌憚のないご指摘を甘受しながら、より高品質の原原種生産配布のために、なお一層の努力をしていきたい。