[1999年8月]
1998年農業白書の中で強調されているように、農業は食料の生産だけではなく、水資源かん養、土壌浸食・土砂崩壊防止、大気浄化、景観・環境保全などの公益的機能を果たしている。また、食料・農業・農村基本法案が成立し、同法の1つのポイントとして中山間地等の生産条件が不利な地域に対して適切な農業生産活動が維持されるための支援策(直接支払制度)が提案されている。
こうした中、沖縄県は今年2月、靴亜熱帯総合研究所に委託し、沖縄県の農業・農村の多面的機能に対する県民の支払い意志額調査を行い、4月にその調査結果を発表した。
それによると、沖縄の農業・農村のもつ多面的機能を評価して、それを維持するために支払ってもよいと思う金額は、県民1世帯当たり5万6,164円で、機能としての評価は、(1)自然環境を守る、(2)伝統文化を保存する、(3)アメニティーを提供する、(4)国境領土を守る、の順となった。この結果から、さとうきび畑などの豊かな緑は、県民の心を和ませ豊かにするとともに、農業と密接にかかわる祭りなどの伝統文化の継承にも貢献していることがうかがわれる。
沖縄県農林水産部
1.調査の背景・目的・方法
沖縄の農業・農村は、美しい緑や生物・水資源などを保全したり、農村景観を提供して快適な環境をもたらしている。また、地域や離島の人々の生活の場としても重要な役割を果たしている。
このような働きは、多面的機能や公益的機能と呼ばれ、重要な役割を果たしているにもかかわらず、農産物のように市場で取引されることが無いため、それらの価値を評価することは困難なことが多い。
そのため、本調査では、欧米諸国を中心に開発が進められている環境評価手法の1つであるCVM「Contingent Valuation Method:仮想市場評価法」を適用し、沖縄の農業・農村のもつ多面的機能について経済的評価を行った。
2.調査の実施概要
サンプルは県内全ての市町村を対象に電話帳から無作為抽出した一般県民とした。CVM調査は、郵送方法により平成11年2月に実施した。回収率を上げるために返送期限の数日前に、官製ハガキにより督促状を送付した。アンケート票の有効送付数は1,482通であり、それに対する回収数は454通(31.7%)であった。
調査の実施及び結果の解析は、沖縄県農林水産部から(財)亜熱帯合研究所に委託し、調査票の設計及び分析手法については、農林水産省農業総合研究所の協力を得た。
3.アンケート内容と調査結果
(1) アンケート調査結果
評価対象となる多面的機能は以下の4種類である。
なお、これらの機能に対する回答者の重要度比較を行った結果、(1)自然環境を守る(0.455)、(2)伝統文化を保存する(0.216)、(3)アメニティを提供する(0.182)、(4)国境領土を守る(0.147)であった。
○自然環境を守る…………………生物・生態系の保全、大気の浄化(111億円)
○伝統文化を保存する……………地域社会の維持、地域文化の保全(53億円)
○アメニティを提供する…………景観保全、観光保健休養、自然情操教育(44億円)
○国境・領土を守る………………国境の島々に住む人々に生活の糧を与える(36億円)
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注:各機能の金額は、支払い意志額である年間244億円に上記重要度比率を乗じたものである。
(2) アンケート調査内容
回答者に多面的機能へのWTP「Willingness to pay:支払意志額」を尋ねるために、以下の質問を行った。
「10年後ほどの近い将来に、沖縄の農業・農村のもつ多面的機能のかなりの部分が失われてしまうとします。そこで今後、市町村や、県、国または民間団体などが、農業・農村のもつ多面的機能が失われないように、さまざまな政策や活動を行っていくとします。その費用は皆さんの税金や基金への寄付などによりまかなわれるとします。」
「仮にその費用が、1世帯あたり年間 ※ 円であれば、あなたのお宅ではその金額を負担してよいと思いますか。」
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※の部分には5,000円から300,000円までの金額の中から任意の1つが入る。
上記の質問に対して、回答者が「はい」と回答した場合には、さらに高い金額でも支払ってもよいと思うかを尋ね、「いいえ」と回答した場合には、より低い金額であれば支払ってもよいと思うかを尋ねた(2段階2項選択法)。この質問に対する回答をもとに、多面的機能へのWTPを推計した。
(3) 多面的機能へのWTP推計
WTPを推計した結果、沖縄の農業・農村のもつ多面的機能に対する支払い意志額は、1世帯当たり年間5万6,164円(平均値)になることが明らかになった。この1世帯当たりの評価額に沖縄県の総世帯数(43万4,105世帯)を乗ずることにより、農業・農村の多面的機能に対する県民の支払い意志額からみた評価額は、年間244億円という結果が得られた。
世帯数 |
1世帯当たりWTP |
総評価額 |
434,105戸 |
56,164円 |
244億円 |
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注1 世帯数は平成11年2月1日時点
2 総評価額は、世帯数×WTP |
4.アンケート調査の集計結果
〈参 考〉 |
非市場財の主な評価手法の特徴と問題点 |
手法名 |
代替法 |
CVM |
ヘドニック法 |
トラベルコスト法 |
内 容 |
評価対象に相当する私的財に置き換えるための費用をもとに評価 |
環境資源の変化に対する支払い意志額や受入補償額を尋ねることで環境価値を評価 |
環境資源の存在が地代や賃金に与える影響をもとに環境価値を評価 |
対象地までの旅行費用をもとに環境価値を評価 |
適 用 範 囲 |
水質改善、土砂流出防止等 |
レクリエーション、景観、野生生物、種の多様性、生態系など幅広い |
地域アメニティ、水質汚染、騒音等 |
レクリエーション、景観等 |
特 徴 |
直感的にわかりやすい |
適用範囲が広く、非利用価値も評価可能 |
地代、賃金等の市場データを利用する |
旅行費用と訪問率などから評価できる |
問題点 |
評価対象に相当する私的財が存在しないと評価できない |
アンケートを実施するので情報入手コストが大きい
様々なバイアスが存在する |
適用範囲が地域的なものに限定される
一般に都市部の環境財が高く評価される傾向がある |
適用範囲がレクリエーションに関係するものに限定される |
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資料:(社)中央畜産会及び(株)三菱総合研究所「事業効果の評価分析手法の開発事業報告書(平成11年1月)」より抜粋。 |