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お砂糖豆知識[2000年9月]

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最終更新日:2010年3月6日

ALIC砂糖類情報
お砂糖豆知識

[2000年9月]
●てん菜のあれこれ  ●砂糖のあれこれ  ●甘味料のあれこれ


てん菜のあれこれ

てん菜の取引制度

(社)北海道てん菜協会

糖分取引制度の検討経過(2)
〔改革の勢力をそがれた作付面積の急減〕
 糖分取引に向けて基本的な方向付けを行った「てん菜取引制度調査会」は、「糖分取引制度の確立は喫緊の事項なので、関係機関協調して調整機関を設置し、推進方策を進めるべきである」として昭和48(1973)年4月に解散し、同年7月、組織を拡充した「てん菜取引制度改善合理化推進協議会」(略称「てん制協」)が発足した。
 一方、てん菜の作付面積は、48年に初めて6万ha台を記録したものの、折からの、中東戦争に絡む石油戦略の発動などを背景とした国際情勢の中で、国は、食料自給力の確保の観点から、麦、大豆、飼料作物に積極的な奨励施策を講じた結果、これらの作付けが伸びた反面、てん菜は、生産者価格が相対的に低落を招いたことから大きく減少し、49年から52年までの4年間、4万ha台に低迷した。
 このような作付面積の減少は、畑作の輪作体系の維持や工場操業原料の安定確保に重大な支障を生ずるため、当時としては、面積の回復が最大の課題であり、関係者は糖分取引どころではないという状況に置かれていたことから、制度改革への取り組みは勢力をそがれ停滞することとなった。
 こうした状況の中でも、技術部門の検討は、試験場などの協力を得ながら地道に進められており、糖分向上栽培技術や糖分測定法等の調査研究は着々と成果をあげていた。
 特に、新たに開発した「てん制協式簡易糖分測定機」は、ブリックスから回帰式により糖分を推定する方式で、ショ糖そのものを測定する冷水浸出法に比べ、安価で操作も簡易であるなどの利点がある反面、測定誤差が大きいことから、実際の糖分取引では使用されなかったが、全生産者の糖分調査に活用される等、円滑な制度改革を推進するうえで大きな役割を果たしている。

〔面積回復により取り戻した改革への意欲〕
 昭和51(1976)年に4万2,000haと30年代後半の水準まで減少したてん菜の作付面積は、生産者価格の引き上げなど国の奨励施策や関係者の一丸となった取り組みにより、52年から上向きとなり、53年には5万8,000haまで回復した。また、ha当たり収量も大幅に向上していたが、試験場などの糖分向上栽培の指導に反し、依然として重量に偏重した栽培が続けられていた。
 こうした状況から「てん制協」は、制度面でも積極的に研究を進めるため、道、北農中央会、糖業三者による「制度研究会」を設置し、糖分取引移行のための前提条件や取引の具体的手法等について精力的に検討を行った。
 その結果、54(1979)年3月に、糖分取引の必要性や効果、利点と問題点等について整理し、報告と提言を取りまとめるとともに、「てん制協としては、糖分取引についての技術面からの検討を終え、必要性や対応策などについても概ね論議と試行を尽くした。残されたのは長く続けてきた制度をいかに円滑に新しい制度に移すかであり、本格的な実験に踏み出す時期にきている。したがって、関係者が一体となった新しい推進体制を組織し、具体的に検討すべきである。」として解散した。
 これを受けて、54年4月、従来の組織に各地域の生産者組織を加えて15団体を構成員とする「てん菜糖分取引対策委員会」が発足し、推進体制が整えられた。
 これにより、「調査会」による調査検討開始から10年を経て、糖分取引は、実現に向けて大きく前進することとなった。

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砂糖のあれこれ

砂糖と健康に関する科学的検証(3)

精糖工業会

 前々回、前回と1986年発表のFDA(米国食品医薬品局)による「砂糖類の健康面における評価」についてご紹介してきました。今回は、もう1つの代表的な公的検証であるFAO(国連食糧農業機関)/WHO(世界保健機関)による検証についてご紹介したいと思います。
 この検証は、“A Joint FAO/WHO Expert Consultation”(FAO/WHO合同専門家会議)という会議でなされたもので、1997年4月14日から18日までイタリア・ローマにおいて開催されました。会議のテーマは“Carbohydrates in Human Nutrition”(人の栄養における炭水化物)で、炭水化物たる砂糖(ショ糖)についても、この中で取り上げられているわけです。
 開会の挨拶を行ったFAOの経済社会部門副局長 Dr. H. de Haen 氏によれば、この会議はFAO/WHOのメンバー国に対し栄養価の高い安全な食品の供給を促進し、科学的に安全な栄養学的アドバイスを行うというFAO/WHOの継続的任務の1つとして開かれているもので、このことは1996年に開かれた世界食料サミットでも再確認されています。この一連の会議としては、1993年に「人の栄養における油脂」の合同専門家会議が開かれています。
 報告書は「栄養における炭水化物の役割」、「健康維持における炭水化物の役割」、「食物炭水化物と疾患」、「炭水化物食品選択の目標とガイドライン」などの項目で構成されています。この中から、砂糖(ショ糖)と健康に関連する部分を簡単にご紹介しましょう。

肥 満
 「砂糖を含む糖類とデンプンが肥満を助長する」という論争は数多く起こっている、とした上で、多数の試験から得られたデータに基づけば、これらの炭水化物のどちらも肥満の直接の原因であるという証拠は得られていないとしています。事実として言えることは、どのような形であれ、エネルギーの過剰摂取は体脂肪の蓄積を促進することである、と述べています。

糖尿病
 現在では、いろいろな炭水化物食品の消費を既に糖尿病を発病している患者の栄養管理にも取り入れることができるとした上で、「ショ糖やその他の糖は、糖尿病の病因に直接関与するとは考えられておらず、摂取に関する勧告は、主として肥満を減少するために全ての高エネルギー食品を避けることに向けられている」と結論づけています。

心血管疾患 (心臓病)
 「冠状心疾患の病因に対して、ショ糖が原因となる役割を果たしていることを示す証拠は得られていない」とした上で、冠状心疾患リスクの低下を目指す食事アドバイスの第1歩は、炭水化物の豊富な食品(特に穀類、野菜、果物)の摂取を増やすことであると述べています。

虫 歯
 虫歯については、「糖やデンプンを含む食品は虫歯のリスクを高くする酸を産生する」としています。しかし、この影響は、食品の種類、摂取頻度、口腔内衛生の程度、フッ化物の利用、唾液の機能、遺伝的因子に依存するもので、「虫歯をコントロールし、排除する予防プログラムは、ショ糖(砂糖)摂取に対してばかりでなく、フッ素化と適切な口腔衛生に焦点を当てるべきである」と結論づけています。

 以上のような結論に基づいて、「食物炭水化物と疾患」については、「生活習慣病(成人病)の病因にショ糖(砂糖)、その他の糖、デンプンが直接関与することを示す証拠は得られていない」と勧告しています。

異常行動についても関連なし
 砂糖の摂取と異常行動については、「健康維持における炭水化物の役割」の項に「炭水化物と行動」として記述されています。それによれば「砂糖を摂ると小児は活動過剰(他動)になることが言われているが、この分野の文献を広く調査した結果、精製糖の摂取は小児の行動あるいは認識能力に何らかの悪影響を与えるという主張を指示する証拠は得られないとの結論が得られた」としています。
 ここで挙げられている参照文献として、1995年7月に“The American Journal of CLINICAL NUTRITION”(米国臨床栄養学会誌)に発表された“Workshop on the Evaluation of the Nutritional and Health Aspects of Sugars (糖の栄養面および健康面からの評価に関するワークショップ)”中の「行動及び精神能力に及ぼす糖の影響」があります。
 これによれば、異常行動(多動)の子供のブドウ糖耐性試験で、多くの子供の血中ブドウ糖曲線が反応性低血糖症の成人と同じパターンがみられたとし、ちょうど同時期に一部の攻撃的犯罪者が低血糖症と診断されたことも重なって、この仮説が出てきたと説明しています。(しかし、その後の研究では、血中ブドウ糖については正常な変動であったことが示されています)。
 また、これまでの研究は因果関係については全く確定できないとしています。つまり、「ショ糖(砂糖)摂取が行動を引き起こす」とも、「行動がショ糖摂取を増加させる」とも言えるとし、より決定的な実験のためには厳密な介入調査が必要である、としています。介入調査とは、研究の様々な条件(ショ糖の摂取量、時間、その他の食事の摂取量や内容)について厳密に管理することで、またその内容については先入観を植え付けないように被験者やその両親、研究者には知らせないで行うこと(盲目試験と言います)が必要です。
 事実、これまでの糖摂取と異常行動の試験における行動評価については、両親や先生の報告が用いられていました。
 この報告の中でも、臨床調査により特別な関連は認められないことが明らかになっても、多くの両親が糖と異常行動の関係について引き続き信じていることを報告しています。1つの例として「誕生パーティーや休日に興奮している場合にかなりの糖摂取がつきものであること」を挙げ、このことが両親の先入観を生んでいるのではないかと述べています。また、別の調査では、糖が好ましくないと信じている両親に、糖を使った試験をしたと思わせ、実際には人工甘味料をつかった試験をした場合、その子供の行動が悪く変化したと評価する両親が多いことも報告されています。これらのことからも、行動評価については厳密な管理が必要なことは明らかです。
 ここでは、これまで述べた諸条件について厳密に管理された16の試験(被験者400名以上)について様々な観点から再度検証しています。その結果、精製糖が子供の異常行動に影響するという仮説を支持しないことを明らかにしています。また、このことが大衆紙にも取り上げられ、糖の行動に対する影響についての認識は変わりつつあると結んでいます。
 最近、少年犯罪の多発に伴って、「砂糖を食べるとキレる」という説が一部の学識者によって再び唱えられ始めています。これまで述べてきた科学的検証をさらにアピールしていくことが必要でしょう。

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甘味料のあれこれ

液糖(異性化糖)はどうして生まれたのか?

日本スターチ・糖化工業会

禁酒法でビールから冷菓へ
 米国の1920年代は黄金時代と呼ばれています。自動車が大量生産されて若い人でも購入できるようになり、映画やジャズなど米国文化が花開きました。同時に、禁酒法が成立し、ギャングの親玉、アル・カポネが活動した時代でもありました。禁酒法は1920年1月16日から発効し、0.5%以上のアルコールを含む飲み物は製造、運送、販売、交換が禁止されました。
 1918年に10億ガロンも生産したビール醸造所は困りました。多くは廃業しましたが、残りはニヤ・ビール(ビールからアルコールを抜いたもの)やアイスクリーム、麦芽シロップ、コーン・シロップ、チョコレート菓子、キャンディーなどの食品生産に転向しました。ニヤ・ビールや麦芽シロップはビールと同じ生産法を使えます。しかし、アイスクリームやチョコレート菓子はなぜ作れたのでしょうか。
 かつて、ビールの生産には天然の氷が大量に使われましたが、工業技術の進歩により醸造所に大型の冷蔵倉庫や製氷機が設置されており、その冷蔵技術が冷菓の生産に役立ちました。菓子類が大量生産されるにつれ、砂糖の溶解作業がネックとなりました。砂糖は酸で分解すると、ブドウ糖と果糖に分かれて溶解性が増します。液糖の始まりです。加熱に弱く、着色する欠点はありますが甘さは変わりませんので、冷菓の製造には便利でした。
 禁酒法時代には、やみ酒でギャング団が横行しましたが、しかし、まじめに大衆に好かれる食品を育てた結果、生まれたのが液糖です。また、この時期からアルコールに代わるソフト・ドリンクスが育ち始め、1933年の禁酒法廃止以後も健全な飲み物として広く愛飲されるようになりました。

でん粉から甘味料を
 一方、太平洋戦争に敗れた日本は食料難に見舞われる困難な時代を過ごしました。政府は対策として甘しょや馬鈴薯の生産を奨励しましたが、食料難が一段落すると、イモ類は余り、甘味を求めて砂糖の輸入が増えました。しかし、今では考えられないことですが、経済的に貧しく、外貨の乏しい当時は砂糖を大量に輸入できなかったのです。
 そこで、考えられたのが余剰イモを原料としてでん粉を製造し、そのでん粉から甘味源であるブドウ糖を製造することです。先人達の素晴らしい開発研究が始まりました。気候風土に恵まれた日本には古くから、酒だけでなく多くの発酵食品が生産され、愛用されていましたので、この技術が役立ちました。
 でん粉はブドウ糖が多数連なってできた固体であり、甘くありません。かつて砂糖が高値な時代には麦芽水飴や甘酒は貴重な甘味を提供していました。これらの甘味はアミラーゼという酵素によりでん粉が分解して得られるブドウ糖やそのブドウ糖が2つ、3つ連なったオリゴ糖によるものです。米国で作られた麦芽シロップは麦芽水飴のことです。
 でん粉を加水分解することを糖化と言いますが、当初、でん粉からブドウ糖を作るには酸で糖化する方が容易で、米国のコーン・シロップは酸糖化水飴でした。しかし、酸糖化法は酸性で高温高圧処理が必要であり、着色が強いことや苦みを持つ副産物ができるなどの欠点がありました。酵素で糖化できれば、良質なブドウ糖が生産できます。麦芽の中にでん粉を糖化する酵素のあることは19世紀にすでに知られていましたが、オリゴ糖を含む水飴はできてもブドウ糖はできません。
 でん粉をブドウ糖にまで分解するには、まず、固体の澱粉を水に溶解するまで分解する(液化と呼ぶ)酵素が必要です。繊維の糊抜きに利用されていた細菌の耐熱性液化酵素を利用する二段液化法が日本で開発され、困難であったコーンスターチの酵素液化法が確立されました。先に米国ででん粉から直接ブドウ糖を生産する糖化酵素が発見されており、液化酵素と糖化酵素を組み合わせて作用させることにより、固体のでん粉から純度の高いブドウ糖を生産する酵素糖化法が1959年に工業化されました。

日本で生まれた異性化技術
 ブドウ糖の甘さは砂糖の70%です。ブドウ糖を砂糖と同等の甘さに変えられないだろうか。1960年代は日米両国で夢の技術への挑戦が競われました。早くからアルカリ性にすると、ブドウ糖の一部が異性化して果糖に変わることは見つけられていました。しかし、この方法は果糖への変換率が35%と低く、着色が激しいなどの欠点がありました。当時の微生物工業技術研究所で、夢の酵素が発見されました。コーン・スティープ・リカー(CSL)を栄養源として安価に生産でき、ブドウ糖の42%を果糖に転換できる異性化酵素が開発されたのです。遂に、1971年日本で異性化液糖の工業生産が開始されました。
 ところが、液糖を使用することのなかった当時の日本の食品業界ではなかなか受け入れてもらえませんでした。キューバからの砂糖の輸入が途絶えた米国では、液糖が広く利用されており、いち早く受け入れられました。異性化酵素の特許は億円単位の国庫収入を獲得したことでも有名です。酵素の固定化技術も確立され、コカコーラ社が砂糖から異性化糖に切り替えたことにより、日本でも異性化糖の生産が急激に増加しました。
 さらに異性化酵素は、工業的にはブドウ糖を42%しか果糖に変換できないので、甘さが砂糖よりやや劣ります。イオン交換樹脂によるクロマト分解という新技術が開発され、異性化糖液から果糖を90%以上の純度で分離できるようになりました。ブドウ糖果糖液糖(果糖42%)、果糖ブドウ糖液糖(果糖55%)、高果糖液糖(果糖90%)がJAS(日本農林規格)化され、砂糖との混糖品なども生産されています。
 異性化糖の生産量は統計が取られた1976年に22万トンとなってから、急激に増加して1984年には100万トンに達しました。現在年間110万トン前後の異性化糖が生産されており、これは固形物換算で年間約80万トンとなり、砂糖生産約220万トンの40%近い量となっています。液糖としての性質を利用して、異性化糖の54%はコーラをはじめとする清涼飲料に使用され、全体の70%近くが飲料、調味料に使われています。残りの約30%はパン、冷菓、菓子、缶詰等に使用されています。

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