てん菜は誕生して約200年となる。ヘクタール当たりの産糖量は初期には2〜3t 前後であったが、今日では9〜10 t 前後になってきた。これらの成果は優良な品種を育成してきた育種に帰すところが大きいが、Achard (アハルド) が指摘したように高い糖分を得るためには、栽培管理において細かな配慮が必要であり、常に最先端の技術を吸収し、精緻な栽培体系を作り上げてきた。その結果、てん菜は新しく導入した国々で教育的作物と呼ばれるようになった。
北海道でも、てん菜栽培においてトラクターによる耕起、金肥の施用、農薬による病害防除などが昭和10年代より始まり、近代化の先駆けとなった。
てん菜の品種は Achard が飼料用ビートから製糖原料として好ましい特性を有するものを選抜したものから生まれた “白いシレジヤ種” を起源としているので、遺伝的な変異の幅が小さいのが特徴である。特に病害虫に対して完全な抵抗性を持つ系統がほとんどなく、これまで多くの栽培地帯においては病害の被害に悩まされてきた。
19世紀末にはてん菜の主産地において、過度に作付けされたために収量が激減し、栽培を続けることが出来ない様な状況に陥った。当時は畑および根が疲労したと考えらていたが、後に土壌中に生息する線虫の被害であることが証明された。
また、1950年代にはイタリアのポー川流域東部で、根部が奇形化し、糖分が著しく減少する奇病が発生していた。この奇病も最初は過作よる根部の疲労と考えられていたが、その後地域特有の病害として 「Rizomania (リゾマニア)」 と呼ばれるようになった。
その後、同様の症状が世界各地で見つかり、てん菜関係者に多大の危機感を与えた。後に本病は日本において土壌に住む菌類が伝播するウイルス病 (そう根病) であることが証明された。
てん菜は過作になると根部病害が多発し、連作になると根部病害に加え、苗立枯病、褐斑病など多くの病害の発生が激しくなる。
この様なことから、てん菜は長期の輪作が好ましいと考えられ、5、6年以上の輪作体系で栽培する必要があるとされていた。しかし、農作業の機械化、省力化が進むに従って栽培作物の種類が集約化され、豆類、馬鈴薯、てん菜、麦を主体とする輪作へと移行していった。こうした輪作体系については農業試験場にて詳細に検討が行われ、てん菜を含め各作物の生産性には問題がないとの結論が出ていたが、てん菜については一部の地域で極端な短期輪作、あるいは連作が行われ、土壌病害が増加し、被害を受けたことから、輪作年次が短くなることにより土壌病害の多発が懸念され、一部の地域では作付け意欲を阻害する要因となっていた。
葉部の病害虫については、効果の高い農薬が開発され、防除体系が確立していたが、根部の病害に関しては、土壌病害というジャンルが生まれたばかりで、防除法等の応用研究はもとより、基礎的な研究方法すら手探りの状況で、病原菌の生態も解明されておらす、防除法も確立していなかった。
この様な中で、大学、農業試験場、糖業の官民が一体となって、根腐病をはじめ、当時まだ原因がはっきりしていなかったそう根病などを中心に、短期輪作に伴う土壌病害の予防、あるいは防除法を確立し、生産振興を図ることを目的に昭和45年に 「てん菜の短期輪作対策協議会」 が発足した。
翌年本協議会を法人として永続させ、品種、栽培を含めた技術の改善向上を図るために 「社団法人北海道てん菜技術推進協会」 (略称:てん技協) が誕生した。病害の試験研究は土壌病害専門部会として、大学、農業試験場での基礎研究と糖業を通じての現地調査、実証試験などにつき精力的に活動を行ってきた。
昭和61年にてん菜が重量取引から糖分取引へ移行するにあたり、公正な取引を確保するために原料てん菜の受け渡しや糖分取引の立会、てん菜試験研究や栽培技術の普及などを目的に 「社団法人北海道てん菜協会」 が設立されたことにより、「てん技協」 は解散した。以来、その事業はてん菜協会の技術専門部会に引き継がれ、今日に至っている。
てん技協、てん菜協会を通じての土壌病害を中心とした研究は短期間のうちに多くの成果を上げてきた。そう根病では世界に先駆け病原ウイルスを特定し、適切な対応策を講じることにより、その後の被害の拡大を阻止することができた。また、これらの研究成果をいち早くパンフレット等にまとめ、耕作者に配布し、てん菜の安定生産に寄与してきた。
病害の発生は気象条件により大きく左右されるので、平成11年、12年のように生育期が高温に推移し、降水量が多くなると黒根病、根腐病、そう根病などの土壌病害が局地的に多発し、褐斑病などの被害も加わり、低糖分の要因の1つとなった。今後もこの様な気象が続くと同じ様な被害を受ける危険性は高く、きめ細かな対策が必要である。
これまで研究の対象としてきた褐斑病、そう根病、根腐病、黒根病など代表的な病害について、次号より紹介していきたい。
参考資料:てん技協10年の歩み (1981年)、てん菜協会十年の歩み (1997年)