黒根病について
黒根病はアファノミセス (Aphanomyces) 菌の感染により根部が黒変腐敗する病害である。しかし、本菌はてん菜の各生育過程において色々な症状を示すので簡潔に紹介するのが難しい。
幼苗期には胚軸に感染し苗立枯病をおこす。生育初期には胚軸部がくびれ、その部分が糸のように細くなり地上部がもげる 「根くびれ」、あるいは根の先端から黒く水浸状に腐敗する 「先腐れ」 などの症状を示す。生育後半には、地上部、地際部は健全に生育しているのに根が先端より腐敗しているもの、あるいは根面に細かな縦しまの傷が生じ、ざらざらした症状が現れる。これらは 「根腐症状」、「粗皮症状」 と呼ばれている。根腐症状には根表面に黒変した病斑があるものから、冠部を残してほとんどの根が無くなっているものまで、様々のものが含まれている。
特別な病徴を示さないが、初期生育が著しく阻害される障害、あるいは連作による収量、糖分の低下がアファノミセス菌による細根の感染、枯死により生じることが知られている。
この様に本菌はてん菜のあらゆるステージに関わり、好適な環境条件になると色々な被害を与えるので、黒根病と言う病名よりは総称してアファノミセス病と呼ぶ方が実態に即している。
アファノミセス菌による病害はヨーロッパでは苗立枯病を含めて発生、被害も少なくマイナーであるが、アメリカでは苗立枯病の主要な病原として1930年代から研究され、抵抗性品種の育成も行われてきた。
特に、感染した胚軸が黒色となることから本菌による苗立枯病を他のものと区別して 「黒色の苗立枯病」 と呼んでいる。
日本においては、アファノミセス菌による苗立枯病、先腐れ症状、あるいは根の腐敗が認められたのは昭和30年代であるが、いずれの症状においても病斑部が黒変していることから1962年に黒根病と命名された。
本菌の寄主範囲は狭く、畑作ではてん菜、家畜ビート、ほうれん草など近縁のものに限られている。てん菜を栽培すると黒根病の発生の有無にかかわらず菌量が著しく増加する。そのため、連作したほ場で直播栽培をおこなうと苗立枯病が激発して、株立本数が確保できず、廃耕となることもある。
しかし、寄主植物が無いと増殖しないので、てん菜以外の作物を植えると、菌密度が低下する。これまでの試験によれば他作物を1年植えるだけで苗立枯病の発生は著しく減少した。
本菌は土壌中では菌糸にて生活することがほとんどなく休眠胞子として存在しているが、極めて堅固で8年以上生存できる。
てん菜の細根から刺激物質が放出され、それにより休眠していた胞子が発芽し、遊走子を放出する。遊走子は水中を泳ぎ、細根に感染する。感染した部位では菌糸が発達し、多数の遊走子を形成する。これらの遊走子により再感染が生じ短期間のうちに被害が拡大する。本菌は水生菌とも呼ばれるように感染が水中を泳ぐ遊走子により生じるので発病には水分の多い環境が不可欠である。
アファノミセス菌は幼苗の胚軸では表皮より直接侵入出来るが、苗が大きくなると感染出来なくなる。また、肥大した根の表皮では傷などがあるとそこから感染が生じるが、直接侵入する力は極めて弱い。
しかし、主根、あるいは側根より生じた細根にはいつの時期でも容易に感染し、これを枯死させる。肥大した根の細根に感染したとき、あるいは感染後に土壌が乾燥したような場合などでは被害が細根に止まり、主根にまで罹病部が拡大していくことがなく、外見的には健全な場合が多い。
上記した連作障害の場合、移植直後より紙筒内外の細根に感染が認められ、ひどい場合にはその後の生育が阻害され、低収、低糖分となる。また、根腐症状、粗皮症状も生育後半に発生するものであるが、アファノミセス菌の細根への感染は5月末より生じている。
平成10、11、12年と低糖分の年が続いたが、その原因は生育期中の高温、多雨などによる気象的な要因が主であるが、褐斑病、ヨトウガ、根部病害などの被害も糖分を低下させた要因の1つである。
特に平成11年度は湿害を受けたほ場を中心に根が腐敗する個体が全道で多発し、一部の地域では廃耕になるほ場があった。また、廃耕にならない場合でも廃棄個体が多く、著しく減収した。これらの腐敗個体の多くが黒根病によるものであった (写真1)。また、これらの中には腐敗には至らないが、根面に粗皮症状を示す個体が混じっていた (写真2)。平成11年以外の年も地域によっては発生が目立っていた。
この様に黒根病の発生は近年になって急増し、深刻な被害をあたえているが、これまで、これらの根腐・粗皮症状を示す個体は湿害などの生理的な障害の後遺症あるいは帯状粗皮病と考えられていたので、黒根病との認識がなかった。
平成8年にこれらの症状がアファノミセス菌により生じることが明らかとなり、それ以降根腐・粗皮症状が黒根病の一症状として認められるようになった。
それ以前にあっては黒根病は苗立枯病では重要な病気であったが、それ以外の先腐れ症状や根部の黒色腐敗などは水田転作ほ場などの水はけの悪いほ場での特殊な病害と考えられ、一般ほ場での主要な病害としての発生記録がないので、最近になって突然発生したかのような印象を与えている。
しかし、記録によれば1930年頃でも高温多雨の年には根部病害が多発している。特に根腐病とは異なった根腐れ、粗皮個体の発生が目立っており、これらは帯状粗皮病と呼ばれていた。また、品種試験などにおいて、高温、多雨年には水はけの悪いほ場で根が腐ることが多く、これらを根腐病と区別して 「根腐・粗皮症状」 として取り扱ってきた。これらは、発生年の気象、ほ場条件、および症状が今日の黒根病の場合とよく似ており、推論すれば、黒根病は古くから発生し、年により深刻な被害を与えていたものと思われる。
アファノミセス菌による病害の少ないヨーロッパにおいても、1991年にベルギーで根腐・粗皮症状が栽培面積の50%のほ場で発病した。これらの個体よりアファノミセス菌が優先的に分離されたことから、症状が似ている粗皮病あるいはそうか病とは異なるアファノミセス根腐病 (Aphanomyces root rot) と命名されている。この年の発生は6月の記録破りの長雨と7月が高温という特殊な気象条件下で起きたもので、その後は発生していない。この時の実態調査によれば、発生は品種による差が大きく、また発病程度は土壌 pH および土壌中のカルシウム含量と関係があり、pH が高い、カルシウム含量の多いほ場ほど少ないことが報告されている。
アファノミセス菌はてん菜の作付けにより菌密度が高まるので苗立枯病などは連作などのほ場で発病が多く、適正な輪作が行われているほ場では発病が少ない。しかし、深刻な被害をもたらす根腐・粗皮症状の発生では必ずしもほ場の菌量が直接発病に結びついてはいない。発病は長期にわたり、地温が高く、かつ湿潤な状態が続くことで誘発され、かつ、この様な条件下ではベルギーに見られるように、過去の発病、あるいは菌量に関係なく発生することが特徴である。
黒根病はアファノミセス菌が移植直後のような早い時期に細根に感染し、その後の根部肥大に伴い罹病部が側根、あるいは主根へと進行し、生育後半に根腐症状として現れる。菌の侵入が主根の表皮のみで止まったものが粗皮症状である。
この様に本病は土壌中でゆっくりと進行するので薬剤よる防除が難しい病害である。そのため本病を防ぐには品種の抵抗性を高め、ほ場が湿潤にならないように環境を改善し、菌の感染、病気の進行を阻止することが重要である。
また、窒素が過剰に施肥された場合、あるいはカルシウム欠乏の場合など発生が多くなるので、てん菜を健全に栽培し、個体の耐性を強くすることも大切である。
これらの観点より北海道てん菜協会技術専門部会においては重要な病害として発生実態の解明と総合的な防除法の確立を目指して、農業試験場、糖業とが連絡を取りながら精力的に研究を行っている。これまでの研究の結果によれば品種間に耐病性に差があることが明らかとなり、新規認定品種の耐病性向上に努めている。発生に関しては、ほ場の水分条件に加え、輪作年次、播種時期なども関係が深いことが明らかとなった。また、石灰資材を条施した場合にも発病が少な