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お砂糖豆知識[2002年1月]

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最終更新日:2010年3月6日

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お砂糖豆知識

[2002年1月]
●てん菜のあれこれ


てん菜のあれこれ

てん菜の病害 6

(社)北海道てん菜協会

苗立枯病
 苗立枯病は苗が枯れる病害であり、移植栽培では育苗中に、直播栽培では播種後1ヵ月ぐらいの間に発生する。
 移植栽培が普及する前の直播栽培においては株立本数の数十倍に当たる粒数を播種し、間切り、間引きなどを行って健全な個体を選別していた。これは、種子の低発芽率、発芽の乱れなどによる欠株や生育の不揃い、苗立枯病の影響を回避するための作業であった。報告によれば間引きで除かれる個体の3割程度を苗立枯病個体が占めていた。
 苗立枯病の伝染源としては、種子から来るものと土壌に由来するものとがある。
 昭和30年頃までは、種子伝染によって生じるホーマー (Phoma) 菌による苗立枯病が最も重要であり、発芽促進と種子消毒をかねて風呂湯を用いた温湯浸法などが勧められていた。現在では採種圃場で的確な防除が行われ、無菌の種子が使用されているので、ホーマー菌による苗立枯病はほとんど発生しなくなった。
 現在では土壌菌による苗立枯病が重要である。病原菌としては黒根病の病原であるアファノミセス (Aphanomyces) 菌、根腐病、葉腐病などを起こすリゾクトニア菌 (Rhizoctonia solani) の仲間、多くの作物の苗立枯病を起こす数種類のピシウム (Pythium) 菌等である。この他にも色々な菌が関与しているが実被害は少ない。
 実際の発病において、どの様な菌によって苗立枯病が起きているかを肉眼的に判定することは難しい。苗床、あるいは圃場で発病している同じ箇所から採取した罹病個体から菌を分離すると、多くの場合複数の菌が分離される。また、同じ個体に2、3種の菌が混合感染している場合もあり、判定をより困難にしている。その為、正確な診断はそれぞれの菌にあった培地を用いて、菌を分離、同定する必要があるので、時間がかかる。
写真1
写真1 出芽前苗立枯病(下)と
出芽前苗立枯病(上)
 一般的に苗立枯病は発生する時期によって、2つに大別される (写真1)。1つは発芽した個体が地上部に出てくる前に枯死する出芽前苗立枯病とその後に発生する出芽後苗立枯病である。出芽前苗立枯病は主としてホーマー菌及びピシウム菌によって生じる。ホーマー菌の場合、種子の中に菌がいるので、種子から最初に出た幼根がすでに黒変し、種子全体が枯死していることがある。また、その後に種子から出てきた子葉や胚軸がおかされて、地上に顔を出すことなく死滅するか、ほんの少し顔を出した状態で生育が止まる。
 このタイプの苗立枯病は、低温により発芽日数が長くなった場合、あるいは湿潤状態で種子の活性が著しく阻害されている場合など劣悪な発芽条件下で発生することが多い。
 ピシウム菌の場合、菌自体の生育適温は高いにもかかわらず、てん菜の発芽適温である20〜25℃で短期間に発芽させた方が、10〜15℃の低温で発芽日数が長くなる場合よりも、苗立枯病率が減少した。
 出芽前苗立枯病は土壌中で発生するので病害として肉眼的に認識することが難しく、また環境条件が悪い場合に多発するので、低温、あるいは過湿による発芽不良と見なされることが多い。しかし、発芽不良の原因を調査すると出芽前苗立枯病が関与している場合が多いので、特に直播栽培などにおいてはこの点に留意する必要がある。
 出芽後苗立枯病の場合は幼苗の胚軸が地際付近でおかされ、黒変あるいは褐変し、ひどい場合には感染部位がくびれるか、あるいは糸の様に細くなって倒伏する。倒伏した個体はその後枯死し、欠株となる。軽い場合には胚軸の表皮がおかされ変色するが、内部まで進行せず回復する (写真2、3)。
写真1
写真2 出芽後苗立枯病(初期)
胚軸がくびれ、倒伏
写真2
写真3 出芽後苗立枯病(後期)
(右:軽症 左:重症)
 出芽後苗立枯病には全ての菌が関与しているが、ホーマー菌、ピシウム菌よる苗立枯病は子葉の時期に発生することが多く、アファノミセス菌の場合は本葉が展開した後に発病する。リゾクトニア菌の場合は前号の根腐病の中で紹介した様に第1群、第4群、第5群が主な病原菌である。第4群は移植栽培において育苗初期に発生し、倒伏、枯死させることが多い。他の群は時期に関わらず発生するが、いずれも症状は軽く、倒伏することは少ない。
 苗立枯病の病原菌のうちアファノミセス菌、リゾクトニア菌は、それぞれ生育期に黒根病、根腐病を起こすが、育苗での苗立枯病から移行することはほとんどない。これらの菌による重症の苗立枯病個体は移植されても活着することなく枯死することが多い。また、軽症のものは新たな表皮となる周皮が形成される段階で、古い外套を脱ぐ様に幼苗の表皮が抜け落ちるときに罹病部も一緒にはがれ落ち、多少窪みが出来るが、その後は正常に生育することが多く、黒根病や根腐病の発病とはほとんど関係していない。しかし、苗立枯病が発生したことは育苗土に病原菌がいることであり、条件が整えば黒根病、根腐病の発病原因となるので、育苗土の採取に当たってはこれらの菌に汚染されている可能性があるものは避けるか、殺菌する必要がある。
移植栽培における苗立枯病の防除は農薬による覆土処理と生育期の灌注処理である。覆土処理は初期に発生するピシウム菌、リゾクトニア菌に対しては有効であるが、アファノミセス菌が多く含まれている様な育苗土では後期に苗立枯病が激発するので覆土処理のみでは不十分であり、生育期の灌注処理を併用することが必要である。
 アファノミセス菌は生育適温が高い菌であり、温度が低いと感染が抑制され、土壌水分が多いと感染しやすい。
 健苗育成を目的とした、発芽後温度を低く保ち、かん水を少な目にする育苗管理は苗立枯病の抑制にも効果が高い。
 移植栽培が普及する以前の直播栽培では間引きにより、発芽不良や苗立枯病の被害を回避してきたが、それでも苗立枯病が激発すると苗切れが生じ、欠株となることが多く、てん菜の導入当初より重要な病害として認識され、防除法が研究されてきた。
 現在の直播栽培は無間引きを前提としているので、播種した種子が発芽不良や苗立枯病の被害を受けると、欠株あるいは生育不良などが生じ、収量に大きく影響する。種子本来の発芽率は、育種や種子精選技術の進歩により向上し、高発芽率のものが安定して供給される様になった。しかし、実際の圃場においては正常な苗になる割合 (圃場発芽率) が最終的な株立本数と関係が深いので、この割合が高いことが重要である。
 圃場発芽率は色々な要因に左右されるので、同じ種子を使用しても圃場ごとに異なるのが実情で、すべての圃場で高い圃場発芽率を維持することは難しい技術である。
 圃場発芽率を高めるには播種後の良好な水分状態を確保するために播種床 (種子が播かれる部分) の砕土、整地が重要であり、播種位置、覆土の厚さなどを適正に保ち、適度な鎮圧を行うために精密な播種機と播種技術が要求される。また、施肥も発芽直後の根が肥料焼けを起こさぬ様に均一に適正量を混和し、必要な肥料成分が速やかに吸収される様な、移植栽培とは違った施肥法が求められる。
 この様に注意深く播種作業を行っても、霜害、風害などの自然災害により、圃場発芽率は低下する。また、苗立枯病の被害も大きく影響するので、苗立枯病の防除は無間引き栽培においては安定して圃場発芽率をいるための重要なポイントである。事実、ヨーロッパにおいては、ペレット種子に有効な殺菌剤と殺虫剤を処理することで圃場発芽率が改善され、収量の向上と安定に大きく寄与した。
 直播栽培において苗立枯病を少なくするには、黒根病、根腐病の場合と同様圃場の菌量を高めない様に適正な輪作体系を確立することである。また、緑肥、有機物の施用に際しては春先には完全に分解されている様に施用の種類、量、時期などに留意することが必要である。農薬による防除は播き溝処理、発芽後のかん注など色々な方法が考えられるが、ヨーロッパで実施されている様なペレット種子に加える方法がコスト、作業性から見て最も実用的な方法であり、日本においても実用化されている。
 (社)北海道てん菜協会技術専門部会においても、安定した直播栽培技術の確立に向け、色々な課題に取り組んでいるが、その中の1つとしてより有効な直播用のペレット種子の開発に向け研究を行っている。


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