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お砂糖豆知識[2005年5月]

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最終更新日:2010年3月6日

ALIC砂糖類情報
お砂糖豆知識
[2005年5月]

世界の砂糖史 (2)

大阪大学名誉教授  川北 稔
〜イギリス風朝食の砂糖〜

 「ときはカネなり」という。近世のイギリスのプロテスタントの間で、時間を大事にすることが、宗教的にも望ましいことだとする考え方から、広く流布させられた格言である。しかし、人びとが時間を正確に守ってくれることを望んでいたのは、エホバの神だけではなかった。工場経営を始めた資本家にとって、労働者が時間にだらしないことは悩みの種であった。工場労働はティーム・プレイであるため、就業時間を守らなければ機能しなかったからである。
 「ときはカネなり」という言葉が広められた反面、同じ時代のイギリスでも、「ときは敵なり」と感じていた人びともいた。フィールディングといえば、ロンドンに泥棒が増えたと主張し、最初の警察をつくろうとした18世紀の人物であるが、彼によると、貧しい下層民が、砂糖や茶のようなぜいたく品を欲しがることが、その原因だというのである。貴族やジェントルマンのような上流階級にとっては、「ときは(つぶすのに苦労する)敵」であるが、労働者にとっては、まさしく「ときはカネなり」なのだというのが、彼だけでなく、当時の多くの論者の立場であった。
 しかし、どのようにいわれようと、工業化以前の労働者には、時間を守るということは、とてつもなく難しいことであった。農民は、「晴耕雨読」というほど気楽ではなくても、気候条件や日の出や日暮れによって労働時間を左右されただけでなく、たとえ貧しくとも、多少は労働時間を自ら決める自由を持っていた。職人の間では、週末に飲んだくれて、月曜日は職場に出てこないという「聖月曜日」の習慣が、慣習的な権利として社会的に承認されていた。これに対して、工場で要求されている労働では、労働者自身には、時間の使い方にいっさいの選択権がなかった。機械時計の示す時刻に合わせて行動することだけを要求されたのである。
 こうして、冒頭の格言のようなものが発明され、教会がこれを流布させた。しかし、労働者に、無理にも近代的な時間規律を守らせるには、教会の説教だけでは十分でなかった。ここで、圧倒的に大きな役割を果たしたのが、砂糖入りの紅茶であった。工業化前の職人や農民の生活では、朝からエールを飲んで、酔っぱらいながら出勤するということも少なくなかった。19世紀中頃になっても「聖月曜日」の習慣が残っていたのは、その証拠でもある。エールというのは、伝統的なアルコール飲料で、いわばホップ抜きのビールというようなものであったから、労働者とは酔っぱらいのことだという、中産階級の振りまいたイメージも、そんなに間違っていたわけではないのだ。
 産業革命時代、イギリスは、ますます茶の供給源であるアジアとの関係を深め、カリブ海では、奴隷制砂糖プランテーションを大規模に展開した。政府も、砂糖関税を劇的に引き下げ、東インド会社の独占をも突き崩していった。その結果、かつてはステイタス・シンボルであった砂糖入り紅茶が、労働者の朝食に取り入れられるほど安価になった。砂糖入り紅茶を軸とする「イギリス風朝食」(イングリッシュ・ブレックファースト)が、労働者の朝食として成立したのである。エールと違って、砂糖入り紅茶は、高いカロリーとカフェインを含んでいたわけで、時間にルースな、酔いどれの労働者にかわって、朝からしゃきっとした、勤勉な、時間を正確に守る労働者が出現するようになったのである。「大陸風朝食」(コンティネンタル・ブレックファースト)との対比で「イギリス朝食」といえば、いまでもベーコン・エッグもついて「ヘヴィー」なことで知られているが、それこそ肉体労働をせざるをえない労働者のための朝食だったのである。


19世紀末イギリスの貧民宿(砂糖入り紅茶を受け皿に移して飲んでいる)

 農村の住民とは違って、ロンドンや新興工業都市の住民となった工場労働者は、ほとんどキッチンというほどの設備のない住宅に住んでおり、手の込んだ朝食は用意できるはずもなかった。お湯だけでつくれる「温かい食事」という意味でも、砂糖入り紅茶は、イギリス労働者にとって恵みであった。
 しかし、産業革命時代の終わり頃までには、イギリスの労働者の間では、砂糖入り紅茶は、朝食で用いられるだけでなくなった。仕事の中休みとしての、「ティー・ブレイク」の習慣も広がった。労働者の「ティー・ブレイク」には、「ときは敵なり」とみなしていた中・上流階級の「アフターヌーン・ティー」とはまったく異なる、肉体労働者のシンボルという意味が含意されたのである。イギリス人にとって、砂糖はぜいたく品ではなくなり、重要なカロリー源となった。時期によっては、平均的なイギリス人のカロリー摂取の20パーセント近くが、砂糖によっていたという。こうして、もともと王族や貴族・ジェントルマンのステイタスを象徴する記号であった砂糖入り紅茶は、労働者階級の記号となったのである。
 当時の栄養学者の中には、砂糖入り紅茶よりは、ジャガイモのほうが安上がりで、栄養学的にも望ましいという者も少なくなかった。実際、1800年頃でいえば、同じ値段で買い取れるカロリーを比較すると、ジャガイモは砂糖の5倍にはなった。しかし、初めから下層民の食べ物として導入されたジャガイモとは違って、紅茶と砂糖は、もともと上流階級のステイタス・シンボルであったから、庶民といえども、砂糖入り紅茶への執着は強く、イギリス庶民の生活の中にすっかり定着した。
 現代のイギリスでは、オフィスでも大学でも、午後に「お茶の休み」がある。しかし、そのルーツは、貴婦人のサロンに始まった「アフタヌーン・ティー」と、工場労働者の「ティー・ブレイク」という、まったく逆の二つの方向からきたものである。こうして、産業革命のイギリス労働者の生活は、極東の中国から輸入した茶に、大西洋のかなたのカリブ海で奴隷につくらせた砂糖を入れた「砂糖入り紅茶」によって、その基礎を確立したのである。

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