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お砂糖豆知識[2007年1月]
最終更新日:2010年3月6日
「甘み・砂糖・さとうきび」(4) |
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独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
研究管理監 杉本明 |
〜薬になる作物−officinarum−の生い立ち〜
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はじめに
FAO生産年鑑2004年によると、世界で最も収穫面積の多い作物は小麦である。面積は217,075千ha、生産量は633百万トンと、面積が飛び抜けて多く、まさしく世界の大作物である。収穫面積の第2位は米で150,185千ha、606百万トン、第3位はとうもろこしで147,263千ha、725百万トンであり、この二つは面積も生産量も近い。収穫面積の第4位は大豆である。面積91,190千ha、生産量は206百万トンと前3種に比べると少ない。さとうきびは収穫面積で20,399千ha、生産量は1,332百万トンであり、作物中収穫面積では第14位であるが、長大作物であり、茎自体が目的収穫物であることから、生産量では第1位である。てん菜は5,497千ha、249百万トンで収穫面積は世界第31位である。さとうきびは、ブラジル(写真1)、インドの二カ国で世界のおよそ49%を占める。まさに熱帯・亜熱帯の大作物である。第3位は大陸中国、さらに、4位タイ、5位パキスタン、6位はキューバと続く。ヨーロッパ諸国におけるさとうきび生産は余り知られていないが、スペインでも作られている。南西諸島を中心とする日本は収穫面積が23千haで世界第49位、生産量は1,187千トンで第47位である。
さとうきびは栄養繁殖(種子による繁殖、分布拡大も可能である)であり、次世代の種苗には茎そのものが用いられ、その茎の内部・柔組織を構成する細胞の液胞に砂糖を貯める。イネ科サトウキビ属の植物で、ススキの多い日本では、穂の姿から、ススキを太く長くしたようなものと言い表されることも多い。とうもろこしやソルガムとも似ているが、穂の形が異なるほか、葉が長く幅が狭い等の違いがある。日本では鹿児島県や沖縄県の島ならどこでも見ることができる。九州、四国、中国地方や静岡県等でも小規模な栽培なら見ることができる。この稿の本題はその生育特性の紹介であるが、その前に、赤道から、南・北回帰線外側の地域、アメリカ合衆国フロリダ州カナールポイント(写真2)やオーストラリアシドニー周辺にまで広がる熱帯・亜熱帯世界の大作物であるさとうきびについて、誕生の歴史を眺めてみる。
さとうきびの二つの始まり
現在栽培されている製糖用さとうきびはサトウキビ属に所属する数種間の種間雑種である。まずはじめに、甘味作物としてのさとうきびの生い立ちを眺め、同じサトウキビ属に所属する植物種を紹介しよう。
栽培起源種(Saccharum officinarum:薬屋の、薬になるサトウキビ):甘味作物としてはじめて人間と出会ったサトウキビ属植物であり、現在世界各地で栽培されている製糖原料用さとうきびとは、姿も特性も少し異なる。栽培さとうきびの起源種であり、熱帯アジア、インドネシア、ニューギニア等に多く見られる。この植物が、自然に存在する植物から、人間の生活に貢献するために栽培される作物へと変貌を遂げたのは、今から1万年程前、ウォレス線の東、スラウェシ島、ニューギニア島近傍でのこととされる。茎は太く長く、茎皮は赤や紫に輝いている(写真3、4)。手で折れば甘い汁液がしたたり落ちる。そんな姿からこの種は後にnoble
cane(高貴種)と呼ばれるようになる。学名の意味するところは、薬になる植物、あるいは薬屋の植物である。その名の通り、この植物から得られる甘汁=砂糖・ブドウ糖・果糖の汁は、当時、住民の貴重な栄養源であったはずである。後に砂糖が薬として用いられたことにもその意味が表れている。現在のさとうきび生産・製糖産業はこの種に基礎を持つし、世界各地への伝搬の大部分もこの種に負ったと考えて良い。
サトウキビ野生種(Saccharum spontaneum:自然に生えるサトウキビ):さとうきびの全ては本種に始まると言われる。南西諸島には、海岸沿いの地域を中心に広く分布するが、道路脇等であれば、内陸部にも多く見られる。南西諸島ばかりでなく、九州や本州各地、静岡県、千葉県、茨城県等にも、海沿いの地域を中心に分布が確認されている。霞ヶ浦畔の白銀色の穂を見た方も多いはずである。ススキに似た穂を出すが、カルスヘアー(小花を包む細い毛)の産毛のような繊細さ、白銀色の美しさはススキに優る(写真5)。早いものは夏に、普通は中秋の名月の少し前に穂を輝かせる。ススキとの区別は、穂の形、茎の特性によって可能である。ススキが掌状花序(掌のような穂の形;「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と表現される)であるのに対し、この種は円錐状花序(円錐のような穂の形)であり、凛々しさ、優しさと、繊細な優美さが特徴である。また、ススキの地上部の茎は、節部に根帯や腋芽を持たないが、野生種は根帯を持ちその付近に腋芽がある。節部から根を出し、芽を出して株を増やすことが可能である。ススキの茎は中空であるが、野生種の茎は内部が充実しているのが特徴である。多くは甘味を持たないが、中にははっきりと甘味を感ずるものもある。インド、インドシナ半島、台湾、中国南部、インドネシア、ニューギニア島等、世界各地に分布するが、その古里は北インドとされる。
栽培起源種に至る道
甘いさとうきびへの進化は、本種の、北インドからニューギニア周辺に至る旅に始まると言われる。旅の詳細は分からないが、北インドを出発点に、野生種の種子や茎節部が、風、川の流れや人手(タイ北部の山並みの中腹に明らかに移植されたと思われる小さな群落があるのを見たことがある)、毎年の洪水によってインドシナ半島全体に拡散しつつ南下した旅と想像される。南下の途上で、既にそこにあったイネ科の優占種、エリアンサス属植物やナレンガ属植物等と交雑したのであろう。10年程前から、数年にわたってタイ全土を対象にさとうきびの遺伝資源探索に従事しているが、その折に、サトウキビ野生種とエリアンサス属植物が混在し、共に出穂している場に何度も出会った。サトウキビの進化の現場、数万年も前の情景が展開されているようで、少し大げさに過ぎるし、自分で勝手にそう思っているだけのことであるが、トロイの遺跡に出会ったシュリーマンの興奮を覚えたことを記憶している。中央平原を過ぎて半島部に入り、マレーシア国境が近づくと、北部に多い叢生型で茎の細いエリアンサス属植物に代わり、さとうきびに似た茎、株の姿を持つものが目立ってくる。変貌の日々は、インドネシアが熱帯アジアと陸続きだった時代のことであろうか。
栽培起源種の直接の祖先、ロバスタム種(Saccharum robustum.:力強いサトウキビ):ウォレス線の東、ニューギニア島周辺地域は栽培起源種誕生の地であり、そこにはその直接の祖先種であるロバスタム種が多い。1986年にパプアニューギニアに遺伝資源探索に出かける機会を得た。川岸、河原、川岸の堤、路肩、あらゆる所に多様な姿をしたこの種が見られる。名前の通り力強く生育し、茎は長く、茎の数も多い。生育も再生力も共に旺盛で多収、昨今のバイオマス資源作物の良い例であるが、甘味はほとんど無い(写真6、7)。育種に携わるものの直感を言葉にすれば、この種こそさとうきびの多収性の源である。甘味はないが茎皮が硬く、篠竹のような強さと茎数の多さ、その長さから、高床式家屋の床や壁材、家に隣接する自給農園、山の中の畑の防獣柵として用いられたようである。探索時にもそのような用途が多く見られた。
さとうきびの栽培起源種はこの種から進化したとされる。甘味獲得の過程については、突然変異によるとする説や他種との自然交雑によるとする説等があるが、ロバスタム種の異なる株の中から甘味を持つものが発見され、作物としてのさとうきび=栽培起源種が成立したとするのが定説である。なぜ茎にショ糖を貯めるか、なぜ茎の節部に根帯や腋芽を着けるのかについては、稿を改め別の機会に記述してみたい。
食用種(Saccharum edule):上述の植物種の他に、鞘の中の、未出穂の幼穂を食用にする食用種(Saccharum edule)があるが、さとうきびの生い立ち、その後の改良の歴史への関与は薄いとされる。
栽培起源種から栽培種へ
ウォレス線の東、ニューギニア、インドネシア近傍地域で甘味豊かな起源種として誕生した後、さとうきびは拡散の旅に出る。赤道直下の地域から、再び南・北回帰線に向けての旅である。それは、甘味の強化、厳しい環境への適応性獲得の旅であるといえよう。インド細茎種が生まれ、中国細茎種が誕生したのはその過程でのことである。
インド細茎種(Saccharum barberi):砂糖の発祥の地とされる古代インドでの最初の製糖に用いられたのが本種である。栽培起源種がインドに拡散する過程で在来植物と自然に交雑して成立したとするのが定説であるが、インドの地で野生種そのものから発祥したとする説も、インドの研究者等の中になお根強い。
中国細茎種(Saccharum sinense):中国福建省から琉球・奄美を経て日本に伝えられ、和糖の原料・甘味資源となって諸藩の財政改革に貢献したかっての花形栽培種である。その染色体数からは高貴種とススキの自然交雑によって成立したと推測される。比較的低温条件下でも生育することや、上品な甘さ等の砂糖品質が優れること(フラクトオリゴ糖成分が高いことも最近は知られている)には、現在でも定評がある。吉宗の奨励もあり、かっては武蔵の国(埼玉県)でも栽培されたという。香川・徳島両県の特産である和三盆、静岡県や本土各地に残る黒糖・和糖製造はこの種によって行われたと思ってよい。
おわりに −サトウキビ属以外の仲間達−
前述の通り、さとうきびの栽培起源種は直接の祖先種ロバスタム種に遡り、ロバスタム種は北インドに発するとされるサトウキビ野生種に遡る。北インド発、赤道直下へのサトウキビ野生種の旅=インドシナ半島への拡散を、待ちかまえ、半島の地で交雑を重ねてロバスタム種に繋げた植物が、サッカラムコンプレックスと呼ばれる一群のイネ科植物(ススキ属やエリアンサス属、ナレンガ属、スクレロスターチャ属の植物)である。
ススキ属植物は温帯地域での広い分布が特徴である。日本にも多い。初夏に出穂開花するMiscanthus floridulusや、秋、中秋の名月を飾るススキ(Miscanthus
sinennsis)がある。温帯地域でも育ち、霜に強いものも認められるため、育種家達はこの種を低温条件下での生育改善の遺伝子源として期待している。
インドシナ半島にはエリアンサス属に所属する野生植物が多く分布する。茎が細く密生した株を構成するタイプ、また、比較的茎が太く、遠目にはロバスタム種と区別が付きにくいタイプがある。北部山地の道路沿い、東北部の平地、中央平原から中西部のミャンマーとの国境沿いにも、良く生長した大きな株が認められる。多くの植物種が枯れ上がる乾季にも青葉を繁らせる姿、収穫後の旺盛な株再生力、背の高い茎で構成する堅固な株、深く強い根系から、育種家はこの種を、乾燥地への適応性、多回株出し能力の遺伝子源として期待している(写真8)。この種の一部は、霜の降りる熊本県や茨城県でも地下部が越冬し、収穫後翌年再び大きな株となることが観察されている。
今号では、世界各地の栽培実態、個体の生長と砂糖蓄積の機序、品種特性等について紹介する予定であったが、さとうきびの生い立ちの記述で誌面がつきてしまった。それほどに豊かな歴史を持つのがさとうきびである。さとうきびの栽培、栽培特性等については次号で触れたいと思う。