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お砂糖豆知識[2007年6月]

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最終更新日:2010年3月6日

ALIC砂糖類情報
お砂糖豆知識
[2007年6月]

「甘み・砂糖・さとうきび」(9

さとうきびの生産技術 〜地域の事情と技術〜

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
研究管理監 杉本明

はじめに
 1623年に始まる黒糖の本格的製造以来、さとうきびは甘味、貴重な栄養源として国民生活を支え、地域の経済を潤してきた。導入からおよそ400年を経て、生産の拡大・隆盛期を過ぎて現在、日本のさとうきび栽培・砂糖製造の中心地は鹿児島県の種子島から沖縄県の波照間島に至る琉球弧の島々と南・北大東島(琉球弧)である。しかし、その琉球弧の島々では、平成の幕開けとともにさとうきびの生産は大きく減少している。閉鎖された工場もあり、産業存立の危機も囁かれている。今後どうあるべきか、さとうきび生産の進む道が問われている。選択のヒントは、さとうきびの特性(作物の潜在力)、生産・利用の歴史と地域の現状(技術開発の動機)と開発中の技術にあるはずである。さとうきびが琉球弧の島々で進み得る道を、さとうきびの技術アラカルト、お砂糖豆知識のなかで捉えてみたい。本稿では、技術の紹介に移る前に、さとうきびの生産上の問題点との対応で特徴的な地域を紹介する。

伊江島、沖永良部島
 伊江島は沖縄県下で、沖永良部島は鹿児島県下で、さとうきびの生産縮小が最も早く、そして激しく現れた島である。伊江島では農協の製糖工場が閉鎖された。農業収入はどちらの島も琉球弧の島々の中では最も大きい地域の一つである。伊江島では葉たばこや菊等他の作物との輪作が営農の維持に必要であるし、沖永良部島にも類似の事情がある。園芸という立場で見ると、亜熱帯に属する琉球弧の島々の場合、一般に、夏は暑すぎるし水が足りない。冬は、台風もなく、適度に温暖であるため、露地園芸作物栽培の適期である。
 石垣島への2回目の赴任時、宿舎の庭に冬、真っ赤なトマトが沢山なり、家族揃って収穫を喜んだのを鮮明に憶えている。石垣島では秋〜春先が家庭菜園の季節である。そのような季節に、圃場や労働力が使用可能であれば高収益営農への最初の道が拓かれるし、塞がっていれば高収益営農への道もふさがる。すなわち、そのような島でさとうきびが経済活動として生き続けるには、農作業の時期的な柔軟性、他の経済活動に合わせることのできる分散可能性の高さが必要である。これまで、琉球弧の多くの島で、冬はさとうきびの収穫作業に追われるのが常であった。毎日がきつい作業の連続であった。その軽減ためにハーベスタを導入したが、稼働率が低く、使用コストが高い等の問題があった。さとうきびは元々園芸作物に比べ面積当たり収益が少ない。在圃期間が長く台風や干ばつの影響も受けやすいし、単位収量も低い。そんな状況の中で生産者はさとうきびを手放していったのであろう。その典型がこの両島であると考えるのが妥当である。このような地域では、冬〜春に、圃場を、労働力を他の作物のために空けることのできる栽培法が必要である。この数年、そのような条件に向けた栽培方法として、秋収穫栽培の開発が進んでいる。収穫の飛躍的な早期化、作業分散による冬〜春における土地・労働力の有効利用の道が拓かれようとしている。

南・北大東島
 南大東島は、那覇から南東に小型プロペラ機でおよそ1時間程度の旅程にある。毎年台風が襲い、干ばつ被害が発生する気象条件の厳しい島である。北大東島はその隣、見える距離にある。大きさは南大東島の三分の一程度である。両島とも水事情が悪く、さとうきびの単位収量は南西諸島の中でも低い。先号に記したとおり、この両島は、幕外と呼ばれる水事情の悪い島周縁部、比較的水事情が良く台風被害も軽い幕内と呼ばれる内部低地、そして島内では最も条件の良い幕元と呼ばれる幕外と幕内との境界部、これら三つの地域に分けられる。両島とも、早くから大型ハーベスタの導入が図られ、南西諸島では珍しい規模の大きな機械化栽培が進んでいる。そのため、畦幅は140〜160cmと広い。春植に続く数回の株出し栽培を実施しているが、単位面積当たり収量は低い。株当たり分げつが比較的多いために茎数は少なくないが、一部の圃場を除き立毛の伸長は不良である。耕土深の浅い幕外での栽培が最も低調である。この両島における技術上の最優先事項は、収量の向上である。収量向上の要点は干ばつ被害と台風被害の回避である。小さな島で水は貴重品であり、潤沢な灌水は期待しにくいことから、天水をいかに効率的に使うか、夏の干ばつをいかに回避しうるかが最重要課題となる。過酷な環境への適応性獲得の必要性が高い地域である。生育時期の調整による干ばつ台風被害の回避、収穫期間の長期化で可能になるハーベスタの小型化を通した畦幅短縮・裁植密度向上が有効である。南大東島では畜産が営まれており、梢頭部飼料化を通した畜産との連携、地力維持に向けた難分解性有機物の多量投入の持つ意味も大きい。

宮古島、徳之島
 宮古島はサンゴ石灰岩土壌の平坦な島である。さとうきびのほか、葉たばこ生産や畜産が盛んである。2年に一度の収穫になる夏植一作型が主流であり、実質的な単位収量は低い。ハーベスタ収穫も少ない。収穫面積の増加(すなわち株出し面積増加)による増産と台風被害、干ばつ被害の最小化、収穫期間の拡張が重要事項である。徳之島もさとうきびと畜産が盛んである。ばれいしょ生産等の取り組みも目立つ。宮古島と比べ春植、株出しが多いがやはり収量は低い。冬が適度に寒く糖度上昇には有利である。
 両島ともにかっては生産量が20万トンを超えたさとうきびの島である。他地域へのさとうきび農産物提供の面でも重要な島であり、さとうきび生産自体の高収益化が求められる地域である。南・北大東島と同じく単位収量の向上と省力化の両立が今後の発展の鍵である。具体的には収穫早期化による収穫期間の大幅拡張、株出し多収栽培技術の確立を通した増産、梢頭部飼料化の促進等による畜産との連携強化に繋がる技術開発が有効であろう。厳しい環境への適応性の飛躍的向上とそのために余儀なくされるさとうきびの新たな特性を利用するための技術開発の検討が有効な地域である。

種子島
 15万トンが最低基準、単位収量8トンを現実の目標にする琉球弧の代表的多収栽培地域である。黒ボク、赤ホヤと呼ばれる物理性の良い火山灰土壌における安定多収生産が特徴である。琉球弧の他の地域と比べおよそ一月遅い梅雨の影響で盛夏の水事情は比較的恵まれている。一方、南北に長い島の背骨にあたる中央部沿いの低地は冬には霜が降りることもあって生育期間は相対的に短く、さとうきびの糖度は琉球弧の島々では最も低い。マルチ処理による保温によって新植に続く2回の株出継続の栽培体系が確立されているため、栽培面積の割に生産量が多い。小型ハーベスタが普及し機械収穫の割合も高い。米、ばれいしょ、花き・園芸、子牛生産、酪農が盛んな、農畜産業の均衡のとれた島である。農業適地であり、夏に干ばつが頻発する琉球弧の他のさとうきび生産地とは異なる条件を具えている。食糧供給地として、多様な農作物の生産と他地域への供給を目指せる地域である。畜産や園芸との一層の連携強化が必要なため、さとうきびには、株出し継続回数の向上、作業分散、機械・施設稼働の分散と他作物との共用化、省力的な梢頭部飼料化等が求められよう。多収性を活用した糖質の生産と利用に向けた技術の発展が有効な地域である。

周縁離島
 遠隔地にある離島、与那国島、波照間島、小浜島、西表島、多良間島、粟国島、伊平屋島、加計呂間島等では、さとうきびは黒糖用に生産される。原料糖生産には生産規模が小さいからである。市場遠隔地での小規模農業生産には高価格な加工品の製造が適するであろう。その意味からは加工場を経由するさとうきび、比較的販売単価の高い黒糖やきび酢の製造は理に叶っている。今後はその方向へ一層の発展、機能性の解明等に基づく高価値食品、高価値製品の製造を小規模な工場で周年に近い形で行うことが重要であろう。今、粟国島で試みられているケーンセパレーションシステムによるさとうきびの総合利用は検討に値する重要課題である。

九州本土地域
 九州本土は暑い夏に雨が多いさとうきびの栄養生長に適した地である。一方、春初冬期が寒く、実質的な生育期間が短いために茎内への蔗糖の蓄積には向かない。しかも、園芸作物や普通作物の生産に適した農業適地である。食料自給率向上を図る中でのエネルギー生産の観点から、優良農地では高価格な普通作・園芸作を、生産力の低い不良農地ではさとうきびを用いた還元糖・糖質製品生産を、とするのが適した姿であろう。高品質黒糖、黒蜜、酢、酒、工業用エタノールまでを見通した生産、耕作放棄地を含めた不良農用地の規模や形状によって九州本土におけるさとうきび産業の姿は変わると思われる。

おわりに
 白砂糖、黒砂糖用のさとうきびを、茎内の砂糖含率が最高になる冬に収穫するのが、これまでのさとうきび生産の姿であった。しかし、既に触れたように、さとうきびが本来持つ特性からは、琉球弧におけるこのようなさとうきび生産のありかたには多くの無理があった。筆者等は、さとうきびの急速な生産縮小のなかで、持続的なさとうきび生産のための技術を、地域の持続性、地球環境の保全等と共に考え、それなりに幾つかの解を得て、実用技術として育ててきた。収穫の早期化を図るための早期高糖性品種の開発、省力化の切り札となる株出し多収品種、美味しい黒糖生産を目指した品種、秋収穫を目指した品種等の開発を通し、「砂糖」の「季節生産」から「砂糖+ワン」、あるいは、「多品目」の「周年生産」へと技術を進めてきた。これから、それらの紹介を含め、さとうきびの技術の具体例を紹介する。次回は手始めにこれまでに育成された特徴的なさとうきび品種を紹介する。