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お砂糖豆知識[2008年9月]

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最終更新日:2010年3月6日

お砂糖豆知識

[2008年9月]


“歓びも悲しみも”さとうきびの夏植え
―第四話 犬田布地域の夏植え―


鹿児島県農業開発総合センター 農業大学校 非常勤教授 安庭 誠


 第三話ではNCo310時代、夏植えに発生した枯死茎のため栽培型が夏植えから春植えおよび株出し体系に移行したことを述べた。しかし、奄美地域における夏植え栽培がなくなった訳ではない。筆者は、徳之島の犬田布地域の一部ではNCo310時代も夏植え栽培が行われていたことを聞いた。伊仙町犬田布の海岸線にあるさとうきび畑は、風の通り道にあるため台風による風が疾風となり想像を絶する強風となる。また、海岸に近いため潮風害も頻発する。さらに、作土層が浅く保水力の小さい石灰岩風化土壌のため干ばつ被害を受けやすい地域でもある。このような農業にとって極めて過酷な条件の地域に夏植えは残ったのである。
  夏植えの最終回である第四話では、夏植え栽培が気象被害に強い理由を述べる。そこから南西諸島のさとうきび栽培の特徴が見えてくる。本稿の進め方は、まず、過去の統計資料から夏植えは気象被害に強く、収量が高位安定している栽培型であることを説明し、次に、気象被害に強い理由を、干ばつ被害を中心に解析する。

1.気象被害を軽減できた夏植え

 さとうきびの夏植え栽培は気象被害に強いことを紹介する。昭和40年から平成18年までの40年間について、奄美地域におけるさとうきび栽培型別収量の年次変動を表1に示した。


表1 さとうきび栽培型別収量の年次変動
注)データは昭和40年から平成18年までの40年間


この表から夏植えの収量には下記の特徴がある。

夏植えは春植え・株出しに比べて収量が高い。
夏植えは春植え・株出しに比べて収量の変動係数が小さい。このことから、夏植えの収量は気象条件による年次変動が小さいことが分かる。
栽培型別最高年の収量は平年値に対して、春植え>株出し>夏植えの順である。このことから、夏植えは気象条件に恵まれた豊作年の効果が小さいことが分かる。
栽培型別最低年の収量は平年値に対して、夏植え>株出し>春植えの順である。このことから、夏植えは気象被害が大きかった不作年の減収程度が小さいことが分かる。

  以上より、夏植えは他の栽培型に比べて安定した収量が得られる栽培型と言える。


写真1 春植え栽培

写真2 株出し栽培
写真3 夏植え栽培



  次に、過去40年で気象被害によって収量が低かった5年間について、栽培型別収量を表2に示した。この表からも、夏植えは大きな気象被害に対しても、春植えや株出しに比べて減収程度が小さいことが分かる。
  以上の結果から、夏植えは台風による強風や潮風害、干ばつなど気象被害を軽減できる栽培型であることは明らかである。犬田布地域のように過酷な気象条件下でさとうきび栽培を行うには、夏植えによって被害を軽減する方策しかなかったのである。


表2 気象被害の大きかった年度の栽培型別収量


 上記したように、夏植えは台風や干ばつなどの気象被害の影響が小さく、収量が安定した技術である。本稿ではこのことを解析するが、夏植えの収量が高いことは「第二話」(砂糖類情報2008年7月号参照)ですでに述べた。また夏植えが、連続台風や潮風害の被害を軽減できる理由については、「風とソテツとさとうきび」(砂糖類情報2008年2〜3月号)を読んでいただくと理解できる。夏植えが台風被害を軽減できる理由を要約すると、次のとおりである。


夏植えは台風による生育の停滞を生育期間の延長で補うことができる。
連続台風で梢頭部が折損した場合でも、夏植えの生育は、春植えや株出しより進み、茎長が長くなっているため被害は小さくなる。

  次に夏植えが気象被害を軽減できることを、これまで述べなかった干ばつ被害について解析する。

2.夏植えと干ばつ被害

 南西諸島のさとうきびは夏季に降雨量が少ない場合、保水力の小さい石灰岩風化土壌を中心に度々干ばつ被害を受けてきた。奄美地域における干ばつ被害は平成元年から平成18年度まで9回発生している1)から、2年に1回の比率で発生していることになる。このように干ばつは台風と並び、南西諸島が抱える避けることができない気象被害と言える。夏植えがこの干ばつ被害を受けにくい栽培型であることは、さとうきび関係者のなかではよく知られている。宮里は宮古島の干ばつによる単収の低下について、10パーセント減が夏植え6.5年に1回、春植え3年に1回、20パーセント減が夏植え12年に1回、春植え6.3年に1回の頻度で発生するとしている2)
  このように、夏植えが干ばつに強い理由は、台風による潮風害や葉の裂傷と同様に生育の停滞を生育期間を延長することで補っている面もある。しかし、台風被害は極めて短期間で葉身が枯れ、その後回復に向かうのに対して、干ばつ被害は葉身の枯れ上がりが徐々に始まり被害が拡大する。すなわち、台風被害は物理的な障害であるのに対して、干ばつは水分ストレスである生理障害によって発生する。この点で両者は明らかに異なる。
  さとうきび夏植え栽培の干ばつ被害は、春植えや株出しに比べて葉身が萎凋(いちょう)する時期が明らかに遅く、葉身の枯れる程度も少ない。このことは夏植えでは根群が発達するなど、干ばつに対する備えができているためと考えられる。

3.さとうきび栽培における伸長期と蓄積期

 さとうきび栽培は発芽(萌芽)後、初期には分げつと根群の形成を行う。その後、茎を伸ばし成長するが、生育後半は茎の伸長が緩慢になると同時に、糖分の蓄積を進めて収穫を迎える。このように、さとうきび栽培には茎の伸長期と糖分の蓄積期が存在する。茎の伸長には高温と降雨が、糖分の蓄積には低温または乾燥が重要である。南西諸島のさとうきびは基本的に夏期の高温で伸長し、冬期の低温で蓄積するため、伸長期と蓄積期は気温で分けられる。種子島のキビづくり3)によると、さとうきびの生育と気温の関係は、①25℃以上は生育に最適で旺盛に生育する。②20〜25℃は生育に適するが、生育はやや緩慢である。③15〜20℃以下では生育にやや不適で生育は非常に緩慢であるとされる。これを基に伸長期と蓄積期を分類すると、25℃以上は伸長期。20〜25℃は伸長期と蓄積期の混在期。20℃以下は蓄積期となる。これによって奄美地域の伸長期と蓄積期を表したものが図1である。蓄積期は糖分を得るための蓄積期だけでなく、生育初期にも存在することが分かる。すなわち、蓄積期は地下部の根群形成などさとうきびの植物体を形成する初期と糖分を蓄積する後期に分けられる。本稿では前者を初期蓄積期、後者を後期蓄積期と呼ぶこととした。
  これらの蓄積期と伸長期について夏植えおよび春植えを比較した(図1)。この図から下記のことが分かる。①夏植えの伸長期および後期蓄積期は春植えと重なり、両者に期間の差異は認められない。②初期蓄積期の期間は大きく異なり、春植えの期間が1〜2ヶ月と短いのに対して、夏植えの期間は約6ヶ月と極めて長い。
  すなわち、夏植えが春植えに比べて生育期間が長いのは、すべて初期蓄積期の期間である。筆者は夏植えでは、この初期蓄積期が根群の形成に重要な役割を果たし、その結果、夏植え栽培は干ばつ被害を軽減できると考えている。そこで、今後の干ばつ対策も考える意味からも、根群形成の視点から夏植えが干ばつに強い作型であることを検証する。

図1 奄美地域の気象条件と伸長期および蓄積期の関係
降水量と気温は1979年から2000年までの平均値(アメダスデータ:伊仙)

4.奄美地域における蓄積期の特徴

 初期蓄積期の効果を述べる前に、奄美地域における蓄積期の特徴を紹介する。南西諸島のような高緯度地域におけるさとうきびの蓄積は基本的に低温によって起こる(図1)。ここで注目すべきは、奄美地域における降雨量が安定して少ない時期は11月から1月で、特に12月の降雨量は少ない。すなわち、奄美地域における蓄積期は乾燥(乾期)と低温(寒期)が同時に起こる。この気象条件は糖分蓄積にとって好ましい環境で、この時期の糖分集積は驚くべきものがある。筆者が以前赴任していた種子島では、この時期における糖度上昇は1ヶ月でブリックスが2パーセント前後であった。ところが、徳之島支場では1ヶ月でブリックスが4〜5パーセントも上昇していたことに驚き、間違いではないかと調査を繰り返したことを記憶している。この乾期と寒期が同時に起こる後期蓄積期は奄美糖業を支える大きな天の恵みであるが、さとうきびに青葉が十分に残っていることが条件である。潮風害や葉身の病害で青葉が消失した場合には、この天の恵みは期待できない。乾期と寒期を伴った蓄積期は夏植えにおいては初期蓄積期にもあたる。この恵まれた蓄積期を念頭において話を進める。

5.夏植えは干ばつ被害を軽減できる理由

 奄美地域の夏植えは、この恵まれた蓄積期間を初期蓄積に生かすことができる。この初期蓄積期はさとうきびの地上部の伸長が緩慢であるから、光合成で得られた同化産物が地下部の根群形成にも活用される。これを裏付ける資料として、台湾における秋植えの根茎分布は1月中旬頃までは、根量が少なく上層20センチメートルの範囲までしか伸びていないが、5月中旬には100センチメートルの深度まで達している報告がある4)。この根群の深さなら7月から始まる干ばつへの備えができている。以上のことから、夏植え栽培は干ばつ被害を軽減できる栽培型であることが理解できる。徳之島支場から5月中旬における各栽培型の写真を送っていただいた。この写真からも夏植えは干ばつに対する備えが十分なことが分かる。

6.春植えの干ばつ対策

 春植えは3月の低温期に植え付けるため、発芽に要する期間を考慮すると初期蓄積期間は極めて短い。しかも、5月下旬から6月は梅雨による降雨があり土壌水分が高くなる。土壌水分が高い場合、さとうきび根群が浅くなる4)とされる。このような春植えの気象条件は、根群の形成を阻害し、干ばつ被害を助長する。このため、春植えの干ばつ対策は短い初期蓄積期を目一杯に活用することが重要である。
  具体的には、

植え付け時期を早めて初期蓄積期間を少しでも長くする。
根群の発達を促すため、培土作業など早期管理に努める。
カンシャコバネナガカメムシ(通称、チンチバック)の防除に努める。初期蓄積期間にあたる4〜5月はカンシャコバネナガカメムシの発生時期である。根群形成にも配分されるはずの貴重な同化産物を、害虫に吸汁される訳にはいかない。葉身が黄化すると光合成自体が大きな影響を及ぼすことになる。

  いずれにしても、春植えの干ばつ対策は短い初期蓄積期間を用意周到な栽培技術で対応する必要がある。このことは同じ1年1作の栽培型である株出しにも言える。

7.おわりに

 以上のことから、NCo310時代に春植えと株出し体系が主体となるなか、夏植えは台風および干ばつの気象被害が恒常的に発生する極めて過酷な条件の地に残ったことを立証できた。そして、さとうきび栽培において初期蓄積期が重要であることを述べた。筆者がこの初期蓄積期の重要性を聞いたのは、種子島に赴任した時である。当時、気温の低い種子島ではさとうきび栽培の改善策として、早期植え付けと早期管理を呼びかけていた。この早期植え付けと早期管理の説明に、農林水産省九州農業試験場さとうきび育種研究室では、初期蓄積期の重要性を提言していたのである。当時は「器官形成と蓄積」理論として学んだことを記憶している。器官形成では読者は少々分かり難いのではなかろうかと思い、「伸長と蓄積」とした。本稿は夏植えが干ばつに強い理由をこの理論で説明したものである。この理論は多くの技術解析や被害解析にも使える。特に、我が国のさとうきび作は南北に長い地理的広がりをもつため、それぞれの地域で伸長期と蓄積期は異なる。図1に基づいたさとうきびの改善策は、今後重要になるのではなかろうか。この理論を聞いてからすでに20年余りが経過し、このことを知る人も少なくなってきた。筆者が知る限りこの理論は記録として残されていないように思う。後世に残すべき理論と思い、少し詳しく記載した。最後に、犬田布地域のように、夏植えによって被害を軽減する方策しかない地域は他にもある。おそらく、奄美地域におけるさとうきび栽培面積の10〜20パーセントはこのような地域がある。気象被害に強い夏植えは南西諸島のいかなる地域でも栽培を可能にしたことを忘れてはならない。次回は種子島における株出しを述べる。

参考文献
1) 鹿児島県農政部農産園芸課:平成18年産さとうきび及び甘しゃ糖生産実績.2007年9月.P34 
2) 宮里清松:サトウキビとその栽培.日本分蜜糖工業界.1986.P243―244
3) 熊毛キビ作研究会編:種子島のキビづくり.熊毛糖業振興会.1985年5月.P10
4) 宮里清松:サトウキビとその栽培.日本分蜜糖工業界.1986.P141―145