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お砂糖豆知識[2008年10月]

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最終更新日:2010年3月6日

お砂糖豆知識

[2008年10月]


農家に学ぶ明日のさとうきび技術
―第一話 種子島における株出し管理技術「引き出し」―


鹿児島県農業開発総合センター 農業大学校 非常勤教授 安庭 誠


 農家段階で長期間用いられてきた農業技術は、その地の風土に適し農家が行うに値したからにほかならない。そして、この技術は改善を加えながら継承されてきた。このような農業技術を解析し普遍化することは、新たな技術を開発するうえで極めて重要である。水稲では育苗技術や多収技術において、このようにして誕生した技術をみることができる。また、将来の技術開発の方向を見極めるうえでも、過去の技術解析は欠かせない。このような想いから、これまで「風とソテツとさとうきび」「“歓びも悲しみも”さとうきびの夏植え」のなかで、農家が継承してきたさとうきび技術を後世に残すため述べてきた。

 新たな章でも引き続き、農家に定着したさとうきび技術を紹介する。筆者は昭和59年から5年間種子島でさとうきびの試験研究に従事した。そこでの業務の一つが、株出し栽培の改善であった。この試験を続ける中で、多くの農家から種子島では「引き出し」と呼ぶ株出し管理技術があったことを聞いた。これはその後の株出し改善技術の開発に大いに役立つこととなった。振り返ると、株出し栽培の改善はこの「引き出し」の見直しにあったように思う。本稿ではこの「引き出し」技術を紹介する。

1.種子島の立地条件

 「引き出し」技術が種子島で成立した要因には、種子島の立地条件によるところが大きい。特に、種子島の気温はさとうきび栽培にとって低いこと、種子島の大部分の土壌が黒色火山灰土(黒ボク)であることが深く関与している。現在、種子島は日本国内でさとうきびを原料とする分蜜製糖工場のある最北限地である。確かに、種子島の気温はさとうきびにとって低すぎる(年間平均19℃前後)。特に、冬期から早春の低温はさとうきびの生育を阻害する。具体的には、①出芽、萌芽が劣る。②初期生育が遅れる。③秋に気温が低くなると、さとうきびの伸長が抑えられる。④海岸線にある一部の地域を除いて降霜がある。降霜があると葉身が枯れるため、その後の糖分蓄積が劣り品質が低下する。⑤島の内陸部では低温のためさとうきびが凍結することもあり、この場合、さとうきびの品質は著しく低下する。このなかで、今回述べる「引き出し」は株出し栽培における萌芽を促進し、萌芽茎の伸長を促す技術である。

 次に、「引き出し」技術を支えた黒色火山灰土壌は、壌質のさらさらした土壌で、土が軽く透水性が良いため耕耘など管理面では大変都合の良い性質をもっている。後述するように、「引き出し」は大変な労力を要する排土作業であることから、この作業性が優れる土壌が支えた技術とも言える。

 以上述べたように、「引き出し」は萌芽し難い低温と、作業が容易に実施できる土壌条件によって成立した。

2.引き出し作業

 「引き出し」とは株出萌芽の向上を目的に生まれた株出し管理技術で、さとうきびの収穫後、畑に残った株から土を除去する作業、すなわち、排土作業のことである。それでは、この作業行程を紹介しよう。

 (1) 収穫したさとうきび畑から枯葉など残さ物を取り除くと、株の部分は培土によって畝間の部分より高くなっている。「引き出し」作業はまず収穫後の株もとにある両側の土を馬を用いて鋤(すき)で土を取り除く。さとうきびの刈り株は新植した芽子が萌芽し、その分げつ茎からなる。したがって、土壌中にある株の茎は芽子を頂点とする逆三角形の形状になる(写真1)。馬による鋤の排土ではこの分げつ茎の下方の土まで除去する。

 (2) 次に、株と株の間の土を鍬(くわ)で除去し、鍬で取れない茎と茎の間の土を竹ひごで取り除き「引き出し」作業は完成する。

 「引き出し」を終えたさとうきびの切り株は土を除かれ、浮き上がった状態になっていたらしい。この作業は大変な重労働であったため 家族総動員で行った。筆者が聞いた話では、一般的な家族の作業分担は父親は馬耕、母親が鍬、子どもは竹ひごとなっていた。

 この技術が実施されていた時期は、見聞によると、①耕耘機が導入される以前であること、②マルチ栽培以前であること、③この技術をご存じの方の年齢から判断すると、POJ2725の時代―と考えられる。


写真1 春植え収穫後の株



3.「引き出し」による株出し萌芽が向上した理由

 さとうきび栽培における株出しとは、収穫後畑に残る切り株から発生する萌芽茎を育てて原料茎とするものである。萌芽茎の基になるのは、収穫後に土壌中に残る茎の芽(以下、土中芽子と呼ぶ。)である。収穫した1本の原料茎当たり10個程度の土中芽子が付いている1)から、これらの土中芽子がすべて萌芽した場合、株出しの萌芽茎は収穫した茎の10倍となる。しかし、現実には土中芽子が何らかの原因で死滅したり、土壌の萌芽抵抗のため萌芽できない土中芽子が多数生じるため、株出し栽培では萌芽数が少なく、いかに萌芽率を高めるかが重要となる。以上のことを念頭において「引き出し」によって株出し栽培における萌芽率が向上した理由を述べる。

 ここで、「引き出し」の完了した形を思い出してみよう。収穫に伴う土中茎の切断面は、鍬と竹ひごで土が取り除かれている。このことは萌芽率向上に極めて重要である。土壌中には黒腐病菌が存在し、これが茎の切断面から進入し土中茎とその節にある土中芽子を死滅させる2)

 写真2はさとうきび株出しの畑から萌芽しなかった土中茎を掘り取り、茎の内部をみるため縦方向に割ったもので、腐敗部分が黒腐病によるものである。黒腐病による腐敗は収穫に伴う土中茎の切断面から進入し、下部方向に進展していることが分かる。写真3は旧鹿児島県農業試験場病虫部において、熊毛支場内の不萌芽茎から黒腐病菌を分離し接種したものである。この試験から土中茎の腐敗の原因は黒腐病であることが明らかになった。その後、地表面から数センチメートル高く刈り取ると萌芽率が著しく向上する2)ことが分り、土中茎の切断面を土壌から離す「引き出し」によって、土中茎への黒腐病の進入を防ぎ、萌芽率が向上することを検証することができた。

 次に、株もとの土を馬を用いて鋤で土を取り除いた効果を述べる。株もとの土を除く効果は、土中茎の下部に位置する土中芽子の萌芽を促すことにある。具体的には、土壌による萌芽抵抗を小さくすると同時に地温を高める。また、深い位置にある土中芽子からの萌芽茎は、根量が多くその後の伸長を促進する。

 以上のように、種子島における「引き出し」は、萌芽率を高め萌芽茎を伸ばす効果的な株出し管理技術であることが分かる。地温を高め萌芽を促進するポリマルチ栽培が導入される以前、株出し萌芽性の劣るPOJ2725の時代である。気温の低い種子島で株出し栽培の収量を得るには、このような労力を要する株出し管理技術「引き出し」が必要だった。その後、「引き出し」は株出し萌芽性が優れるNCo310とポリマルチ栽培の普及で姿を消すことになる。


写真2 黒腐病(土中茎の切断面)
無接種の土中茎接種した土中茎
写真3 黒腐病菌の接種試験


4.種子島で「引き出し」が成立した理由

 「引き出し」は種子島特有の株出し管理技術であったのだろうか。筆者は徳之島における株出し慣行技術を教わったことがある。少なからず「引き出し」への期待があったが、徳之島での古い株出し管理技術は鍬による中耕と培土であり、「引き出し」とはほど遠いものであった。そこで、沖縄県の資料を調べてみると、甘蔗農業3)に記載されている株出し作業の基本型は、「引き出し」に類似している。また、沖縄糖業論4)には芽掘りについて次のことが記載されている。「株出茎は刈り取り後、できるだけ早く、おそくとも3月中に芽掘りをして株の下部から芽を出すことが肝要である。」[原文のまま]

 筆者は芽掘り作業がいかなる技術であったか詳しく知らないが、下部の土中芽子の萌芽を促進するため土を掘る点では、「引き出し」と共通するので紹介した。

 ここからは私見である。「引き出し」と同様の株出し管理技術は、南西諸島の各地で実施されたのではなかろうか。しかし、奄美以南に分布する作業性の劣る重粘土壌では、労力に見合うだけの効果が得られず、広く定着するに至らなかった。これに対して、種子島では下記の理由で定着したと思われる。

1)気温が低い種子島で株出し栽培を実施するには、労力は要するが「引き出し」を行わざるを得なかった。
2)壌質で透水性が良く作業性が優れる黒色火山灰土壌は、「引き出し」を行うのに適していた。
3)種子島では黒腐病が株出し不萌芽の要因の一つであった。種子島以外で黒腐病が不萌芽の要因とする報告は記憶にない。黒腐病は強い悪臭がするので容易に判断できるが、筆者は奄美地域で黒腐病を観察したことがなく、死滅した途中芽子の大部分は虫害によるものであった。このことからも、株出し栽培における不萌芽の要因が、種子島と奄美では異なることが分かる。

 以上より、種子島で「引き出し」が広く実施された理由は、労力に見合うだけの効果が得られたからに違いない。

5.おわりに

 筆者が在任中、徳之島でさとうきびの生産振興大会があり、講師は種子島の大規模さとうきび農家であった。収穫方法は手刈りからハーベスタ時代に変わりつつある時期であった。この農家は株出し栽培における多収のポイントとして収穫後、もう一回ハーベスタで畦上の切り株と土を除去後、ポリマルチを被覆することを強調していた。この基本となる技術は「引き出し」である。さらに、この農家は専用の株出し管理機を購入し、排土作業を行うとのことであった。種子島における農家慣行株出し技術「引き出し」は、機械化体系が進む中で姿を変えながら現在でも生きているのである。

 もう20年以上前における種子島での話である。その年、種子島のさとうきびは不作で品質も著しく悪かった。そこで、さとうきび農家を元気づけるため、西之表市糖業振興会は「第一回キビ祭り」を実施した。そのとき講演を依頼され「種子島における慣行株出し管理技術『引き出し』」を述べた。参加者はさとうきび生産農家を中心に約400名で賑やかに行われた。当時はまだ「引き出し」を記憶している農家が多かったため、理解していただいたように思う。しかし、現在ではこの技術を思い出す人も少なくなったのではなかろうか。株出し管理技術「引き出し」は、後世に残すべきさとうきび栽培技術と考え記録した。次回は徳之島で聞いた春植えの話を述べる。

参考文献

1)安庭 誠.町田道正.美園中:九州農業研究第51号.1989年8月.P53
2)安庭 誠.町田道正.和泉勝一:九州農業研究第51号.1989年8月.P54
3)北原健次郎編:甘蔗農業.琉球分蜜糖工業会.1968年1月.P141ー144
4)池原真一:沖縄糖業論.琉球分蜜糖工業会.1969年4月.P52