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お砂糖豆知識[2008年11月]

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最終更新日:2010年3月6日

お砂糖豆知識

[2008年11月]


農家に学ぶ明日のさとうきび技術
―第二話 春植えの密植栽培―


鹿児島県農業開発総合センター 農業大学校 非常勤教授 安庭 誠


 徳之島にはさとうきび春植えを植え付けるとき「苗を惜しむな」との言い伝えがあると聞いた。言葉の意味は春植えの植え付けには、蔗苗(さとうきびの苗)を十分確保して多くの苗を植え付けると、安定して多収が得られるとのことである。おそらく、密植すると多収を得るが、苗の確保に多くの労力を要するし、より多くの原料茎を蔗苗に用いるため目前の現金収入が減る。このため、苗を惜しまず密植しなさいとの戒めの言葉であろう。
  筆者はこの言葉を最初に聞いたとき信じることができなかった。理由は種子島赴任時代に、種子島のキビづくり1)に記載されているように、当時の種子島における収量停滞の要因は密植の弊害にあったことを強く記憶していたからである。しかし、徳之島でさとうきびに従事してみると、密植すると生育が良いことに気づいた。さとうきびの試験を実施する場合、畑の周辺は環境が異なるため、試験精度の面からさとうきびの試験に使えない。これを番外区と呼び3列程度植えていた。徳之島支場ではこの番外区に蔗苗が多く残った場合は、基準の倍量以上植え付けていた。この密植した番外区の生育は茎が細くなるなどの密植の弊害がなく、奄美地域のさとうきびは密植すると収量が向上することを実感した。
  本稿ではこの奄美地域における春植えの密植栽培を解析することにする。上述したように、春植えの密植栽培は奄美地域と種子島では全く異なるため少々混乱する。また、さとうきびをよくご存じない読者の理解を深めるためにも、次の順で話を進めることにする。①まず、さとうきびの裁植密度と蔗苗について説明する。②次に、奄美地域における春植え密植栽培の増収効果を述べる。③次に、春植え密植の効果が奄美地域と種子島で異なる理由を述べる。④最後に、奄美地域の農家が取り組んだ春植え密植栽培二例を紹介する。

1.さとうきびの裁植密度と蔗苗

 さとうきびの裁植密度は畦(うね)幅、株間、植え付ける蔗苗の芽子数によって決定する。畦幅は倒伏を防ぐ培土量を確保するため、一定の幅が必要である。過去には畦幅は約90センチメートル(以下、cm)程度であった2)が、現在では以前より広い120cmである。理由は現在実用化されているハーベスタ収穫には、最低でもこの畦幅が必要なことによる。株間は植え付ける蔗苗と蔗苗の間隔である。蔗苗の芽子数は2個である。この理由は芽子が2個ある二芽苗を1本として用いるためである(写真1)。蔗苗については後ほど詳しく述べる。
  以上のように、畦幅と蔗苗の芽子数が決まっているから、さとうきびの裁植密度は株間の間隔で決定することになる。したがって、さとうきびの裁植密度は、株間の長さかアール(以下、a)当たり蔗苗の本数で表現する。この裁植密度は分げつの難易によって地域や栽培型で異なり、奄美地域の春植えの基準が株間25cm、a当たり蔗苗本数333本であるのに対して、種子島の春植えと奄美地域の夏植えの基準は同30cm、同278本である。奄美地域の春植えの裁植密度が種子島に比べて20パーセント高い理由は、奄美地域の春植えは分げつ数が少ないため、原料茎数の確保に密植が必要なためである。
  最後に蔗苗について説明を加える。前述した二芽苗とは、さとうきびの茎には竹と同様の節があり、ここに着生する芽子を二芽(二節)ずつに切断したものである。二芽苗の長さは節と節の長さ(節間長)によって大きく異なるが、一般的には20〜30cmほどである。夏植えではすべて二芽苗を使うが、春植えにおいて農家が二芽苗を使うようになったのは最近である。20数年前までは梢頭部苗と呼ぶ茎の頂部を蔗苗に用いていた。写真2は農家が採苗していた梢頭部苗である。梢頭部苗は節間が短いため、1本の苗に多くの芽子が着生していることが分かる。
  梢頭部苗の歴史は古く、大正6年11月発行された甘蔗栽培学2)に詳しく記載されている。要約すると、①1本の蔗茎いずれの部分も苗に利用できるが、最も良好な部分は発芽力、成長力が優れ多収を得る梢頭部である。②梢頭部苗は無病・健全で生育旺盛な蔗茎の頂上青葉の部分を取り除き、その下部の三・四節を20〜25cmの長さに切り揃える。
  これらの根拠となるデータは明治後半から大正初期における奄美地域を中心としたもので、沖縄県も含まれている。したがって、梢頭部苗は過去には積極的に普及されていたことになる。
  梢頭部苗が農家に広く定着した理由として、上記のように蔗苗として優れた特性のほか、蔗苗に用いる原料茎が不要になり生産量が増えること、品質の劣る梢頭部を苗にすることで、結果的に原料茎の品質が向上したことも考えられる。
  しかし、種子島ではNCo310時代、梢頭部苗は低収要因となっていた。理由は当時、種子島における低収要因は過剰な密植とモザイク病であり、梢頭部苗はこれらの被害を助長していたからである。

写真1 二芽苗
写真2 梢頭部苗

2.奄美地域における春植え密植栽培の増収効果

 平成2〜3年に徳之島支場では春植えの裁植密度試験を実施している。本試験に供試した品種は、茎数型(原料茎数は多いが、1本当たり茎の重さが軽い)のNCo310と中間型(原料茎数はやや少ないが、1本当たり茎の重さがやや重い)のNiF8である。裁植密度は奄美地域の基準であるa当たり333本(畦幅120cm、株間25cm)を標準としてそれより密植した2区を設けている。この試験結果(表1)から下記のことが分かる。

(1) 茎数型のNCo310は密植による効果は春植え、株出しともに小さい。しかし、密植の弊害による収量の減少は認められない。

(2) 中間型のNiF8は密植することによって、春植えの収量は顕著に向上する。さらに、この春植えを引き継いだ翌年の株出しでも標準区に比べて20パーセント(以下、%)も増収している。この増収の要因は春植え、株出しともに原料茎数が増加したにもかかわらず、1茎重が減少しなかったことによる。

(3) 両品種とも可製糖量は収量と同様な傾向を示していることから、密植による品質の低下は認められない。

 以上の結果から、奄美地域におけるNiF8の春植え密植栽培は、多収をもたらす効果があることが分かった。特に注目すべきは、春植えの原料茎数と株出しの原料茎数が連動しているため、春植え密植栽培は春植えの増収だけでなく、翌年の株出し栽培まで増収していることである。このように株出し栽培の増収対策は、まず春植えの茎数確保にあることを十分認識する必要がある。徳之島支場におけるさとうきびの試験は蔗苗が発芽せず欠株が生じた場合、試験精度の観点からすべて補植を行っている。しかし、農家は欠株が生じても労力面から補植しない場合も多く見受けられる。このように補植しない場合、原料茎数が少なくなるため、密植による増収効果は本試験よりさらに大きくなる。この後の試験で、NiF8よりさらに原料茎数が少なく、1茎重の重い茎重型品種を密植した場合も春植え、株出しともに原料茎数が増加し、増収することが分かっている。

表1 春植えにおける密植による増収効果
春植え平成2年度
株出し平成3年度
資料:データは徳之島支場試験成績書
注:同左比率は両品種とも裁植密度333本/aを100%とした比率である。

3.種子島と徳之島における茎数の違い

 徳之島における春植えの密植は上記のように増収するのに対して、種子島では過剰な密植は多収を得るための阻害要因になるとされる。なぜ裁植密度は地域によって異なるのであろうか。この項ではこの原因について考えてみよう。
  熊毛支場(種子島)と徳之島支場における気象感応試験の平年値を表2に示した。この表から次のことが分かる。

(1) 本試験の裁植密度は徳之島支場の方が熊毛支場より20%高くなっている。
  理由は1.で述べたのとおり、奄美地域の茎数は種子島に比べて少ないため、裁植密度の基準が奄美地域の方が高いことによる。このように密植したにもかかわらず、徳之島支場の原料茎数は熊毛支場より春植えで10%、株出しで17%も少ない。

(2) 徳之島支場の収量は熊毛支場に比べて20%近く減少している。この大きな要因は原料茎数が少ないためである。

(3) 以上の結果から、奄美地域において多収を得るには原料茎数を増加する必要があるのに対し、種子島においては分げつ数が多いため、奄美地域よりも低い裁植密度でも十分な原料茎数が確保できている。

 以上のことから、種子島と徳之島におけるさとうきびの茎数が異なることが分かった。
  ここからは私見である。現在最も多く栽培されているNiF8の10a当たり原料茎数の目標は、1万本程度ではなかろうかと考えている。理由はこれまでの経験から、この程度の原料茎数までは密植の悪影響はでないだろうとの推測からである。また、原料茎数を10a当たり1万本確保できたら、10a当たり収量は1茎重が700グラムで7トン、800グラムで8トンである。この生産量が可能であることは、表2の熊毛支場における気象感応試験の平年値が証明している。これに対して、徳之島支場では原料茎数が不足する。奄美地域の農家段階ではさらに原料茎数が少ないのが現状ではなかろうか。
  最後に、20数年前NCo310時代、種子島では農家慣行密植が低収要因であったことに触れる。「種子島のキビづくり」1)によると、そのころの試験場で栽培された1茎重は650〜700グラムであるの対して、農家が出荷する1茎重は原料茎数が多いため300〜400グラムであったと記されている。この1茎重の重さではとても多収は望めない。1茎重を350グラムとすると、10a当たり7トンの収量を得るには、a当たり2万本の原料茎数が必要になる。この茎数ならさとうきびはさらに1茎重が軽くなるに違いない。

表2 種子島と徳之島のさとうきび生育の違い
春植え
株出し
注1: データは平成18年度熊毛支場及び徳之島支場の気象感応試験の平年値である。
2: 品種はNiF8で、裁植密度は種子島が120cm×30cm、徳之島が120cm×25cm である。
3: 同左比率は種子島を100%とした徳之島の比率である。

4.農家に学ぶさとうきび春植え栽培

 これまで述べてきたように、奄美地域では春植えを密植することによって原料茎数が多くなり増収する。春植えの原料茎数を増やす方法は密植のほかに早植えもある。このため、奄美地域において早植え密植栽培はこれまでも提唱されているが、現実には難しい面もある。原因は降雨が多いことと労力が不足することである。奄美の重粘土壌は一度雨が降ったら1週間は畑に入れない。また、この時期はさとうきびやばれいしょの収穫時期でもあり、農家はこれらの作業を優先し、春植えが先送りされることになる。このようななかで、農家が取り組んだ春植えの努力を紹介する。
  写真3は徳之島の農家が密植した春植えの発芽状況である。これはa当たり500本以上の二芽苗が投入されている。この年は干ばつなどで不作の年であったが、この農家の春植えの収量は、10a当たり収量は7〜8トンであったと聞いた。
  写真4から写真6は奄美大島における旧水田の春植えで、「梢頭部斜め挿し」と呼ばれるさとうきびの植え付け後である。奄美大島には旧水田をはじめ多湿の畑が多い。このため、湿害で発芽が劣り植え付け時期も遅くなる場合が多く見られる。写真4はこのような多湿地に植え付けられた春植えである。写真5はこれを近くから撮影したもので、梢頭部苗を斜めに挿していることが分かる。さとうきび作において、苗を植え付けることを挿苗とも呼ぶ。挿苗とはこのように苗を挿すことからきている。梢頭部苗を溝の底よりやや高い側面に挿し、湿害による発芽不良を防いでいることが分かる。「梢頭部斜め挿し」は収穫時に収穫茎1本から1本しか採苗できず、手作業で1本ずつ挿すから大変な労力を必要とする。苗の植え付け位置がやや高くなるため株出しでは不利な面もあるが、発芽率を高めるには最良の方法と言われる。写真6は平均培土(深く植え付けるための溝を埋め戻す作業)が終わった5月上旬の生育状況である。欠株がなく茎数も十分に確保された見事なさとうきびの生育である。この地域ではこの梢頭部斜め差しの春植えが多く作付けされ感動した。

写真3 密植した発芽の状況
写真4 梢頭部苗を植えたほ場
写真5 梢頭部斜め挿し
写真6 梢頭部斜め挿しの生育

おわりに

 徳之島で聞いた農家の言い伝えである「苗を惜しむな」の言葉を解析し、奄美地域における密植栽培の重要性を立証してきた。あわせて、種子島における過剰な密植害の原因を紹介した。さらに降雨と労力不足に苦しむなか、春植えに取り組む農家の努力を二例ほど紹介した。現在、さとうきび植え付けにおいても機械化が進められている。本稿が何らかの参考になればと願うしだいである。
  最後に、春植えの労力不足を解消するには、株出し面積比率を高めて春植えの面積比率を下げることが重要である。このように春植えを苦労して植え付けたからには、この後、2回ほどは株出し栽培を行い、春植えと株出しが好循環で廻ることが何より重要と考える。

参考文献

1)熊毛キビ作研究会編:種子島のキビづくり.熊毛糖業振興会.1985年5月.P5-7
2)鳥原重夫編:甘蔗栽培法.鹿児島縣立糖業試験場.1917年11月.P120-128