ホーム > 砂糖 > 各国の砂糖制度 > EUにおける砂糖制度改革下の域内砂糖需給の変化と改革への対応について(2)
最終更新日:2010年3月6日
調査情報部長 加藤 信夫 国際情報審査役補佐 平石 康久 |
6.開発途上国からの輸入の自由化の進展 |
7.EUの砂糖業界の合理化、ビジネスチャンス拡大などの自助努力 |
8.異性化糖(イソグルコース)への影響について |
9.WTOなどの各種国際交渉に対する姿勢 |
10.まとめ |
2009年の10月よりLDC諸国からの砂糖輸入の自由化、2015年10月よりACP諸国からの砂糖輸入の自由化が、下表の移行措置を経た上で予定されている。ただしEU委員会はこの自由化措置に対して一定の輸入管理を行おうとしている。委員会からの聞き取りによれば、LDC諸国及びACP諸国について、あわせて350万トンの輸入量を超過した場合、超過部分について一般関税を課す予定としている。350万トンを超過した時には、2016年度まで継続するACP諸国からの輸入枠(130万〜160万トン)は保障されているため、LDC諸国からの輸入量について超過部分が関税の対象となる。ただし、EU委員会によれば、実際にはこれら諸国からの輸入量が350万トンを超えることは予想されていない。
このことについて、図解すると図4のとおりになる。
この図のとおり、仮にACP諸国からの輸入量が2015年度に160万トン、LDC諸国100万トンあったとしても、90万トンの余裕があるように見える。しかし、域内の砂糖産業を代表するCEFS(欧州砂糖製造企業協会)によれば、既に存在するバルカン諸国に対する関税割当数量(40万トン)及びMFN糖(60万トン)が合計して100万トンに達すると見られることから、実際には250万トンの総枠しか余裕がなく、標記輸入量が行われると、枠は一杯になってしまう。このことについて、CEFSはEU委員会がACP諸国及びLDC諸国に対して十分な認識をさせるべきと主張している。
機構注:MFN糖の増加は、砂糖制度改革時に域外国であったブルガリアとルーマニアがEUに加盟したことに伴い、これら2カ国がブラジルなどから輸入していた砂糖を低い関税で輸入が継続できる措置がとられ、輸入量が増加したことが原因である。今後も加盟国の増加による影響が懸念される。
いまのところ、ACPやLDC諸国からの輸入量がどの程度まで増加するかは未知数であるが、輸入量の水準によっては、350万トンの枠を超過する危険性があることから、CEFSに代表される域内の砂糖産業は、輸入の増加により砂糖需給バランスがかく乱されることを懸念している。
いまのところ自由化後の輸入量を規制する手段としては、350万トン枠以外には特別セーフガード措置が存在するのみであるが、セーフガード措置(前年度の輸入量を25%超過した場合発動)については、発動は自動的なものでなく、委員会の判断により行われることとされている。これについてCEFSは反対しており、セーフガードの自動発動を求めている。
また、CEFSによればLDC諸国からの加糖調製品について、砂糖が製品の20%以上含まれている場合は、原産地規則の対象となり、違反事例には対処できるとしている。これには先例があり、バルカン半島からの砂糖輸入について原産地規則違反により輸入が差し止められたとき、抜け穴として加糖調製品に輸入した砂糖の混合を行って輸出が行われたが、同規則により輸入の差し止めを行った。ただし、対応に1年を要したということであった。
その他産業用砂糖用途に限り、20万トンの無税の輸入枠が設けられている。ただしこの枠のうち実際使われたのは、2006年度で1割(20,206トン)であった。
表4 ACP諸国に対する輸入自由化までの段階的な措置 |
表5 LDC諸国に対する輸入自由化までの段階的な措置 |
図4 ACPやLDC諸国からの輸入量と輸入総枠の関係図 |
7.EUの砂糖業界の合理化、ビジネスチャンス拡大などの自助努力
(1) てん菜糖企業
砂糖制度改革により、生産数量の削減と価格の削減の両方の影響を被るてん菜糖企業は、様々な対応策について、検討を行い、実行に移している。
(1) 海外の砂糖ビジネスへの進出
域内の市場規模の縮小に伴い、海外の砂糖ビジネスへの進出を行う企業が見られる。例えばBritish Sugar社は南アフリカのIllovo社を買収し、南部アフリカでの事業展開を行っている。南部アフリカ諸国は国民生活に必要な物資として砂糖が保護されており、国内市場での販売が見越せる上、LDCやACP諸国であれば、EUへの無税輸出も視野に入れることが出来る。また同社は中国にも進出しており、中国でのビート糖及び甘しゃ糖の生産・販売に乗り出している。British Sugar社はこれらの取組みにより、各種の相乗効果が発揮できるとしている。
また、技術面においても、ビート工場のエネルギー効率向上のための高い技術力を活用して、甘しゃ糖工場でのバガスを利用したコジェネ技術など一層のエネルギー効率を高めることを期待している。
EU域内の生産が縮小し、開発途上国からの砂糖の輸入が確実に増加する中、一方で、EBAやWTOでの開発途上国への優遇措置を睨んで、これら国々を活用した域外ビジネスは、バイオ燃料の生産も含めて拡大するものと思われる。
(2) バイオエタノールの製造
従来よりフランスでは砂糖生産過剰対策としてビートからのエタノール生産が行われていたが、砂糖制度改革(再構築スキームなど)及び2020年までに輸送用燃料の10%を再生可能燃料に置き換えるというEUのバイオ燃料目標により、他国でもビートからのエタノール生産が行われ始めた。しかしこれは一部の効率的な地域にとどまっている(バイオ燃料については、昨年12月に砂糖の現地調査と併せて行ったEUのバイオ燃料に関する調査報告で詳しく紹介予定)。
ここでは、British Sugar社の取り組みを紹介する。
(英国Wissington工場の事例)
British SugarのWissington工場は、55000トンのエタノールと35万トンの砂糖を生産する能力を持つ。砂糖製造能力はEUでも最大級のものであるが、エタノール生産能力はまだ小さく、ノウハウの入手と、市場への販売の試みを試すためのものである。エタノール製造能力の追加には2000万ポンド投資したが、新規に同じ工場を製造すると3億ポンドはかかるであろう。
そのほかには50メガワットの電力を販売するとともに、製造過程ででてくる廃熱、石灰、水を利用してトマトの温室栽培を11haでおこなっており、循環型の工場となっている。
エタノールの原料はC糖由来のビートジュースを利用している。
この工場でのエタノール生産については、BPとの共同事業である。ただしBritish Sugar社の別のエタノール生産工場を計画中であり、これはBPの他デュポン社も加わっている。こちらの工場はより大規模であり、2009年を目途に小麦を原料とした30万トンのエタノール生産を予定しているが、小麦価格の高騰により不安が増大しているとのことであった。
製造したエタノールはすべてBP社がブレンドする。ただし英国でエタノール専用タンクを持つガソリンスタンドはほんの数箇所である。
建設費用についてはすべて自己資金でまかなわれている。EUの再構築資金を利用すると書類作業が大変であり、しかも制限がつく。自己資金ではそれがなく、スピード感を持って建設できる。
図5 British Sugar社が考える海外ビジネスにおける相乗効果 |
(3) 企業間の統合や共同販売組織の設立
統合や共同販売組織の設立。一部ではてん菜糖と甘しゃ糖のトレーダーが共同の販売組織を設立し、てん菜糖やきび糖の関係なく、域内の砂糖流通の支配力を高める試みが行われている。
(4) 製糖期間の延長による製造コスト削減、精製糖や白糖ビジネスへの参入
製糖期間の延長によるコスト削減も取り組まれている。例えばBritish Sugar社では、以前よりシックジュースを貯蔵し、ビート収穫期間以降も製糖を行うことによってコストを削減することに成功している。これによりBritish Sugar社は、欧州で通常90日程度の製糖期間を220日に延長させることが可能となっている。
砂糖協会(CEFS)によれば、この方法は改革による工場削減に対しても効果的であると考えられ、例えば所有する同規模の2工場のうち1工場を廃止する際、工場の生産能力を半減させたくない場合など、ジュース工程までの設備を増強すれば、製糖能力を半減させずにすむため、有効ではないかということであった。
また輸入白糖を扱う企業がでてくる可能性を指摘する声もあった。その他GMビートによる収穫期間及び操業期間の延長に期待している旨の発言もあったが、実現の見込みはたっていない。
(5) 有機栽培ビートによる砂糖生産
この選択肢については、聞き取りを行った製糖メーカーやCEFSからは否定的な見解しか得られなかった。これは通常の製糖と有機栽培ビートを利用した砂糖生産を完全に分離する必要があるため、有機栽培のコストもさることながら、製糖コストが膨大に係るという理由からである。
ドイツでの聞き取りによれば、ごくわずかに完全有機にこだわるヨーグルトメーカーに対して納入している事例があるということであった。
(参考)生産割当の削減地域におけるビート生産について
ヨーロッパにおいてもビートは輪作体系を維持するための重要な作物であり、改革により砂糖生産が削減された場合のビートの生産がどうなるかについても複数より聞き取りを行った。
これについては、ビート栽培が地域からなくなることについて、絶対的に反対する意見を聞くことが出来なかった。
たとえば、ビート栽培が行われている地域の農家全てがビートを栽培しているわけではなく、必ずしも必須作物であるとはいえないのではないか、農法的にいえばビートが理想的であっても、経済的に見合わなければ生産は不可能であるといった意見が聞かれた。また、ビート栽培が行われなくなった地域は、とうもろこし、豆類、小麦などへ転換が行われているということであった。
(なお、興味深い話としてビートを40年間連作している実験で、一定の栽培管理をすれば1年目に2割の単収減が起きるが、その後は一定の単収を維持できるとの話もあった。)
ただしこれらの聞き取りはEU委員会や団体などに聞いた結果であり、実際栽培を行っている農家などの意見ではないこと、また、昨今の農作物の値上がりにより、ビート以外の作物の収益性が向上していることから、ビートの相対的な経済価値が低下していることについては留意しなければならない。
(2) 精製糖企業
精製糖企業における各種合理化の取り組みについて、Tate and Lyle社に話を伺うことが出来た。
(1) 設備の更新(バイオマスボイラーなど)
新しく砂糖の輸入を始める企業や、精製活動を行うてん菜糖メーカーがでてくることから、その中からTate and Lyle社を選んでもらわなければならない。そのため、1200万ドルをかけて、積み込み用クレーンの変更を行った。現在のフレートの高騰下では、積み込みの速度や信頼性が非常に重要であり、これにより4,000〜5,000トン/日であった荷揚げ能力が8000トンに向上した。
新規にバイオマスボイラー(4,000万ドル、通常の3倍の価格で最大の投資額)の導入も行った。これによってボイラーに利用されているガスの7割を代替できる予定であり、バイオマスの価格にもよるが、600万ポンドの節約を見込んでいる。エネルギー(=加工コスト)がTate and Lyle社にとって一番のコスト要因であり、それを削減できるが可能となった。現在は燃料として小麦のふすまや油粕を利用しているが、その他にも様々な原料を利用することができる性能を持っている。
(2) 新規の原糖供給先の開拓(LDCの活用)
これまでのACP諸国だけでなく、LDC諸国に対しても働きかけを行っている。例えば、タイの製糖企業と組んでLDCであるラオスで粗糖を生産しEU域内に無税で輸入する計画を進めている。タイはTate and Lyle社にとって一番の取引相手先であるが、タイには資本や製糖技術がある一方、当社はヨーロッパの市場知識や法律に関する知識があり、相乗効果を発揮できる。
(3) 原料糖の輸入増と対応
てん菜糖企業と違い、生産規模を強制的に縮小させられるわけでなく、本業である砂糖生産・販売に経営資源を集中させることが出来る強みがある。一方で、原料となる粗糖については、ACPとのEPAにより原料糖の輸入が増加する一方、品質を十分にコントロールすることが難しい。更に原料となる粗糖価格もそれほど下がらないため、収益が圧迫される恐れがあるという問題を抱えている。
一方で粗糖の選択肢は増えるため、サプライヤーを選ぶ必要がある。品質に問題が生じればペナルティーも課すことができるようになる。
現在、白糖の生産能力は110万トンであるが、機材投資などさらに実行し、フル稼働で150万トン生産できるようにしたい。
(4) 複合的な販売戦略の強化とニッチな市場への積極的な対応
Tate and Lyle社は二酸化炭素の排出削減を考え、上記のようなバイオマスボイラーの利用にも取り組んでいる。最近、炭素排出権の節約やカーボン・フットプリントに取り組んでいる飲料メーカーなどの顧客が、環境に優しい製品に対する関心が高まっており、将来、このような取り組みに表示などの面でも貢献できるよう検討している。
従来の大口需要者に対するバルク販売だけではなく、きめ細かい販売を行っていかなければならないと考えている。例えば小売用砂糖の販売を始め、ブランド化、フェアトレードやカーボン・フットプリント、有機栽培糖などを組み合わせ、ニッチな市場にも積極的に応えていきたい。精製糖工場は余りにも巨大化してしまったが、分割して効率的な生産体系を構築していく。
(5) 間接費の削減
管理部門を中心に大幅なリストラを行った。つらい仕事であったが、人が減ることにより仕事の流れが効率的になったことも事実である。リストラ対象は経理など、他社でも能力を発揮しやすい人が対象であった。
表6 異性化糖企業の事例 |
資料:聞き取り結果及びプレスリリースなどから作成 |
表7 CEFS(欧州砂糖製造企業協会)による国際交渉に対する主張 |
資料:CEFS 2007年12月20日付プレスリリース “CIBE-CEFS Position on the Commission's external trade policy proposals” |
EUの砂糖制度改革においては、異性化糖とイヌリンは砂糖市場と密接な関係があるため、砂糖と同様に生産割当削減の対象となっている。
イヌリンシロップについては、改革前も生産割当を満たすだけの生産は行われていなかったが、改革を受けて初年度に全ての生産割当が返上された。
一方、異性化糖については、2007年12月時点ではフランスなどにおけるわずかな数量の削減にとどまっているだけでなく、EU委員会による生産割当の追加の提示にたいして、多くの加盟国が応じており、規模はむしろ拡大していることから、砂糖制度改革後においても、引き続き利益の出る産業として各企業が見ている模様である。ただし、各企業の動向を見ると差が見られる。
両社については利益率や今後の見通し、販売環境の違いにより対応が分かれているが、現在のところ、いまのところ、生産割当の削減についても目立った動きがないことから、当分の間、異性化糖生産そのものは維持されるものと見られる。ただし昨今の小麦やとうもろこしの価格高騰による影響が心配される。
CEFS(欧州砂糖製造企業協会)によると、EU砂糖産業の国際交渉に対する姿勢は次のとおりである。
EUの砂糖業界にとっても、現在の議長提案で行われている関税の削減比率は負担であり、現在行われている砂糖制度改革によって大きな負担を強いられている域内の砂糖産業にとっては、これ以上の輸入増加につながりかねない関税削減や関税割当数量の増加を受入れることは大きな負担に感じている。また、輸入の急増による国内砂糖産業への影響を防ぐための特別セーフガードの存続についてこだわりを見せている。
砂糖産業については、砂糖産業がその国で持つ様々な役割や歴史的な経緯を背景に、世界中で各種政策により政府による保護政策の対象とされている。
EUも例外ではなく、EU25カ国ベースではビート栽培農家は32万5000人、70企業が砂糖製造に携わり、輪作上重要な作物であるだけでなく、地域経済に対して多くの雇用と経済的利益をもたらしていた。またEUが世界の砂糖産業に占める割合は大きく、生産量の14%、消費量の12%、輸出量の12%、輸入量の5%を占める地位にあった。(EU委員会Info packによる)
しかし、EUの砂糖輸出が世界砂糖市場を歪曲していると輸入国に提訴されWTOの違反判決が下されたこと、従来の砂糖政策が改革されたCAPにそぐわなかったこと、財政上の負担などにより、EUの砂糖制度は大幅な変更を余儀なくされている。
その改革内容は域内の砂糖産業及び従来の貿易対象国であったACP諸国に極めて厳しいものであり、砂糖の生産量や価格の大幅な削減、輸出機会の喪失、輸入の増大に直面することとなった。
この中でEUの砂糖関係者は政策的な支援を受けつつ、生産・流通の合理化努力、甘味資源作物や砂糖をベースにした上での経営や販売商品の多角化など、最大限の自己努力によりこの困難な状況に対処しようとしていることは、日本の砂糖産業にとっても参考になる部分があるように思われる。
また、EUは既に砂糖の純輸入国となっており、関係者との話し合いの中でも砂糖輸入国として、日本と類似した利害を持つようになったとの印象を受けた。先方からは輸入国になったことから砂糖の安定供給などについて、日本から学びたいこともあるといった声も聞かれた。
同じく砂糖の純輸入国である米国も2008年1月からのメキシコとのNAFTA上での甘味料の貿易自由化をめぐり、未だに論争が繰り広げられており、EPAなどの貿易自由化の急速な進展に先進国の砂糖産業は苦悩にたたされている。
さらに、エネルギーの需給事情やファンドの動向により砂糖の需給情勢以外の影響を強く受けることになった砂糖市場、ますます進展するグローバリゼーションによる既存枠組みへの圧力の高まり、バイオ燃料を通じた他作物との相互関係(すなわち、エネルギー市場と農産物市場)の深化が進んでおり、砂糖の需給事情にもダイナミックな影響を与えていることを目の当たりにし、海外における幅広い情報収集や情報交換を継続的に行うことへの重要性を再認識させられた。
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