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ウクライナの経済事情と砂糖をめぐる動き

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最終更新日:2010年3月6日

砂糖類ホームページ/海外情報


今月の視点
[2000年9月]
 ウクライナは1991年の独立以降、経済が縮小傾向をたどる中で、砂糖産業も大きな打撃を受けました。旧ソ連時代には、世界最大のてん菜生産国であったウクライナは、現在、過去100年では経験のなかった砂糖を自給できない状況に追い込まれています。広大肥沃な農用地を抱えるウクライナの農業危機は今後の世界の食糧事情にも影響を与える可能性があることからその動向が注目されます。
 こうしたウクライナの経済事情と砂糖をめぐる動きについて、ロシア及びウクライナの経済事情に詳しい釧路公立大学の柴崎教授に執筆していただきました。

釧路公立大学経済学部 教授 柴崎 嘉之


はじめに   国民経済の動向
ウクライナの概況    急激な農業生産の減少
砂糖をめぐる動き   おわりに


はじめに

 1991年の独立以降において、ウクライナの経済は著しい縮小傾向を示すなかで、ロシア向け砂糖輸出の急減により、砂糖産業は大きな打撃を受け、てん菜の生産は急減している。ここでは、独立以降のウクライナの経済動向とも関連させつつ、深刻な危機状況に陥った同国の砂糖産業の動きをみることとする。

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国民経済の動向

 ウクライナは、1990年7月に主権宣言、1991年の8月18日に独立宣言を行い、同年の12月1日の国民投票で90.3%が独立に賛成したことにより、念願の独立国家となったが、この国民投票がきっかけとなって旧ソ連邦は崩壊することとなった。しかし、ウクライナは、独立国家運営の経験も準備もほとんどないままに独立したうえ、1991年のコメコン(経済相互援助会議)体制の崩壊、1991年12月の旧ソ連邦の崩壊により、旧ソ連邦の他の連邦構成共和国や中・東欧等の旧コメコン諸国との密接であった貿易の流れは突然中断することとなり、大きな混乱がもたらされた。表1は、ウクライナの主要経済指標の動向を示したものであるが、1990年代に入って急激な経済の縮小傾向が進行しているのをみてとることができる。

表1 ウクライナの主要経済指標

表1 ウクライナの主要経済指標


 1992年からの価格の自由化等の措置がとられたことにより、1994年までは、生産の急激なる縮小、ハイパー・インフレーションがみられた。農業投入財価格の高騰、国民の実質所得の急減による農産物の売れ行きの不振、農業補助金の削減により苦境に陥った農業経営を救済するために、政府は、1993年の7月に無制限のクレジットを供与する途をひらいた。同じような救済策は工業部門等に対しても講じられた。このことが12月時点対前年同月比の消費者価格の上昇を1992年には21倍、1993年には102.6倍にするというハイパー・インフレーションを招き、物価高騰は1994年にも続くとともに、国内総生産はこの間急激に減少した。
 このような混乱した経済状況に対処し、ウクライナ政府は、IMFの指導等により、1994年10月以降に、価格の一層の自由化、財政・通貨の引き締め政策、企業の民営化の推進等の措置を講ずるようになった。しかし、これらの改革措置は、議会で多数を占める保守派の抵抗を受けて、実質的進展は緩慢なものであった。インフレーション率は、1995年以降、次第に沈静化に向かったものの、国内総生産の減少はその後も一貫して続いている。また、1998年8月に、経済的関係の深いロシアで発生した金融危機は、ウクライナ経済にも悪影響を与えることとなった。

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ウクライナの概況

 ウクライナの人口は5,011万人、国土面積は60万km2で、これはフランス(人口5,520万人、国土面積58万km2)にほぼ匹敵している。ウクライナの東部はロシア人が多く居住し、経済的にもロシアとの結び付きが強いのに対し、西部は、第1次世界大戦までハプスブルグ帝国の領土であった地域が含まれ、西欧やポーランドの影響を受けている。
 ウクライナの大部分の土地は、ロシア平原に続く平原で、そのなかに高度300〜400mを超えない高地が若干含まれている。山脈は、西部のカルパチア山脈とクリミア半島のクリミア山脈がある。
 ウクライナは、北緯45度から52度に位置し、これは、ほぼ樺太の緯度に相当するが、気候は、温暖である。西から東へ移るにつれて大陸性気候の特徴が強くなる。例えば、平均気温は、西部のリボフでは、7月が18.1℃、1月は-4℃だが、これと同緯度の東部のハリコフでは、7月が20.6℃、1月は-7.2℃と年間の温度差が大きくなっている。
 年間降水量は、北西から南東に向かうにつれて減少するが、安定した畑作農業を営むには、年間降水量が500mm以上あることが必要と言われているのに、平野部ではほぼ400〜600mmにとどまり、かつ、その年次変動が大きいため、干ばつの被害を受けやすいものとなっている。
 ウクライナの平野部においては、年間積雪日数が、80日から120日、日中平均温度が5℃以上になるのが4月5日、日中平均温度が5℃以上の年間日数は210日、氷点下の温度のない年間日数は150日、日中平均温度が20℃以上の年間日数は30〜70日となっている。

図1 ウクライナ周辺の状況
ウクライナ周辺の状況

 ウクライナは、土壌や植物の植生からみて次のように地域区分される。
 第1は、ベラルーシと隣接する森林帯で、緯度でいえば、ほぼキエフ以北で、森林と沼沢地が多く、低平で湿地帯となっており、土壌は、ポドゾール化した砂地あるいは砂漠土壌で、肥沃度に乏しく、農業は酪農が主体である。
 第2は、森林ステップで、第1の地帯の南側にひろがり、その南限はキーロボグラードからドネプル川を渡ったクレメンチュグからハリコフである。この地帯の土壌は、肥沃な黒土と灰色森林土壌で、適量な降雨と、降雨の大部分が春と初夏にあるという降雨の季節的配分が良いことによって、ウクライナを代表する豊かな農業地帯で、てん菜をはじめ、秋蒔小麦、トウモロコシ、ヒマワリ等の多くの作物が栽培されている。
 黒土は、自然の状態では、大きな禾本科(かほんか)(イネ科)植物や、ハネガヤ、ドザシガラのようなヨモギ属、球根植物や顕花(種子)植物が生えている。これらの草が、つぎつぎに枯れて、温暖で、かつ、適当な降水量のある自然条件下で、豊富な腐植を提供する。腐植を多く含んだ厚さ70〜100cmの表土は、黒色を呈し、チェルノーゼムと呼ばれ、きわめて肥沃である。土壌に含まれる炭酸カルシウムのために、土壌の粒子は凝固しており、また、草の根によって土壌がくだかれるので、表土は、通気性に富んだ団粒構造をしており、排水性は一般的にすぐれているが、風や水によるエロージョンの被害を受けやすい。
 第3の地帯は、森林ステップの南に広がるステップ地帯で、土壌は普通の黒土で、ドネプル川下流の南方とクリミア半島北部では栗色土壌が多く、谷のほとんどみられない平坦な土地で気候は乾燥しており、秋蒔小麦やトウモロコシ、ヒマワリが主作物である。

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急激な農業生産の減少

 1991年から1998年の間に、国内総生産は55.2%減、工業総生産が49%減、うち、食品工業の生産が63%減となるなかで、農業総生産も39%の減少となった。穀物生産は、1990年には5,100万トンであったものが、1998年には2,647万トン、1999年には2,600万トンと2年連続して不作となった。てん菜の生産も、1990年には4,426万トンだったものが、1998年には1,552万トン、1999年には1,389万トンへと急減した。家畜頭数(年初)は、1991年から1999年の間に、牛は52.4%、うち、乳牛は30.3%、豚は48.1%、羊と山羊は75.9%もそれぞれ減少し、また、畜産物生産の1990年と1998年の間の減少率は、食肉が61.7%、牛乳が56.3%、鶏卵が50.8%であった。
 農業生産減少の主因は、農産物価格の上昇率に比し、農業投入財価格の上昇率が高かったために、農業経営は農業機械や化学肥料等の農業投入財の購入を急減させたこと、農産物の販売に対する代金の支払いが遅延したこと、国民の購買力の急低下により、砂糖や畜産物等の消費が減少したこと、砂糖等についてロシアをはじめとする伝統的市場が一部喪失されたこと等によるものである。1990年から1997年の間の価格上昇率は、農業生産物が7万1,787.3倍なのに対し、農業のための工業生産物は40万7,503.8倍、農業のための建設、修理作業の料金は35万6,885倍となっている。このため、農業機械等の購入が急減し、このことは、農業機械の保有台数の減少とその老朽化を招いている。すなわち、農業経営の機械保有台数(年末)の減少率は、1992年から1997年の間に、トラクタが29.4%、穀物収穫用コンバインが30%となっており、また、保有機械の老朽化も進んでいる。ウクライナの農業生産において、農業機械の60%は償却期間を超えて使用されていることを考慮すると、農業機械の確保度は低下して、必要水準の2分の1以下となっている。また、価格が高騰し、供給量も急減した石油製品等のエネルギー確保度は、この期間に27%も低下した。
 化学肥料の施用量も急減し、ha当たりの施用量は、1990年の141kgに対し、1997年には22kgへと急減した。有機質肥料の施用は、必要量3億4,000万トンに対し、最近年次ではその4分の1にとどまっている。このため、土壌の肥沃度は低下し、土壌中の腐植も減少し、作物は、干ばつ等の不順な天候への抵抗力を低下させている。また、酸性土壌への石灰施用による土壌改良の実施量も改革前の12分の1にまで低下している。このことは土壌の酸性度を高め、てん菜等の栽培に悪影響を与えている。
 通貨の厳しい引き締め政策は、経済の各部門に深刻な資金不足をもたらし、このため販売したてん菜等の代金の支払いは遅延し、インフレーションの進行のもとに実質の価格は急速に目減りした。
 ウクライナにおける農業部門の労働報酬は、伝統的に国民経済のなかで低いものであるが、国民経済の平均を100とする農業労働報酬の比率は1997年において67.9と低いうえに、農業部門の賃金の不払いも多額のものとなっている。このような状況のもとで、若者の農村からの流出がみられ、このため、農村人口は老齢化し、そのほぼ3分の1は年金生活者となっている。特に、農用地の4分の1、農業生産の5分の1が集中している中央部と東部では、人口危機に見舞われている。全国的にみても、農村での普及率は、ガスが15%、水道が19%にとどまり、農村での生産基盤の整備が遅れている。

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砂糖をめぐる動き

 表2は、てん菜の栽培の動向を表示したものである。

表2 ウクライナのてん菜の生産動向

項  目 単 位 1986-1990
年の年平均
1990 1995 1996 1997 1998 1999
播種面積 1,000ha 1,641 1,607 1,475 1,359 1,104 1,017 1,018
収  量 1,000トン 43,845 44,264 29,650 23,009 17,663 15,523 13,890
ha当たり収量 トン 26.7 27.6 20.5 18.3 17.6 17.4 15.5
出所:ウクライナ国家統計委員会

 てん菜の播種面積は、1990年の161万haに対し、1995年には148万ha、1999年には102万haへと加速度的に減少し、2000年にはさらに減少して89万haになったとみられる。施肥量の減少、1991年以降の輸出不振、砂糖消費の減少、砂糖工場による原料納入代金の支払遅延、てん菜栽培の収益性の悪化等がこのような急激な減少をもたらしたものである。
 ha当たり収量も1990年の27.6トンに対し、1997年には降雨がちの夏と秋の天候のもとで17.6トンと最近30年間では最低となり、さらに、平均の含糖率は14.86%と低いものになった。1998年と1999年は、5月の遅霜や夏の干ばつの被害もあって、ha当たり収量は、それぞれ17.4トンと15.5トンとさらに低下した。
 てん菜の収量も1990年の4,426万トンに対し、急激に減少し、1999年には1,389万トンとこの間に69%もの大幅な減少となった。1999年は、9月末から10月初めの異常高温は、てん菜の品質を悪化させたうえ、土壌が収穫機械を利用するにはあまりにも乾燥していたため、多くの地区で手作業による収穫を行わなければならず、結果としてかなりの面積が収穫が行われないまま放置されたため、このような記録的な低水準にまで落ち込んだ。
 てん菜の収益率 注)(生産原価に対する収益の比率)は、1993年には143.5%だったものが、1994年には66.0%、1995年には31.2%、1996年には3.8%と急激に低下し、1997年には10.4%の損失を出すに至り、その後も、損失計上品目になっている。
注)旧ソ連の概念を引き継ぐもので、 通常の経営を行うには、 30%以上の収益率がないと成り立たないと言われており、 西側諸国で一般に言われる収益率とは異なる。
 表3は、砂糖の需給動向を表示したものである。1990年代に入って、砂糖の生産、消費、輸出はいずれも大幅に減少している。

表3 ウクライナの砂糖需給

(単位:1,000トン、 粗糖ベース)
項 目 89/90 90/91 91/92 92/93 93/94 94/95 95/96 96/97 97/98 98/99
期首在庫 466.7 554.3 759.3 745.3 753.3 1,181.3 829.3 915.3 587.6 884.9
生  産 5,390.0 5,856.0 4,178.0 3,758.0 4,196.0 3,598.0 3,804.0 2,935.0 2,280.0 2,038.0
輸  入 2,274.0 900.0 325.0 570.0 65.0 95.0 460.0 135.0 153.0 150.0
消  費 3,390.4 2,963.0 2,717.0 2,540.0 2,283.0 2,375.0 2,228.0 2,196.0 2,020.0 2,015.0
輸  出 4,186.0 3,588.0 1,800.0 1,780.0 1,550.0 1,670.0 1,950.0 1,201.7 115.3 190.0
期末在庫 554.3 759.3 745.3 753.3 1,181.3 829.3 915.3 587.6 884.9 867.9
注:年度は9月〜8月
出所:リヒト社 「World Sugar and Sweetner Yearbook 1999/2000」

 注目すべき点は、ウクライナからロシア向けの砂糖輸出が急減していることである。すなわち、その輸出量は、1980年代の後半には年平均で250万トンであったが、旧ソ連の崩壊後の混乱で急減した。しかし、1995年には150万トンにまで回復したが、その後、1996年には130万トン、1997年には50万トン、1998年には4万トンと急減した。
 ロシアは、1997年5月に、ウクライナからの白糖に25%の関税を設定したが、これはウクライナからの白糖の輸入で苦境にたたされていたロシアの砂糖関連産業を保護するためであった。しかし、ウクライナは、この関税は1993年に両国によって署名された自由貿易協定に違反すると主張し、両国の協議の結果、1997年11月にウクライナからの60万トンの無関税の関税割当をロシアが設定することで合意された。しかし、1997年産のウクライナのてん菜は前述したように不作で、したがって、砂糖生産も減少し、同国における砂糖は高いものなった。一方、ロシアは、1998年にはブラジルやキューバ等から安価な甘しゃ糖を大量に輸入し、この粗糖からの白糖の生産は350万トンと前年の242万トンを108万トンも上回り、ロシア国内ではてん菜からの生産分を含めて、白糖の利用可能量は522万トンと消費量の465万トンを大きく上回り、砂糖価格は低下した。さらに、追い打ちをかけたのは、1998年8月のロシアの金融危機によるルーブルの大幅な切り下げによって、ウクライナ産の砂糖の輸出があまりにも高価なものになったことである。実際に、ウクライナ外へのウクライナの白糖の輸出価格は、トン当たり370〜400ドルで、これは国際価格の平均のほぼ2倍で、ロシア市場における砂糖価格よりも高かった。ロシアにおける銀行危機は、輸入に対する支払いメカニズムに混乱をもたらし、ウクライナの貿易業者にとっては、ロシア向けの砂糖輸出は魅力のないものとなった。
 1999年においても、ロシアの粗糖の大量輸入が続き、この結果、同年のロシアにおける白糖の利用可能量は713万トンとその消費量512万トンを約200万トンも上回り、砂糖価格は低迷している。一方、ウクライナの1999年のてん菜の不作により、その白糖生産量も163万トンと前年産の187万トンを24万トンも下回った。ウクライナは粗糖の輸入を増大させ、その白糖生産量を29万トンにすることにより、全体としての白糖の生産量は、国内消費量にほぼ見合ったものになったとみられる。しかし、ウクライナの国内での砂糖価格が相対的に高いため、ポーランドからの白糖やロシアからの粗糖の密輸が魅力的なものとなっている。1999年産のてん菜からの白糖の生産量だけでは、国内の消費を充足させることができなかったのは、最近の100年間では初めてのことであり、人々に衝撃を与えるものであった。しかし、前述したとおり、2000年のてん菜の播種面積が前年の102万haをさらに下回る89万haとなったことから、国内産のてん菜からの白糖の生産量もさらに減少するものと見込まれる。このため、ウクライナ政府は、2000年9月1日から実施するものとして、26万トンの粗糖の輸入について、関税率を通常の50%(ただし、トン当たり300ユーロを下回らない)に対し、5%(ただし、トン当たり5ユーロを下回らない)とする特別措置の決定を行い、予想される砂糖不足を回避しようとしている。
 ウクライナの192ある砂糖工場のすべてが老朽化し、最近のてん菜の収量の急減により、原料不足に悩まされている。1998年において、砂糖工場が収益をあげるには、1日当たりで6,000トンの原料を処理することが必要だったのに、実績では、工場の半分は、1日当たりの原料処理量は3,000トン以下であった。1999年において、原料不足のため、工場の大部分は、作業期間を従前の4ヵ月から1ヵ月へと短縮せざるを得なかった。

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おわりに

 旧ソ連時代には、世界最大のてん菜の生産国であったウクライナは、1990年代に入ってその生産量を急減させ、最近100年間で初めてであったが、砂糖を自給できない状況に追い込まれている。肥沃な黒土地帯での重要作物であるてん菜の播種面積の減少は、輪作体系にも混乱を与えており、畑作経営全体をも危機的な状況に陥らせている。ウクライナの計画経済から市場経済への移行の試みは、予想を上回る混乱とてん菜をも含めた農業生産の縮小をもたらしている。
 肥沃な黒土をも含めて4,065万haという広大な農用地(うち、耕地は3,274万ha、採草・放牧地は692万ha)をもつウクライナが、このような農業危機に見舞われていることは、今後の砂糖を含めた世界の食糧事情にも影響を与える可能性があり、その動向が注目される。

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