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米国新農業法における砂糖関連政策について

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最終更新日:2010年3月6日

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[2008年7月]

調査情報部調査課 課長代理 天野 寿朗

 米国の新農業法(2008年食料・保全・エネルギー法案:Food,Conservation,and Energy Act of 2008)が、2008年5月22日に米国連邦議会上院で再可決され、その内容がほぼ固まった。本稿では、新農業法における砂糖関連政策の概要について報告する。

1.新農業法成立の経緯

米国農業法は、同国における農業政策の枠組みを決める基本的な法律であり、おおむね5年に一度改正される。現行の2002年農業法が2007年9月末までの期限付きであったため、法案の審議が2007年5月から行われており、下院では7月27日に可決され、上院では12月14日に可決された。2008年に入ってからは、上下両院の法案の一本化を行うべく両院協議会が行われ、5月の本会議で可決された(下院:5月14日、上院:5月15日)。
  その後、大統領が拒否権を行使し(5月21日)、現行農業法を1年間延長すると発表したが、議会事務局のミスにより法案文書の一部が欠落していた貿易関連条項を除く新農業法案が大統領の拒否権発動を覆すのに必要な2/3を上回る賛成票により議会で再可決(下院:5月21日、上院:5月22日)された。なお、貿易関連条項を含む最終的な法案は6月18日に成立している。

2.新農業法における砂糖政策の概略

 現行の農業法における砂糖政策は、①ローンプログラム(Loan Program)による価格支持・融資、②販売割当(Marketing Allotments)による生産・流通管理、③関税割当(TRQ)による輸入管理が三本柱となっている(米国の砂糖政策の詳細については、砂糖類情報2004年9月号の「米国の砂糖政策と砂糖産業について」を参照)。
  新農業法における砂糖政策では、以下のとおり、現行の需給管理アプローチの維持、従来と同様に補助金には依存せず(No Cost)、製糖事業者への販売割当やTRQによる輸入量の調整など、基本的には現行農業法を踏襲する内容となっている。
  この現行農業法における各種砂糖政策に加え、新農業法では、新たな市場調整メカニズムとして、④砂糖・エタノールプログラム(Sugar for Ethanol)が導入されたことが目玉となっている。

①ローンレートの引き上げ
  製糖事業者に対しては、ローンプログラムによる価格支持が行われている。ローンプログラムとは、商品金融公社(CCC:Commodity Credit Corporation)が、製糖事業者に対して砂糖を担保に融資する制度で、砂糖価格が低下した場合には、製糖事業者は現金による返済はせず、担保砂糖のCCCへの没収、つまり「質流れ」によって、返済義務が免除されるというものである。この制度における融資額がローンレートであり、農業法でその単価が定められている。
  新農業法では、このローンレートについて、さとうきび粗糖では2008年の1ポンド当たり18.0セントから2011年までに18.75セントに、てん菜精製糖では同じく2008年の22.9セントから2011年までに24.09セントまで引き上げられる。
  この粗糖のローンレートは1985年以来の引き上げとなるが、砂糖生産者にとっては最近の原油高などによる製造コスト上昇分をいくらか補えることになる1)。その一方で、砂糖の質流れが生じる可能性が高くなることから、CCCが負担するリスクは大きくなる。

②販売割当において消費量の約85%を米国産の砂糖で賄う
  販売割当は、生産段階ではなく、製糖事業者の販売数量を規制して、国内需給のバランスを図る制度であり、1996年農業法では停止されていたが、2002年農業法で砂糖産業などの要請を受けて再び導入されている。具体的には、農務長官が、推定砂糖消費量と合理的な推定期末在庫量(carryover stocks)から、139万トンの砂糖(粗糖換算)とCCCの在庫を含む期首在庫量(carry-in-stock)を差し引いて、全体の砂糖の割当数量(Overall Allotment Quantity)を決定するというものである。
  新農業法では、砂糖消費量の約85%を国産の砂糖で賄うことが規定され、米国農務省(USDA)は、毎年夏に次年度の消費量を推定して全体の販売割当量を定める。一方で、現行の農業法で定められている“輸入量が、139万トンを超えると予想される場合に発動できる販売割当の停止措置”は廃止される。

③輸入管理を強化
  輸入管理はWTOのミニマム・アクセス枠と自由貿易協定(FTA)に基づく二国間枠によるものに大別される。粗糖については、ミニマム・アクセス枠として、過去の輸入実績に基づき、40カ国に割り当てられており、国別の輸入量が上限に達した段階で、輸入者は2次税率でしか輸入できなくなる。また、精製糖についても若干のミニマム・アクセス枠がある。
  新農業法では、輸入管理の基本的な仕組みは変わらないが、輸入の枠を国際貿易の協定義務を順守するために必要最低限レベルに設定し、輸入管理を従来にも増して強化する。
  具体的には、年度(10月〜9月)当初にはWTOおよびFTAによる関税割当分を割り当て、天変地異などやむを得ぬ事情により砂糖供給量の不足が生じた場合などの緊急事態を除いては、原則として毎年4月1日までは割当の追加を行わない。割当の追加は、国内生産量、当初のTRQ、メキシコからの輸入量の合計が国内需要に満たない場合にのみ行われる。

④砂糖・エタノールプログラム
  国内需要を超える輸入が生じた場合には、エタノール生産向けに利用することとし、USDAが毎年9〜10月に輸入量のうち余剰分を推定する。この余剰輸入分についてはUSDAが入札を実施し、最も低い売渡価格を提示した製糖工場と、最も高い買入価格を提示したエタノール工場の間で取引が行われ、その差額をUSDAが補てんする。入札により落札数量が全量に満たなかった場合には、残りの分については再度入札が実施される。
  ローンプログラムで質流れが生じた場合には全額がCCCを通じてUSDAの負担となるが、砂糖・エタノールプログラムではUSDAの負担は売渡価格と買入価格の差額のみに抑えられる。
  なお、この仕組みは、輸入糖によって生じる余剰分にのみ適応され、国内産の在庫を解消するためには用いない。

表  新旧農業法における主な砂糖政策の比較

3.実効性が問われる砂糖・エタノールプログラム

 砂糖・エタノールプログラムは、2008年1月から本格的にスタートしたメキシコとの自由貿易協定(NAFTA)、コスタリカを除く5か国との間で既に批准された米国・中米・ドミニカ共和国自由貿易協定(DR―CAFTA)などの影響で予想される砂糖の輸入量の増加に備えて、新たに加えられたものと位置づけられている。
  このプログラムについては、米国への砂糖の輸入量の増加に伴う供給過剰分を解消する手段として有効であると考えられていることから、砂糖業界からは高く評価され、大きな期待が寄せられている2)
  しかし、実際に砂糖を原料として使用することになるエタノール製造工場からは、この実効性に対して疑問の声も上がっている。確かに、とうもろこしを原料にしたエタノール生産の発酵促進のために砂糖を加えることは技術的には可能であり、とうもろこしの使用量が節約できるメリットも考えられるが、当該工場にとっては収入の約25%を占める副産物(蒸留かすなど)が減少する可能性もあり、エタノール製造工場にとってはむしろデメリットに転じる可能性もあるからである。さらに、発酵工程の設備などに新たな投資が必要となること、原料となる砂糖が価格的に割高な米国産に限られているため、とうもろこしを原料とした場合に比べて生産コストが上昇するなど、結果的に、エタノール製造工場にとっては負担を強いるばかりということにもなりかねない。
  また、当該プログラムで、砂糖製造者の入札価格が高くなることが考えられ、USDAによる補てん額も大きくなる可能性もあり、これまでの米国の砂糖政策の根幹であった「No Cost」政策が崩れることになり、財政面での問題も懸念される。 
  政治的な問題としては、砂糖ユーザーの団体が、このプログラムは国内市場が供給不足の時にも用いられ、米国内における食品向け砂糖の入手が困難になる恐れもあるなど、法案が下院を通過したころから否定的な意見を表明していた。その一方で、国産の砂糖を安価で安定的に供給する必要性を指摘するとともに、市場を歪曲しない直接支払いなどの政策によって生産者所得支持を求めていた。
  いずれにしても、当該プログラムが機能するためには、原料となる砂糖の価格、エタノール工場で生産される副産物収入減少への影響、必要な砂糖確保の可能性、さらには財政面などさまざまな問題をクリアすることが課題となるだろう。

4.保護主義的性格を強める新農業法

 この新農業法は、従来の作物プログラムの枠組みを維持しつつ、支持価格の引き上げや、予算執行見通し額の増額が盛り込まれており、自由貿易推進の動きとは逆行するとも受け取られかねないことから、WTO農業交渉が大詰めを迎える中、今後、EUや途上国などからの反発も予想される。
  砂糖政策に関しては、米国の他の主要農産物において一般的な直接支払いとは異なり、財政支出を回避するいわゆる「No Cost」の仕組みを行っている。しかし、国庫からの支出がなされないということは、その一方で国内価格を高水準に維持することにつながっている。
  ブッシュ大統領も今回の農業法案に対する拒否権を発動する際に、新たな砂糖政策である砂糖・エタノールプログラムについても触れ、「このプログラムは、米国内の消費者に対しては高い砂糖価格を強い、納税者には一握りの砂糖生産者の補助をさせるというとんでもないものである」という反対の意を表す趣旨のコメントをしている3)
  また、既存の政策に関しては、たとえ枠組みは変わらずとも、ローンレートの引き上げによる価格支持レベルの上昇、販売割当において消費量の約85%を米国産の砂糖で賄うと規定したこと、輸入管理を従来にも増して厳格に行うことなど、現行の米国農業法の保護主義的性格をさらに強めたものであるとの見方もでき、今後注目に値すると言えるだろう。

(参考文献)
1) ASA,Sugar Issue Brief,August 2007,p2
2) 加藤信夫ほか、「米国の砂糖政策をめぐる情勢と砂糖需給」砂糖類情報 2007年12月号、2007年、p10-11
3) White House News Release 2008.5.13
http://www.whitehouse.gov/news/releases/2008/05/20080513-2.html


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