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地域だより[2001年11月]

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最終更新日:2010年3月6日

砂糖類ホームページ/国内情報

地域だより
[2001年11月]

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横浜事務所



災害時に寄与する生活必需物資 「砂糖」
〜 横浜市と塩水港精糖(株)との防災に対する取り組み 〜

 塩水港精糖(株) は、横浜市と 「災害時における生活必需物資の供給協力に関する協定」 を平成9年7月16日に締結し現在に至る。この協定は災害時における生活必需物資として砂糖を横浜市民に優先的に供給するものであり、横浜市と塩水港精糖(株) との防災協定とその取り組みについて紹介する。
 砂糖の備蓄については、塩水港精糖(株) が日頃より災害時に備えて砂糖を備蓄するものではなく、災害時に横浜市の要請に基づき、自社の製品在庫の砂糖を優先的に供給し、運搬等に協力することとしている。
 同社の平常時の取り組みとしては、災害時にそなえて同市の担当部署職員と同社の担当社員が相互に連絡をとり、迅速に供給又は配給ができるような体制を構築している。同社では社員の防災教育の徹底と訓練を実施し、災害時に社員が援助活動を支障なく遂行できるように社内には、水・かんぱん・缶詰などの緊急時用の食料を確保していると言うことであった。
 災害が発生した場合、横浜市は災害対策本部を設置し、塩水港精糖(株) に対し砂糖の出荷要請を行うとともに、災害時の配給の混乱等を考慮して、既存の店舗等の施設及び機能を活用し、市民に対して砂糖を同市と塩水港精糖(株) が協議のうえ、災害発生直前の適正価格により供給することとしている。
 塩水港精糖(株) は、この協定により常時保有している砂糖製品約2,000トンを被災者に供給することとなっている。また、同社は一般市民向けに開設している見学施設 「横浜・さとうのふるさと」 館における体験プログラム等を通じて、防災と食料との緊密な関係、災害時に安心して摂取できる食料としての砂糖をあらかじめ理解してもらい、横浜市の目指す防災に強い都市づくりに対する協力・支援を行っているところである。

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名古屋事務所



「全国都市緑化いしかわフェア」
〜 サトウキビ配布と「親子ガーデニング教室」の開催 〜

 砂糖消費拡大推進事業における 「サトウキビ配布イベント」 が9月15日(土)〜16日(日)の2日間、第18回全国都市緑化いしかわフェア (9月8日〜11月11日) に協賛して行われた。
 このイベントは、女性を中心とした家族を対象に 「お砂糖は100%植物性」 をテーマとして、最近のガーデニングブームを追い風に、生活者に対して砂糖に対する興味を喚起し、砂糖に対する正しい理解促進を図ることを目的に行われた。
 会場となった金沢城址公園は、歴史的には前田利家の加賀支配の拠点となった平山城で、兼六園を合い向かいに金沢の町並みを支える名勝である。
 サトウキビ配布イベントが開催された両日は、降雨に見舞われた時間帯もあったが概ね天気は良好で、予定時間の前には大勢の人が配布場所の前に列を作るなど関心の高さがうかがわれた。
 配布にあたっては、今回の 「親子ガーデニング教室」 の講師で、ガーデンデザイナーの岩路氏によるサトウキビの育て方や楽しみ方の説明があり、希望者は、最初のうちはそれぞれに、「サトウキビって、かじるんじゃないの?」、「これから砂糖を作るんでしょ?」 等といった声が聞かれたが、ガーデニングというサトウキビの新しい楽しみ方に感心していた。
 また、「親子ガーデニング教室」 は、参加者を募ったところ、予定の20組を超える応募があり、急きょ定員を追加するひと幕もあった。
 参加者は、講師の説明に従って素焼きの鉢に絵を描いたり、リボンやワラで装飾して、各自が創意を凝らしサトウキビを育てるポットを作っていた。参加者の中には、まだ手のおぼつかない小さい子供もいて、すぐに飽きてしまったり、親の方が夢中になって子供そっちのけであった親子もいるなど、会場からは楽しい笑い声が聞こえていた。
サトウキビの育て方や楽しみ方
サトウキビの育て方や楽しみ方の説明
サトウキビを使用したガーデニング
サトウキビを使用したガーデニングの紹介
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大阪事務所



大阪を代表する伝統的な菓子 「おこし」

 大阪を代表する伝統的な菓子として 「おこし」 があげられる。日本全国に 「おこし」 の名のつく菓子は多数あるが、大阪の 「粟おこし」 と 「岩おこし」 がもっとも有名といってもよいのではないだろうか。
 府内食品産業の活性化に取り組んでいる社団法人大阪府食品産業協会が、平成12年9月から11月にかけて 「大阪のおみやげとしてふさわしいもの」 を6部門 (和・洋菓子/漬物/水産・畜産・惣菜等の加工品/酒・ワイン・その他飲料/麺類/その他) に分けて実施したアンケート結果 「おおさか食みやげアンケートランキング」 によると、「粟おこし」・「岩おこし」 といった 「おこし」 は総回答数7,620票中730票で、和・洋菓子部門及び総合ランキングで第1位を獲得している。
 この度、大阪の菓子の顔ともいうべき 「おこし」 の歴史等について、大阪粟起工業協同組合の理事長であり株式会社あみだ池大黒会長の小林氏及び同社の常任顧問である吉田氏に話を伺うとともに、同社の西宮本社工場を取材したので紹介する。

「おこし」の由来
 「おこし」 は日本最古の菓子とも言われ、その歴史は奈良時代までさかのぼることができる。当時、「おこしごめ」 という糒ほしい (干飯) を蜜でかためたものを、五穀豊饒(ごこくほうじょう) を祈り神饌(しんせん) に捧げたのが始まりとされ、室町時代にはすでにお菓子として珍重されていたと言われている。
 大阪における 「おこし」 の歴史は、豊臣秀吉の大阪城築城によって日本の経済の中心地となった大阪が秀吉の栄華とともに栄えるにつれて、「身を起こし、家を起こし、国を起こす」 縁起の良い菓子として大阪の人々の間に広まっていった。
 その後、江戸時代になると、いわゆる 「天下の台所」 として諸国からの物産を満載した千石船の往来により、良質な米や飴を安く大量に仕入れることが容易にできたことから、これらを原料とする 「おこし」 の製造が盛んに行われようになり、大阪を代表する菓子として全国に広まっていった。
 「粟おこし」 は、昔は実際に粟を原料としているが、良質な米を原料として使用するようになってからも、米を細かく砕いて粟状にして、あえて 「粟おこし」 として呼ばれるようになった。
 また、「岩おこし」 は、江戸時代に大阪の町で運河工事の際にたくさんの大きな岩がごろごろと出てきたことが「大阪の掘り起こし・岩起こし」 と言われたことから、これにちなんで固いおこしを 「岩おこし」 と命名し、売り出されるようになった。
 また、大阪の 「おこし」 には、大阪のおこし全体のシンボルとして 「梅鉢の御紋」 が用いられているが、これは菅原道真が京都から太宰府に流される際、現在の大阪市の上本町付近で船待ちのため休憩していたところ、道真に同情した老婆がお米を飴で固めた菓子を差し上げると、これに喜んだ道真が御礼に菅家の 「梅鉢の御紋」 が入ったみずからの小袖をひきちぎり老婆に与えて、謝意をあらわしたのが始まりとされている。

「おこし」の製造方法
 「おこし」 の製造方法は、国産の良質なもち米・うるち米を細かく砕き、砂糖と水あめとを混ぜたもので練り固めるといった、原料の質の良さが問われるごまかしの一切きかない製法である。また、原料として使用される米と砂糖の種類は製品ごとに異なり、製造される製品の種類によって上白糖、グラニュ糖などを使い分けている。
 今回取材したあみだ池大黒では、一般的な (=量産品) 「粟おこし」 を製造するにあたっては、原料として上白糖が使用される。この場合、細かく砕いた米と混ぜ合わせるために必要な蜜を作る際の水あめとの混合割合は、水あめ1:砂糖1で行われる。
 また、いわゆる 「高級粟おこし」 を製造する際には、この水あめとの混合割合を1:1.5にして砂糖の使用量を増やしたり、上白糖のかわりにグラニュ糖を使用するなどして、口に含んだ際のしっとりとしたやわらかさを醸し出している。その他にも 「あっさり感」 を出したい商品の場合は、ビートグラニュ糖を使用するなどの工夫が凝らされている。
 一方、野趣あふれる味が求められる 「岩おこし」 には黒砂糖や中双糖が使用される。
砂糖と水あめを釜で混ぜて蜜を作る
砂糖と水あめを釜で混ぜて蜜を作っているところ
米と蜜を練り固める
米と蜜を練り固めておこしができてゆく
包装作業
包装作業

「おこし」の復活
 大阪粟起工業協同組合の会員数は、大阪万博のころがピークで約100社あったものが、その後、消費者の甘味離れと若者の固い食べ物を敬遠する 「かたさ」 離れが進み、現在は20社にまで減少している。しかし、最近は健康食品のブームにより、米と砂糖という自然食品を原料とした 「おこし」 に再び脚光が集まっているとも言われている中、各おこし製造メーカーもチョコレート風味やアーモンド風味といった洋風おこしや、各種おこし詰め合わせセットなど、趣向をこらした製品を販売して洋菓子への巻き返しを図っているところである。
 先に紹介したアンケートでも明らかなように大阪の人々の 「おこし」 への愛着が強いのは、「噛めば噛むほど味が出る」 という人間味豊かな大阪人気質の一面を現すものであろう。大阪がもっとも栄華を極めた時代の庶民の味を代表する 「おこし」 の復活と今後のさらなる展開に期待したい。

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「砂糖シンポジウム〜砂糖は笑顔のエネルギー〜」が鹿児島で開催

 9月21日(金)、鹿児島市内のパレスイン鹿児島で、社団法人糖業協会、精糖工業会、砂糖を科学する会が主催する (後援:農林水産省、農畜産業振興事業団等) 「砂糖シンポジウム〜砂糖は笑顔のエネルギー〜」 が開催された。募集定員は250名であったが、定員の3倍以上の応募があり、抽選によって参加者が選ばれた。
 シンポジウムは、主催者の 「砂糖を科学する会」 の橋本副代表が挨拶の中で、「糖尿病、肥満の原因は砂糖であるかのように言われているが、全く科学的根拠のないものである。脳の唯一のエネルギー源はぶどう糖だけであり、砂糖はぶどう糖と果糖から構成されているため、即座にエネルギーとなる」 等、砂糖の正しい知識について紹介し、次の講演へと引き継がれた。
 講演では、琉球大学教授金城須美子氏より 「沖縄の料理文化と砂糖」 と題して、スライドを使用しながら、砂糖の原料、種類など砂糖に関する話から始まり、沖縄にどのようにしてさとうきびや砂糖が伝わり、沖縄料理がどのように変遷したかの話があった。この中で 「沖縄の料理文化と砂糖」 の特徴としては、琉球国 (現在の沖縄) と日本・中国との文化的な交流が進む中、琉球国料理職人と中国料理職人との交流や薩摩藩料理職人との交流も行われ、その中で琉球国料理職人が唐菓子、日本菓子、南蛮菓子を知ることにより、様々な菓子を生むこととなった。一方、料理については、砂糖は琉球国でも大変貴重品であったので、料理には余り使われることはなかったようである。
 最後に、沖縄県は長寿県で有名であることにふれ、100歳になる自分の母のエピソードとして、「母は、かつては、羊かんを作るのが好きで家でもよく作っており、近所の人にも作り方を教えていた。今でも甘いものが好きで、毎朝、砂糖をたっぷり入れたコ―ヒーを飲むことが習慣となっているが、いまだに糖尿病にもならずに元気に暮らしている」 と紹介された。
 続いて、洋菓子研究家今田美奈子氏より 「お砂糖と人間の絆」 と題して講演が行われ、甘いお菓子は人を和ませ、人間を開放的にし、お互いを打ち解けさせる不思議な力を持っているという内容の話が紹介された。
 一例として、政治外交の歴史の中でお菓子が重要な役割を果たしてきた話がされた。外交行事の晩餐会で最後に出されるデザートは、宴席における話題となることや、出席者の気持ちを和ませることなどによって、国際外交の平和的な進行を支えてきた部分があるということであった。
 また、今田氏の知人で他者と会話を持つことが非常に苦手であった人が、今田氏や仲間とお菓子作りを続けるうちに少しずつ周りと打ち解けることができるようになり、現在ではお菓子作りを教える立場になって、積極的に他者との関わりを持てるようにまでなったという話も紹介された。

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さとうきび優良農家の紹介 (石垣島から)
〜 ここ3年で30haを超える開墾畑 〜

 今月号は、9月号に引き続き石垣島から収穫面積拡大に寄与した優良農家を紹介する。  川田有二氏、平良幸治氏及び佐久川義雄氏は農業生産法人八重山農園有限会社を組織し、八重山のリゾート開発会社が所有する山林を借受けて開墾しさとうきびを栽培している。3名は有限会社を組織しているが、経営はそれぞれの農家が独立採算によって行っている。 開墾畑は飛躍的に増加  9年から11年までの3年間において、3名による開墾畑は飛躍的に増加した。11年度時点のさとうきび耕作面積は34ha程度で、そのほとんどがその期間に開墾された耕作地となっている。借受けた山林は表土が浅い岩盤地が多く、開墾に多くの労力と費用を要するが、石垣島製糖(株)がさとうきびの増産が製糖にもたらすメリットを考慮して、支援を行うなどさとうきび畑の造成を奨励している。  3名はそれぞれ単独で農業経営を行っており、1人ですべての農作業を行うには耕地面積の規模が大きいため、肥培管理はトラクターや種々の管理機械を導入して行っている。収穫はほとんど農作業受託組織に委託してハーベスタで行っているが、ハーベスタが入らない条件の悪い畑や小規模な畑は、全茎式刈取り機や手刈りによって収穫し、無脱葉の状態で製糖工場に搬入している。 夏植え一作型から株出し等への作型転換中  3名のさとうきび作に対する共通した取り組みとしては、開墾費用の返済、地代の支払いをはじめ、農業機械等の償却費や収穫作業委託費等の支出が当面かさむこともあって、収量アップと農業所得の増加を目指して、夏植え1作型からその1部を春植えや株出しに作型転換を図っていることが挙げられる。特に株出しへの転換はこだわりを持って精力的に行っており、株出しによるさとうきびの生育を順調に押し進めるために、徹底した除草と病害虫防除を適期に根気強く行っている。また、この地域は表土が浅く酸性土壌のため、土作りに力を入れており、開墾時にたい肥の中に炭酸カルシウム等の土壌改良剤を混入して畑に投入するなど地力の増強を図るとともに、さとうきび作に適した土作りを行っている。 農作業を効率的に行う  農作業は収穫期と植え付け期をピークとして、年間を通して繁忙期が長く天候に大きく影響を受けることが多い状況にあるが、肥培管理や害虫防除等の作業は適期を逃さず、また作業が複数重なるときは、優先順位を決めて効率よく行うように心がけている。  3人の中で、畜産との複合経営を行っている平良氏は、他の2名に比べさとうきび作に割ける時間が少ないため、1日のうち午前8時から9時までと午後5時から6時半までを給餌など畜産の作業にあて、これ以外の時間はさとうきび作にあてて効率的に作業を行っている。採草地の収穫は4月から6月にかけて行い、梱包作業は農作業受託組織に委託するなど、さとうきびの収穫や植え付け時期と重なることのないように行っている。 現在の悩みは後継者不足  年間を通して多忙な日が多いが、時折近隣の農家が集まり鋭気を養いながら情報交換し、互いに農業技術向上や経営改善への参考としている。現在3名にとって後継者がいない状況にあるが、後継者問題は将来的に農業生産法人の拡充も含めて考えていきたいとしており、今後はさらに八重山郡農協や石垣島製糖(株)等の協力を得て地域一体となってさとうきび作りに努めていきたいとしている。  ここ3年における30haを超える開墾畑の造成は、さとうきび面積の純増をもたらし、石垣島のさとうきび収穫面積回復に大きく寄与しているものと思われる。3名の今後のさらなる活躍が期待されるところである。


経営規模
表1 川田有ニ氏 さとうきび専業
さとうきび 9年産 10年産 11年産 12年産
収穫面積合計 (a) 307 554 1,035 752


夏植え (a) 269 0 662 427
春植え (a) 0 0 355 0
株出し (a) 38 554 18 325
生産量合計 (トン) 309 481 813 549
10a平均収量 (トン) 10.1 8.7 7.9 7.3
平均甘しゃ糖度 (度) 14.6 12.0 14.3 14.3
備考 11年産の春植えは側枝苗を使用

表2 佐久川義雄氏 さとうきび専業
さとうきび 9年産 10年産 11年産 12年産
収穫面積合計 (a) 485 610 992


夏植え (a) 485 550 647
春植え (a) 0 0 0
株出し (a) 0 60 345
生産量合計 (トン) 403 485 730
10a平均収量 (トン) 8.3 8.0 7.4
平均甘しゃ糖度 (度) 12.1 13.6 13.6

表3 平良幸治氏 さとうきび・畜産の場合
さとうきび 9年産 10年産 11年産 12年産
収穫面積合計 (a) 211 433 385


夏植え (a) 211 433 385
春植え (a) 0 0 0
株出し (a) 0 0 0
生産量合計 (トン) 130 325 278
10a平均収量 (トン) 6.2 7.5 7.2
平均甘しゃ糖度 (度) 12.3 13.9 14.2
備考 13年産の収穫見込み面積のうち、株出しによる収穫が200a見込まれる。
畜産 (子牛生産) 9年度 10年度 11年度 12年度
飼養頭数 (頭) 10 10 10 20
出荷頭数 (頭) 4 4 9 12
草地面積 (a) 450 450 450 250

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