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減肥によるてん菜栽培の低コスト化について

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最終更新日:2010年3月6日

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[2008年9月]

【生産地から】

北海道立十勝農業試験場 生産研究部主任研究員兼栽培環境科長 竹内 晴信

1.てん菜栽培における生産費

 大規模経営が営まれる北海道畑作地帯では、てん菜は極めて重要な輪作作物である。道内の作付け面積は66,600ヘクタール(2007年)で、水稲と牧草を除いた畑作物、野菜作付け面積の約14%を占め、小麦に次ぐ基幹畑作物となっている。近年のてん菜作付け面積はほぼ横ばいであるが、生産する農家戸数は減少を続け、一戸当たりのてん菜作付け面積は7ヘクタールを超えており、作付け規模は拡大傾向にある。
  一方、てん菜の生産費1)(表1)は84,201円/10アールで、この内訳を見ると、労働費を除く物財費のうちもっとも多いのが肥料費で22.5%を占めている。10アール当たりのてん菜の養分吸収量は、窒素31キログラム、リン酸11キログラム、カリウム(以下、カリ)48キログラム(2004年全道21農家ほ場の慣行栽培分析値平均)で、他の畑作物と比較するとかなり多く、この吸収量に見合う多量の施肥が行われることや、てん菜は好硝酸植物であるため、初期生育を促進する目的で、単価の高い硝酸性窒素肥料を用いることも、肥料費を高める要因となっている。


表1 てん菜の生産費内訳(2007年度)
(10a 当たり)
出典:農林水産省


 このように、多くの肥料費を必要とすることがてん菜栽培の特徴であり、近年の肥料価格上昇の影響を最も受けやすい畑作物と言える。国際的な肥料価格は2006年度以降急激な上昇を続けており、JA(ホクレン)が主要な化学肥料について平均75%の値上げを発表(7月4日)するなど、施肥量の低減による肥料費の抑制は待ったなしの様相を呈している。さらに、輪作体系を維持しながら農家収入を確保するためには、施肥コストの低減に加え、土壌理化学性やほ場環境改善と栽培技術向上による収量レベルの向上が必要であり、今後は、より低コスト栽培が可能な直播栽培の導入も視野に入れる必要がある。

2.肥料費低減の方向

 施肥量を低減するためには、大きく二つの方法が考えられる。第一に考慮すべき事は、土壌肥沃度とてん菜の養分要求量に見合った適切な施肥量の施用である。これは、従来行われてきた土壌診断とその結果の活用であり、目新しいものではないが、低コストな生産を行う上では率先して取り組むべき対策である。
  第二に考えるべきことは、肥料資源としての有機物の利活用である。従来、地力の維持向上のためにたい肥の施用や緑肥作付けが行われているが、これらを養分供給源としても位置づけ、さらに、家畜ふん尿系の有機物の利活用を考慮する必要がある。既に草地酪農では、牧草に対する家畜ふん尿主体施肥の考え方が示され2)、現場での活用が進められているが、今後は畑作と酪農が混在する地帯で畑作においてもこのような取組を進める必要がある。
  以下では、土壌診断に対応した施肥技術を中心にさらに詳しく述べると共に、有機物利用の可能性と問題点についても述べてみたい。

3.土壌診断に対応した適正施肥

(1) 土壌養分の実態
  表2は北海道内の普通畑の土壌化学性の変化と現状を示したものである3)。これによると、作土中の全窒素、全炭素は減少傾向にあり、低pHのほ場は依然として多い。また、交換性塩基は1980年代よりおおむね減少傾向にあるが、石灰および苦土は不足するほ場が多い一方で、カリの過剰なほ場が70%に及ぶ。有効態リン酸の増加傾向は近年頭打ちとなり、過剰、不足ともに多く存在してバラツキが大きいが、4割近くが基準値を上回っている。
  このように、ほ場によるバラツキは大きく、養分蓄積の進んだほ場が少なからず存在していることから、ほ場の養分供給力に合わせた施肥を行うことが重要となる。と同時に、自らのほ場の状況を常に把握するため、各ほ場において少なくとも5年に一度程度の土壌診断を行うことが大切である。


表2 普通畑の土壌化学性の変化と現状評価
(注1)畑地252地点(80以降)の定点ほ場を5年ごとに調査
     1959〜1975年に行われた地力保全調査は「70」と表記
     1979〜1983年に行われた1回目定点調査は「80」と表記
     1984〜1988年に行われた2回目定点調査は「85」と表記
     1989〜1993年に行われた3回目定点調査は「90」と表記
     1994〜1998年に行われた4回目定点調査は「95」と表記
     1999〜2003年に行われた新規定点調査は「00」と表記
(注2)直近(1999〜2003年)に行われた新規定点調査の数値


※土壌診断に係る用語の説明はこちらを参照下さい

(2) 地力に応じた施肥対応
  北海道施肥ガイド4)では、1990年代後半のデータを基に約半数の生産者が到達できる標準的な目標収量を、全道20の地帯区分と各地帯4種類の土壌別に設定し、これを確保するために必要な施肥量として「施肥標準」を設定している。
  また、各ほ場の土壌診断結果に基づいて、施肥標準に対して施肥量の増減を行ったり、有機物施用に伴い必要な減肥を行う「施肥対応」を示している。例えば、リン酸やカリの蓄積の進んだほ場では0〜80%の施肥率で減肥が必要なこと(表3)や、地力窒素(熱水抽出性窒素=ACN)の評価値に応じた最適窒素施肥量が示されるなど、様々な地力条件に合った合理的な施肥量を判断するための基礎資料となっている。


表3 土壌診断値に対応した施肥標準に対する施肥率


 一方、有機物の施用に伴う施肥対応(減肥指針)については表4に示した。たい肥は、その連用が進むと蓄積効果により窒素発現量が増えてくるため、減肥量も増やす必要がある。また、たい肥類や液状有機物(ふん尿スラリーやでん粉廃液など)は養分含有率や分解率の幅が大きく、できるだけ分析値に基づく減肥対応を行うことが必要であり、電気伝導度と乾物率から成分含有率を推定する簡易分析法も提示されている2)


表4 有機物施用に伴う減肥可能量(抜粋)およびNスコア
*連用5〜10年および連用10年以上は、たい肥と同様にNスコアを2倍および3倍とする。
**豚糞、鶏糞のカリ減肥量は設定されていないが、前者は乾物率と電気伝導度からカリ成分を推定することが可能で、肥効率100%として減肥する。後者は実測して同様に扱う。Nスコアの「−」は試験成績として検討されていないが、減肥可能量と同値と考えることができる。


 北海道の畑地では地力維持のため、少なくとも1トン/10アールのたい肥施用が推奨されているが、この施用に対しても減肥対応が必要である。地域によっては、たい肥の入手が困難な場合があることや、散布作業に手間がかかることなどから、たい肥を毎年施用する農家は少なく、てん菜作付け前に輪作年限分(4年輪作→4トン/10アール)をまとめて施用する農家も多い(表5)。このような場合は特に、てん菜の減肥対応が必要である。


表5 十勝におけるたい肥の施用実態
資料:十勝土壌診断協議会ほか、2002年


(3) Nスコア法による窒素施肥量の適正化
  近年は畑作酪農兼業農家を中心に、家畜ふん尿の処理対策として局所的な畑地投入を行う実態がある。このようなほ場では、土層中にふん尿由来の多量の無機態窒素が蓄積しており、てん菜の窒素施肥反応を鈍化させている。そのような極端な例でなくとも、たい肥施用や緑肥作付け後の減肥対応が適正に実践されることは少なく、過剰施肥で吸い残された無機態窒素が土層中に蓄積している事例がかなり多く見られる(図1)。このため、作土の土壌診断を行って適正と思われる量の窒素を施用しても、結果的に過剰な窒素吸収となり、てん菜の根中糖分が低下したり、地下浸透水の硝酸汚染を引き起こすことになる。



図1 畑土壌における春期の無機態窒素蓄積実態(十勝農試、2007年)


 これらの問題に対処するため、土層中の無機態窒素量を評価して施肥量を決める方法を検討した。この方法は、(1)最大糖量を得るためのてん菜の最適窒素吸収量は、既往の成果などよりおおむね24キログラム(10アール当たり、以下同)であること、(2)てん菜の窒素吸収量は土壌の窒素供給量(地力窒素+残存無機態窒素)に影響されること、(3)窒素供給量がおおむね21キログラム程度あればてん菜の窒素吸収量は24キログラムとなること、そして(4)土壌の窒素供給量は有機物の施用履歴に大きく左右されるため、これをNスコアとして評点化(表4)し加算した値が21キログラムより少なければ、その分を施肥により補うことでてん菜の窒素吸収量24キログラムを確保することが可能である(図2)。


施肥N+前作収穫後から施肥前までのNスコア
図2 Nスコアとてん菜の窒素吸収量の関係(十勝農試、2007年)


 こうした試験結果から、以下の式によりてん菜に対する最適窒素施肥量を算定する方策(Nスコア法)を提示した5)。

てん菜の最適窒素施肥量
    =21−Nスコアの合計(kg/10a)

 なお、計算上、施肥量がゼロになる場合は、スターターとして4キログラムの窒素施用が必要である。また、有機物などの施用履歴が不明な場合は、春先に土壌中の硝酸態窒素量を測定評価することでNスコアの値に代替できる。

(4) 肥料費低減の試算と実践例
  肥料費低減の試算例を表6に示した。これは、十勝地域で一般的に見られる作付け管理体系と土壌診断値を仮定し、土壌診断に基づく施肥対応とNスコア法によって施肥適正量の試算を行ったものである。この試算例では、窒素で2キログラム/10アールの節減が図れると同時に、カリは無施肥で良いことが示された。また、これを基に、単肥で施用した場合の肥料費を、化成肥料で施肥標準量を施用した場合と比較すると、表7に示すように、43%のコスト低減となることがわかる。


表6 土壌診断とNスコアを活用した最適施肥量の計算例

表7 上記の計算例に基づく施肥コストの低減試算例
注1) 施肥量、施肥成分量の値はすべて10a 当たり
2) 肥料単価は2007年某JA の小売り価格
3) S078に含まれるマンガン、ホウ素は考慮していない


 こうした減肥の効果を農家ほ場で明らかにするため実証試験が実施されている。その効果は年次や事例によって変動はあるが、改善区(減肥)でも慣行施肥と同等の糖収量となる場合が多い(表8)。適正な減肥は収量の維持とコスト低減に有効であることが次第に認識されつつある。


表8 減肥によるてん菜の施肥コスト低減実証試験例

注)改善区は施肥対応を参考にした減肥処理区。Dは3品種での平均値。土壌分析値単位はmg/100g
ACN:熱水抽出性窒素、exK2O:交換性カリ、NN:硝酸性窒素
資料:ホクレン清水製糖工場区域農業技術連絡会議、2007年



 なお、畑作の中心地域である十勝では、農業協同組合連合会による土壌診断事業6)が定着している。この土壌総合診断票には施肥量の目安も示されており、最低限この結果を活用することで過剰施肥を抑えることができる。道内ではこの他にも市町村の農業センターや肥料メーカーなどで広く土壌診断サービスを実施しており、各地域で比較的気軽に土壌診断を行うことが可能な状況にある。

4.養分供給源としての家畜ふん尿の利活用と問題点

 十勝地域における家畜ふん尿の排出量は年間500万トンに及ぶ。現在、これらのふん尿は十勝の耕地面積の38%を占める牧草地、飼料用とうもろこし畑に散布処理されるが、酪農地帯は地域的に偏りがあるため、自己経営内では処理しきれていないのが現状である。この家畜ふん尿を牧草地、飼料用とうもろこし畑へ一律4トン/10アール施用したとしても、残余となる市町村が半数以上を占め、不足となる町村への補てんを行ってもなお100万トンが余る。これを十勝地域の普通畑に均等に施用すると0.6トン/10アールとなる。窒素換算では決して多くない量ではあるが、数年に一度、てん菜作付け時にまとめて施用することを想定すると、その肥料的価値は決して小さくないと考えられる。
  土作りのために投入される有機物は、完熟たい肥として施用することが推奨されているが、すべての家畜ふん尿をたい肥化できる状況になく、また、液状有機物の利用も求められている。スラリーなどの液状有機物では、アンモニア態窒素の揮散回避のため施用後速やかに土壌混和する必要があるものの、含まれる窒素の利用率は35%程度と高い。また、セミソリッドふん尿分離液はスラリーと同等以上の窒素肥効が認められている。しかし、これらにはリン酸肥効はほとんど期待できないこと、肥効100%となるカリ含量が多いため、ふん尿主体施肥ではカリ蓄積のリスクを生じるなど、化学肥料と相補的に利用する必要がある。

 一方、家畜ふん尿利用上の問題点として、その施用量を増すと、窒素流亡によって地下浸透水の硝酸性窒素が基準値(10ミリグラム/リットル)を超過する可能性が高くなる(図3)。
  これらの背景から、現状ではたい肥の施用上限は年間3トン/10アール以下とすることが指導されている2)4)


図3 たい肥施用量による地下浸透水の硝酸性窒素濃度の変化(十勝農試、1999年)


 次にてん菜の生育面から見ると、他作物に比較しててん菜は長い生育期間(170〜200日間)があり、窒素無機化に時間のかかる有機物を利用する上では有利と考えられるが、生育後半に窒素供給が過多になると糖分低下のリスクも増大する。したがって、現行の高糖度、多収品種を前提としたてん菜への施肥を単純に全量有機物に置き換えただけでは、現状の糖収量レベルを維持することは困難と思われる。
  さらに家畜ふん尿利用を推進するためには、ハンドリングの向上や、流通、散布手法の簡便化により畑作農家における利用拡大を図る必要がある。
  このように、てん菜栽培における家畜ふん尿やたい肥を活用した有機物主体施肥については今後検討すべき課題が多いものの、施肥コスト低減のためには魅力的な資源であり、今後その利活用技術を体系化していく必要があると考えている。

土壌診断に係る用語

○交換性塩基
  石灰(Ca)・苦土(Mg)・カリ(K)・ナトリウム(Na)等の塩基は作物の必須栄養素である土壌中には、その構成成分として多量の塩基が含まれているが、作物が吸収利用できるのは、マイナスの電荷を帯びた土壌コロイドに吸着されているCa2+,Mg2+,K+,Na+などの陽イオンとなった塩基である。これらの陽イオンは、アンモニアイオン(NH4+)で置換(交換)することで測定することができ、交換性塩基と呼んでいる。また、弱酸性を帯びた雨水に含まれる水素イオン(H+)や、硫安などの生理的酸性肥料の施用によって土壌から放出される水素イオンにより、交換性塩基は置換(交換)され、土壌から洗い流されていく(溶脱する)。これが土壌酸性化の要因であり、塩基供給を必要とする理由でもある。

○地力窒素
  土壌中の窒素は、有機態窒素と無機態窒素に大別できるが、大部分は有機態窒素として存在するほとんどの場合、有機態窒素は微生物によって分解され、無機態窒素に変化して作物に利用される有機態窒素のうち比較的低分子で、地温の高まる作物生育期間中(春〜秋)に微生物活動によって無機化される(作物にとって有効化する)窒素を地力窒素と呼ぶ。地力窒素発現量は、培養法や熱水抽出法によって推定される。

○塩基バランス
  土の中に含まれる塩基(石灰、苦土、カリ、ナトリウム)の比率。これらの成分間には拮抗関係があり、その比率が崩れると、土の中にそれぞれの塩基が十分含まれていても作物には吸収されにくくなる。北海道の土壌診断基準値(畑)では、石灰/苦土が6以下、苦土/カリが2以上が適当とされている。

○有効態リン酸
  土壌中のリン酸のうち、作物が容易に吸収、利用できる状態のリン酸を言う。リン酸は土壌に吸着され、作物に利用されなくなる割合が高く、特に火山灰土壌ではそこに含まれるアルミニウムと強く結合してリン酸欠乏を生じやすい。このため、一定条件で抽出されるリン酸量を測定して有効態リン酸として示している。

参考文献、資料

1) 農林水産省北海道農政事務所(2007).北海道農林水産統計年報 平成17年〜18年
2) 北海道立農業・畜産試験場家畜ふん尿プロジェクトチーム(2004).家畜ふん尿処理・利用の手引き2004.
3) 北海道立中央、上川、道南、十勝、北見、根釧、天北農業試験場(2007).北海道耕地土壌の理化学性の実態・変化とその対応.北海道農政部編.平成19年普及奨励ならびに指導参考事項.
4) 北海道立農業試験場・北海道農政部(2002).北海道施肥ガイド.(http://www.agri.pref.hokkaido.jp/nouseibu/sehi_guide/index.html
5) 北海道立十勝農業試験場(2007).有機物等の窒素評価に基づくてんさいの窒素施肥反応.北海道農政部編.平成19年普及奨励ならびに指導参考事項.
6) http://nokyoren.or.jp


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