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てん菜直播栽培の普及状況について(4)〜北海道倶知安町の事例について〜

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最終更新日:2010年3月6日

砂糖類情報ホームページ

[2009年8月]

【調査・報告】
札幌事務所 所長 角田 恵造
調査情報部調査課 課長代理 遠藤 秀浩

はじめに

 北海道における畑作農業は、高齢化の進行などにより農家戸数が減少する一方、主要畑作地域の1戸当たり経営規模が拡大する中、省力化、生産コスト削減などを図ることが重要な課題となっている。

 このうち、てん菜の栽培については、収量の確保だけではなく、重労働である移植作業の大幅な省力化、育苗コストの軽減、春先の育苗作業と他作物の農作業繁忙期との労働競合の回避など、栽培コストの低減を図ることが必要となっている。このような背景の中で、行政・JAなどの生産者団体は、地域の実情に応じて直播栽培技術の導入による省力化の推進を図っており、近年、全道における直播栽培の作付面積と直播率は、平成10年の2741ヘクタール、3.9%から平成20年は6047ヘクタール、9.2%へそれぞれ増加している。

 本稿では、糖業の協力を得て、平成20年の直播率が全道に比べ38.4%と高い倶知安町における直播栽培の普及状況について、地域の特色に応じた農家経営を行っているてん菜栽培農家への聞き取り調査を実施したので、その結果を紹介する。

1 倶知安町の概要

(1)農業の概要

 倶知安町は北海道南西部の羊蹄山の北斜面に位置し、南に羊蹄山、西にニセコ連山が連なり、人口は1万5000人強(平成21年5月末現在)、農家戸数は214戸で、畑作を中心とした地域である(図1)。

図1 倶知安町の位置

 倶知安町の耕地面積は3990ヘクタールで、農業産出額に占める割合は農産が約92.9%、畜産が約7.1%である。農産の内訳は、いも類が51.0%と半分以上を占め、てん菜は約3億円で約6.5%を占めている(表1)。

表1 平成20年度農業産出額
資料:JAようてい

(2)気候と土壌

 倶知安町は、北海道の中でも有数の豪雪地帯で、根雪が11月中旬から4月中旬まで及ぶスキーの町としても知られている。融雪期は4月下旬と遅いものの、夏季になると平均気温は20度前後に達するなど比較的温暖で、北海道の中でも農作物の生育に適している地域である。

 主要作物は、ばれいしょ、水稲、てん菜、小豆などがあるが、昼夜間の気温差が大きい山麓型の気象であるため、特にばれいしょの生育に適しており、食用ばれいしょの産地となっている。

 日照時間は、てん菜の移植、直播の時期である5月が年間で最も長く、月平均185.9時間で1日当たり6時間である。

 また、てん菜の収穫開始時期は、平年で10月10日頃と全道でも早い地域である。

 土壌は、町の中心部を流れる尻別川流域には沖積土、高台には火山性土壌が広がっている。

2 倶知安町におけるてん菜の作付け

(1)作付農家戸数と1戸当たり作付面積の推移

 倶知安町におけるてん菜の栽培農家戸数は、平成10年の141戸から平成20年には26戸(18%)減少の115戸となった。

 一方、1戸当たりの作付面積は、平成10年の3.55ヘクタールから平成20年は0.92ヘクタール(26%)増加し、4.47ヘクタールとなっている(図2)。

出典:北海道てん菜協会「てん菜糖業年鑑」および北海道糖業(株)からの聞き取り
図2 倶知安町における農家戸数の1戸当たりの面積の推移

(2)直播栽培の推移

 倶知安町におけるてん菜の作付面積は、平成10年から平成12年は約500ヘクタールで推移し、平成13年は435.16ヘクタールに減少したものの、平成14年以降は増加に転じ、平成20年は513.62ヘクタールとなっている。

 平成13年における作付面積の減少は、平成12年の夏季における高温により褐斑病が発生し、てん菜から他の作物へ転作する農家が増えたためである。

 直播栽培面積は、平成10年には15.45ヘクタールであったが、その後、増加傾向となり、平成20年には約12.8倍の197.47ヘクタールとなった。

 また、直播率も平成10年の3.1%から平成20年には38.4%と35.3ポイントの伸びを示している(図3)。

出典:北海道てん菜協会「てん菜糖業年鑑」および北海道糖業(株)からの聞き取り
図3 倶知安町における直播栽培の推移

 この背景として、栽培農家戸数が減少し、1戸当たり作付面積が増加していること、農家の高齢化が進んでいることなどが挙げられ、育苗ハウスや移植機の新規導入・更新など移植に係る投資を控えるとともに、重労働である移植作業を伴わない直播栽培を採用する農家が増加したことが考えられる。また、倶知安町は食用ばれいしょの産地であることから、育苗時期の春先におけるばれいしょの農作業との競合を回避するためや、JAによる直播用は種機のレンタル事業が実施されていることなどの要因も挙げられる。

3 倶知安町のてん菜直播栽培農家の事例

(1)豊岡地区のA氏の事例の特徴
①経営の概要

 A氏の平成21年産の作付面積は33ヘクタールであり、てん菜8.3ヘクタール、小豆8.0ヘクタール、黒大豆1.2ヘクタール、小麦5.5ヘクタール(秋播3.0、春播2.5)、ばれいしょ10ヘクタールの4輪作で体系を組んでいる。近年この割合は、さほど変化していない。

 【A氏の輪作体系】
・てん菜→豆類(小豆、大豆)→小麦→ばれいしょ

 このほか、地力維持のため、ほ場の一部で、緑肥用のえん麦を栽培し、秋にすきこんでいる。

 なお、平成16年から平成20年までの労働力は3人体制で、平成21年現在は本人と息子の2人となっている。パートなどの臨時雇用は、例年、ばれいしょとてん菜のは種時に1人、雑草など除草作業およびばれいしょの収穫作業に2、3人とのことである。

②てん菜の栽培

 A氏の平成16年産から平成21年産てん菜作付の概要は、表2、表3のとおりである。

 平成17年産までは、すべて移植栽培を行ってきたが、平成18年産から作付面積の約3割に直播栽培を導入した。聞き取りによると移植栽培は育苗のためのコストがかかり、育苗時期の春先は、ばれいしょの農作業と重なるため、生産コストと労働力の軽減のため、直播栽培を導入したとのことであった。

 なお、平成19年産の直播面積および直播率が減少した理由は、は種後、強い降雨によりクラスト(土壌表面に形成される固結)が発生し発芽不良となったため、直播をやめ、JAと糖業で確保した予備苗の活用により移植栽培に切り替えたことによるものである(図4)。

資料:北海道糖業HP より
図4 クラスト

 平成21年産のてん菜作付面積約8.3ヘクタールに対し、直播率は前年産の約34%から約54%へ大幅に増加し、4.5ヘクタールの直播栽培を行っている。増加した理由は、平成20年産の直播の生育が良好だったのに加え、平成21年産は労働力が3人から2人に減ったためである。

 一方、移植栽培に当たって、A氏は移植栽培用の育苗組合(プラント)の構成員として共同は種施設を利用している。共同は種施設で、は種および土詰めをしたペーパーポットを、A氏が毎年春先に設置しているビニールハウスに移し、育苗を行っている。聞き取りによると、平成19年に移植機を更新したばかりであることから、しばらくは平成21年産並みの直播率が続く予定とのことであった。

表2 A 氏の過去5カ年の生産実績
表3 A氏の平成21年産てん菜の作付けの概要

③栽培の方法

 A氏は、平成18年にてん菜種子直播用は種機を購入し、直播栽培を始めた(図5)。このは種機は、作状混和装置(ロータリー)付きで、は種時に粒状生石灰と肥料を作土と混和しながら施用できる。その効果は、混和することにより肥料の濃度障害の回避、施肥によるpH低下を緩やかにすることが挙げられる。平成21年産は、粒状生石灰を10アール当たり40キログラム、肥料を同140キログラム施用した。

図5 A氏のは種機による直播作業

 種子は、テンサイトビハムシ(ジノミ)殺虫剤と立ち枯病防除用の殺菌剤のコーティングを施したものを使用している。これにより、間引き作業や病害虫被害の軽減、殺虫剤散布が省力化される(図6)。

図6 てん菜種子

 種子の品種は、多収品種のリッカを使用している。なお、移植栽培の品種は、高糖度型のフルーデンRを使用している。

 作付間隔(株間)は18センチメートル、畦幅66センチメートルで行っている。A氏はばれいしょも栽培しており、てん菜栽培時の畦幅を、糖度、収穫量を確保するために狭くしようとしたが、カルチ(スパイク状の鉄車輪)の幅が合わないため、ばれいしょと同じ畦幅を採用している。収穫は10月中旬頃を予定している。

④土壌管理

 土壌は火山性土の砂壌土である。耕期前に土壌診断を行い、それに基づき、土壌pHの酸性矯正として石灰や適正な施肥要素量の設定を行っている。取材時のA氏の耕起前土壌のpHは6.1だった。平成21年産には、は種前に、砂糖の製造工程で産出される副産物の石灰を水分含有量約30%に調整したライムケーキ(品名:ホクトウライムエース)を酸性矯正用として、全面全層に10アール当たり300キログラム施用した。

 また、は種前に、地力増進に向け、たい肥として鶏糞を全面全層に10アール当たり2トン施用した。聞き取りによると、基肥や追肥に使用する化学肥料は、近年の肥料価格高騰の影響で、てん菜用から安価な野菜用に銘柄を変更したとのことであった。

 てん菜は湿害に弱い作物で、土壌の多湿化は収量の低下や根腐症状などの病害虫の発生につながる。そのため、A氏は排水性向上のため、一部のほ場で暗きょを施工している。

 また、排水性や出芽率の向上にもつながる心土破砕は、主に春の整地前に行っているが、重機による大掛かりなものは実施せず、サブソイラー(トラクターなどの重みでできた畑の硬い層を破砕する機械)を使用している。

 なお、移植栽培と直播栽培の土壌管理の違いは、除草剤散布の時期および回数が挙げられる。移植栽培では、苗が活着した後、中耕(土を軟らかくして、通気性や透水性を高める)を行い、移植後25日目前後(雑草草丈2センチメートル程度)に1回目の除草剤散布を行い、2回目は雑草の発生状況を観察しつつ、1回目の散布後、20日前後が目安となる。直播栽培では、移植栽培より初期生育量が小さいため、適切な雑草管理が重要となり、除草剤散布は3回が基本となる。1回目は、てん菜の本葉3ミリメートル度の時期に行う。これ以前では生育遅延の懸念がある。2回目は1回目散布後の7〜10日前後、2回目散布後の7〜10日前後に中耕を行い、3回目は雑草が残っていた場合などに中耕後7〜10日前後を目安に行っている。

(2)寒別地区のB氏の事例の特徴

①経営の概要

 B氏の平成21年の作付面積は35.1ヘクタールであり、てん菜9.6ヘクタール、小豆8.0ヘクタール、ばれいしょ10.0ヘクタール、小麦7.5ヘクタール(春播)の4輪作で体系を組んでいる。近年この割合は、さほど変化していない。

 【B氏の輪作体系】
・てん菜→豆類(小豆)→ばれいしょ→小麦

 また、B氏は、緑肥栽培を行っておらず、一部麦殻をすきこんでいる。

 なお、平成16年から平成21年現在に至るまで労働力は、夫婦と息子の3人となっている。パートなどの臨時雇用は、例年、ばれいしょの収穫作業に2人前後とのことである。

②てん菜の栽培

 B氏の平成16年産から平成21年産のてん菜作付けの概要は、表4、表5のとおりである。

表4 B 氏の過去5カ年の生産実績
表5 B氏の平成21年産てん菜の作付けの概要

 直播栽培を開始したのは平成16年で、平成20年産の直播面積は作付面積に対し約7割を占めている。聞き取りによると、A氏と同様に生産コストと労働力の軽減および春先の他作物の適期植付のため、平成16年産から移植栽培との並行作として直播栽培を導入したとのことであった。

 平成17年産で直播面積および直播率が減少した理由は、A氏と同様にクラストによる発芽不良のため、移植栽培に切り替えたことによるものである。

 また、平成20年産の単収が落ち込んだ理由は、直播ほ場の一部において、酸性障害(低pH障害)となり、てん菜が生育不良となったためである。

 なお、平成21年産は作付面積9.64ヘクタールのうち、約66%の6.37ヘクタールの直播栽培を行っている。

 一方、移植栽培にあたって、B氏はA氏と同様に育苗組合の構成員として共同は種施設を利用している。B氏は通年設置したビニールハウスにおいて、育苗を行っている。聞き取りによると、平成15年に移植機を更新したことから、しばらくは平成21年産並みの直播率が続く予定とのことであった。

 また、A、B両氏とも共通しているが、は種時までの資材に係る経費は、直播栽培が種子代(薬剤のコーティングの分、移植用の種子より6割程度高い)のみに対し、移植栽培が共同は種施設における種子代、ペーパーポット、土詰、育苗時の肥料、農薬、土壌改良剤などが必要で、直播に比べ、10アール当たり7000円程度割高になるとのことであった。

③栽培の方法

 B氏は、平成16年にてん菜と豆類用のは種機を購入し、直播栽培を始めた(図7)。は種機には、A氏のようなロータリーは付いていないため、は種前に全面全層に化学肥料の基肥を行っている。肥料は、は種前の基肥として10アール当たり80キログラム、は種時に同80キログラム、計160キログラム施用した。種子はA氏と同じリッカを使用している。収穫は10月中旬頃を予定している。

図7 B氏のは種機による直播作業

④土壌管理

 土壌はA氏と同じ火山性土の砂壌土である。基本的にA氏と同様の土壌管理を行っている。てん菜栽培における適正な土壌pHは6.0〜6.5が望ましいが、取材時におけるB氏の耕期前の土壌診断の結果はそれよりも低いpH5.5であった。平成21年産では、A氏と同様にライムケーキを、は種前に全面全層に10アール当たり300キログラム施用後、は種時に同時に施用される粒状生石灰をA氏よりも多い10アール当たり50キログラム施用した。また、は種前にたい肥として乾燥鶏糞を全面全層に10アール当たり50キログラム施用した。

 A氏と同様に、一部のほ場で暗きょを施工し、春の整地前の心土破砕はサブソイラーにより行っている。

図8 は種機へ投入される肥料と石灰

⑤その他

 A、B両氏とも共通しているが、野良いも(ばれいしょを収穫した後にほ場に残留したいも)の処理については、多雪地域のため雪割りは行わず、秋のうちにいもの一部を土の表面に出しておき、凍結させている。これにより収穫されずに残ったいもが翌年に芽を出して雑草化することを防いでいる。一方で、例年、処理しきれなかった野良いもが多数残ってしまうので、翌年の春先に手作業による野良いも抜きが必要となっている。

まとめ

 倶知安町の気象は、降雪量が多く、融雪時期が北海道の中でも遅い4月下旬であり、その分、直播の時期も遅くなってしまう。直播栽培は、雪解け後早い時期には種することにより、生育期間を長く確保し増収につなげることが重要であるが、生育の初期は、霜害や風害による被害の危険がある。

 一方で、移植栽培の場合、倶知安町における移植用苗作りは、平年3月10日頃からであり、事前に2メートルもの積雪の中、除雪を行い、育苗ハウスを建てることから始まる。移植用ペーパーポットの上げ下ろしなどの移動作業は、高齢化した生産者には重労働である。

 今回話を伺った2戸の生産者を含め、倶知安町において、直播率が伸びている背景には、生産者の高齢化、移植栽培のための育苗ハウスなどの資材の高騰、生産者減少に伴う1戸当たりの作付面積の拡大により家族労働力だけでは経営が難しくなってきたことが挙げられ、生産コスト削減と労働力軽減の観点から、てん菜の直播栽培を選択する農家が増加したと思われる。

 また、てん菜の直播栽培の利点として、コーティング種子の技術改良により、間引き作業や病害虫被害の軽減、殺虫剤散布の省力化、豆類と同じは種機が流用できるため、新たにてん菜用のは種機を購入する必要がなく、JAによるは種機のレンタル事業も実施されていることもあり、初期経費が軽減されることが挙げられる。また、は種後、霜害や風害による被害を受けた場合、糖業やJAによって確保された補植用苗のバックアップ体制が整っていることも、直播率向上の要因と考えられる。

 また、輪作体系において、てん菜を組み込むことにより、連作障害の回避や土壌の改良、他の輪作作物の生産力向上につながる効果がある。てん菜は、冷害の年でも他作物に比べ、安定的に収穫できるメリットもある。北海道畑作の持続的な発展を維持するためにも、低コストでかつ、省力化が可能な直播栽培は、将来的には、必要不可欠な栽培方法として普及が進んでいくものと思われる。


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