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てん菜直播栽培普及への取り組み〜高精度てん菜播種機の開発と耐風害播種床の研究〜

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最終更新日:2010年3月6日

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[2009年9月]

【調査・報告】
生物系特定産業技術研究支援センター 園芸工学研究部  主任研究員 市来 秀之

1.はじめに

 担い手の減少はわが国の農業が抱える大きな問題であるが、北海道においても、農業従事者の高齢化や後継者不足による担い手の減少が急速に進みつつある。このような背景の下、輪作農業経営を安定化させるためには、経営規模拡大による所得の確保が方策の一つと考えられ、てん菜栽培にあっては、このような規模拡大とともに作付作業の負担軽減、生産コスト低減が求められることから、直播栽培の導入が進められてきた。

 しかし現行の直播栽培においては、汎用播種機の部品を一部交換して播種作業を行っていることなどに起因する出芽率の低下や、春先の強風による出芽直後の風害を心配して、直播栽培への移行を選択しない農家も多い。

 本稿ではこのような直播栽培に関する課題に対し、本センターにおける高精度てん菜播種機の開発および耐風害播種床形状の研究の取り組みについて報告する。

2.てん菜直播栽培の現状と問題点

 平成20年のてん菜の作付面積は6万5970ヘクタール、農家戸数は9130戸、1戸当たりの作付面積は7.23ヘクタール(北海道農産振興課)、平成16年が作付面積6万7986ヘクタール、農家戸数1万341戸、1戸あたりの作付面積は6.57ヘクタール(てん菜糖業年鑑2005)で、この間、作付面積は3%増加し、農家戸数は12%減少し、1戸当たりの作付面積は約11%増加したことになる。今後もさらに農家戸数が減少すると予想されており、1戸当たりの作付面積はさらに拡大すると思われる。

 一方、投下労働時間を見てみると、てん菜直播栽培マニュアル2004(北海道てん菜協会)からの引用になるが、移植栽培の全投下労働時間は、10アール当たり13.9時間であるのに対して、直播栽培は同7.6時間と半分近くまで減少するとされている。特に春作業期間の投下労働時間は、同1.4時間と6割減となり、春の作業競合が緩和されるメリットがある。また、10アール当たりの費用(経営費+家族労働費)は、移植栽培の7万7014円に比較して、直播栽培5万9581円と、23%程度低くなるとされている。

 てん菜直播栽培の普及状況を表1に示すと、直播栽培の作付面積は6047ヘクタールで、てん菜の作付面積の9.2%程度(直播率)しか、直播栽培は行われていない(平成20年、北海道農産振興課)。平成16年の直播率が4.8%(てん菜糖業年鑑2005)であったことから、この間、約1.9倍には増えてはいるが、その値は、まだまだ低いと言わざるを得ない。

表1 てん菜直播栽培の普及状況
北海道農産振興課「平成20年度てん菜生産実績」より抜粋

 輪作農家の安定した経営を図るためには、てん菜および他の輪作作物の経営規模を拡大し、所得を確保することが重要である。しかし、前述のように手間のかかるてん菜の移植栽培は、規模拡大の障害となっている。それにも関わらず、なぜ直播率が増加するテンポが遅いのか?それは、直播栽培の平均収量は根重で移植に比較して、約18%の減収、10アール当たり1トン程度減収すること、春先の強風により芽が損傷する、いわゆる風害を受ける可能性が移植栽培よりも高いことが、その一因と考えられる。現行のてん菜直播作業は、総合播種機と呼ばれる汎用播種機の部品交換により行っているのが現状である(輸入機を使用する農家もあるが、非常に高価でである)。小粒のてん菜コーティング種子は、鎮圧が不十分であると出芽率が低くなるとされている。農家が直播栽培への移行をちゅうちょしているのは、直播栽培は移植栽培より収量が不安定であるからだと考えられる。

3.てん菜の風害

 てん菜の風害をインターネットで調べてみたが、「1987年5月にホクレン清水製糖工場糖区内で、最大瞬間風速が秒速(風速について以下同じ)21メートルの強風で風害が起こった」、「1997年5月に中斜里精糖工場糖区内で、最大瞬間風速が31.5メートル(網走地方気象台)の強風で栽培面積の10.4%の風害が起こった」との報告があった。また、著者らは本年5月19日に北海道池田町で試験、調査を行ったが、強風により空が土ぼこりで真っ暗になるのを体験した。帯広測候所の気象データでは、最大瞬間風速19.1メートルの強風で、その時、別の試験ほ場では、まさに風害が起こっていた。このように、5月は要注意の月である。そこで、風害が起こる可能性が高い5月の風向風速を、1989〜2009年の帯広測候所のデータを基に調べてみたが、18メートルを超える最大瞬間風速を記録した日が、最も多かった年は2007年で4日、平均では1.5日であった。15.0〜17.9メートルの最大瞬間風速では、1990年と1999年の8日で、平均では3.1日であった。また、最大瞬間風速の最も大きかったのは2005年の23.4メートルで、最大瞬間風速の平均は19.8メートルであった。風害があった年が、特に風が強かったわけではなく、。強風が吹く前の気象状況により、乾燥した土壌が土ぼこりとなって風害を起こしている可能性が高いと思われる。したがって、風害は気象条件によってはいつ起こってもおかしくはない状況と言える。

 次に、風向について注目してみた。ちょっと乱暴な方法であるが、強風時の風向の傾向を見るために、次のような計算を行った。例えば、最大瞬間風速時の風向が北の場合は北に1ポイント、北西の場合は北に1/2ポイント、西に1/2ポイント、北北西の場合は北に2/3ポイント、西に1/3ポイントとした。その結果、この21年間の各風向の合計ポイントは、北が5.8ポイント、東が0ポイント、南が0.5ポイント、西が14.7ポイントとなった。強風時の風向は、おおよそ同じであると考えられる。

4.高精度てん菜播種機の開発

 2.で述べたてん菜直播種栽培に関する課題のうち、作業面の対策として、高精度てん菜播種機開発の取り組みについて紹介する。

(1)開発中の高精度てん菜播種機の概要

 開発中の高精度てん菜播種機を図1に示した。開発機は、種子操出部、播種作溝部、種子鎮圧輪、覆土鎮圧輪などからなる播種機構、モータ駆動横溝ロール式肥料繰り出し部、肥料タンク、施肥コントローラなどからなる施肥機構、駆動輪等で構成され、トラクタ3点リンクに装着する4畝対応の施肥播種機である。播種機構は簡単な構造の傾斜回転目皿式を採用し、目皿の交換で大豆などの豆類にも対応可能としている。

図1 高精度てん菜播種機

 種子排出口の開度、開口位置、シュータの幅、角度、目皿の回転数など、試験を行って最適な諸元に設定した。また、精度良く播種するため、種子作溝部を船底型とし、形成したV字溝に種子を落下させるような構造となっている。出芽率を向上させるため、種子を土に密着させる専用の種子鎮圧輪を装備しており、高速作業時の鎮圧輪のスリップにより発生する種子引きずり現象を防止するため、強制駆動する構造となっている。施肥機構は2系統装備されていて、肥料の繰り出しは駆動輪回転速度を検出し、繰り出し軸回転速度を制御して肥料量を調節する方式としている。全長は2.1メートル、全幅3.0メートル、全高は1.4メートル、機体質量は614キログラムで、畝幅は60〜66センチに対応可能で、施肥タンクはメインが560リットル、サブが270リットル、対応トラクタは35kW(48PS)としている。

(2)高精度てん菜播種機の性能

 開発機の播種精度の試験を、黒ボク土の十勝農試内ほ場、褐色低地土の農家ほ場の2カ所で行い、出芽率、収量などを測定した。試験結果は表2のとおりである。

表2 高精度てん菜播種機の播種精度試験結果
(注)設定どおりに播種された割合

 播種間隔は15センチ以下になると収量に影響があると言われ、播種深さは1〜2センチが最適とされている。また、横ずれはあまり大きいと収穫機が適応できなくなる。播種精度はおおむね問題の無い範囲内に収まり、おおむね良好な播種ができたと考えられる。出芽率、収量は、総合播種機で作業速度秒速0.8メートルで同様に播種を行った対照区と比較して、同等かそれ以上の値であった。

 次に、開発機の施肥繰り出し精度を見るために定置の状態で、設定施肥量を10アール当たり100、140、180キログラム、設定作業速度秒速1.3、1.5メートルで化学肥料を排出し、トレイに回収した肥料の質量を測定した。結果は作業速度秒速1.3メートル時で各々、10アール当たり100.9±1.5キログラム、同139.0±2.5キログラム、同176.0±6.3キログラム、作業速度秒速1.5メートル時で各々10アール当たり100.7±1.4キログラム、同138.5±2.7キログラム、同178.4±5.0キログラムとなり、精度良く肥料の繰り出しができたと考えられる。また、施肥後の肥料位置の分布を見るために、十勝農試内ほ場で施肥を行い、進行方向に対して垂直の断面から径30ミリの円筒を畝の中心から左右に4個ずつ、地表から深さ方向に4個、計32個を挿入して採取した肥料の質量を測定した。その結果、施肥量の変動係数は4%以下で、播種位置の左右3〜6センチ、深さ6〜9センチの範囲に7割以上が分布しており、良好な施肥ができたと考えられる。

5.耐風害播種床

 2.で述べた直播栽培に関する課題のうち、風害対策として、耐風害播種床研究の取り組みを紹介する。

 風害の受けにくい播種床形状として、播種と同時に播種位置から15センチの両側にΛ型の土手を形成し、風速を減速させることを検討した。2006年に北海道芽室町の農家ほ場で、高さ約9センチのΛ型土手を形成し、子葉位置を想定した畝中央の高さ1センチの位置の風速(土手区)、総合播種機で播種し、同様な位置の風速(慣行区)、高さ1.5メートルの位置の風速(ほ場風速)を長期的に測定した。帯広測候所の最大瞬間風速が19.3メートルを記録した日の測定データでは、ほ場風速は最大14.7メートル、平均4.6メートルであった。そのときの慣行区の風速は、最大6.3メートル、平均1.9メートルであったが、土手区の風速は最大3.5メートル、平均0.9メートルとほぼ半減され、少なくとも子葉の位置の風速を下げる効果があることが示唆された。

 次に、地上高10メートルの風速を24メートルと仮想し、風洞を用いた基礎試験を行った。両側の土手の高さが3種類(高さ3センチ、5センチ、8センチ)のΛ型模型を作成し、高精度で流速を測定できる熱線流速計で、多数の点の風速を測定した。Λ型模型を設置しなかった対照区の地上高2センチの位置の風速が12メートル程度であったのに対し、土手の高さ8センチのときの同位置の風速が0.84メートル、土手の高さ5センチが2.1メートル、土手の高さ3センチが5.8メートルであった。

 さらにPIV(粒子画像流速測定法)試験でも同様な気流が観測され、土手の高さ5センチ、8センチのときは、気流が斜め上方に変化していることが確認された(図2)。

 これらの試験から、播種位置の側条に高さ5センチ程度のΛ型土手を形成させた播種床形状により、風害を低減させる可能性が示唆された。

図2 PIV 試験による気流の可視化
(土手高さ5cm)

6.今後の課題

 本播種機は専用の鎮圧輪を装備し、通常の鎮圧輪も国産総合播種機と比較して幅が狭くしてあるため、鎮圧を強く行う構造となっている。今回のこの試験の範囲では、良好な播種ができたと考えているが、さらに、今後はさまざまな条件で試験を行う必要がある。また、冒頭で、「今春、風害があった」と書いたが、その風害のあったほ場においてΛ型の土手を形成した試験区のてん菜は、見た目には風害を受けていなかった。しかし、収量調査までは行っていないので、収量などへの影響が無かったかまでは確認ができていない。さらに、土手を形成する機構についても、もう少し改良する必要があるという状況である。今後、さらに試験を行って、改良を行い、市販化に向けて開発を進めていきたい。

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