[2007年2月]
消費・安全局 消費者情報官 |
食育企画係 石田 千草 |
そもそも食生活のあり方は個人の価値観や考え方に負うところが大きく、その自由な判断と選択に委ねられるべきものです。しかしながら、忙しい生活を送る中で食の大切さに対する意識が希薄になり健全な食生活が失われつつあるなど、食をめぐる状況は危機的とも言うべき状況に至っています。
このようなことから、平成17年6月に「食育基本法」(以下「基本法」)が制定され、18年3月には、関係府省が連携をして、家庭、学校、地域における食育を総合的かつ計画的に推進するため、「食育推進基本計画(以下「基本計画」)が決定されました。「食育白書」は、基本法第15条注)に基づき、毎年、国会に提出することとされている法定白書であり、今回ご紹介する「平成18年版食育白書」は、法制定後初めての白書として、18年11月24日に閣議決定されました。この食育白書には、基本法の制定にいたるまでの背景や基本法施行後の食育推進施策の実施状況、食育の総合的な促進に関する事例がたくさん紹介されています。
1.食育推進にいたる背景と取組の本格化(基本法制定の背景)
近年、我が国の社会経済構造が大きく変化し、国民のライフスタイルや価値観・ニーズが高度化・多様化してきています。これに伴い、「食」を取り巻く環境や食生活が変化し、さまざまな問題が生じています。
昭和50年代半ばに実現していた、日本の気候に適した米を中心に水産物、畜産物、野菜等さまざまな副食から構成され、栄養バランスに優れた「日本型食生活」が崩れてしまい、現在では、脂質の過剰摂取や野菜の摂取不足といった栄養の偏りが見られます。(図1、2)
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図1 食生活の変化(食事のエネルギーに占める割合) |
朝食欠食に代表される不規則な食事も目立つようになり、男女ともに20歳代が最も欠食率が高くなっています。また、子どもの朝食欠食も2割弱にのぼっており、子どもを含め、増加傾向にあります。また、男性の30〜60歳代の約3割に肥満が見られる一方、20歳代の女性の約5人に1人が「やせ」となっており、若い世代を中心にやせている人の割合が増加傾向となっています。
世界中では、8億人を超える人々が飢餓や栄養不足で苦しんでいる中、我が国では食べ残しや食品の廃棄を大量に発生させています。食料の生産や加工等の場面と直接触れる機会が減少し、生産者と消費者の物理的、精神的な距離が拡大してきたことなどから、食という行為が動植物の命を受け継ぐことであること、そして、食生活は生産者をはじめ多くの人々の苦労や努力に支えられていることを実感するのが難しくなってきています。また、食料自給率が世界の先進国の中で、最低の水準にあります。この原因として、欧米化等の食生活の大きな変化により国内で自給可能な米の消費が落ち、その一方で、原料や餌となる穀物の大部分を輸入に頼っている油脂や畜産物の消費が増えたことなどが挙げられます。さらに、気候変動等の地球環境問題、人口増加など世界の需給に関する不安定化要素を考えると、食料自給率の向上を図っていく必要があることなど、食に関しては様々な大きな問題が指摘されています。
(食育を推進する上での基本的な方針)
基本計画の中では、食育を推進する上で配慮すべき基本的な方針として、以下の7つが掲げられています。
(1) 国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成を目指すこと
(2) 様々な体験活動を通じ、自然に国民の食に対する感謝の念や理解が深まっていくよう配慮すること
(3) 国民や民間団体等の自発的意志を尊重し、多様な主体の参加と連携に立脚した国民運動となるようにすること
(4) 子どもの保護者や教育・保育関係者の意識向上を図り、子どもが楽しく食を学ぶ取組が積極的に推進されるようにすること
(5) 家庭、学校、地域等様々な分野において、多様な主体から食を学ぶ機会が提供され、国民が意欲的に食育の活動を実践できるようにすること
(6) 伝統ある食文化の継承や環境と調和した食料生産等が図られるよう配慮するとともに、食料需給への国民の理解の促進と都市と農山漁村の共生・対流等により農山漁村の活性化と食料自給率の向上に資するようにすること
(7) 食品の安全性等食に関する幅広い情報を多様な手段で提供するとともに、行政、関係団体、消費者等の間の意見交換が積極的に行われるようにすること
さらに、「朝食を欠食する国民の割合の減少」「学校給食における地場産物を使用する割合の増加」「「食事バランスガイド」等を参考に食生活を送っている国民の割合の増加」「教育ファームの取組がなされている市町村の割合の増加」「推進計画を作成・実施している自治体の割合の増加」をはじめとする9つの目標が掲げられるとともに、具体的に目標の達成に向けて取り組む事項が定められています。
「食育白書」では、平成18年9月現在で、11の都道府県において、食育推進計画が策定されていることが紹介されています。
2.農林水産省における取組
食育白書」の中での農林水産省に関する記述について紹介することとします。
1)学校、保育所等における食育の推進
学校における農林漁業体験、食品の流通や調理、食品廃棄物の再生利用の推進等に関する体験の推進、学校給食における地場産物の活用、米飯給食の一層の普及・定着といったことが記述されています。
2)地域における食生活の改善のための取組の推進
栄養バランスに優れた「日本型食生活」の実践、「食生活指針」や「食事バランスガイド」(平成17年6月に厚生労働省と農林水産省で決定。)の活用促進、食品関連事業者等による食育推進といったことが記述されています。「食事バランスガイド」とは、1日に「何を」「どれだけ」食べたらよいかをイラストで分りやすく示したものです。スーパーマーケット、コンビニエンスストア等の実際の店舗で、リーフレットやPOP等の掲示、地場産物を活用したメニューの紹介、栄養相談コーナーの設置等を行い「食事バランスガイド」の普及・啓発を促進しました(写真1)。また、地元でとれる食材、昔から伝わる郷土料理を紹介した「地域版食事バランスガイド」の作成を推進しています。「東海食事バランスガイド」(図3)では、「ひつまぶし」や「こも豆腐」等の郷土料理を料理例として紹介するとともに、その作り方もあわせて紹介をしています。この他、茨城、徳島、沖縄など全国各地で「地域版食事バランスガイド」が誕生していることも取り上げられています。
3)食育推進運動の展開
食育月間のイベント等の実施、民間の取組への表彰の実施、ボランティア活動への支援についての記述があります。平成15年からは、全国から食育の取組みを実施する団体を募集し、表彰する「地域に根ざした食育コンクール」を実施していることなどが取り上げられています。
4)生産者と消費者との交流の促進、環境と調和のとれた農林漁業の活性化等
市町村、農林漁業者、学校、関連団体等が連携した一連の農林漁業体験等の機会を提供する教育ファームを始めとする体験活動の推進、都市と農山漁村の共生・対流の促進、地産地消、食品リサイクルの推進、農林漁業者等による食育の推進についての記述があります。
「酪農教育ファーム」のように生産者、学校等の教育機関、ボランティア等が連携した体験活動が各地で行われていること、また、食や農に対する理解をより一層深めるため、年間を通して複数回にわたった体験学習を実施する団体などが取り上げられています。酪農教育ファームとは、消費者に酪農のことを理解してもらいたいという酪農家の願い、酪農体験を通じて子どもたちに食や生命の大切さを学ばせたいという教育関係者の期待、これら双方の思いが一致し、各地域において、自発的に誕生したものです。
「食育白書」では、コラムとしていくつかの事例が記述されていますが、酪農教育ファームの事例として、平成10年に山口県の小学校において、1年生の生活科の学習指導計画に、地域の教育ファーム認証牧場での酪農体験学習を組み込み、半年間にわたる体験学習を実施したことが取り上げられています。このような取組の結果、命の大切さ等について、子どもたちの心に変化が生じたばかりではなく、酪農家自身も子どもたちとの交流を通じて、酪農が地域の人々に自然との共生を教える役割も担っていることを改めて実感したそうです。現在では、様々な分野で牧場を開放して、チーズ作り教室や職場体験学習等に取り組んでいるということです。
地産地消の主な取組としては、「直売所や量販店での地場産物の販売」、「学校給食、交流活動、福祉施設、観光施設、外食・中食、加工関係での地場産物の利用」が挙げられ、さらに農林水産省が策定した「地産地消推進行動計画」について関係府省庁連携の下、農業・商工・観光・学校給食等関係者が一丸となって地産地消の推進を図っていることが記述されています。
この他、「食文化継承のための活動への支援等」の中では、地域の郷土料理や伝統料理に関する情報提供、また、「食品の安全性、栄養その他の食生活に関する調査、研究、情報の提供及び国際交流の推進」の中では、リスクコミュニケーションの充実、食品の安全性に関する情報提供、食育の推進を図るための基礎的な調査の実施、食品表示制度の普及・定着といった様々な取組が紹介されています。
3.最後に
以上のように、「食育白書」では、政府の施策の状況だけではなく、地域での様々な食育の事例が紹介されており、全国各地で、さまざまな実施主体により、どのような取組みがなされているのかといったことがわかる内容となっています。
食育推進運動の展開に当たっては、国民一人ひとりが自発的に食育の意義や必要性等を理解し、国民運動として取り組んでいくことが必要です。また、国や地方公共団体をはじめ、教育関係者等、農林漁業者等、食品関連事業者等、その他の民間団体等を含めた幅広い範囲の関係者が食をめぐる問題意識を共有しつつ、家庭、学校、地域といった社会の様々な場において、積極的な取組がなされることが重要です。まずは、自分に何ができるか考え、行動することが大切です。「食育白書」を参考に最初の一歩を踏み出していただければ幸いです。
食育白書は、インターネットでも、本文が掲載されることになっています。ぜひご覧ください。
内閣府 食育白書
http://www8.cao.go.jp/syokuiku/index.html
農林水産省 「なぜ?なに?食育!!」
http://www.maff.go.jp/syokuiku/index.html
注)食育基本法第15条
政府は、毎年、国会に、政府が食育の推進に関して講じた施策に関する報告書を提出しなければならない。