[2000年5月]
はじめに
農林水産省は、栄養バランスの偏り、生活習慣病の増加、食料自給率の低下、食料資源の浪費等の食生活に関連の深い諸問題に対処するため、健康・栄養面から厚生省、また、子どもたちへの食に関する指導の面から文部省と共同して、本年3月23日に「食生活指針」(資料の別添参照)を策定しました。これを受けて、政府として食生活指針の普及・定着を図るため、「食生活指針の推進について」(資料参照)が翌3月24日に閣議決定されたところです。
以下では、食生活指針の策定の経緯や食生活指針の内容などを簡単に説明します。
1.日本型食生活
我が国の食生活は、 高度経済成長の過程において、 国民所得の増大などを背景に、 米の消費が減少する一方、 畜産物、 油脂類等の消費が増加する等の大きな変化が生じました。
この結果、 米、 野菜、 魚、 大豆を中心とした伝統的な食生活のパターンに、 肉類、 牛乳・乳製品、 鶏卵、 油脂、 果物が豊富に加わって、 多様性があり、 かつ、 栄養バランスがとれ健康的で豊かな我が国独自の 「日本型食生活」 が形成されました。
農林水産省としては、 栄養的観点からも総合的な食料自給力の維持の観点からも、 この日本型食生活を維持・定着させることが重要と考え、 「食生活懇談会」 (座長:小倉武一 (財)農政研究センター) において望ましい食生活のための指針の検討を進めました。 こうして、 昭和58年3月に食生活懇談会から 「私たちの望ましい食生活−日本型食生活のあり方を求めて−」 が提言され、 いわゆる日本型食生活の指針が作成されました。
また、 平成2年11月には、 「日本型食生活新指針検討委員会」 (座長:福場博保昭和女子大学教授) から、 その後の食環境の変化を踏まえ、 新しい視点をも加えて、 昭和58年の食生活指針の実効性を確保するための、 いわば食行動指針ともいうべき新たな指針 (「新たな食文化の形成に向けて−'90年代の食卓への提案−」) が提案されました。
農林水産省としては、 この姉妹関係にある2つの指針を基に、 日本型食生活の維持・定着に努めてきたところです。
2.食生活の現状
(1)健康・栄養等
前述したように、我が国においては、栄養バランスがとれ、健康的で豊かな我が国独自の「日本型食生活」が形成されましたが、その後も米の消費の減少と畜産物、油脂類の消費の増加傾向が続いた結果、近年では、脂質の過剰摂取など栄養バランスの偏りや男性の肥満・若い女性のやせなどが問題となっています。
また、栄養素摂取ばかりか食べ方についても、朝食の欠食率は年々増加傾向にあり、さらに、子どもの食生活についても、1人で食事をするいわゆる孤食が目立つなどの問題もあります。
(2)食べ残しや食品の廃棄
我が国の食生活は飽食とも言われるほど豊かになっている一方で、食べ残しや食品の廃棄などが家庭や食品産業で生じています。日本においては、包括的かつ総合的に食品廃棄の実態を調査したものはありませんが、1日1世帯当たりの可食部分の食べ残しや食品の廃棄は台所ごみの37.5%になっているとの事例調査結果があります。
また、統計調査の方法などの違いがあり、単純には比較できませんが、食料需給表の食料の供給熱量(約2,600kcal)と国民栄養調査の摂取熱量(約2,000kcal)との間には約600kcalの差があり、この中には食べ残しや食品の廃棄が含まれていると考えられます。
現在、世界には栄養不足で悩んでいる人が約8億3千万人も存在していること、また、私たち消費者の食べ残しや食品の廃棄が資源の浪費や環境に負荷を与えていることを考えると、自らの問題として食生活面での無駄を削減し、環境に優しい合理的な食生活を実践していくことが重要となっています。
(3)食料自給率
食料自給率は、国民に供給された食料のうち、国内生産でまかなうことのできた割合を示す指標で、主に使われているものには、品目別自給率、穀物自給率、供給熱量自給率があります。このうち、供給熱量自給率は、基礎的な指標であるエネルギーに着目し、食料全体についての総合的な自給割合を示すもので、昭和40年度に73%であった供給熱量自給率は平成10年度で40%と大きく低下し、これは主要先進国の中で最低の水準にあります。
このように食料自給率が低下した大きな要因には、私たちの食生活の変化が大きく関わっています。
具体的には、米の消費が減少する一方で、畜産物、油脂類の消費が増加するなどの食生活の変化は、国内で自給できる農産物の消費割合の減少と国土条件の制約から国内生産では十分にまかなうことのできない飼料穀物や輸入油糧種子の輸入の増加につながり、長期的な食料自給率の低下の大きな要因となっています。また、食べ残しや食品を廃棄することは、食料需要を必要以上に膨らませることになり、これも食料自給率に影響します。
世界の食料需給については、今後不安定を増すとの予測もあります。このように私たちの選択の結果としての食生活のあり方と食料自給率との間には密接な関連があることを十分に理解し、将来にわたって食料が安定供給されるよう消費者としても取り組んでいくことが必要です。
3.食料・農業・農村基本法
(1)平成9年4月に、新たな農業基本法の制定を含む農政全般の改革についての検討を行った食料・農業・農村基本問題調査会の答申が出され、その中では、食料自給率の維持向上を図るためには、国内生産・国内消費の双方にわたる対応が必要とされ、食生活のあり方については、これまで述べてきた諸問題に対処するため、望ましい食生活のあり方についての知識の普及や啓発、食教育等、国民的な運動を展開する必要があると指摘されたところです。
(2)平成11年7月に施行された食料・農業・農村基本法においては、食料消費に関する施策の充実として、第16条第2項で「国は、食料消費の改善及び農業資源の有効利用に資するため、健全な食生活に関する指針の策定、食料の消費に関する知識の普及及び情報の提供その他必要な施策を講ずるものとする。」とされています。
4.新たな食生活指針の策定
(1)食生活指針検討委員会
食料・農業・農村基本法第16条第2項を受けて、農林水産省では、健全な食生活に関する指針について、食品流通局長が主催する「食生活指針検討委員会」を開催し、検討を進めることとしました。
食生活指針検討委員会においては、健康で充実した、かつ、活動的な長寿社会の実現を図るため、この基礎として最も重要な食生活の見直し・改善を促すことを内容とした指針の検討とともに、食生活指針の普及・定着のための方策、とりわけ、家庭における実践、子どもへの食教育や食品の供給サイドの取組についてもあわせて検討しました。
(参考1) 検討経過 |
11年9月29日 |
第1回 |
食生活をめぐる事情、健全な食生活の検討に当たって |
10月25日 |
第2回 |
各省庁の取組、食生活をめぐる問題点と改善方策について |
11月26日 |
第3回 |
食生活指針(素案) |
12年1月24日 |
第4回 |
食生活指針(案) |
3月23日 |
第5回 |
検討委員会報告書(案) |
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注:食生活指針検討委員会報告書は、第5回の議論を踏まえ所要の修正を行った後、3月29日に公表。 |
食生活指針検討委員会委員名簿
氏 名 |
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役 職 |
井 上 修 一 |
(社)日本フードサービス協会会長 |
江 上 栄 子 |
江上料理学院学院長 |
甲 斐 麗 子 |
主婦連合会副会長 |
金 田 幸 三 |
(財)食品産業センター会 |
◎坂 本 元 子 |
和洋女子大学家政学部部長 |
清 水 信 次 |
日本スーパーマーケット協会会長 |
鈴 木 建 夫 |
食品総合研究所所長 |
高 橋 正 郎 |
日本大学生物資源科学部教授
|
寺 崎 利 子 |
東京都豊島区立高南小学校校長 |
豊 川 裕 之 |
元東邦大学医学部教授 |
中 村 丁 次 |
聖マリアンナ医科大学病院栄養部部長 |
中 村 靖 彦 |
日本放送協会解説委員 |
中 村 祐 三 |
全国農業協同組合中央会常務理事 |
原 正 俊 |
(社)日本栄養士会専務理事代行 |
日和佐 信 子 |
全国消費者団体連絡会事務局長 |
堀 内 昭 宏 |
(社)日本惣菜協会会長 |
本 多 京 子 |
医学博士・管理栄養士 |
松 井 陽 通 |
茨城大学人文学部教授 |
真利子 伊知郎 |
JA東京青壮年組織協議会顧問 |
吉 崎 清 |
(社)大日本水産会専務理事 |
◎は座長 |
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(2)健康づくりのための食生活指針策定検討会
厚生省においては、国民の健康増進、栄養改善対策の諸施策を推進する上での基本資料となる「国民栄養調査」を実施するとともに、健康の保持・増進、生活習慣病の予防のために標準となるエネルギー及び各栄養素の摂取量を示す「日本人の栄養所要量」を5年ごとに改定しています。
また、「日本人の栄養所要量」が栄養士の方など専門家向けであることから、これを一般消費者向けの食生活改善のメッセージとして、国民一人一人が食生活改善に取り組むよう、「健康づくりのための食生活指針」を昭和60年に策定し、さらに、平成2年には女性や高齢者など対象特性別の食生活指針を策定し、その普及に努めてきたところです。
しかしながら、生活習慣病が増加傾向にあるなど、その予防のために食生活の改善の重要性が増しており、また、「日本人の栄養所要量(食事摂取基準)」の第6次改定(平成12年4月から適用)が平成11年6月に行われたことを背景に、昭和60年に策定した食生活指針の見直しが必要とされていたところです。
また、食生活指針が食生活改善のためのメッセージであることから、一日に何をどれだけ食べれば良いかを「セルフチェック」できるように、料理や食品の種類や量について、視覚的に理解できる媒体(アメリカで使用されている「フードガイドピラミッド」の料理版に相当するもの。以下、「視覚的媒体」という。)も必要であるとの認識から、保健医療局長が招集する「健康づくりのための食生活指針策定検討会」が開催され、食生活指針と視覚的媒体の検討が開始されました。
(3)食生活指針の一本化
諸外国においても食生活改善の重要な施策として食生活指針が策定されています。また、食生活の問題は、健康・栄養面はもちろんのこと、その国の食文化、食料の入手のしやすさなどを考慮しなければ、解決できないことが多いことから、健康・栄養政策を司る省庁と食料政策を司る省庁などが共同して策定している例が多くみられます。
日本においては、前述のように、厚生省と農林水産省がそれぞれ食生活指針を出してきた経過がありますが、食生活指針の普及定着を効果的に進める観点などから、今回、食生活に関わりの深い厚生省及び農林水産省が連携して食生活指針を策定することが適当であることで認識が一致し、1つの食生活指針を策定することとなった次第です。また、農林水産省の食生活指針検討委員会、厚生省の食生活指針策定検討会において、「食生活改善を進めるには、次世代を担う子どもに対する教育が重要で、文部省と連携することが必要である」との委員の指摘などもあり、文部省にも協力をいただき、食生活指針を検討したところです。
これらの経過を経て、平成12年3月23日に文部省、厚生省、農林水産省の各省において「食生活指針」を決定しました。
5.「食生活指針の推進について」(平成12年3月24日閣議決定)
文部省、厚生省及び農林水産省の3省が策定した食生活指針について、政府として、その普及・定着を図り、国民各層の理解と実践を促進するため、食生活改善指導、教育、食品産業、農林漁業などの各分野の取組を推進するとともに、国民的な運動を展開することを内容とする「食生活指針の推進について」が平成12年3月24日に閣議決定されました。
おわりに
食生活のあり方は極めて個人的な問題であるとも言われますが、食生活と生活習慣病との関わりは深く、生活習慣病が増加することは、本人や家族ばかりでなく、社会全体としての負担の増大を招く結果になります。また、私たちの食生活のあり方は、食料自給率にも大きな影響を与え、食べ残しや食料品を捨てることは、地球的な規模での資源の有効活用や環境問題にも関係しています。
食生活指針の内容については、簡単で、分かりきっているとの見方もあろうかと思いますが、簡単と思われることが意外に実行できていないのが現状です。
また、食生活のあり方について、行政が介入すべき問題ではないとの意見もあるかと思います。食生活指針は、食生活の望ましい方向性や関連する情報などを伝えるもので、強制するものではありません。消費者が主体的に判断し、自らの食生活を見直し、改善することが大切です。
さらに、食の外部化、サービス化が進展した現在、消費者の努力に加え、食品産業などが消費者の選択の幅を広げる取組を積極的に行っていただくことが必要です。
皆様のご理解とご協力をお願いする次第です。