[2000年3月]
北海道において輪作体系の中核をなすてん菜においては、コスト削減の観点から直播栽培が各農業試験場等で試験研究が行われています。こうした状況下、移植栽培においても増収・低コスト化を図るため、様々な試験研究が行われています。
ホクレン清水製糖工場糖区の士幌町は、土壤凍結が深く凍結融解が遅いことから定植が遅れ、収量の低下を招いています。こうした状況下、被覆によって初期生育を促進させ、風害・霜害から回避すること等によって増収を図ることを目指し、ホクレン農業協同組合連合会は、移植てん菜の被覆栽培について試験・研究を行いました。その試験結果について執筆していただきました。
ホクレン農業協同組合連合会 遠藤哲・鈴木啓徳・上田信次・小山正晃
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1.緒言
ホクレン清水製糖工場糖区内である士幌町は、1998年においては約9,300haの畑作耕作面積のうち馬鈴・薯で約2,800ha、てん菜で約2,350haと根菜類の作付けが半分以上を占めている。
表1には1994年から1998年まで5ヵ年の士幌町における、定植状況及び生産実績を示した。移植定植の開始日平均は4月26日であり、清水製糖工場平均と比較して5日遅くなっている。また、平均収量は51.0トン/ha、糖分17.5%と糖区内では収量はやや低く、糖分はやや高い地域である。士幌町は表2のように積雪が少なく、土壤凍結が深い地域である。そのため、ほ場の凍結融解が遅く、馬鈴薯とてん菜の植え付け作業が競合してしまう。てん菜は馬鈴薯と比較して風害・霜害に弱いことから、馬鈴薯の植え付けを優先する農家が多く、これが定植の遅れる原因であると考えられる。
定植が遅れることによるほ場での生育期間の短縮は収量の低下につながると考えられ(2)、これが収量のやや低い原因の1つであると推察された。
表1 士幌町の定植状況及び生産実績 |
年 次 |
開始日 |
最盛期 |
収 量 t/ha |
糖 分 % |
1994 1995 1996 1997 1998 |
4/28 4/28 4/27 4/27 4/21 |
5/9 5/8 5/6 5/2 4/29 |
54.6 51.2 42.5 49.0 57.5 |
16.2 17.8 17.8 18.1 17.5 |
平均 |
4/26 |
5/5 |
51.0 |
17.5 |
清水製糖工場 |
4/21 |
5/4 |
51.9 |
17.2 |
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表2 士幌町の積雪及び土壤凍結状況 |
項 目 |
調査時期 |
士 幌 |
工 場 |
積 雪(cm)
凍 結(cm)
凍結層の厚さ(cm) |
2/下
2/下
3/下 |
21.7
39.3
6.1 |
32.5
25.8
3.1 |
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1991年鈴木らが直播における不織布被覆栽培法について報告しており、被覆による初期生育促進、増収効果、風害、霜害からの回避等が確認されている(3)。
本報は移植栽培において、不織布を被覆することによる早期定植の可能性及び直播と同様の増収効果が得られるか検討したので、その結果を報告する。
2.材料及び方法
(1)試験年次及び供試面積
試験概要を表3に示した。試験は1996年から1998年までの3ヵ年行い、1996年は1箇所、1997、1998年は2箇所で実施した。試験面積は当初0.1haで行ったが、1998年では3.6haまで拡大した。
表3 試験設置概要 |
年度 項目 |
1996 |
1997 |
1998 |
試験箇所
試験面積
播種月日
定植月日
被覆月日
除去月日
被覆期間 |
1
0.1ha
3月10日
5月4日
5月9日
6月10日
32日間 |
2
2.0ha
3月9日
4月27日
5月2日
6月8日
37日間 |
2
3.6 ha
3月7日
4月17日
4月17日
5月20日
33日間 |
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(2)試験設置
1)育 苗
苗床播種については、早期に定植することを考慮して、3月上旬の早い時期に実施した。
2)定 植
定植月日については表3に示したとおり年々早く実施し、特に1998年は早期定植及び早期被覆で試験を実施した。
供試品種は「ハミング」、施肥は農家慣行、畦幅66cm株間22.5cmで、株立本数約6,700本/10aで試験を行った。
3)補植・中耕
補植は被覆するとできなくなるため、株立本数を確保するためにも定植後即行った。
定植後は2畦用移植機で踏圧されるため畦間が硬くなっている。被覆資材の固定方法は貫入輪による土中埋設のため、被覆する1、4畦間を軟らかくしなければ埋設できない。そのため被覆作業の前に写真1のように、畦間サブソイラーによる中耕作業を実施した。
4)被 覆
被覆資材は農業用不織布の中で、上田ら(5)が報告したSHクロスを使用した。畦幅66cmのため、幅2.7m長さ200m資材で4畦を被覆した。
被覆作業は鈴木ら(4)が開発した写真2のような不織布被覆機械を使用した。
移植栽培では不織布を張りすぎると初期生育を抑制してしまうため、被覆機械にローラーを設置し、多少不織布が弛むようにした。
写真1 畦間サブソイラーによる定植後中耕作業 |
写真2 被覆作業 |
5)除 去
除去作業も鈴木ら(4)が開発した、写真3のような不織布巻き取り機械を使用したが、巻き取り状態は両端が揃っておらず不完全な状態であった。2年以上同じ資材を使用するためには、後から両端を揃えるための巻き直し作業が必要である。
また、巻き取り機械に設置する不織布巻き取り用の心棒は紙管では折れてしまうため、塩ビ管を使用した。
写真3 不織布除去作業 |
6)除 草
雑草処理は不織布除去後3日から5日後に、根際散布機により除草剤を散布した。除草剤についてはフェンメディファム乳剤400ml/10aとレナシルPAC水和剤100ml/10aの混合処理で行った。
3.試験結果及び考察
(1)定植状況
1997年、1998年に2年続けて風・霜害が発生しており、町内で大きな被害が生じたが、不織布を被覆した箇所は全く被害が見られなかった。
風による土砂の飛散は初期生育の茎葉に損傷を与えるが、被覆することによりこれを回避し、作物を保護することが移植栽培でも確認できた。さらに、被覆による保温効果もあるため、定植後の霜についてもかなり被害程度を軽減することができたと判断された。
不織布被覆により風・霜害を回避できることが確認されたので、早い時期でも定植可能と推察された。
(2)被覆状況
桑原ら(1)は、直播不織布被覆栽培はてん菜の初期生育を促進するだけでなく、雑草の発芽及び生育も旺盛にするため、てん菜の生育が抑制され、収量へも悪影響を及ぼすと報告しているが、移植栽培でも同様であった。長期間被覆すると雑草が繁茂し、除草剤の効果も期待できなかった。
また、被覆してから1ヵ月程経過すると、不織布は土中埋設で固定しているため地面からの隙間にも限界があり、てん菜の生育抑制が見られた。さらにそれ以上経過すると、埋設が浅い部分から剥がれてしまい、巻き取り機械での除去作業に支障をきたした。
以上のことからこれらを回避するため、被覆期間は概ね35日間であると判断した。
(3)生育状況
移植栽培に不織布を被覆することによって、活着も早く生育が旺盛になった(写真4)。直播の不織布被覆栽培で問題になっている苗立枯病等の土壤病害は、移植栽培ではほとんど見られなかった。
しかし、軟弱な苗など育苗状態の悪い個体は、被覆後活着が悪く生育ムラや高温障害などの症状が散見された。このことより移植不織布被覆栽培においては、苗づくりが非常に重要であると判断された。育苗期間は45日程度が望ましく(2)、定植時期を考慮した苗床播種が必要である。
写真4 不織布除去後の生育状況 |
定植、被覆、生育状況から移植不織布被覆栽培における作業体系は表4に示すように確立した。
表4 移植てん菜被覆栽培における作業体系 |
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作業名 |
目標月日 |
備 考 |
|
播 種 |
3月下旬 |
定植時期を考慮、育苗期間45日程度 |
定 植 |
4月中旬 |
早期定植 |
補 植 |
定植と同時 |
被覆後は補植できないため必ず実施する |
中 耕 |
定植と同時 |
畦間サブソイラー |
被 覆 |
定植と同時 |
被覆機械を使用、被覆資材、不繊布(SHクロス) |
除 去 |
5月下旬 |
巻き取り機械を使用、被覆期間は35日間 |
除 草 |
5月下旬 |
除去3〜5日後根際散布 |
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(4)生育調査結果
生育の推移を調べるため、6月中旬と7月上旬に草丈・葉数を調査した。3ヵ年の結果を表5に示した。慣行(無被覆)との対比で見ると6月中旬で3ヵ年平均草丈175%、葉数124%となっており、初期生育促進効果が確認された。7月上旬の調査では草丈109%葉数106%とその差は小さくなったが、被覆が優っていた。
6月中旬の生育が特に優った要因として、初期生育時の被覆による保温効果が大きいと推察された。
表5 生育調査結果 |
処理区分 |
年次 |
6/中旬 |
7/上旬 |
草丈 (cm) |
葉数 (数) |
対「慣行」比(%) |
草丈 (cm) |
葉数 (数) |
対「慣行」比(%) |
草丈 |
葉数 |
草丈 |
葉数 |
被覆区 |
1996 1997 1998 |
39.4 41.1 32.8 |
14.5 17.7 16.2 |
160 219 153 |
103 151 124 |
58.0 47.0 49.2 |
19.4 25.9 27.2 |
117 106 103 |
94 111 111 |
平均 |
37.8 |
16.1 |
175 |
124 |
51.4 |
24.2 |
109 |
106 |
慣行区 |
1996 1997 1998 |
24.6 18.8 21.5 |
14.1 11.7 13.1 |
100 100 100 |
100 100 100 |
49.6 44.3 47.9 |
20.6 23.3 24.6 |
100 100 100 |
100 100 100 |
平均 |
21.6 |
13.0 |
100 |
100 |
47.3 |
22.8 |
100 |
100 |
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(5)登熟調査結果
1996年に行った登熟調査結果を図1に示した。調査は8月20日から20日間隔で実施した。
根重及び根中糖分については、調査開始から終了まで慣行との差は顕著に認められた。これは被覆することにより生育期が慣行と比較して早まり、さらに根部肥大期・登熟期への移行も早く行われたのではな いかと推察された。
図1 試験ほ場登熟調査結果 |
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(6)収量調査
収量調査結果を表6に示した。
根重については、慣行と比較して1996年は116%、1997年は110%、1998年は120%の増収効果が確認され、3ヵ年平均で慣行対比116%と約1トン/haの増収であった。登熟調査同様、根重の差は顕著に認められた。特に1998年は早期に定植と被覆を実施することができたため、約8トン/haと大幅な増収がみられた。
根中糖分については、1996年、1997年の2ヵ年は慣行対比102%、108%と上回ったが、1998年では98%と下回った。これは被覆区の根重が約8トン/haと大幅な増収がみられたためであると推察された。3ヵ年平均では103%で慣行をやや上回った。
糖量については、1996年では慣行対比120%、1997年は119%、1998年は118%と3ヵ年とも安定的な増収効果が確認され、3ヵ年平均では119%(約200kg/10a増)となった。
表6 収穫調査結果 |
処理区分 |
年次 |
根重 (kg/10a) |
根中糖分 (%) |
糖量 (kg/10a) |
対「慣行」比(%) |
根 重 |
根中糖分 |
糖 量 |
被覆区 |
1996 1997 1998 |
5,989 6,805 8,003 |
18.0 18.1 16.4 |
1,078 1,232 1,312 |
116 110 120 |
103 108 98 |
120 119 118 |
平均 |
6,932 |
17.4 |
1,207 |
116 |
102 |
119 |
慣行区 |
1996 1997 1998 |
5,142 6,168 6,679 |
17.5 16.8 16.7 |
900 1,036 1,115 |
100 100 100 |
100 100 100 |
100 100 100 |
平均 |
5,996 |
17.0 |
1,017 |
100 |
100 |
100 |
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(7)コスト試算結果
1)粗収益
平成10年度最低生産者価格を基に、10a当たりの粗収益を表7に示した。慣行と被覆の差額は3ヵ年とも安定した増収効果により、3ヵ年平均で約2万円の収益増となった。
表7 粗収益算出結果 |
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1996 |
1997 |
1998 |
平 均 |
被覆 |
109,479 |
125,348 |
131,729 |
122,185 |
慣行 |
90,396 |
104,116 |
112,742 |
102,418 |
差額 |
19,083 |
21,232 |
18,987 |
19,767 |
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単位:円/10a |
2)生産コストの試算方法
移植不織布被覆栽培における、10a当たりのコスト試算を表8に示した。
生産コストを試算するに当たり、通常の移植栽培と重複する作業は除き、新たに発生する作業を中心に試算した。必要とした資材・機械等の価格は、購入時の価格を基に計算して10a当たり経費として算出した。
不織布と塩ビ管は1aで約21本必要なため、そこから10a当たり経費に換算した。不織布押さえは、両端は土中埋設のため、始めと最後に必要とする本数のみで算出した。
作業費については、オペレーター1,000円/時、補助員700円/時と仮定して、実際の作業に必要とした時間で10a当たり経費を算出した。
機械類の減価償却費の計算については、10年償却、6ha/年使用と仮定して算出した。
表8 移植不織布被覆栽培におけるコスト試算 |
項 目 |
10a当たり |
算出基礎 |
備 考 |
資材費 |
不繊布(SHクロス) 不繊布押さえ 塩ビ管 |
19,320円 462円 1,113円 |
21本/ha 210本/ha 21本/ha |
9,200円/200m/本 22円/本
530円/本 |
小 計 |
20,895円 |
|
作業費 |
被覆作業(オペレーター)
被覆作業(補助員)
除去作業(オペレーター)
除去作業(補助員)
中耕作業
巻き直し作業 |
300円 420円 300円 420円 150円 1,113円 |
3hr/ha 3hr/ha×2人 3hr/ha 3hr/ha×2人 1.5hr/ha 5.3hr/21本/ha×3人 |
1,000円/hr 700円/hr 1,000円/hr 700円/hr 1,000円/hr 700円/hr |
小 計 |
2,703円 |
|
機械費 |
被覆機械 巻き取り機械 |
602円 782円 |
6ha/年・10年 6ha/年・10年 |
361,000/台 469,000/台 |
小 計 |
1,384円 |
|
合 計 |
24,982円 |
|
資材を2年使用した場合 |
14,534円 |
資材費 10,447円 |
|
資材を3年使用した場合 |
11,052円 |
資材費 6,965円 |
|
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3)コスト試算
資材費では10a当たり合計で約20.9千円となった。しかし、実際に資材類は2年以上使用が可能であり、資材を2年使用の場合で試算すると約10.4千円、3年使用の場合は約7.0千円となる。
作業費は被覆・中耕・除去・巻き直し作業で、10a当たり約2.7千円となった。なお、労働を全て家族で行ったとするとこの部分は労働収入となる。
機械費は被覆機械・巻き取り機械で10a当たり約1.4千円となった。
総合計では約25.0千円の経費が掛かることになるが、前述通り資材を2年使用すると約14.5千円、3年使用の場合は約11.1千円となり、資材を2年以上使用することで粗収益から見ても十分採算がとれることが確認された。
4.要 約
(1)移植てん菜被覆栽培を実施することにより、風・霜害等の自然災害が回避され、早期定植が可能となった。
そのため、春の植え付け作業が分散化し、他作物との作業競合が避けられると考えられた。
(2)本栽培により、糖量では3ヵ年平均で約19%の安定的な増収効果が確認された。
(3)コスト試算の結果、資材を2年以上使用することにより、十分採算がとれることが確認された。
引用文献
1)桑原尚俊・鈴木啓徳・上田信次・中里秀昭・今木一喜・森田哲郎・松田保彦(1996):直播テンサイの被覆栽培法について、第4報 除草対策について、てん菜研究会報、38、117-122
2)増田昭芳(1997):甜菜の紙筒移植栽培、144-151、財団法人北農会、北海道
3)鈴木啓徳・伝宝浩之・植田敏文・金塚祐司・細井茂樹・延与慶喜(1994):直播テンサイの被覆栽培法について 第1報 不織布被覆効果確認、てん菜研究会報、36、32-40
4)鈴木啓徳・桃野寛・白旗雅樹・遠藤哲・延与慶喜(1994)):直播テンサイの被覆栽培法について 第2報 不織布被覆・巻き取り機械の開発、てん菜研究会報、36、41-46
5)上田信次・鈴木啓徳・今木一喜・細井茂樹(1995):直播テンサイの被覆栽培法について 第3報 不織布の材質と特性、てん菜研究会報、37、51-56
「今月の視点」 2000年3月 |
●砂糖と肥満・糖尿病 国立西埼玉中央病院内科医長 成宮 学 東京慈恵会医科大学健康医学センター健康医学科教授 池田義雄
●移植てん菜被覆栽培法について ホクレン農業協同組合連合会 遠藤哲・鈴木啓徳・上田信次・小山正晃
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