[2000年10月]
去る6月17、18日の両日、(社)糖業協会、精糖工業会及び砂糖を科学する会主催により開催された「砂糖と健康・東京フォーラム」における講演内容を紹介するものです。砂糖は肥満の原因とされ、砂糖を食べると糖尿病になる、砂糖を食べると反応性低血糖症を起こしキレルなどといった誤解が、巷に広まっています。しかし、ロンドン大学のギブソン博士は、科学的データを基に砂糖の摂取割合が高い人ほどBMI (ボディー・マス・インデックス) が低く、砂糖摂取によって血糖値の上昇を招くことはなく、したがってその後の低血糖を生むことはないと指摘されました。また、砂糖の甘い味は、ストレスを緩和する効果があることも指摘されました。
ロンドン大学医学部 健康と行動研究室 特別研究員 医学博士 Edward L. Gibson
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もって生まれた甘い物に対する嗜好
多くの社会で砂糖の甘い味は、快楽や喜びと同義語であります。実際、甘い食品は私たちが子供、いや犬さえも仕付けたり、褒美を与えたりする手段に用いられています。生まれたばかりの赤ちゃんは、舌なめずりをしたり、吸ったりして、反応します。そして、砂糖水を飲むのです。ところが、苦い物を与えてみますと、舌を突き出し、顔をしかめ、口を開いて、不快感や拒絶感を表わします(図1)。
このような甘い物と苦い物の受け入れと拒絶の反応はラットにさえ見られ、似たような結果が得られるのです。これらの写真は、生まれたばかりの子ネズミの顔ですが、口と舌の反応はまるで人間の赤ちゃんと同じです(図2)。
すなわち、甘い味を食べようとする行動は、多くの動物にとって生まれつきのものであり、これは人間も例外ではないのです。このような反応が、どのような仕組みで進化してきたかについては、一致した見解はありません。母親の乳を吸わせるための反応という説、よく熟して、毒のない食品を見分ける仕組みという説、また、カロリーの多い食品を選ぶ仕組みだという説などが提唱されています。
図1 生まれつき甘い物を受け入れ、苦い物を拒絶する反応
図2 生まれたばかりのラットの甘い物と苦い物の対する反応
砂糖の虚構
我々は、快楽をいけないものとする性質があります。シェークスピアの戯曲の中に「味わって甘き物は体に入って苦し」というせりふがあります。だとすれば、その当時も砂糖に関してはいろいろなことが言われていて、どうも懐疑的な、否定的な見解があったようです。
現在でも、多くの人が言っていることですが、砂糖はただ太らせるだけの「無意味なカロリー」だというものです。あるいは、「砂糖は糖尿病を引き起こす」「砂糖がたくさん入った食品は依存性を生み、血糖の急上昇を引き起こす薬のようなものだ」と思われており、一般には、その後低血糖を引き起こすか、非常に血糖値が下がる結果をもたらし、それが失神、疲労感またはウツの状態につながると信じられています。このような説は、健康の専門家の間でさえ、広く信じられておりますが、それは科学的虚構で、科学的真実ではありません。それらを1つずつ検証してまいりましょう。
無意味なカロリー
一体、「無意味なカロリー」とは何を意味するのでしょうか。本当にそうなのでしょうか。もちろん、誰も砂糖だけを食べろなどとは推奨しないと思います。しかし、たくさんの種類の食品を摂るということから考えれば、砂糖はその中でも中枢神経にすぐに使えるエネルギーを供給します。中枢神経系に働くことによって、たんぱく質やほかの栄養素が体の成長・維持に使われ、たんぱく質をむだなエネルギーにしないということになるわけです。
また、もう1つ分かっていることとして、砂糖の摂取量が多くなると脂肪の摂取量が少なくなるということは常に見られることです。
その他の炭水化物がたくさん入っている主食、米、パスタを見てみますと、他の必須栄養素が少なく、主としてエネルギー源として摂取されているのです。砂糖、米、パスタ、タピオカを比較してみました。主な栄養素を見てみましょう。砂糖とその他の主食類を比較すると、主要炭水化物と砂糖のデータはそれほど変わりません。というわけで、無意味なカロリーと言われていましたが、これは無意味な概念だと言えるのかもしれません(図3)。
図3 無意味なカロリー
(/100 kcal) |
砂糖 |
米 |
パスタ |
タピオカ |
ビタミンC |
0 |
0 |
0 |
0 |
葉酸 |
0 |
2.4 |
4 |
微量 |
カルシウム |
2.5 |
0.8 |
7 |
2.2 |
鉄 |
微量 |
0.2 |
0.5 |
0.1 |
砂糖、脂肪、肥満
砂糖を食べると太ると言われているのは本当でしょうか。これは非常に重要な質問だと思います。というのは、肥満は急激に世界中で増加している問題だからです。例えば、イギリスでは1998年には、女性の21%、男性の17%が肥満とされました。30年間で3倍になっております。この10年は予測肥満増加率(図中点線)をはるかに超えています。このデータでは肥満をBMI (ボディー・マス・インデックス:体重÷(身長(m))2) 30以上としています。イギリス人の中で、どれだけの人がこれに該当するかというのを示したものです(図4)。
図4 肥満は英国でも世界全体でも急速に増加している
これはイギリスのデータですが、特に西洋諸国では、かなり顕著に出ていると思いますし、おそらく日本や東洋の国の状況も同じでしょう。
このことは、国民の健康上大変大きな問題です。なぜなら、肥満は健康に有害な結果を生んでいるからです。特に、II型糖尿病と言われているインシュリン非依存性の糖尿病(NIDDM)、胆石、高血圧及び冠疾患は、BMIが22以上では体重の増加とともに着実に増加しています(図5)。肥満するとこれ意外にもいろいろ不都合が出てきます。動きが鈍くなり、動けないということも出てきますし、運動がますます困難になってきます。
図5 病気の危険度はBMIとともに増加する
疫学的な研究がいくつかされております。ある特定の病気がどれだけ発症するのか、BMIと砂糖摂取量の関係はあるのかをみた研究があります。一貫して分かってきたのは、一般論とは逆だったということです。砂糖の消費量が多ければ多いほどBMIは小さいということです。イギリスのデータでは、スコットランドの5,768人の男性のBMIをとりました。エネルギー量の中で砂糖を最も多く摂った人たちのBMIが最も低くなっています(図6)。これに対して、脂肪の割合が大きい人は、BMIが直線的に高くなっています。
これはもちろん年齢、総エネルギー摂取量、アルコール摂取量、運動量や喫煙の状態を調節した後でのデータです。また、同様の結果は5,858名の女性でも出ております。このように、BMIに関連する健康の危険度は、砂糖の摂取比率と反比例していることが分かります。
図6 BMIは砂糖の消費に反比例する
それから、もう1つ重要なことがあります。肥満は、単に食事のせいではないということです。Prentice博士とJebb博士は、イギリスにおける最近の肥満の急速な増加が総エネルギー摂取量の減少にもかかわらず起こっていること、さらに図7にも示したように自家用車の保有、テレビ視聴時間の増加という動かない生活習慣の結果であることです。
図7 肥満は食事のみによるのではない
食事の砂糖と血糖
砂糖摂取量と血糖値(血液中のブドウ糖の量)の関係についてはかなりの混乱があるようです。血漿あるいは血中ブドウ糖は、炭水化物やたんぱく質のような栄養物が吸収され、体で代謝されて作られます。食事中の砂糖が直接吸収されたものではないのです。では、例として食後の血糖の変化を見てみましょう。食後、血糖値は上昇し、次第に降下し、一定の安定したレベルを保ちます。一方、空腹感は食後は少なく、食後2時間位して次第に強くなります。空腹が血糖値と関係しないことに注目して下さい(図8)。血糖値には、神経系やホルモン系が食後貯蔵されているエネルギー源の放出や乳酸、アミノ酸からブドウ糖を新たに合成しようと働きます。しかし、空腹感は体のエネルギー源の利用状況や利用できるかをモニターするための脳や肝臓からのシグナルに依存しているのです。
図8 空腹は血糖レベルに依存していない
砂糖ラッシュ
ショ糖のような簡単な構造をしている炭水化物はパンやポテトのようなでん粉性食品に含まれる大きな分子の炭水化物と異なり、すぐに吸収され、血糖値の急上昇を引き起こすとしばしば信じられています。しかし、これは真実ではありません。食後の血糖の変化を時間とともに変化するカーブの下面積で表わすと、この面積がいろいろな食品を摂取した後でどのように変化するかを比較することができます。血糖インデックスと呼ばれる標準の測定では、各々の食品について曲線下面積を求め、これをパンまたはブドウ糖摂取の場合の面積と比較します。血糖インデックスでリストされた食品の種類を注意深く見て下さい。砂糖が豊富とされるチョコレートの位置とショ糖(砂糖)の位置に注意して下さい。これらは決して血糖値を非常に高める食品ではないのです。逆に焼いたポテト、ニンジン、パースニップ(かぶの一種)は血糖をもっと上昇させます。血糖インデックスを糖尿病の血糖コントロールを良くしようと用いていることは興味深いものです。また、WHO (世界保健機関) の1995年の炭水化物についての文章も注目に値します。
「糖尿病の患者は炭水化物を減らさなくてはならない、あるいは食べてはならないと考えられている。糖尿病の人は炭水化物の量を全エネルギー量の40%以下にすべきであるというアドバイスは根拠がないように思える。適切にインスリンを投与されている人たちの炭水化物を制限する利点を示す実験的データはないのだから」と述べられています。つまり、炭水化物と一言で言っても、すべて同じわけではないということです。そうなりますと、炭水化物を糖尿病患者は全エネルギー量の40%以下に抑えるべきであるというアドバイスの正当性が持てるのかに疑問が出てきます。適切にインシュリンを投与されている人たちの炭水化物を制限する利点を示す実験的データ、科学的データはないのです(図9)。
図9 血糖インデックス(白パン=100に対して)
低 血 糖
このように砂糖を多く含む食品が異常に血糖値が高くなる砂糖ラッシュの原因ではないということを見てきました。同様に、砂糖を含む食品が摂取後の低血糖または非常に低い血糖値の原因ではないようです。実際、健康な人では低血糖というのは極めてまれです。自分で疲労感とか震えあるいは頭痛といったいわゆる低血糖症状を訴えている時に血糖を測定すると大抵は正常です。図10は食事の直前または食間の平均血糖値と最低の血糖値を示しています。低血糖症状を訴えている患者さんと正常な人の間では血糖値に差がないことが分かります。また、症状と血糖値にも関係は見られないということも分かります。つまり、正常な全く症状のない人とそういった症状を訴える人の間には、平均値にしろ最低値にしろ差は見られません。これは、決して本人たちが症状を創造しているわけではありません。もちろん、そういう症状があるのだと思います。ただポイントは、これは血糖値が問題なのではないという点です。
最近行われた実験で、低血糖の患者と正常な人の間で実験的に血糖値を下げ、何か症状があるかを自己申告してもらうという実験があります。血糖値が下がるといろいろな症状を訴え始めます。症状が報告されたレベルは、平均的に低血糖症患者の方が、正常な人よりも高かったということです。こうした人たちは血糖値が下がるということに対して感受性が高いことが分かります。
図10 “低血糖”症状と低血糖とは関係がない
砂糖やチョコレートへの飢餓感
多くの人が、脂肪あるいは砂糖を多く含んだチョコレートのような食品を食べ始めるととまらないと言います。そのため、こうした食品には中毒性あるいは依存性があるという考えが起きました。例えば、こうしたものを食べるがゆえに体重のコントロールができないといった問題があるならば、チョコレートが好きであるということが一種の飢餓的切望と考えるのかもしれません。しかしながら、私たちは、チョコレートに対するこういった強い願望、飢餓感は、空腹時にエネルギーに富んだ食品を欲するものだと考えます。エネルギーに富んだ食品を空腹時には求めるということです。
チョコレートに対する強い飢餓感は、満腹のときのみチョコレートを2週間食べると、こうした飢餓感が消え、チョコレートを2週間にわたって空腹のときだけ食べると、チョコレートに対する飢餓的願望が強まるということが分かりました(図11)。それは彼らがもともとチョコレートをどうしても食べたいと思っていなくても起きてきます。しかし、彼らが空腹の時に飢餓的切望が起きてくることも述べておきます。チョコレートに対する渇望が、実は強い食欲であったということが分かります。専門的に見たときに、これは依存性とは言えないでしょう。チョコレートが空腹時に食べる記憶に残るエネルギーに富んだ食品だから起きるのです。エネルギーがチョコレートを食べる時の感覚の記憶を強めます。したがって、次の空腹時に思い出され、考えとして浮かぶのです。これは甘いものだけではなく、すべてのエネルギーに富んだ食品について当てはまると思います。
図11 チョコレートに対する飢餓的切望はチョコレートを
空腹時に食べることに依存している
甘い味とストレス
砂糖の甘い味は、明らかに良い経験です。生まれてから3日以内の赤ちゃんに12%のショ糖溶液を飲ませると、少なくとも5分間はほとんど泣かなくなります。一方、おしゃぶりを与えてみます。おしゃぶりを与えたら泣き止みますが、取り上げるとすぐ泣き出します。図12は与えた前と後の5分間、泣く量を調べたものです。
ラットの実験では、甘い味がストレスを緩和する効果があることを示しています。なぜ
なら、内因性のオピオイド系物質が脳内に産生されるからです。人の成人についての多くの研究結果も味覚の喜び、快感といったものから、これが産生されるということが分かっています。
図12 ショ糖の味は泣いている新生児を泣きやませる
砂糖、炭水化物・タンパク比と気分
砂糖を多く含む食品は、食べた後で気分を変えることができるでしょうか。高炭水化物・低タンパク食(タンパク質5%)は低炭水化物・高タンパク食(タンパク質32%)に比較し(エネルギー量は全く同じ)、気分を落ち着かせ、眠気をもたらす作用があるという証拠があります(図13)。ここでは高炭水化物・低タンパク食の後では目覚めの程度が少なくなり、高タンパク食の後では、そうでないことが示されます。これは脳内の神経伝達物質であるセロトニンの合成、放出の変化のためかもしれません。重要な要因は食品の中のタンパクの欠如で、炭水化物の質には依らないのです。さらに非常に低タンパク質の食品を摂るとコルチゾルの放出が阻害されます(図14)。こうしたホルモン作用がいろいろな食品の気分への影響に関係するのではないでしょうか。
図13 高タンパク食は低タンパク食に比べて目覚め作用が強い
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図14 高または低タンパク食後の唾液中のコルチゾルの変化
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結 論
いろいろな証拠を見てみますと、砂糖は肥満を起こすのではなく、逆に脂肪摂取を減らし、体重増加を防ぐ効用があります。結果として、砂糖を多く含んだ食品はU型糖尿病やそのほかの肥満に関連した疾病のリスクを減らします。また、砂糖を多く含む食品がいわゆる「砂糖ラッシュ」を引き起こしたり、その後の低血糖を引き起こし、それによって気分がウツになるということを引き起こすという説には、根拠がありません。つまり、私たちは砂糖を恐れる必要はないと言えるのです。