[2003年7月]
昔から人類は宇宙に飛び出すことを夢見てきました。そして遂に1961年旧ソ連が人類を初めて宇宙に送り出すことに成功しました。それから40年以上たった今では、スペースシャトルに代表される有人宇宙輸送機は定期的に打ち上げられており、又、日本人宇宙飛行士も多数誕生しています。では、宇宙飛行士はあのフワフワとした無重力の中で、どのような食事を摂っているのでしょうか。又、お菓子のような甘い食べ物も持っていくのでしょうか。このことについて宇宙開発事業団・宇宙医学研究開発室の松本医長に紹介していただきました。
宇宙開発事業団(NASDA) 宇宙医学研究開発室 医長
|
松 本 暁 子 |
1. はじめに
図1 国際宇宙ステーション(完成時) |
人類が宇宙に進出してから40年以上が経過している。人類として初めて宇宙に飛び出したのは、1961年4月、旧ソ連のヴォストーク1号に搭乗したユーリ・ガガーリン飛行士であり、「地球は青かった」という有名な言葉を残した。さらに、1969年には米国のアームストロング船長率いるアポロ11号が人類初の月面着陸という偉業を成し遂げた。その後もライバル同士の米ソの宇宙開発競争は加速的に進歩し、人間は宇宙に到達するところから、21世紀の現在では宇宙空間に長期間滞在することができるようにまでなっている。現在建設中の国際宇宙ステーション(International Space Station; ISS、図1)は世界15カ国が参加する5つの国際宇宙機関を主導とした世界最大の国際プロジェクトであり、宇宙における特殊環境を利用した様々な実験や研究を行い、その結果を生かして科学・技術をより一層進歩させ、地上の生活や産業に役立てることを目的としている。
人間の基本的生活要素となる衣・食・住のうちの大きな柱である食事が、身体面・精神面に与える影響は非常に大きい。当たり前のことであるが、人間は食事をとらなければ生きていくことはできない。宇宙で暮らす場合でも同様であり、食事は特に重要である。宇宙開発は、1960年代より推進されてきたが、過去の宇宙計画や宇宙飛行経験とともに宇宙食も進歩してきた。我々の地上での生活では、ちょっと一息といった時にお菓子を食べたくなるものであるが、宇宙でもお菓子は重要な役割を果たす。そこで本稿では、宇宙食の歴史・国際宇宙ステーション時代と呼ばれる現在の宇宙食とお菓子について紹介したい。
2.宇宙食の歴史
宇宙空間で初めて食べ物を口にしたのは1961年8月ヴォスト−ク2号に搭乗した旧ソ連のチトフ飛行士であった。その後の1962年2月、米国NASAのマーキュリー計画において米国人としてはじめて宇宙軌道上を飛行したジョン・グレン飛行士は、アトラスロケットで打ち上げられたカプセルに搭乗し、宇宙空間で食事をした。その時の食事内容は、アップルソース、ビーフグレービー、野菜ペーストであったが、これらはすべてアルミチューブに入っており、食器を使用することはなかった。ちなみに、女性で初めて宇宙で食事をとったのは、1963年6月、ヴォストーク6号に搭乗し世界初の女性宇宙飛行士となった旧ソ連のテレシコワ飛行士であった。彼女は「私はかもめ」と地上と交信し、約3日間、宇宙に滞在した。
米国NASAのマーキュリー計画(1962-63)では、チューブに入った簡単な宇宙食であったが、続くジェミニ計画(1963-68)では1口サイズ食品・中間水分食品・乾燥食品が登場し、アポロ計画(1969-72)では、お湯が使用されるようになり温かい食事が可能となった。スカイラブ(1973-74)では加水食品・温度安定化食品・自然形態食品・凍結乾燥食品(いわゆるフリーズドライ食品)・放射線照射食品が供給され、スペースシャトル時代(1981〜)には、市販食品を搭載するようになり宇宙食の種類も増えた。このように、日常の食品にできるだけ近い形の宇宙食が考えられるようになり、食事の持つ栄養供給以外の役割も大きくなっている。
3.現在の宇宙食
現時点で宇宙食を製造供給しているのは、米国とロシアのみであり、ISSの宇宙食は米ロ製が半分ずつである。現在の宇宙食は、以下のような種類に分類されている。
Aフリーズドライ食品:スペースシャトルやISSには、調理用装置があり、水かお湯を注入し、もどして食べる。飲料はすべてこのタイプで、宇宙で加水しストローで飲む。
B温度安定化食品:レトルト食品や缶詰など。そのままか、オーブンで加温して食べる。
C自然形態食品:代表はお菓子類で、調理せずそのまま食べる。
D中間水分食品:代表はドライフルーツなど。調理不要。
E放射線殺菌食品:米国のみが製造。主として肉類。
F生鮮食品:パン類や一部の果物、野菜など(腐りにくいもの)。
G調味料:塩・コショウは液状にして小さい容器に入っている。
1)NASAの宇宙食
現在、NASAの宇宙食(図2)には、短期ミッション:スペースシャトル用メニューと長期ミッション:ISS用メニューの2種類があり、それぞれ182種、181種の食品がメニューに載っている。2つのメニュー内容が大きく違うことはないが、ISSではメニューにパンが載っており、欧米人にとっての主食であることから、長期滞在時における主食の重要性が伺える。なお、飛行士は事前に試食会を行い、自分が宇宙で食べる食品をメニューから選択し、栄養評価を経た個人用メニューをつくっておく(表1)。
図2 NASA宇宙食例 |
表1 スペースシャトル宇宙食メニュー例 |
食事A |
食事B |
食事C |
1日目 |
|
|
乾燥アプリコット |
チキンサラダスプレッド |
牛肉(甘酸っぱい味) |
ブルーベリー入りグラノーラ |
クラッカー |
米のピラフ |
オレンジ・グレープフルーツ飲料 |
チョコレート プデイング |
ブロッコリーグラタン |
|
バタークッキー |
バニラ プデイング |
|
レモネード |
アップルサイダー |
2日目 |
|
|
乾燥梨 |
ツナ |
シュリンプカクテル |
ビーフパテイ |
トルテイーヤ |
ビーフステーキ |
味付けスクランブルエッグ |
バナナ プデイング |
ポテトグラタン |
ブラウンシュガー入りオートミール |
ショートブレッド クッキー |
アスパラガス |
オレンジジュース |
アーモンド |
ストロベリー |
|
グレープ飲料 |
レモネード |
|
2)ロシアの宇宙食
現在のロシア宇宙食(図3)のメニューは115種類あり、ボルシチなどのロシア名物料理もメニューに含まれているがNASAと比べ缶詰食品が多い。ロシアは米国と並ぶ宇宙開発の長い歴史を有するが、宇宙食も含め特に長期滞在に関して、より豊富な経験をもっている。かつてロシア単独の宇宙ステーション:ミール(1986-2001)において、ロシア人宇宙飛行士が宇宙食摂取と運動を続けながら1年以上滞在し、人間が宇宙での微小重力空間に長期間生活することが可能であることを実証したことは、医学的にも非常に大きな意味をもつ。
図3 ロシア宇宙食 |
4.宇宙食とお菓子
ここで、宇宙食とお菓子について考えてみたい。前に述べたように、初めて軌道上の宇宙船内で食事をしたNASAのジョン・グレン飛行士の食事内容に、アップルソースが含まれていたことは注目に値する。甘いものは、宇宙飛行士にとっても必須のようだ。
現在の米国・ロシアの宇宙食メニューにどんなお菓子類があるか、表2・3に示した。いわゆる食事としての食品メニューの他に様々なお菓子・スナック類が宇宙食として存在することがわかる。チョコレートやクッキー・ビスケットなど、どこの国でもおなじみのお菓子もあるが、ドライフルーツやナッツ類は、宇宙で生活する上で貴重なビタミン・ミネラル源としても重宝されるお菓子・スナックとなる。その他、宇宙食メニューに載っていなくても、クルーが希望する場合、所定の検査に合格すれば、地上で市販されているお菓子を宇宙に持っていくことができる(図4)。実際、宇宙では調理方法が限られているという問題があるが、お菓子類は一般的に調理する必要がなく食べることができるので、好きな物を宇宙に持っていくのはそう難しいことではない。
表2 NASA宇宙食メニューにあるお菓子類 |
表3 ロシア宇宙食メニューにあるお菓子類 |
バナナ プデイング |
ブレッド プデイング |
チョコレートプデイング |
タピオカ プデイング |
バニラ プデイング |
ブラウニー |
バタークッキー |
ショートブレッド クッキー |
チェリー ブルーベリー コブラ― |
チョコ キャンデー |
ピーナツキャンデー |
グラノーラ バー |
グレープゼリー |
アップルゼリー |
|
チョコレート |
ロシア風クッキー |
ヴォストーク クッキー |
プラムデザート |
ビスケット |
クラッカー |
リンゴー杏 バー |
リンゴープラム バー |
プルーン |
ナッツ入りリンゴ |
ナッツ入りプルーン |
はちみつケーキ |
|
図4 市販のナッツ菓子・クッキー・キャンディー・ガムも宇宙で |
宇宙ではお菓子とコーヒー・紅茶で“お茶”することもできる。それぞれ、ブラック・砂糖入り・クリーム入り・砂糖とクリーム入りと、かなり細かい種類があるし、コーヒーにはカフェイン抜きもあり、クルーは自分の好みに合わせてティータイムを楽しむことができるのだ。
皆さんの中にも、毎日の生活上、仕事などで疲れたりストレスを感じる時、甘いものを食べたくなる人が多いと思うが、甘いものにはストレスを軽減する作用がある。お菓子の特色である“甘さ”の元、ブドウ糖(グルコース)は、身体のどの組織でもエネルギー源として利用される。摂取したブドウ糖によって血糖は上昇するが、身体には血糖を一定範囲に保つような機構が働く。逆に低血糖になるとエネルギー代謝がうまく働かず身体にとってストレスになるため、甘いものを食べたくなるのは自然なことなのである。また、ブドウ糖は脳にとっては唯一のエネルギー源なので、“頭を働かせる”ためにも、ブドウ糖をとる必要がある。さらに言えば、我々人間が最初に口にする食べ物は、母乳である。人間それぞれ、生まれた国や民族の食文化、あるいは個人によって、食べ物の好みは異なるが、この事実は、国籍を問わず変わることはない。人間の身体は、ほのかに甘い母乳が心を安らかにしてくれたのを覚えているのかもしれない。
スペースシャトルでは、過密な実験スケジュールをこなすために食事を取る時間が少なくなることもあったが、ISSでは今まで以上に食事が重要となってくる。実際、ISSに長期滞在経験のあるクルーの間では、食事が一番の楽しみだったという意見も多い。クルーは3ヶ月から半年間という長期にわたって家族や友人と離れ宇宙の閉鎖空間で生活するのだから、それなりに精神・心理的ストレスも多くなる。そういう時に、好きな宇宙食を食べることで精神的な安らぎが得られるというのは非常に重要なことであるし、仕事の合間に一息入れて同僚との会話がはずむ、というお菓子が本来持つ効果は、宇宙での生活でも十分に生かされる。
将来的には、宇宙飛行士だけでなく、民間人が宇宙観光旅行や宇宙で生活する時代が到来するであろう。皆さんにも「テイータイムは宇宙ステーションで」という日がくるかもしれない。