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食と健康

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[1999年9月]

農林水産省食品総合研究所 企画連絡室長
鈴木 建夫


食と健康をめぐる「数字」   食と健康は日傘を利用すること
例えばソバの日傘、ルチン   血液のサラサラ度   咀嚼の効能
結びに


食と健康をめぐる「数字」

 日本人は一生の間に平均してどの程度の量の食料を食べているのかご存じですか。女子栄養大学の五明教授の推計では、ご飯11万杯分に相当する米が6トン、パン7,000斤分に相当する小麦が2.6トン、豆類2.1トン、肉類2トン、魚介類3トン、野菜類7.5トン、果物類3.8トン、牛乳3.4トン、そして37,000個で1.3トンにもなる卵を食材としています。栄養素として表すと炭水化物8.7トン、タンパク質2.4トン、脂質1.7トンとなり、60トンの水分が含まれていますから、食料全体では約70トンも食べていることになります。当然、いい加減な食べ方をしていたのでは身体にとって良いわけはありません。吟味したいものです。
 ところで食素材の種類はどうでしょうか。欧米ではパンや肉類を中心に約2,000種類といわれていますが、雑食民族であるアジア人は約10,000種類の食素材を用いているといわれています。特に刺身など鮮度志向のある日本人は、12,000種類もの食素材を利用しています。ただし、マグロであれば生、煮る、焼くで3種類と数えての話です。薬食同源、医食同源、身土不二(郷里でとれた食材は身体と良く合うの意)などアジアには食で養生する考え方が多いのもこうした食素材の多さが背景になっているのかもしれません。例えば、ヒジキの煮物はカルシウムとそれを吸収させやすくする鉄分を多く含み、骨粗鬆症を予防する格好な食品ですが、欧米ではその姿形から決して箸をつけない食べ物の1つでしょう。厚生省などは1日30品目の食材を摂りましょうとのキャンペーンをしていますが、日本なら豊富な食素材の中で簡単にできそうです。
 日本人の死亡原因をご存じでしょうか。事故・自殺が25%、結核やエイズなどを含む感染症が約10%ですが、残る65%はガン、心臓疾患、脳血管障害の3大死因を先頭に、糖尿病や肝臓障害などを含む生活習慣病です。生活習慣病を予防する20カ条を厚生省が提言しています。その中身を見ると、身体を清潔に保ちましょうとかタバコは吸わないようになどのいくつかを除いて、大部分は食に関する注意でした。病気になってから治療する対症療法と異なり、生活習慣病は病気を予防する思想が大切です。食を大切にする啓蒙こそ来るべき高齢化社会には大切なことではないでしょうか。

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食と健康は日傘を利用すること

 地球環境の悪化が健康を害していることはご存じでしょうか。地球の環境は、農業環境技術研究所の陽企画調整部長によれば、6,000 もの半径をもつ地球で、15kmの大気圏、16cmの土壌圏、そして、地表にもってくると3mm(!)にすぎないオゾン層(気圧が低い高空ですから20〜30kmありますが、1気圧では3mm)に関わっているそうです。人間は生きるために酸素を一生の間に18トンも吸っています。これと生きるために必要な脂質の一部が結合すると過酸化脂質が生成します。この過酸化脂質は、人間を形作る60兆個もの細胞の壁や、細胞1個1個に2mもの長さがあり折り畳まれている遺伝子を破壊します。その結果、老化、アレルギー、ガンなどが発生するといわれており、「生きることは死ぬことに通じる」と禅問答のような話になります。この過酸化脂質は、オゾン層をくぐり抜けた紫外線を浴びることによって急激に増加することが知られています。一昔前は健康そうだからと陽に焼けることが奨励されてきましたが、昨今では健康の敵と考えられています。最近のコギャルが日焼けして喜んでいるのは、真の実力はともかく(?)美人薄命の時代になっているように思います。「色の白いは七難隠す」どころかかなりの難儀を救っているようです。
 幸いなことに動物には過酸化脂質を分解する酵素(スーパーオキサイドデスムターゼ)があります。いろいろな動物で調べてみた結果から、この酵素の量と寿命との間には密接な関係のあることが分かりました。この関係からみれば、人間の寿命は100〜110歳位となり、80歳や90歳で亡くなったのでは「惜しい人を亡くしました」ということになりそうです。食品科学者は「正しい食事で死ぬまで元気に」と思っており、栄養科学者はPPKを理想としています。(ピンピンコロリがその意味だとか。)
 人間は、紫外線で大量に生じる過酸化脂質を抑えるために家の中に入ったり、お化粧をしたり、日傘をさしたりします。しかしながら、動けない植物ではそうはいきません。実は植物も紫外線が大嫌いで、日傘に相当する防御物質を作り出して身体を守ります。ポリフェノールと一般にいわれますが、ワインだけにあるのではありません。トマトの赤い色素(リコペン)、黒豆の色素(アントシアン)などほとんどの植物に含まれます。食と健康の基本は、これら植物に含まれる防御物質であるポリフェノールを利用して過酸化脂質などを防ぐことにあります。

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例えばソバの日傘、ルチン

 ブラジル、中国、カナダ、そして日本で栽培したソバのポリフェノールであるルチンの含量を分析しました。その結果、理科年表に所載されている日照量と比例して、ブラジルが最もルチン量が多く、中国、カナダ、日本の順になっていました。日本産のソバは香りが良く、品質的には最良とされますが、「日傘」の量ではブラジル産が最高のようです。もっとも、ルチンの必要量は、1日当たり25〜50mgとされ、日本産普通種でも1gのソバ粉に約1mg含まれていますから1食のソバ食で充分量のルチンが摂取できることになります。ところで、ルチンにはどのような作用があるのでしょうか。ルチンの科学構造は、お茶の有効成分であるカテキン類と良く似ています。血圧を下げたり、毛細血管を強化して脳溢血を防ぐ効能があります。また、記憶を高めたりするとの説もあります。
 大分昔の文献ですが、ソバを食べさせたネズミと、食べさせないネズミの毛を剃って、真空ポンプで吸引した研究があります。キスマークができるか否かを調べたもので、ソバを食べさせたネズミは、紫色の斑点のできにくいことが確かめられました。紫の斑点即ちキスマークは、実は内出血しやすい証拠で、血管がもろくて脳溢血になりやすいことになります。

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血液のサラサラ度

 血液には体調を示す指標があり、人間ドックなどでは血液を採取していろいろな疾病の検査をします。食品総合研究所では毛細血管を人工的に作って研究した例があります(図1)。マスコミなどにも取り上げられ、血液のサラサラ度を測っている画面はご覧になったことがあると思います。コンピューターのマイクロチップを作る最新技術で、5ミクロン(1ミクロンは100万分の1、ちなみに毛髪は約20〜80ミクロン)の溝を掘ります。これは毛細血管の太さですが、ここに血液を流してその流れ具合を調べます。赤血球は8ミクロンの大きさを持ち、変形して毛細血管を通過します。高脂血症(中性脂肪が過多の人など)では通過時間が長くなります。欧米型の中性脂肪の多い食事を摂った場合や運動で汗をかき、血液の濃度が上がった場合などに血液のサラサラ度は下がります。血液がドロドロになると高血圧や動脈硬化の原因にもなります。
 血液のサラサラ度を上げるための食品を探しました。黒酢、梅肉エキス、ルチン含量の多いダッタン種のソバに血流改善作用のあることが確かめられました。先出のポリフェノールの一種であるアントシアンの宝庫としても知られる黒豆でも顕著な効果が認められており、杯1つの量で充分な効能が期待できます。
 ところで男性と女性ではどちらが血の巡りが良いとお考えでしょうか。少なくとも食品総合研究所の周囲では女性の方が概して血の巡りが良いとの結論が出ました。ストレスのある仕事、酒やタバコが血の巡りを悪くすることが知られています。日本女性の長寿も血管の若さからと考えるのは早計でしょうか。我が家に限っても女性は丈夫です!

図1:人工毛細血管を用いた食品機能の評価
流す前の血液
人工毛細血管を流す前の血液。円盤状の赤血球が見える。
正常な流れ
正常な人の流れの様子。スムーズに流れている。
高脂血症の流れ
高脂血症の人の流れの様子。毛細血管が詰まっているのが見える。

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咀嚼の効能

 日本人の歯の寿命は、少しでも治療した歯を除くと50歳代後半とされています。歯列矯正が普及している欧米では平均寿命とほぼ一致しますから、自分の歯で噛むことについては欧米の方が進んでいます。食品総合研究所の研究では、歯は1ミクロンの大きさの違いやほんの僅かの固さの違いを識別することが分かりました。日本人の主食であるご飯の場合、おいしさは、甘味、塩味、酸味、旨味、苦味などの化学的要素より、歯ごたえや歯触りといった物理的味覚が約70%を占めているという研究があります。つまり、咀嚼は「味わう」という大切な楽しみの要素でもあります。また、咀嚼を盛んにすることによって、脳への血流量は、30〜60%も増加することが知られており、ボケ防止にも噛むことは大切になっています。神奈川歯科大学名誉教授の斉藤滋先生の研究では、その時代の復元食を実際に調理して咀嚼回数と時間を測定したところ、軟食化傾向にあるとされる現代では約600回10分であったのに対して、戦前は1,400回22分位で、徳川家康時代とほぼ同一でした。卑弥呼の時代(弥生時代)の4,000回50分は極端ですが、味覚を楽しみ、ボケを防止し、食卓を楽しむためにも咀嚼には気をつけたいものです(表1、グラフ1)。

グラフ1:復元食の咀嚼回数並びに食事時間
復元食の咀嚼回数並びに食事時間

表1:復元食のメニュー
時  代 復元食のメニュー
卑弥呼
(弥生時代)
ハマグリの潮汁、アユの塩焼き、長芋の煮物、カワハギの干物、ノビル、クルミ、クリ、もち玄米のおこわなど
紫式部
(平安時代)
ブリとアワビの煮物、カブ汁、大根のもろみ漬け、ご飯
源頼朝
(鎌倉時代)
イワシの丸干し、梅干し、里芋とワカメのみそ汁、玄米のおこわ
徳川家康
(江戸初代)
ハマグリの塩蒸し、里芋とゴボウなどの煮物、タイの焼き物、カブのみそ汁、納豆、麦飯
徳川家定
(江戸13代)
かまぼこ、白身魚の吸い物、カレイの煮物、カブとウリの煮物、とうふのみそ汁、ご飯
戦前
(昭和10年ごろの庶民)
大豆のみそいため、たくあん、野菜のみそ汁、ニンジンと大根などの煮物、麦飯
現代 コーンスープ、ハンバーグ、スパゲッティ、ポテトサラダ、プリン、パン

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結びに

 上智大学の猪口邦子先生の面白い論文があり、これを参考に考えてみました。20世紀の農林水産研究の中心は「富」にあり、これを得るためには一極集中型の「効率的」な生産形態が大切と考えられ、大量生産大量消費が行われてきました。迫っている21世紀には「快適性」が価値の中心となり、食品研究の面でも安全(安心)や健康性などの情報を付与した考え方が大切になると予想されています。消費者の意見を反映させた栄養のバランスを考えた少量多品種生産が大切となります。食文化を見据えた地域性も考えたいものです。高齢化社会を迎えることもあり、新しい形の食を考えてみてはいかがでしょうか。

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「今月の視点」 
1999年9月 
食と健康
  農林水産省食品総合研究所 企画連絡室長 鈴木建夫
砂糖は甘いだけのものではない―化学工業原料としての砂糖―
  神戸大学 名誉教授 河本正彦


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