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お砂糖豆知識[1999年2月]

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最終更新日:2010年3月6日

ALIC砂糖類情報
お砂糖豆知識

[1999年2月]
●てん菜のあれこれ(その1)
●さとうきびのあれこれ(その8)
●砂糖のあれこれ(その5)



てん菜のあれこれ (その1)

1. 栽培史と生産の現況
(1) ビートの導入前夜
[ビート導入に積極的なクラーク、 反対のダン]
 クラークとは、皆さん広くご承知の "ボーイズ・ビイ・アンビシャス" のウイリアム・クラーク (北海道大学の前身、札幌農学校の教頭)のことです。また、ダンは、道内の農業に携わる方ならほとんどが承知しており、北海道酪農の父といわれるエドウイン・ダン(北海道開拓使のアメリカ人農業顧問)のことです。クラークは北大構内や札幌羊ヶ丘展望台などに銅像がありますし、ダンも、戦前まで畜産試験場が置かれていた札幌真駒内に、"子羊を肩にした銅像" があります。
 明治の初め、北海道開拓使は、道内の開拓をすすめるに当たり、農業に限らず、地質資源調査、道路港湾整備など多くの産業分野でアメリカの技術者を招聘し、その数は75人に上りました。合衆国農務局長の椅子を投げうって来道したホーレス・ケプロンを頂点に、酪農畜産のダンのほか、石炭鉱業のベンジャミン・ライマン、鉄道敷設のジョセフ・クロフォードなどの名が道内では知られています。また、人材の養成も急務として、学校を設立しクラークなどの教育者も招聘しました。
 テーブルを叩いて激論を交わしたかどうかは知るよしもありませんが、開墾の進む北海道農業の将来方向を決めるに当たり、畑作に新しい作物「ビート」を導入するかどうかで、開拓使のお雇いアメリカ人や農学校のアメリカ人教師の間で、意見の食違いがあり、クラークやケプロンを中心とするビート導入積極派と、ダンや農学校教師のウイリアム・ブルークスなどの反対派に分かれていました。
 クラークは、来日前マサチューセッツ農科大学の学長でしたが、その頃マサチューセッツ農科大学はビート製糖技術については全米一を誇っていました。常々これを自慢にしていた彼は、北海道でもビート栽培の試験に着手し、なんとか定着させたいと思っていたようです。その証拠に、札幌農学校の任期を終え帰国することになっても道内へのビート導入の考えを捨て切れず、室蘭から船で帰国する途次、当時北海道の中で一番開拓が進み農耕地が多かった有珠(うす)郡紋鼈(もんべつ)村(現伊達市)に立ち寄り、入植者達に "白い砂糖のとれる大根"、ビートの栽培を勧めています。その上、民間工場が無理なら官営工場としてやる方法もあると知恵を授け、アメリカに帰ってから種を送ることまで約束をしています。
 開拓使はビートを導入するため、東京青山の直営官園で一年試作をし、翌明治4年 (1871年)には、早速七重(ななえ)村(現函館市)の試験圃で栽培をしてみました。これが道内でビートを栽培した最初です。その後開拓使は、同11年(1878年)に札幌農学校にビートの試作を依頼し、学校の農場で20トンの収穫を挙げましたが、これが道内生産量の最初の記録になっています。
 翌12年(1979年)には、クラークの勧めで官営工場の誘致運動をしていた紋鼈に、製糖所が建設されました。官営製糖所は、同20年(1887年)に民間に払い下げられて紋鼈製糖株式会社となり、これに刺激された札幌近郊では、苗穂村(現札幌市東区)に工場建設の動きがあり、同21年(1888年)に札幌製糖株式会社が設立されました。当時、最盛期には作付面積が800haに達し、生産量も10万トンを超える年がありました。
 現在の北海道糖業(株) 道南製糖所(伊達市)前庭に、紋鼈の官営製糖所で使用した機械の一部が展示されていますし、札幌製糖工場の方は、当時の時代の最先端を行く赤レンガ造りのモダンな建物で、現在もサッポロビール園の建物の一部として残っています。ちなみに、北海道庁の赤レンガ庁舎はその1年前に完成していました。
 一方、反対をしていたエドウイン・ダンは後に駐日米公使となりましたが、彼の著書『日本における半世紀の回想』によると、「"搾り糟を牛の餌に利用してもビートは収益性がない" という細かいデータに基づいた我々の意見を、開拓使の役人は最終的なものとして了承していたにもかかわらず、新しく代わった役人は、百万円(注:次の金額とともに1桁記憶違いか?)という大金を投じ有珠の紋鼈にビート工場を作った。さらに驚くべきことには、紋鼈から何の成果も得られていないのに、2百万円もの投機的な巨費を投じ、一層大きな工場を札幌に建てようとしたことである。当然のことながら失敗が続いたあげく、紋鼈の工場は閉鎖、札幌工場はフル操業にも入れずに解散したのである。
 日本人は理路整然としたアドバイスも、彼等の間違った希望的観測と異なるとその助言を無視して聞き入れない。それは不可能事さえも認めたがらない彼等の楽天的な気質に起因しているのだ。」と、憤懣やるかたない様子で述べています。
 この様に、北海道農業にビートが導入されたのは、明治初期の開拓に際して、亜麻、ホップ、リンゴ、西洋梨、ビール大麦などとともに、寒冷地畑作に適応しそうな作物をアメリカから持ち込み、試験と議論を重ねた末のことでした。
 確かにダンの言う通り、日清戦争が同28年(1895年)に終結して台湾の製糖業が日本に帰属すると、ビート糖業は衰退の道をたどり、まもなく両社とも閉鎖をしています。しかし、同39年(1906年)には北海道農事試験場がビートの品種試験を開始し、同43年(1910年)には更にこれを拡充するなど、行政サイドとしては、寒冷地畑作農業にビートの導入は欠かせないという考えは、工場閉鎖後も一貫して消滅することはありませんでした。

((社)北海道てん菜協会相談役 秦 光廣)


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さとうきびのあれこれ (その8)

収 穫
1)  収穫時期
 秋季になり、気温が低下するに従って、さとうきびの生育は緩慢となり茎中に糖分が増加してきます。成熟の適期は蔗糖含量が最高に達し、純糖率が最も高い時期です。未熟及び過熟のものでは砂糖の歩留りが悪くなります。
 収穫の適期は品種、栽培型、土壌及び施肥法などの条件によって異なり、わが国では12月から4月に、蔗茎の熟度や作付体系を考慮して製糖工場の操業計画に合わせて収穫します。品種間では早生、中生、晩生と組み合わせるのが望ましく、栽培型別では、株出し、夏植及び春植の順となります。施肥法による差では多肥、特に窒素の多施用や晩期の施用は糖分の上昇を大きく妨げ登熟が遅れてきます。また、種子島のような霜害の発生する地域では、蔗茎は霜害を受けると、還元糖が増加して蔗汁の品質が低下するので、霜害地帯では早めに収穫することが必要です。

2) 機械収穫
 さとうきび栽培のなかで最も労力を必要とするのは収穫作業で、収穫の方法には人手による方法と機械収穫の方法がありますが、近年ハーベスタ等の機械収穫が増えてきています。
 機械化収穫体系としては、刈取機と脱葉機を組み合わせたものとハーベスタ及び集中脱葉方式等が行われています。脱葉機にはロール式、ブラシ式及びドラム式があり、ブラシ式は強靱なブラシを回転させ、葉をかきとるもので、脱葉能率は2〜5t/日で、脱葉精度は比較的高く、個人向けの機種として利用されています。ドラム式は小さなロール2本を1対とし、それを何組か周囲に取り付け、ドラム状に回転させながら裁断したさとうきびを脱葉するものです。
 最近、導入が進んでいるハーベスタには小型、中型及び大型と機種により作業性能が異なり、自重も4〜7トンの小型と10トン以上もある中大型があり、機構的にはグリーンタイプで自走、切断、搭載を基本方式とし、履帯(ゴムクローラ)を使用しており、夾雑物除去は吸引式あるいは送風式によるファンを用いているものが多く、小型等一部の機種で脱葉ロールを組み合わせているものがあります。
 ハーベスタの1時間当たり処理量は小型で2〜6トン、中型で6〜12トン、大型ではそれ以上の能率ですが、わが国の場合、経営規模が小さく、収穫期に降雨が多いために大型機械の利用はなかなか困難です。
 ハーベスタ利用の形態としては、集落営農方式、共同利用方式及び農協・第三セクター方式等がありますが、生産農家グループによる共同利用方法と受託組織である農協・第三セクター方式が大部分を占めています。
 近年、農業者の減少と高齢化が進み労働力不足が深刻となり、収穫作業の省力化は緊急の課題となっています。

3)  人力収穫
 わが国では一部の地域を除き大部分が人手によって収穫が実施されています。作業としては刈り倒し、脱葉及び搬出の3つの作業工程からなっており、『倒し鍬』で根元から刈り倒し、『脱葉鎌』で梢頭部を切りとり、更に付着している葉及び葉鞘、根など全部を除去し、蔗茎を適当な束に結束して搬出、出荷します。
 収穫及び調整に当たって注意することは、刈り倒しは地際から行います。その際高刈りすると茎部を多く残すことになり収穫を少なくし、また株揃えなど不用な労力の増加にもつながります。また極度の低刈は株出しの萌芽を悪くするとともに刈り取った蔗茎に土砂の混入の恐れがあります。病虫害や霜害を受けた蔗茎及び枯死茎・台風等による折損茎は、蔗糖の含量が少ないので取り除き出荷します。刈り取ったさとうきびを長く放置しておくと、蔗糖が減り転化糖が増して品質を低下させるので、新鮮なさとうきびを出荷するよう計画的に収穫することが必要です。

(新光糖業株式会社 農務部次長 日高 昇)


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砂糖のあれこれ (その5)

砂糖は肥満の原因にはならない !!(俗説を斬る[5])
 今月号では、数ある砂糖有害論の中で「砂糖は肥満の原因になる」という俗説を斬ってみたいと思います。
 最近はダイエットが流行のようで、その際に「砂糖を摂るのを減らせ!!、砂糖は太る!!」ということをよく耳にします。
 でも本当にそうなのでしょうか?

 砂糖を摂取したからといって、肥満になるわけではありません。
 砂糖に限らず食べ物を必要以上に摂取すれば、エネルギーの余った分が脂肪となって体内に蓄積され、肥満につながります。
 摂取したエネルギーのトータルが適切な範囲内であれば、問題はありません。
 [平均的な日本人の成人1人1日当たりの摂取エネルギーのトータルは約2,000キロカロリーです。]
 砂糖はパンやパスタ、お米やおそばと同じで自然の恵みから採れる炭水化物です。ちなみにカロリーも同じで1グラム当たり約4キロカロリーです。「おそばを食べて太った」なんて、聞いたことはないですよね。
 肥満の主な原因はエネルギーの摂りすぎと、エネルギーの消費不足、不規則な食生活などが挙げられます。
 しかし、活動量の少ない人が、太るからといって、いきなりひどい減食をすると、栄養のバランスを乱し易くなり、人間本来の生命活動が低下し、スタミナがなくなり、体調をくずし易くなります。
 肥満を防止し毎日を健康に生活するためには、食品の特性をよく知ってバランスの取れた食生活を送ること。また、日頃から積極的に身体を動かしてエネルギー消費を図ることが必要です。
 このように「砂糖を食べると太る」というのは科学的に根拠のない誤った考え方で、適量を摂取することは、非常に大切なことなのです。

 みなさん「砂糖は脳の大切なエネルギー源」ということを知っていますか?
 脳の唯一のエネルギー源はブドウ糖です。
 脳の重さは体重の2%程度ですが、脳が使用するエネルギーは、私たちが消費する全エネルギーの18%を費やしています。しかも脳はブドウ糖を蓄えておくことができません。砂糖は、体内で素早くブドウ糖と果糖に分解され、脳のエネルギー源であるブドウ糖を速やかに供給できる天然食品なのです。
 また脳の中には満腹を感じる中枢があります。その満腹中枢は、食事の後、消化されて血液中に入ってくるブドウ糖の増加を知ることで、満腹になったというサインを脳幹に送ります。脳幹はそのサインによって食事をやめる命令を出す、と言われています。
 ここにも、ブドウ糖(砂糖)の役割があり、砂糖を適量摂取する重要性は高いと言えます。
 きちんとした食生活によって、この満足感を感じる機能が働いていれば、糖分の摂り過ぎなど恐れることはないのです。

(農林水産省食品流通局砂糖類課)


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