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タイ北部地域におけるサトウキビ野生種の調査と収集

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最終更新日:2010年3月6日

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海外レポート
[2000年6月]
試験研究機関から

 農林水産省国際農林水産業研究センターは、タイ東北部において生産性の高い持続型農業システムを開発し、同地域の農業振興を図るため、東北タイプロジェクト研究を行っています。同プロジェクトにおいては、サトウキビ栽培の改善及び家畜飼料としてのサトウキビの可能性等についても検討がされています。この度、この研究の一環として、同センターは、タイ北部と東北部においてサトウキビ野生種を多数収集しました。同地域におけるサトウキビ野生種の分布状況と特性について分かりやすく紹介していただきました。

農林水産省国際農林水産業研究センター沖縄支所
作物育種世代促進研究室長 松岡 誠


はじめに
サトウキビ遺伝資源の探索収集
訪問したサトウキビ関連試験研究機関


はじめに

 1998年11月に国際農林水産業研究センターの海外調査研究活動としてタイ国を訪問する機会を得た。主な目的は、国際農林水産業研究センターがタイ東北部で実施している東北タイプロジェクト研究のサポートである。東北タイプロジェクトは、平成7年度から始まった総合プロジェクトで、人口流失や農地の荒廃化が進行しているタイ東北部において生産性の高い持続型農業システムを開発し、同地域の農業振興を図ろうというものである。そのため、環境、生物資源、作物生産、草地、畜産及びポストハーベストなど広範な分野において研究が進められおり、その一環としてサトウキビ栽培の改善及び家畜飼料としてのサトウキビの可能性についても検討している。同地域では乾期に著しい干害がみられる他、土砂流出、地力低下、塩害等の問題も発生しており、サトウキビでは、これらの不良環境条件下においても安定した収量を得ることができる株出し多収栽培技術の確立が求められている。今回の出張においては、その基盤となる品種育成の材料として、タイ北部と東北地方に分布しているサトウキビ野生種及び近縁属植物の収集を行うと同時に、その特性の評価を行った。また、基幹作物としてのサトウキビについて、関係各試験研究機関から情報を収集した。ここでは、主としてサトウキビ野生種の探索収集と収集した遺伝資源の特性について紹介したい。

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サトウキビ遺伝資源の探索収集

図1 タイの概略図および探索収集の行程
タイ概略図・探索収集の行程
 タイの国土は日本の約1.4倍の面積があり、国土はおおまかに中部、北部、東北部、南部の4つに分けられる。今回、遺伝資源の収集を行ったのは、このうちの北部と東北部である。東北部は「イサーン」とよばれる平原で、乾期にはたびたびひどい干ばつに見舞われ、タイ国内でも比較的開発の遅れている地域である。北部は標高1,000m前後の山や高原、盆地からなり、独自の文化を持つ様々な少数民族も住んでいる。遺伝資源の収集は、サトウキビが出穂または開花している時期の方が群落の発見が容易であるという理由で、雨期明けの11月に行った。収集はタイ農業局のコンケン畑作物研究センターと共同で実施し、日本側からは著者と九州農業試験場さとうきび育種研究室の杉本明氏、タイ側からはウェラポン氏(P. Werapon)、タクシナ女史(S. Taxina)、スリスダ女史(T. Surisuda)の3研究員が参加した。移動にはコンケン畑作物研究センターが用意した車を用い、1日に約200〜300km程度走行した。今回のルートはほとんどが幹線道路であるため舗装の状態も良く、通常、時速80〜100kmで走行することができた。標本を収集した群落は写真撮影を行うとともに、その場所の緯度、経度、高度をGPS(携帯型ナビゲーションシステム、エンペックス社)で測定、調査票に記録した。移動ルートは図1に示したが、コンケンを出発し、再びコンケンに戻ってくるというルートで10日間を要した。
 サトウキビは植物の分類学上、イネ科のサトウキビ属(Saccharum)に属し、以下の6種、Saccharum officinarumSaccharum sinenseSaccharum barberiSaccharum robustumSaccharum spontaneumSaccharum edule に分類されている。このうちSaccharum officinarum は高貴種と呼ばれ、19世紀末頃まで商業的に栽培されていたサトウキビ品種の多くはこの種に属する。このほかSaccharum barberi に属する品種がインドから東南アジアにかけて、Saccharum sinense に属する品種が中国や日本(読谷山(よみたんざん)など竹蔗とよばれるもの)において栽培されていた。19世紀末にサトウキビの交配育種法が確立された後は、サトウキビ属内の種間交雑が盛んに行われるようになり、Saccharum officinarum (大茎、高糖、多汁の特性を持つ)を基本とし、これにSaccharum barberiSaccharum spontaneum (不良環境適応性、耐病性、早熟性などの特性をもつ)の血を導入してサトウキビの種間雑種品種;Saccharum spp. hybrids が成立した。現在、世界で栽培されている実用品種のほとんどは、これら種間雑種の品種同士を交配して得られたものである。今回調査したタイは、サトウキビ野生種(Saccharum spontaneum)の原産地とされるインドと、高貴種(Saccharum officinarum)の原産地とされるニューギニア島の間に位置し、野生種や、サトウキビの祖先種の1つであるエリアンサス属植物 (Erianthus spp. サトウキビ高貴種はこれらの植物の自然交雑によって成立したと考えられている)の豊かな変異が知られている(杉本ら、1999)。本調査においてもこれらの植物を多数収集することができた。
メコン川岸辺のサトウキビ野生種群落
(写真1) メコン川岸辺のサトウキビ野生種群落。川の対岸はラオスである。
メコン川岸辺のサトウキビ野生種群落
(写真2) 小川の両岸に自生するサトウキビ野生種の大群落
メコン川岸辺のサトウキビ野生種群落
(写真3) 山地に自生するサトウキビ野生種群落。この地点の標高は1,000mを超えている。
 初日には、ラオスとの国境であるメコン川沿いをノーンカーイからルーイまで収集したが、メコン川の堤や中州、川沿いの砂浜には大小の野生種群落が数多くみられた(写真1)。これは探索の全行程を通してであるが、平地を流れる支流の川岸や山地を流れる渓流沿いに多くの野生種の大群落がみられ(写真2)、本野生種の分布の拡大において川が重要な役割を果たしたのではないかと推測された。7年前にこのメコン川の数100km上流、中国雲南省の西双版納タイ族自治州を訪れたことがあったが、その時にも瀾滄江(メコン川上流域の中国名)の川岸でサトウキビ野生種の大群落を目にしている。これらメコン川沿いに自生する野生種群落をDNA多型検出法(DNAフィンガープリント法とも言う。DNA構造の違い、多型性をバーコード様のバンドパターンに可視化して検出する方法で、人間では親子関係の判定などに、また作物では品種・系統の識別や分類に利用されている)などで分析すれば、サトウキビ野生種伝播の過程を明らかにするための有力な手がかりになるものと思われる。
 北部のウタラディットからシーサッチャナーライまでの間には山地が多く、その間に大小の盆地がある。この地域においてもサトウキビ野生種と多くのエリアンサス属植物がみられた。先にも述べたように、群落は谷間を流れる川沿いに自生している場合が多かったが、川から離れた道路沿い、また山の斜面にある畑の周辺などにもみられた。今回、最も高い場所としては標高約1,300mの地点でサトウキビ野生種を収集することができた。
 この他スコータイからコンケンにいたる中部平原においても、幹線道路沿いの土手や水田の畦などに多くのサトウキビ野生種群落が認められた。しかし、人間の手による圧力が絶えず加えられるからであろうか、比較的小さな群落が多かった。このタイ北部、東北部地域における遺伝資源収集ではサトウキビ野生種及びエリアンサス属植物を合計して189点を収集した。この189点に杉本氏らがタイ中央部、南部において引き続き収集したものを加えた合計275点のブリックスを図2に示した(杉本ら、1999)。一般に、サトウキビ野生種のブリックスは低く、10%程度あるいはそれ以下の場合が多いが、今回収集したものの中には16%を超えるものが数点あり、最も高いものは19%を超えていた。ブリックスだけではなんともいえないが、もし、糖度もブリックスの値に見合うように高ければ、サトウキビ野生種ではこれまでにない非常にすぐれた育種素材となる可能性がある。これらの収集した遺伝資源は、現在コンケン畑作物研究センターのほ場において保存されている。今後、糖度、耐塩性、耐干性、耐病性、株出し能力等の様々な有用特性について詳細に評価した後、交配に利用される予定である。この探索収集に同行したコンケン畑作物研究センターのウェラポン氏は、昨年10月から、当国際農研沖縄支所、国際共同研究科に招聘研究員として滞在しており、これら収集した遺伝資源を効果的に評価・利用するための共同研究に取り組んでいる。

図2 1998年にタイで収集したサトウキビ野生種のブリックス
ブリックスのグラフ

水田の畦のサトウキビ野生種
(写真4) 水田の畦に自生するサトウキビ野生種
水田の畦のサトウキビ野生種
(写真5) 水田とその向こうに広がるサトウキビ畑。中央平原では水田とサトウキビ畑が隣りあった風景がよく見られる。

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訪問したサトウキビ関連試験研究機関

 遺伝資源探索収集の後、短期間ではあったが、タイ農業局スパンブリ畑作研究センター(バンコクから北へ約100km)とカセサート大学農学部カンペンセンキャンパス(バンコクから北西へ約100km)を訪問する機会を得た。タイ農業局で行われているサトウキビ研究の拠点はこのスパンブリ畑作物研究センターで、ここでは主にサトウキビとソルガムが対象作物となっている。サトウキビについては、育種、栽培生理、病虫害防除、土壌など幅広い分野で研究を行っている。育種では、交配によって早期高糖性品種や黒穂病抵抗性、耐塩性・耐干性品種の育成に熱心に取り組んでおり、つい最近、収量と耐病性に優れたジュース用の品種を育成している。
 カセサート大学農学部カンペンセンキャンパスにおいては、ソマクローナル変異(植物の組織培養の過程で細胞におこる突然変異をいう。培養苗の増殖などにおいてはマイナスであるが、育種における突然変異の誘発手法としては有用である。)を利用してサトウキビの耐塩性系統を選抜する研究に取り組んでいる Dr. Siripatr Prammanee助教授に面会し、サトウキビ育種における組織・細胞培養技術の利用について意見交換した。この研究室ではサトウキビのカルス(植物の組織が植物ホルモンなどの作用によって脱分化して生じる無定形の細胞塊。培養することにより増殖させたり、また植物体へと再分化させることもできる。サトウキビのカルス培養は比較的容易である。)を材料に高濃度の塩による細胞選抜を行い、得られた耐塩性の細胞から再分化させたサトウキビを圃場で選抜することにより、耐塩性系統を作出していた。
 この他にもサトウキビ育種分野の中心的研究者であるタイ農業局畑作物上級専門家 Preecha Suriyaphan氏、スパンブリ畑作物研究センター場長の Chalermpol Lairungreung氏(現タイ国サトウキビ技術者会議の会長)、同センターサトウキビ耐塩性研究チームリーダーの Dr. Preecha Prammanee氏などに面会した。これらの方々の多くとは、はからずもその4ヵ月後に再びインド、ニューデリーにて再会することとなり(1999年2月、国際サトウキビ技術者会議:ISSCT 23回大会)、さらに親交を深めることができた。今後、これらの経験を両国間のサトウキビ研究の交流促進に生かしたいと考えている。

引用文献
杉本ら (1999)  タイで収集した高糖性のサトウキビ野生種。熱帯農業43別2:7〜8。

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