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最終更新日:2010年3月6日
調査情報部調査課 | 藤戸 志保 |
1.はじめに
オーストラリアは、世界の砂糖生産量1億6,260万トン(2006年度、粗糖換算)のうち、約3%に当たる472万トンを生産している世界第8位の生産国である。また、輸出仕向け割合が7割を超えるため、輸出量は世界全体の約8%のシェアを占めており、ブラジル、タイに次ぐ主要輸出国の一つである。
オーストラリアでは、2004年から砂糖制度改革プログラム(SIRP 2004)が実施された。このプログラムは、砂糖生産持続のための援助や、再構築援助などを行うものであるが、近年の砂糖の国際相場の上昇などからオーストラリアの砂糖産業をめぐる状況も好転した。このため、同プログラムの財源の一部に充当される国内砂糖課徴金(domestic sugar levy)は、事業終了予定時期であった2007年より1年早い2006年12月からその徴収が廃止されるなどオーストラリアの砂糖生産を取り巻く情勢は変化している。
また、オーストラリアの主要生産地域であるクイーンズランド(QLD)州から輸出される砂糖については、クイーンズランド砂糖公社(QSL)がその大部分を販売している状況は変わらないものの、2006年に州政府が法令改正によってクイーンズランド砂糖公社の独占権を廃止するなどの規制緩和も図られてきている。
本稿では、干ばつ下におけるオーストラリア砂糖生産の現状とともに、2008年3月4〜5日に農業観測会議(OUTLOOK 2008)で発表された砂糖生産の今後の見通しについて報告する。
※注:オーストラリアの砂糖年度は7〜6月である(以下断りがない限り、「年度」はこの期間を指す)
首都キャンベラで開催されたOUTLOOK2008 |
2.オーストラリア砂糖生産の現状
(1) 減少傾向で推移した近年の砂糖生産
オーストラリアのさとうきび生産は、クイーンズランド州北東部からニューサウスウェールズ州(NSW)北部の2,100キロメートルに及ぶ東海岸地帯に集中しており(オーストラリア全体の約99%)、クイーンズランド州のさとうきび収穫量だけで、オーストラリア全体の約95%を占める(図1)。
図1 オーストラリアのさとうきび生産地帯 |
オーストラリア農業資源経済局(ABARE)の品目別統計によると、オーストラリアの砂糖生産量は、1997年度には過去最高の557万トンを記録した。その後、干ばつ、洪水、病虫害の影響を受けて増減を繰り返し、近年は減少傾向で推移している。2006年度の砂糖生産量は、1997年度よりも約16%少ない465万トン程度となった。
また、さとうきびの収穫面積も、割当面積の規制緩和などを背景として、1990年代以降2002年度まで増加し続けた後、干ばつやサイクロン、さとうきびの黒穂病、都市化による農地の住宅地などへの転用、穀物との輪作の増加、政府の補助を受けることができる収益性の高い林業への転換などさまざまな要素が原因となって減少した(図2)。
図2 1987〜2006年度の砂糖生産の現状 |
資料:ABARE「australian commodity statistics 2006」 |
(2) 経営環境悪化に苦しむさとうきび生産者と規模拡大の進展
2007年3月に公表されたABAREの調査結果においては、全国のさとうきび生産者のうち27%が、2005年度に国際価格の低迷により赤字であったことが報告されている。この多くは、さとうきび生産量7,500トン以下の小規模生産者(この層は生産者数の65%を占め、全さとうきび生産量のうち25%を生産)である(表1)。
この調査結果は同時に、農場規模を拡大すれば生産者の経営状況が改善されることを示している。例えば、さとうきびの主要生産地の一つであるクイーンズランド州中部に位置するバーデキン地域において、15,000トン未満のさとうきびを生産している農場は、およそ40,200ドルの損失を被っているのに対し、15,000トン以上を生産している農場はおよそ22,400ドル、30,000トン以上を生産している農場はおよそ358,000ドルの利益を計上している。
このように、農場規模拡大によるコスト削減効果もあり、一般に大規模生産者になるほど経営状況は改善されること、今後3年間で作付面積を維持・拡大したいという生産者が約半数(減少させるとした生産者は16%)に上っていることから、生産者の経営規模拡大がさらに進むことが予測される。
表1 規模別の生産者数と生産に占める地位 |
資料:ABARE「australian sugar cane growers financial performance 2005-06」 |
(3) さとうきび生産地での近年の気象変化による影響
オーストラリア最大のバルクシュガーターミナル(粗糖積み出し施設)が設置されているクイーンズランド州マッカイ地域の近年の気象変化と砂糖の生産状況を見ると(図3)、2006年度の砂糖生産量は、2006年3月に上陸した大型サイクロン「ラリー」や黒穂病などの影響により減少した。また、2007年度は、2007年6月の季節外れの降雨によりクイーンズランド州の収穫開始が1カ月遅れた上、第3四半期の集中豪雨による製糖活動の中断や糖度上昇の停滞、南部の干ばつによる製糖歩留まりの低下が生じたが、ABAREは、2006年度より3%増加の485万トンまで回復すると見込んでいる。また、この豪雨により、かんがいダムの貯水率が上昇し、2008年度生産見通しの改善にもつながっている。
図3 2005 〜 2007 年度におけるマッカイ地域の降水量・気温の変化 |
資料:Australian Government Bureau of Meteorology 注1:クイーンズランド州のマッカイ地点におけるデータ 注2:月平均は毎月のデータの単純平均(温度は最高温度と最低温度の中間値) |
(4) 多くの相手国を持つオーストラリアの砂糖輸出
オーストラリアで生産される砂糖は、大部分が粗糖のまま輸出され、輸出先国で精製される。毎年生産量の75%以上が国外へ輸出されており、ブラジル、タイに次ぐ主要輸出国の一つである。輸出量は過去5年間、400万トン前後で推移しており、2005年度も約511万トンの生産量のうち、約407万トンが輸出されている。輸出先国は14カ国以上に及ぶが、主な輸出先は、韓国、インドネシア、日本、マレーシアなどアジア地域が多く、2005年度の日本への輸出割合は全体の約12%を占めている。
韓国は、2004、2005年度と第1位の輸出先国であり、近年はオーストラリアにおける生産量の約4分の1が同国に輸出されている。インドネシアへの輸出量は、過去5年間にわたり増加し続けている。日本はオーストラリアにとって安定的な輸出先国であるが、2004〜2005年度には海上運搬費などの輸送費の高騰による影響もあり、輸出量は若干減少した。中国への輸出量は、同国内の製糖事情が変動要因となって、増減を繰り返している(表2)。
表2 1999〜2005年度のオーストラリアの仕向地別砂糖輸出量 |
(単位:千トン)
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資料:ABARE「australian commodity statistics 2007」 |
(5) 砂糖生産の副産物利用の可能性
砂糖生産における副産物の利用及びその収益性については、温室効果ガスに関する政策(二酸化炭素の排出権取引環境の整備、再生可能燃料の振興、炭素税の課税など)に大きく影響される。
例えば、バーンハーベスト(さとうきびの葉を焼いた後収穫する方法)からグリーンハーベスト(さとうきびを燃やさずそのまま収穫する方法)への収穫方法の転換は、さとうきびの利用部位の増加につながる。これにより、さとうきびの葉・梢頭部は、園芸用のマルチ資材として売るか、バガス(さとうきびの搾りかす)とともに製糖工場での発電に利用することが可能となる。クイーンズランド州の製糖工場は11億キロワットの電力を主にバガスを発電燃料として利用することによって供給している。これはクイーンズランド州の電力利用量の2%に相当するが、クイーンズランド州の砂糖産業は、排出権取引が実現し、それによって二酸化炭素削減分を利益に計上することができるならばこの比率を大幅に引き上げることができると主張している。
また、現在オーストラリアの製糖工場は、糖蜜から6万キロリットルのエタノール(再生可能燃料)を製造している。現在の畜産物市場動向では、飼料用途として販売した方が収益性は高いものと見られているが、二酸化炭素の排出権取引環境の整備や再生可能燃料の振興により、二酸化炭素の排出削減が期待される糖蜜やケーンジュース(さとうきびの搾り汁)からのエタノール生産の増加が促される可能性がある。
さらに、土壌中に二酸化炭素を蓄積することによって大気中の二酸化炭素を削減する方法が認められれば、製糖工場に運ばれて発電に利用されているさとうきび残さを、ほ場でマルチ資材として利用することも考えられる。
3.ABAREによるオーストラリア砂糖生産の今後の見通し
(1) オーストラリア農業観測会議(OUTLOOK 2008)
今回参加の機会を得たABARE主催のOUTLOOK 2008は、ABAREが主要農産物の需給、貿易に関する短・中期的な見通しを示すとともに、その時々のオーストラリア農業を取り巻くトピックスを取り上げ、関係者が討議を行うものである。
本年度は、経済概観、穀物、酪農、牛肉、砂糖、気候変動など計21のセッションに分かれて2日間にわたり専門家による報告が行われた。
近年の世界的なインフレや原油需給のひっ迫による原油高騰などの問題の他に、地球温暖化や水不足など世界を取り巻く環境が変化している中、農業国であるオーストラリアにおける本会議への関心は極めて高く、約2千人の関係者が集い、ケビン・ラッド首相、トニー・バーク農相のあいさつに始まり、関係者による活発な議論が交わされた。
ケビン・ラッド首相は、「オーストラリアは、現在のマクロ経済環境におけるインフレ増大の懸念の中、世界市場における競争力向上や新たな輸出市場開拓、温暖化対策や水資源の確保などさまざまな課題に力を注いでいく」と述べており、同国政府の関心事項がうかがわれた。
以下の項目では、OUTLOOK 2008で発表されたオーストラリア砂糖生産の今後の見通しについて紹介する。
ケビン・ラッド首相のあいさつで開幕したOUTLOOK2008 |
砂糖セッションに集まった関係者 |
(2) 世界の砂糖需給の中期的見通し
バイオ燃料の需要の伸びは、ブラジルにおけるさとうきび生産の着実な増加にもかかわらず、中期的には砂糖の国際価格を下支えして、2012年度まで1ポンド当たりUS10セントを上回る程度の価格水準で維持される見通しである(表3)。
中期にわたり世界の砂糖価格を強く支えている他の重要な要素として、中国やインドなどの発展途上国における需要の増加やEU砂糖制度改革による供給減が挙げられる。
(3) 今後増加に転ずることが見込まれるオーストラリアのさとうきび生産
砂糖の国際価格の上昇は、オーストラリアのさとうきび生産者の収益改善に寄与しており、2007年度に生産者が受け取る平均価格は、2006年度と同様に堅調であると見られるが、一方でオーストラリアドルがUSドルに対し高騰していることから、収益の増加は為替レートの上昇により一部相殺されることになる。
オーストラリアの砂糖生産は収穫面積の3%の減少にもかかわらず、2007年度におよそ485万トンまで回復する見込みであり、不作であった2006年度より3%増加となる。
さとうきびの主な生産地であるクイーンズランド州は、2008年2月の豪雨により引き起こされた洪水によって収穫に打撃を受けたが、降雨により貯水率が改善し、かんがいダムにも水が大量に供給されたため、2008年度の生産は改善する見通しである。
比較的堅調な砂糖価格による生産者の増産意欲や黒穂病に抵抗力のあるさとうきびへの切り替えが進むことによって、2006年度に40万ヘクタールを割り込んだオーストラリアのさとうきびの収穫面積は、最高を記録した2002年度と比較すると48,000ヘクタール少ないものの、2012年度までに40万ヘクタールまで回復すると予測される。収穫面積の増加に加え、単収の増加も見込まれることから、オーストラリアの粗糖の生産量は2012年度までに513万トンまで増加すると予測されている(表3)。
表3 2012年度までの世界・オーストラリアの砂糖見通し |
資料:ABARE「australian commodities」 注:2007年度以降は見通し |
(4) 気候変動が今後のオーストラリア農業に及ぼす影響
オーストラリアでは、2006年(暦年)後半からの気温上昇、少雨などによる気候状況の変化により干ばつが広がり、被害は100年に1度といわれるほどの規模に拡大して、東部各州を中心とした農畜産業に大きな影響を与えた。OUTLOOK 2008でも気候変動についてだけは2つのセッションが設けられ、オーストラリア農業における気候変動の影響の大きさと関心の高さがうかがわれた。
ABAREによると、温室効果ガス削減に対して手立てが講じられなかった場合、温室効果ガスの大気濃度は約411ppm(2001年度)から1,172ppm(2100年度)まで上昇し、オーストラリアの気温は2100年までに3.5℃上昇すると予測される。
1℃の温度上昇は、ニューサウスウェールズ州において4.2%の、西オーストラリア州において、7.3%の小麦生産量の減少につながり、1〜2℃の上昇は15%の牧草地の減少、12%の家畜の体重減少につながると予測されている。
ABAREのシナリオ分析によると、温室効果ガス削減の手立てが講じられなかった場合、図4のとおり2030年および2050年には主要農産物の生産量は大幅に減少すると見られ、砂糖生産量については2030年に10%、2050年に15%近く減少すると予測されている(このケースでは2050年に1℃強の温度上昇を想定)。
また、オーストラリアにおける農業全体の生産は2050年までに17%減少し、他の産業分野では最大25%減少する可能性がある。さらに、経済活動は2050年までに全般的に縮少し、経済成長率は先進国で5%減少、発展途上国で10%減少すると予測されている。
気候変動に適応するための農業作物の選択肢としては、(1)干ばつ、降霜、病虫害などに抵抗力のある品目・品種の栽培、(2)水の供給回数や量を変える、(3)土地を肥よくにする、(4)耕地の効率的な利用、(5)水確保技術の拡大や大気水蒸気の確保などが挙げられていた。
図4 オーストラリア主要農産物の2030年、2050年時点での減少割合予想 |
資料:ABARE「Managing Climate Change in the Farm Sector」 |
4.まとめ
オーストラリアの砂糖生産は、1990年代から2000年代前半までは政府による生産奨励やさとうきび作付制限に関する規制緩和もあり大幅に増加してきたが、その後は国際相場の低迷、異常気象、病虫害の発生、都市化やさとうきび農地の他用途への転用の影響を受けて近年下降傾向となっている。
現在好調なオーストラリア経済および穀物市況の影響下においては、さとうきびは必ずしも収益性の良い作物とは言えず、当分の間、さとうきび産業は他産業への人材の流出や農地の転用、品目転換という形で影響を受け続けるものと見られている。
一方で、ABAREによるオーストラリアの砂糖生産の見通しによれば、バイオ燃料や発展途上国の需要増大の影響により、砂糖の国際価格が一定水準で支えられるとし、それに対応する形でオーストラリアの砂糖生産は緩やかに増加するものとみられている。さとうきび生産者の経営は数年前までの国際価格低迷のため極めて厳しい状況であったが、今後大規模化が進むことによって競争力が増すとABAREは見通している。
また、ここ数年の生産量の減少は、天候不順の影響が見られることから、平年並みの気象条件であれば、生産量の増加が期待できると考えられる。
国際市場では、ブラジルなどとの競争が激化することや、為替レートや海上運搬費などの輸送費の変動によって砂糖産業の収益や競争力が大きく影響を受けることは避けられない。
オーストラリア国内で危機意識が持たれている温暖化による影響は、格別な対策が採られない限り、長期的に砂糖産業に対して生産量の減少などの大きな悪影響を及ぼすことが懸念されている。今後、政策誘導による温室効果ガス削減などの進展が望まれ、二酸化炭素排出権の取引環境の整備や再生可能燃料の振興による砂糖産業への恩恵も期待されるところである。
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