ホーム > 砂糖 > 海外現地調査報告 > タイさとうきび・砂糖の生産事情〜砂糖生産量は2年連続で高水準を記録〜
最終更新日:2010年3月6日
理事 | 北野 律夫 |
調査情報部 調査課 係長 | 井上 裕之 |
シンガポール駐在員 | 佐々木 勝憲 |
タイはブラジルに次ぐ世界第2位の砂糖輸出国であり、世界の砂糖需給に大きな影響力を持っている。また、わが国にあっては粗糖輸入量の約6割(2008年実績)を同国に頼っている。その反面、同国におけるさとうきび生産は、キャッサバやとうもろこしなどと強い競合関係にあることや気象条件の影響などから不安定な面もあり、砂糖生産量の変動幅が大きいこともまた事実である(過去5年間の砂糖生産量で50%近い増減がある)。
一方、砂糖の国際需給環境について見ると、インドなどアジア各国での砂糖減産予測を受け、タイの砂糖輸出産業は同市場に強い関心を示しており、このことによってわが国の粗糖輸入がどの程度影響を受けるのか注目される。また、タイは1984年以来、「さとうきび及び砂糖法」に基づく厳格な販売・価格管理体制を政策的に維持してきたが、本制度の運用状況や改正の有無についてもわが国の関心事項の一つである。
そこで、本稿では、2009年4月下旬に圧搾を終了した同国の2008/09年度(10月〜翌年9月)のさとうきび、砂糖の生産事情および来年度の生産見通し、また、生産の下支えとなっている政策の状況などについて、現地の聞き取りを交じえて報告する。
表1
調査先 |
注:製糖メーカーは3社について聞き取り調査を行ったが、名称については非公表とする。 |
(1)さとうきび、砂糖産業の概要
さとうきびは、北部、東北部、中部※1 と、南部を除く広域で生産され、これを原料に47の製糖工場で砂糖が生産されている。県別(行政区分)に見ると、北部ではナコンサワン県、東北部ではコンケン県、ナコンラーチャシマー県、中部ではカンチャナブリー県などが主要産地となっている。また、さとうきび生産者は約19万人、製糖工場など関連産業の従業員を含めれば100万人が従事しているとされており、タイ経済にとって重要な産業と位置づけられている。一方、一部地域ではさとうきび生産に利用できるかんがい施設が整備されているものの、大半の地域ではかん水を降雨に頼っていることから、生産動向は気象条件に大きく左右されることとなっている。
※1 タイにおける農業生産統計に関する地域区分については、図1の通りとなっている。
資料:農業協同組合省経済局(OAE) |
図1 タイの地域区分など |
資料:農業協同組合省農業経済局(OAE)「Agriculture Year book」 |
図2
地域別さとうきび作付面積の推移 |
(2)作付面積
2008/09年度の作付面積は、前年度比6.4%減の99万ヘクタールとなった。これは、前年度のさとうきび価格が低下し、一方で競合するとうもろこしおよびキャッサバなどの作物の価格が堅調に推移したことから、生産者のさとうきび作付け意欲が低下したためとみられている。地域別の作付面積の推移を見ると、東北部は、2002/03年度から2005/06年度まで減少傾向が続いていたが、その後ほかの地域に比べ生産コストが低いことなどを背景に増加に転じ、2007/08年度には40万ヘクタールまで回復した。しかし、2008/09年度については、タイ全体の傾向と同様減少に転じ、前年度比6.1%減の38万ヘクタールとなった。一方、中部については、減少傾向が続き、同6.9%減の34万ヘクタールと東北部との作付面積の差が徐々に広がっている。北部は、同6.2%減の27万ヘクタールと前年を下回ったものの、年度による変動は少なく横ばい傾向で推移している。
2009/10年度の見通しについてさとうきび・砂糖委員会事務局(OCSB)は、2008/09年度のさとうきび価格の上昇が見込まれることから、農家の生産意欲は向上するものの、とうもろこしやキャッサバなどほかの作物の作付けに大きな変化がないため、大幅な増加は期待できないとしている。また、2008年の降雨不足を背景に、苗の価格が平年の1トン当たり1,300バーツ(3,900円:1バーツ=3円で換算)から2,000バーツ(6,000円)程度まで上昇しており、高収量、高品質のさとうきび生産が期待できる新品種の苗を利用した作付面積の拡大も難しくなっているという。このため、2009/10年度の作付面積は、同2.0%増の100万ヘクタールとわずかな増加にとどまるとみている。
(3)さとうきび生産量 〜単収低下から前年度比9.3%減〜
さとうきび生産量(圧搾量ベース)は、2002/03年度に史上最高の7407万トンを記録したものの、2003/04年度以降は減少が続いた。その後、2006/07年度から増加に転じ、2007/08年度には7331万トンと2002/03年度に次ぐ高い水準となった。2008/09年度の生産量は、前年度比9.3%減の6646万トンと前年度をかなり下回ると推計されている。この理由についてOCSBは、2008年の生産において、(1)生育期に一部地域で降雨に恵まれず、新植した苗や株出し後の株の生育が順調ではなかったこと(2)原油価格上昇を背景に肥料価格が上昇し生産者が施肥量を控えたこと−などから単収が減少したとしている。
わが国でも、肥料価格の上昇が農業生産全般のコスト上昇の要因となっているが、参考にタイの肥料価格(高度化成・平均小売価格)の動向を見ると、同様の傾向を示している。1トン当たりの平均小売価格は、2007年10月には13,243バーツ(39,729円)であったが、その後急騰し、2008年10月には27,000バーツ(81,000円)と1年間で2倍程度の水準に達したことになる。このため、さとうきび生産者は、限られた費用の中で生産を継続するため、施肥量を低下させたとみられている。
一方、収穫期直前の最低気温が例年に比べ低下したことなどから、収穫されたさとうきびの品質は良く、CCS(可製糖率:さとうきびのしょ糖含有率、繊維含有率および搾汁液の純度から算出される回収可能な糖分の割合:単位はパーセント)が上昇し、収穫量の減少に対し、砂糖生産量の落ち込みの程度は小さかった(後述)。
2009/10年度の生産量についてOCSBは、2008/09年度のさとうきび価格が上昇したことから農家の作付け意欲は上向き、気象条件が良好に推移すれば増加が見込めるとしている。しかし、前述のとおりほかの作物との競合から、作付面積の増加は限定され、多くとも7000万トンと前年度を5%上回る程度と予測している。
表2
さとうきび生産量の推移 |
資料:タイ製糖協会 注:圧搾量ベース |
資料:農業協同組合省経済局(OAE) |
図3 肥料価格(高度化成・平均小売価格)の推移 |
(1)調査先概況〜中部地域最大の生産県〜
タイ中部地域の西部、ミャンマーに国境を接するカンチャナブリー県タームオン郡ノンタクヤー地区のさとうきび農家に、最近の生産状況を聞いた。同地区の農地面積は、4万8000ライ(1ライ=0.16ヘクタール)でそのうち約3万ライにさとうきびが作付けされている。政府による価格の保証を背景に昔からさとうきび生産が盛んであり、約2,000戸の農家のうち約半数はさとうきびを生産している。この地区には製糖工場は無く、隣接するターマカ地区の約40キロメートル離れた数カ所の工場へ販売している。さとうきびに次いで多いのがキャッサバととうもろこしである。また、少量であるがパイナップル、野菜も生産され、アスパラガスについては日本にも輸出されている。
なお、聞き取りを行ったサイチョン氏は、ノンタクヤー地区のリーダー(行政上の地区の長に当たる)であり、自らもさとうきびを生産する傍ら、地域では営農の指導者としても活躍している。
表3
調査先農家のさとうきび生産概況 |
資料:聞き取りにより筆者が作成 |
隣接したほ場で栽培されるさとうきび(左)とキャッサバ(右) (カンチャナブリー県タームオン郡ノンタクヤー地区、以下同じ) |
さとうきび、キャッサバに次いで栽培面積が多い とうもろこしのほ場 |
(2)2008/09年度の生産状況について〜降雨不足などから単収は低下〜
同地区は、春植えの作付け体系を採っているが、2008年の植付け時期から生育初期に当たる4〜5月は降雨に恵まれず、かんがい設備がないため立ち枯れをおこすものもあり、単収がやや低下し、生産量は昨年度に比べ低下したという。同地区のおおよその単収は、1ライ当たり8〜10トンと幅があり、かん水を降雨に依存する典型的なタイのさとうきび生産地域といえる。また、同地域でも肥料価格は、最高で平年の2倍程度に上昇し、施肥量を約半分に抑えた時期があり単収に悪影響を与えた。
(3)生産サイクル
さとうきびの生産サイクルは、図4のとおりであり、植え付け、施肥(追肥)、防除、収穫は雇用労働により行われている。訪問時には植え付けが終了し、防除作業が行われていた。
現在、3年前に新たに導入した分けつが多く高糖度のLK9211という品種が植え付けられている。新品種の苗の導入に当たっては、農家が農業協同組合省などにより年に数回開催されるセミナーなどで情報収集を行い、地域農家との相談や既に利用している農家の経験などを基に行う。また、株出しは原則3回行っている。
追肥は、植え付け前と新植または株出し後3カ月以内に行い、施肥後に土壌に浸透するよう降雨があることが望ましいとしている。施肥に際しては、年に一回実施される農業協同組合省の土壌診断の結果を参考に、不足する成分を与える。畑作物研究所によれば、農家の栽培管理レベルが一定ではなく、施肥量の不足や過剰が見られるとしている。このため、年1回の土壌診断は、この問題を解決するための一つの手段となっている。
アネク氏によると、2009年4月〜5月は前年に比べ適度の降雨があったことから、新植、株出しとも生育状態は良く、現段階においては来年度の収穫量の増加が期待できるとしている。
資料:独立行政法人農畜産業振興機構「砂糖類情報2007年6月号」をもとに聞き取りにより作成 |
図4
中部地域のさとうきび生産サイクル |
手動の農薬散布機を利用した防除作業
|
新植のさとうきびほ場 |
(4)収穫方法とコスト
収穫は、機械(ハーベスタ)と手刈りを併用している。ハーベスタは製糖工場が所有しており、農家は有料で収穫作業を委託し、また、手刈りについては農家が労働者を雇用して行っている。収穫に要する費用は、ハーベスタの場合にはオペレーターおよび燃料費込みでさとうきび1トン当たり130バーツ(390円)、手刈りの場合には同100バーツ(300円)に加えトラックへの積み込み作業に同60バーツ(180円)が加算され合計同160バーツ(480円)となる。このため、収穫コストを低下させるためには、ハーベスタによる収穫が理想ではあるが、道路の状況、耕地の規模および土壌の状況(水分)などによっては機械や運搬車が入ることができないため、手刈りをせざるを得ないという。収穫前のさとうきびの葉などの焼却(火入れ)は同地域では行われていないとのことである。火入れは、主にさとうきびの丈が高くなるかんがい地域において、その収穫を効率的に行うことが目的であり、同地区ではかん水を降雨に頼った栽培であることから、実施していないということであった。
製糖工場までの輸送費は、さとうきび1トン当たり140バーツ(420円)で約40キロメートルまでは同一の料金である。なお、運搬用のトラックは、ハーベスタと異なり製糖工場所有ではなく、生産者自らが手配している。
(5)さとうきび代金の決済方法
同地区で収穫したさとうきびは、前述のとおり隣接する地区の製糖工場に販売している。製糖工場は複数あるため販売先の変更は可能であるが、サイチョン氏によれば、30年以上取引のある工場に毎年販売しているとのことであった。
代金の精算方法については、次の手順で行われる。
(1)前渡し金の受け取り
例年収穫開始前(10月頃)、取引先製糖工場が発行するチェック・キアウと呼ばれる、小切手を前渡し金として受けとる。前渡し金は、販売量見込み(前年度販売量)および政府が収穫前に決定するさとうきび買入価格(期首価格)に基づき算出される予測販売額の半額である。
前渡し金=さとうきび販売見込量×買入価格(期首価格)÷2
(例1)1シーズンに500トンの販売が見込まれ、期首価格が1トン当たり800バーツの場合、500トン×800バーツ/トン÷2=200,000バーツの前渡し金を受け取ることになる。
(2)小切手の換金
チェック・キアウは翌年1月7日付けで発行されているため、大部分の生産者は金融機関などで割り引いて換金し、肥料や収穫などの費用に充てる。資金に余裕のある一部の生産者は1月7日を待って満額受け取る場合やほかの生産者の小切手を買い取って資金運用を行う場合もある。
(3)搬入量に応じた代金受け取り
さとうきびの搬入開始後は、15日ごとに製糖工場が搬入量、CCSを集計し、前渡し金見合い額を差し引いた額を受け取ることになる。
販売代金=搬入量×買入価格(期首価格)−搬入量/販売見込量×前渡し金(控除額)
(例2)例1の条件で、15日間の搬入量が50トンの場合
50トン×800±αバーツ/トン−50トン/500トン×200,000バーツの販売代金を受け取る。
製糖工場は、生産者のほ場を随時チェックし収穫量を予測しており、販売量が前渡し金の算定時より下回ると見込まれる場合には、控除額が高くなり収穫終了時には過不足なく支払いが行われるという。製糖工場の買入価格はCCSに応じて決定されており、10%を基準に金額が加減される。なお、製糖開始期の1回目の搬入については、基準を下回っても、価格をマイナスされない場合もあるという。この時期は、刈入れを行う東北方面からの出稼ぎ労働者が地元で米の収穫を行っているため、労働者が集まらずさとうきびの収穫量が伸びないため、製糖工場が製糖を開始した段階により多くさとうきびを集め生産効率を上げることを目的としてこのような対策を実施している。
(4)製糖終了後の代金精算
製糖終了後に政府が砂糖生産に係る年間収益から算出されるさとうきびの期末価格を決定し、最終的に年間の精算が終了する。なお、期末価格が期首価格を上回った場合は、追加分を小切手で受け取る。また、下回った場合でも農家は製糖工場へ代金を返還しない。
(6)さとうきびほ場の状況
サイチョン氏のさとうきびほ場を見る機会があったが、約400ライ(64ヘクタール)のほ場が農道などを含め整備されており、恵まれた農地規模と言える。新植、株出しとも、良好な降雨から一面青々としたさとうきび畑が広がっており、また、ほ場周辺の草刈りが丁寧に行われていた。このように適切な管理については、サイチョン氏が地域の営農の指導者であるからこそ可能だと言えるのかもしれない。
また、周辺の農地を見ると、何らかの作物が栽培されており、前述のOCSBの指摘どおり、同地域においてもさとうきびの作付面積拡大およびこれによる増産は容易ではないことが推測できる。一方、アネク氏によれば、かんがい施設とスプリンクラーを利用したさとうきび栽培が可能になれば、単収が5割程度上昇することもあるという。このことから、今後のさとうきびの増産は、かんがい用水などの施設を含む栽培・管理技術の向上に伴う単収の増加に頼ることになるとみられる。もちろん、かんがい施設の整備などには莫大なコストと時間がかかることから、短期的には、気象条件がさとうきびの生産量を決定する最大のポイントとなるであろう。
生産者のみなさんと調査チーム、背景は株出し2回目のさとうきびほ場 |
(1)生産
2008/09年産の砂糖の生産量(粗糖ベース)は、719万トン(推計値)と史上最高を記録した前年度の774万トンを7.1%下回ったものの、2年連続の高水準となっている。OCSBによると、さとうきびの糖度が高く平均CCSで12.28%(前年度比1.28%高)と高品質であったことから、さとうきび1トン当たりの砂糖生産量は108.13キログラムと前年度の同106キログラムを上回ると推計している。
(2)輸出
2008年の砂糖輸出量(粗糖ベース)は、2007/08年度の砂糖生産が史上最高を記録したことから前年比8.0%増の505万トンに増加した。仕向け国別に見ると、前年に続きインドネシアが最大で、同国での需要増加を背景に同17.7%増の167万トン(シェア33%)となり、日本向けが同63.5%増の92万トン(18%)とこれに続いた。
今後の輸出見通しについてOSCBは、需要面では(1)インドにおける大幅な砂糖減産(2)中国における砂糖減産および景気回復に伴う需要の増加(3)東南アジア地域の砂糖減産―など、一方、供給面ではタイの国内需要が安定している中、2年連続で生産量が増加していることなどの要素を挙げ、輸出量は増加するとみている。
また、世界最大の砂糖輸出国であるブラジルの大増産の見込みについて製糖メーカーは、タイの主要輸出先であるアジア地域での需要は、現段階で強まっている中、ブラジルの2009/10年度の生産開始が5月であること、アジア地域までの輸送距離がタイに比べて長いことなどを考慮すると、短期的にはタイの輸出競争力は高いとみている。インドに対する輸出を例に挙げると、ブラジルの2009/10年度産の輸出開始は製糖開始後から約3カ月、船上輸送に約1カ月、インド国内の物流でさらに期間を要するため、この点でタイが有利と予測している。加えて、原油価格の上昇を背景に、海上運賃(フレート)は上昇に転じており、ブラジルからインドへの輸送コストを削減するためには、3〜5万トン級の大型貨物船を用意する必要がある。また、これだけの量を買い付けるだけの信用(資金)のある企業がインドにあるか疑問であると語っていた。このような状況から、タイの製糖メーカーの多くは、既に粗糖として生産された製品の再溶糖により白糖を製造し、インドへ輸出する動きが活発になっているという。
なお、中国からの引き合いも、確実に強まっていることが調査先での一致した見解であった。これを裏付けるように、ある製糖メーカーに対しては、中国系のバイヤーから連日のように商談の依頼が入っているとのことであった。また、タイさとうきび・砂糖公社(TCSC)※2 が2009/10年度産(来年度産)の入札を5月19日に実施したところ、中国系のバイヤーがかなりのプレミアムを提示し、最大の数量を落札した。同国では砂糖の減産が報じられており、また、景気回復が緩やかに進む経済情勢を考えると、今後の動向が注目される。
※2 Thai Cane Sugar Corporation:さとうきびおよび砂糖関連政策の実施機関である「さとうきび・砂糖委員会(TCSB)」傘下の輸出担当組織
資料:タイ製糖協会 注1:さとうきびは圧搾量ベース、砂糖は粗糖ベース 2:2008/09年度は推計値、2009/10年度は予測値 |
図5 さとうきびおよび砂糖生産量の推移 |
資料:米国農務省(USDA)「Thailand
Sugar Annual2009」 注:粗糖、白糖、精製糖の合計であり、粗糖ベース |
図6 輸出量の推移 |
(3)日本向け輸出の見通し
アジア各国での需要増に伴う日本向け輸出への影響について聞いたところ、OCSBは今後も安定的な供給が可能との見解であった。しかし、タイ製糖協会※3 や製糖メーカーにおいては、日本向けの粗糖について、次のような意見があった。
(1) | 一般的な輸出用粗糖に比べ品質に関する条件が多く、製造管理が困難である。 |
(2) | 製造工程を変更する必要があり手間がかかる。 |
(3) | 製品を保管するための工場内サイロや輸出港の倉庫などを一般的な輸出用粗糖とは別々に確保する必要からコストが上昇する。 |
このように、製糖メーカー側では、日本向けの製造に対して幾分否定的な意見はある。一方で日本から求められる条件にあった粗糖の製造、輸出が可能な国はタイを含め数カ国であることを承知しており、コストや手間がかかるものの、日本の輸入粗糖市場の半分以上を占めることができるメリットは大きいと考えている。
※3 タイの全47カ所の製糖工場の出資により設立された、製糖工場の統計管理、情報収集などを行う団体
表4
インド、中国の砂糖生産量(粗糖ベース)の推移(単位:千トン) |
資料:独立行政法人農畜産業振興機構、LMC
International
Ltd. 注:推計値である |
(4)カンチャナブリー県の製糖メーカーの概況
(1)生産
カンチャナブリー県ターマカ郡の中規模の製糖メーカーで、2008/09年度の生産状況を聞いた。1968年創業で年間の圧搾量は100万トンを目標としており、2008/09年度の圧搾量は、前年度比9.8%減の91万トンとなっている。圧搾量は減少したものの、収穫前の寒暖差が平年に比べ大きかったことから、さとうきびの糖度が上昇し歩留が向上したため、砂糖の生産量は10万5000トンとなっている。
同社はハーベスタを22台所有しており、さとうきび収穫を代行している。1台当たり年間1万トンの収穫をすることが可能であり、合計で約22万トンとなる。現状のハーベスタの整備状況では、目標圧搾量100万トンを達成すると約22%が機械収穫で残り78%が手刈りということになる。手刈りのうち約3割について火入れを行っている。火入れは、さとうきびの品質の劣化や環境負荷が大きくなるが、ハーベスタが入れない農地もあることなどから、効率的な収穫を考慮するとやむを得ないケースもあるとしている。
また、同社は、周辺農家の栽培技術の向上を図る取り組みも行っている。タイでは、農家がさとうきびを生産し製糖メーカーが買い取る方法が一般的であり、ブラジルのように製糖メーカーが自社で農地を所有する形態は少ない。しかし、同社では、集荷するさとうきびのうち約6%分(収穫面積ベース)を自社で生産している。これは、製糖メーカーが先進的な栽培管理を行うモデル農場を作り、周辺の生産者に高品質のさとうきび生産を普及させることが目的となっている。そのため、同社所有農地は複数個所に分散しており、より多くの生産者がモデル農場を見学することができるように配慮されている。同社によれば、自社生産の農地面積を20%まで高め、さとうきびの品質の向上を図っていきたいとのことであった。また、自ら農地を所有することにより、原料の安定的な確保を図る効果も期待している。
(2)輸出
調査時においては、バンコク港へ向けて輸出向け粗糖の出荷が行われていた。同工場の倉庫の保管能力は粗糖が4万トン、白糖が6万トンあり、年間生産相当量をほぼ保管することが可能である。輸出の際は、工場からバンコク港の倉庫へトラックで輸送される。工場の倉庫の保管能力が十分あることから、積出港の倉庫の利用を最低限にとどめ、輸送・保管コストの削減を図っている。国際価格の上昇を反映して、5月から輸出価格が上昇を始めていることから、収益の向上に期待しているとのことであった。
日本向け輸出の有無について聞いたところ、日本向け粗糖の生産を6年前に中止しているとのことであった。この理由は、前述のタイ製糖協会で出た意見とほぼ同じであり、保管コストの問題と製造工程の切り替えの手間を挙げていた。
バンコク港へ向けて出荷される粗糖 |
(1)さとうきび及び砂糖法に基づく政策の概要
タイのさとうきびおよび砂糖関連政策は、1984年に制定された「さとうきび及び砂糖法」に基づいたものである。最終的な政策決定は、工業省、農業協同組合省、商務省の手続きを経て内閣が承認し、執行機関であるさとうきび・砂糖委員会(TCSB)により実施される。
まず、政策の基本的枠組みを紹介したい。なお、詳細については、当機構「砂糖類情報2007年6月号:タイにおける砂糖およびバイオエタノール産業の発展と政策動向について(2)〜エタノール生産やFTAの進展を受け、20年以上続いた砂糖政策も曲がり角に〜」をご覧いただきたい。
(1)収益分配方式
さとうきび、砂糖関連産業から得られる収益を農家、製糖メーカーに対し、それぞれ7:3に分配することとされている。
(2)さとうきびおよび砂糖価格の決定(行政価格)
・さとうきび買入価格(製糖メーカー買入価格)
TCSBが、当該年度の製糖メーカー買入価格について、前年度における砂糖産業全体の収益に基づき製糖が開始する前に期首価格として決定する。製糖が終了すると、全ての収益を集計し、(1)に基づいた期末価格を決定する。期末価格が期首価格を上回った場合には、製糖メーカーは価格上昇分を生産者に精算払いする。逆に下回った場合には、製糖メーカー、生産者の拠出金からなる「砂糖基金」から製糖メーカーへ赤字分の融資が行われる。
・国内砂糖販売価格
同様に、製糖メーカーの国内向け砂糖販売価格も決定される。なお、この価格は、(1)の収益計算を行う際の砂糖の単価として利用され、実際のメーカー販売価格とは異なる。つまり、この価格で計算された収益の7割は生産者に分配されるため、メーカーはこれ以上の価格で販売することが理想であるが、国内需要が低下した場合などは、やむを得ずこの価格より値下げして販売することもあり得る。
(3)割当(クオータ)による販売管理
製糖開始前に、表4のとおり全体のクオータが決定され、前年の実績などを基に各製糖メーカーに割り当てられる。各メーカーはクオータに応じて製品を販売し、AクオータおよびBクオータの販売量については、TCSBに報告され、厳格に管理されている。
(2)最近の政策運営の状況
(1)砂糖価格〜Aクオータ価格は30%以上の引き上げを決定〜
2008年5月、TCSBは内閣の承認を受け、さとうきび及び砂糖法が制定されて以来2回目となるAクオータ価格の引き上げに踏み切った。1キログラム当たりの白糖、精製糖の価格は、それぞれ前年度より5バーツ(15円)高い、19バーツ(57円)、20バーツ(60円)と30%以上の値上げとなった。値上げの背景についてタイ製糖協会は、砂糖基金の赤字の解消を挙げている。同基金については、以前から巨額の赤字が問題となっていたが、2006/07年度の期末価格が期首価格をかなり下回ったため、融資額が膨らみ赤字が拡大していた。同協会によれば、2008年1月時点で赤字額は約120億バーツ(360億円)に上ったとしている。この状況を憂慮した政府は、生産者および製糖メーカーの基金への拠出金を増額させるために、価格の引き上げを決定したとの見解であった。この点についてTCSBで聞いたところ、価格の引き上げは、表向きは生産者の所得向上を目的としながらも、基金の赤字解消が意図されていることを認めている。なお、Aクオータ価格の値上げ分は、製糖メーカーから全額が砂糖基金に拠出される。
表4
クオータの種類と仕向け先など |
※40万トンはTCSB
傘下の輸出公社(TCSC)に割当、残り40万トンは製糖メーカーに割当 資料:独立行政法人農畜産業振興機構「砂糖類情報2007年5月号」および聞き取りにより作成 |
(2)さとうきび価格
2008/09年度のさとうきび1トン当たりの買入価格についても、期首価格はAクオータの価格に連動して前年度比30%高の830バーツ(2,490円)と決定された。OSCBによれば、国際価格の上昇などを背景に期末価格は史上最高の1,000バーツを超えると予測しており、砂糖基金への拠出割合は、現時点では関連産業の総収益の0.81%(0.31ポイント高)に上昇するとしている。
(3)現政策の課題と法律改正の可能性
(1)課題
同法は制定から20年以上を経過しており、さとうきびおよび砂糖生産をめぐる事情の変化に伴い、いくつかの課題が浮かび上がっている。
・新たな収益源の発生
法律制定当時は、さとうきびからの生産物は砂糖と糖みつであり、これを販売することによって発生する収益を生産者と製糖メーカーへ分配することを基礎としていた。しかし、近年、エタノール生産やバガスを利用した発電(売電)を行う製糖メーカーが現れ、これらの収益については、法律の適用外であり、生産者への分配が行われていない。
・砂糖基金の赤字の常態化
政府が決定するさとうきび買入価格については、期末価格が期首価格を下回った場合、生産者と製糖メーカーの収益の分配割合を7:3になるように、製糖メーカーに対して砂糖基金から融資が行われる。融資という形を取りながらも返済は行われず、収益に対する一定割合の拠出金で赤字を解消しようとしており、実質的には補助金の色合いが強い。砂糖基金は、生産者と製糖メーカーの両者の拠出金で構成されており、民間運営の形態をとっているが、同基金の赤字が発生した場合には政府系の農業銀行からの借入れが行われている。このため、砂糖の国際価格が低下すると期末価格が低下し、基金の赤字が増加するという構造的な問題がある。
また、期首価格は製糖開始前に算出され、予想収益から算出されるさとうきび価格の8割以上と定められているが、実際には9割以上の水準で価格が決定されていることも問題を深刻化させている。
なお、現在進められている拠出金増額による基金の赤字解消対策は2年間で完了することとしており、Aクオータ価格の5バーツ引き上げも2年間の期限付き措置としている。そのため、砂糖価格の値上げによって調達コストが上昇した飲料メーカーなどのユーザーや消費者から批判が起きるなど、今後の価格動向に注目が集まっている。
・砂糖価格の内外価格差
Aクオータの価格決定が年に1回であり、また、国内の砂糖小売価格は、政府の管理品目であることから硬直的となっており、国際価格の影響を受けない。そのため、砂糖の小売価格は、国際価格の動向次第で、近隣諸国とかなりの価格差が発生することがある。この価格差が大きくなると、タイと近隣諸国の間で非合法な輸出入がなされることが問題になっている。2008/09年度にAクオータの価格の引き上げが決定された結果、Cクオータで一度輸出された砂糖が、再びタイ国内に逆輸入される事例があるという。なお、最近の国際価格の上昇からそのような事態は収束しつつあるが、価格が固定される現行の仕組みでは同様の事例の発生は今後も避けられない。
(2)法律の改正はありうるのか
現行の政策の課題を何点か挙げた。これらを解消するため、法律の改正の議論がされているのかOCSBに聞いたところ、現段階では検討は進んでいないということであった。議論が停滞している要因として、(1)2008/09年度にさとうきび期首価格を引き上げたことから生産者の収入が上昇し、改正の要望が弱まっていること(2)エタノール製造メーカー(製糖メーカーと同一の場合もある)は、法律により分配が規定される収益に、エタノールの原料となる糖みつが含まれていることから、生産者には既に利益が分配済みとのスタンスを取っていること(3)政情が不安定で、政権交代が頻繁に行われ、担当大臣も交代してしまうこと−などを挙げている。
製糖協会が法律の改正について製糖メーカーにアンケートをとったところ、政策決定に3つの行政機関が関わるため、価格など各種の政策決定に時間を要することから、所管行政機関の一本化やTCSBに対する承認手続きの簡素化など事務的な内容の改正を求める声があった。しかし、同協会では、TCSB内での生産者と製糖メーカーの意見の調整、3省での調整と手続きおよび内閣での最終的な決定手続きを考慮すると、法律改正には約5年の歳月を要するとみている。
このため改正の議論が停滞している現状からすると、法律はしばらくの間は改正されないと考えられる。
タイの砂糖生産量は、さとうきび生産量が減少しながらも2年連続で700万トンを超える水準を記録しており、国内需要を200万トンとすると、砂糖の輸出余力は十分にあるとみられる。これに対し、周辺のアジア各国が減産と経済回復に伴う需要好転のギャップに苦しむ中、前年を下回ったとはいえ平年に比べ高水準の砂糖生産に恵まれたタイ製糖業界では、輸出市場において有利な取引が可能となっていることから、同市場での収益向上への期待が高まっている。
しかし、さとうきびの生産量は、作付面積の制約から今後大きく伸びることは期待できない。品種の改良や栽培管理技術の向上により単収を増加させる方法も考えられるが、現状では依然として降雨量など気象条件に大きく左右される生産環境となっており、増産への展望は不透明である。
また、生産を下支えする「さとうきび及び砂糖法」の改正の議論も停滞しているため、現状の政策の枠組みは継続するとみられる。このため、現状の政策運営は、国内の砂糖販売価格を比較的高く設定し、さとうきびの再生産が可能な収益を確保するとともに、輸出市場における収益を高めていくことを目標としている。
EUに対して砂糖市場の開放を迫ったことからも分かるように、タイは、米国やわが国に対してもさらなる市場の開放を望んでいる。その一方で同業界は、わが国のさとうきび生産および関連政策については一定の理解を示している。これは、タイにとってわが国の粗糖市場がほかの輸出国との競合が少ない、有利な市場であるとの判断からであると考えられる。わが国が地理的にもっとも近い砂糖輸出国であるタイに粗糖輸入量の半分以上を頼っていることを考えれば、わが国の現状に理解を示すタイの砂糖産業とは、今後も良好な関係が継続することを期待したい。
参考資料
タイ農業協同組合省経済局「Agriculture Year book」
タイ気象省「Monthly Weather Summary in Thailand」
米国農務省「Thailand Sugar Annual 2009」
財務省「通関統計」
農林水産省統計部「農村物価統計」
独立行政法人農畜産業新興機構「砂糖類情報2007年6月号」
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