ホーム > 砂糖 > 海外現地調査報告 > 米国新農業法施行後の砂糖市場〜第26回国際甘味料シンポジウムから〜
最終更新日:2010年3月6日
2009年8月3日から5日まで、米国ユタ州パークシティにおいて、米国砂糖連盟主催による第26回国際甘味料シンポジウムが開催された。
今年は、「米国新農業法」、「砂糖市場」、「エネルギー」および「貿易関与」がシンポジウムのテーマとして取り上げられた。
今回、米国の新しい農業政策、砂糖市場、国際相場の上昇、連邦政府の予算圧力およびメキシコとの砂糖貿易を背景として開催されたシンポジウムにおける情報を基に、現在の米国砂糖市場の概要および関心事項を報告する。
2008年6月18日に発効した米国の新農業法は、ブッシュ政権時に成立したものであるが、農業団体、議会および政権内部の間で対立があったため、成立には相当の時間を要した。
新農業法は、国際貿易協定への対応、エネルギー政策並びに環境政策が追加されることで様変わりしたが、農業政策の基本的な枠組みは、固定払い、不足払いおよび融資不足払いを根幹に2002年農業法からの継続となり、財政面では、政府負担の増加を認めない姿勢が貫かれた。
砂糖政策は、新農業法において、価格支持政策、販売割当、関税割当の骨格は維持されつつ後述のとおり見直しが行われ、バイオエネルギー向けへの販売義務、国内販売割当方式の変更などがあった。このことについて、米国砂糖連盟等の生産者団体は、ほぼ理想的な形で決着を見ることが出来たと評価している。
さとうきびとてん菜は貯蔵性がないことから、担保物件は砂糖、融資対象者は製糖業者とされており、原料作物の生産者は、この融資制度を利用する製糖業者に出荷することを通じて間接的に支持される仕組みとなっている。
また、この価格支持制度は、期末に担保価値が融資額を下回った場合、融資を受けている者は担保である砂糖の没収を受けることにより返済を免除される仕組みとなっている。
図1 米国新農業法における砂糖政策見直しのポイント
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PIKとは、Payment in Kindの略称で、減反面積に応じてCCC所有の在庫砂糖を減反報奨金の代わりに支給し、農家はそれを市場で販売できる制度である。
新農業法では、作付済みのてん菜・さとうきびを減反の対象とする場合は、バイオエネルギー用に販売されなければならないこととされた。
新農業法では、これまでの数量割当から、消費量に対するシェアを基準にした割当となった。これにより、前年度の8月に決定したOAQ(砂糖の年間推定消費量)の85%を食用として製糖事業者に対して割り当てられることとなる。*1 OAQ:Overall allotment quantity、USDA(米国農務省)がWASDE(世界農産物需給予想)で公表する予想値。
(参考)2009年の推定消費量:923万5250ショートトン(1ショートトンは約907kg)。
新農業法でも、粗糖と精製糖に関して、国際貿易協定に従い、最低水準(年間推定消費量の15%に相当)の関税割当を行うという輸入管理の基本的な枠組みは変わらないが、災害など緊急事態の場合は、4月1日を基準日にして割当数量を増やすことが可能。割当が不十分であれば、再割り当ても可能となった。国内市場が拡大し、ローンプログラムの融資において債務不履行が発生しないと判断されれば、粗糖の関税割当を増やすことが出来る。
新農業法においても、てん菜およびさとうきびの経営安定に資するため、倉庫および製糖設備の建設若しくは増強を行う製造事業者に対して融資を行う制度は継続されることとなった。
NAFTA(北米自由貿易協定)により2008年からメキシコの砂糖を無税・無枠で輸入することが認められたため、砂糖の国内価格暴落を防ぐために新農業法で新たに導入された。この制度では、仮にメキシコからの輸入量が国内需要量を上回った場合、その余剰分を食用ではないエタノール用へと転用することとなる。
余剰が発生した場合、CCCは入札を行い、エタノール製造業者へ売り渡す砂糖の数量を発表することとなる。この砂糖は、粗糖、精製糖、精製過程の製品すべてが対象となり、米国内の市場取引者すべてが購入できる。ただし、製糖業者が販売できる数量は販売割当の範囲内である。
財政負担については、入札で差損が生じた場合の費用負担にとどまるため、ローンプログラムの債務不履行の場合ほどではないが、コストがかかることに違いはない。このプログラムの実績はまだ無いため、実効性について疑問視する声もある。
USDA/FSA(農業サービス局)のアナリストのバーバラ・フェクス氏によれば、米国の新しい砂糖政策に対して、賛否両論の見方があるとしている。新農業法において、砂糖生産者団体が評価しているという事実は、すなわち高いセーフティネットが張られているということであり、転じて、財政負担のリスクは高まったとも言えるからである。
また、2008年の米国の需給については、年初の米国の精糖工場爆発事故などは、結果として供給能力の低下という形で米国の砂糖市場をゆがめてしまった要因とみている。
一方、米国内の需給管理という点からは、新農業法により国内シェアを生産者に保証することに引き替えて、余剰砂糖に対して緊急時以外食用に使用できないこととなった。
その他、ペソの暴落、世界金融危機、ハリケーンの相次ぐ襲来、さらに、一部の地域では干ばつなど、いずれもUSDAの範疇を超えた出来事が生じた。フェクス氏は、中でもNAFTA条項下でのメキシコ産砂糖の予想外の大量輸入という事態が大きく影響したとしている。
表1 米国の09/10需給見込み
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単位:千ショートトン
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出典:USDA(WASDE:世界農産物需給予想)
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米国の09/10年度(10月〜9月)砂糖の生産量は、ルイジアナの甘しゃ糖減産分をフロリダの甘しゃ糖とてん菜糖の増産分が相殺する見込みである。砂糖の消費量は堅調であるが、輸入は相場の高止まり感とTRQの不足感から08/09年度に比べ減少するとみられる。これにより、期未在庫は低水準となる見込みである。
単位:千トン
出典:USDA(米国農務省) |
図2 07/08世界の分みつ糖消費量
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出典:USDA(2009.8)
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図3 砂糖消費量の推移
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出典:ASA(2009年)
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図4 米国の甘味料産業地域
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米国の砂糖需要は、2006年以降増加をたどっているが、米国砂糖協会らが近年取り組んできた「ナチュラル」をキーワードとした消費者キャンペーンが効果を上げてきているとみられる他、同協会は新たなメディアとして、フェイスブック*2、ツイッター*3などのソーシャルネットワークも活用していく予定である。
砂糖の消費量増加のけん引役は実需であり、特に飲料向けの用途が伸びている。
さらに、米国における菓子類の年間売上高を見ると、首位の炭酸飲料が171億ドルとなっており、2位のポテトチップ111億ドルを大きく引き離していて、実需のけん引役であることを物語っている。
なお、異性化糖の需要については、健康面に関するネガティブな報道のため、引き続き減少する見通しである。
また、農業向け大手金融機関(Co Bank)の上級副社長キャンディス・ロパー氏によると、世界金融危機後、米国の主要金融機関の多くは、信用貸し付けに消極的である中で、農業向け金融は、金融危機の影響を最も受けなかったことから、畜産、バイオエタノールを除き比較的安定しており、2009年3月末現在の貸付残高は、11億ドル以上となっている。特に砂糖業界に対する貸し付けは、世界的に砂糖価格が上昇していること、契約により栽培されており生産環境が健全であること、および、政府及びWTOなどの貿易協定によって需給がコントロールされていることから良好であると見込まれる。この様に、農業生産の円滑な環境は整っていると見ている。
また、米国・メキシコ間の砂糖の輸出入の背景を別の面から見てみると、砂糖消費増加のけん引役である飲料向けなどの実需者は、メキシコ・カナダの砂糖価格が米国内より安いため、メキシコから大量の輸入が生じており、その結果、砂糖の安いメキシコ・カナダへ飲料向け工場などがシフトしてしまうことで、米国内の砂糖消費の牽引役が他国へシフトしてしまうこととなると主張する者もいる。
そこで、ASAの行った調査に基づき、製菓業の製造コストを北米圏で比較してみると、米国を100とした場合、砂糖や設備費用はメキシコ、カナダとあまり大きな差がないのに対して、賃金、健康保険、下水など、固定費などにかかる費用ではメキシコ、カナダが米国に比べ低レベルとなっており、飲料向け工場のメキシコ・カナダへのシフトの原因としては砂糖の価格面からの要素は少ないとみられる。
*2 フェイスブック:米国のソーシャルネットワーキングサービスのひとつ。日本では、「ミクシィ」が有名。
*3 ツイッター:「つぶやき」という意味のコミュニケーションサービス、短文をつぶやくように書き込んでゆくもので、ブログとチャットの中間にあるとも言える。
出典:Buzzanell & Associates,Inc.(2009.8)
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図5 北米製菓業製造コストの比較
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出典:ハーシー(2008年)
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図6 2008年米国の菓子類売上高
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図7 米国の異性化糖需要の推移
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出典:USDA(2009.8) 注 :リーマンショック前の値は12ヶ月の合計。 リーマンショック後の値は統計資料が8月までのため、11ヶ月の計である。 |
図8 米国砂糖輸入の推移(メキシコ) |
2008年1月をもって、メキシコからの砂糖輸入はNAFTAに基づき無税(無税枠も無くなった。)となった。USDAは、08/09年度のメキシコからの砂糖輸入が約50万トンに達すると見込んでいたが、実際はその2倍以上の約120万トンとなった。
図9 メキシコペソ為替レート
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表2 メキシコの09/10需給見込み |
単位:千メトリックトン |
出典:USDA(WASDE) |
このように、USDAは輸入数量の見込みを大幅に誤ったが、メキシコにも誤算があった。メキシコは、国内の砂糖生産が増加するという見込みに基づいて米国へ大量に輸出したが、実際には増産とはならず、国内で砂糖が不足した。メキシコ側は、国内の不足分を補うために、他国からより安く砂糖を輸入した結果、利益を得ることとなった。
USDAは、これはNAFTAの抜け穴の結果であるとしているものの、メキシコ側の説明は異なり、故意に利益を得たわけではなく砂糖の生産見込みを誤ったためと主張している。
メキシコからの大量輸入及びメキシコの生産見込みの誤りに対処するため、メキシコにおける砂糖生産流通データ管理システムの改善が、現在、両国政府連携で推進されている。
メキシコ国内では、原油高、ペソ安により燃料、肥料等の製造コストが上昇するため、砂糖の生産は伸び悩むとみられる。全体の消費は経済成長が引き続き見込まれるため、堅調であるものの、消費の伸びは異性化糖が吸収すると見込まれている。
USDAは、北米圏における砂糖の期未在庫の適正水準を設定しているが、2009年度の期末在庫数量の見込みは米国で83万6000トン、メキシコで84万3000トンとなっており、いずれも適正水準を大きく下回っている。
表3 2009年度北米圏の在庫水準
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単位:千ショートトン
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出典:USDA(2009.10)
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砂糖の在庫率は、米国・メキシコ両国ともに低く、今後しばらく、砂糖供給量がタイトな状況が続く見通しであり、USDAも関税割当の追加を要望する声は今後も増えると見ている。
また、USDA/FAS(海外農業サービス局)次官ジェームス・ミラー氏によると、TRQに関しては、慎重な状況分析が継続されており、本年度中に拡大される可能性が示唆された。
さらに、NAFTA協定に関しては、USTR(米国通商代表部)との連携のもとに、WTOを含むすべてを駆使して、公正な国際市場構築を目指すとしている。
今回のシンポジウムの最終日に当たる8月5日、実需23社の連名による書簡が、ビル・サック農務省長官へ送られ、これに対する反論として、全米砂糖協会が8月19日付ウォールストリートジャーナル紙に意見広告を掲載した。
この書簡の内容は砂糖が不足して、いずれ雇用不安に陥るという強い口調のものとなっているが、全米砂糖協会は、実際には「砂糖の市中在庫はある」と見ている。砂糖業界では、同協会と同じ見方をしているものが多いのではないかと思われる。
(書簡の要旨)
(全米砂糖協会の意見広告の要旨)
2009年米国第111議会(2009―2010年)において、オバマ政権の最重要事項のひとつである医療制度改革法案が審議中である。
報道によれば、同法案において、これまでの議会運営は必ずしも大統領の目論見のとおりには進んでこなかったと言われているが、先般、上下両院の委員会を通過したことから、今後、ゆっくりではあるものの成立に向けて、法案審議が進むのではないかと報じられている。
また、この法案が可決されれば、10年間で最大1兆ドル(=下院の案。上院の案では6000億ドル。)とも言われる財源の問題がセットとなって表面化することとなる。さらに、ブッシュ政権時代に可決した大型減税(2001.7〜2010.12)も2010年には失効するので、延長しなければ結果的に大型増税となってしまう。そのため、延長法案を提出するか、米国が2010年度までに景気後退から脱却しなければ財源を議論する環境に不安が残る。
財源については、一部で、医薬品業界が800億ドルの財源に協力する(病院へのリベートを減らすことにより確保する案。)との話もあるが、砂糖業界にとって最も懸念されるのは、炭酸飲料に課税するという提案である。
炭酸飲料を課税対象とする理由は、砂糖類の過剰摂取は健康被害の元であり、医療費増大の原因なのだから、そこに財源を求めるという過激なものである。1缶当たり10セント課税すれば10年で1400億ドルの税収となる試算もあるが、砂糖の需要減少に直結するような課税は、砂糖関連産業としては認められるものではない。
医療制度の財源に炭酸飲料の消費者のみに課税することは、税の公平性に欠けるなどの反対意見も多いが、仮に、何らかの形で飲料若しくは菓子類に課税されるようなこととなれば、米国で行われているキャンペーン「ナチュラルスイート」の効果によって、ようやく砂糖の消費量が増加傾向で推移するようになった砂糖の消費量が、再び減少するのではないかと懸念されている。
いずれにしても、最終的に医療制度改革法案が可決されるには、上下両院の審議終了後に両院での法案の摺り合わせを経て採決となることから、同法案の可決は、早くとも10月以降になる見通しであり、医療制度改革法案の審議がどのようなものになるとしても、米国の砂糖業界は、今後しばらく、医療制度改革の進展にも注視が必要と思われる。
シンポジウムの期間中、関係者の間においてはプログラムの他に個別会合が持たれるなど関係者の間においては率直な意見交換が行われ、メキシコとの貿易を含む米国砂糖需給に対する関心の高さが伺われた。
(参考)
天野寿朗「米国新農業法における砂糖関連政策について」砂糖類情報、2008年7月号、(2008)
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