最終更新日:2010年3月6日
(対照的な「短期」動向と「長期」動向)
周知のように、小麦、とうもろこし、砂糖のような国際商品としての性格が強い農産物の需給とそれを反映する価格は、近年、経済不況、天候不順、農政改革などの影響をうけて激しく変動している。そのなかで、砂糖は、穀物などとは異なる独自のリズムをもって、しかし同様な激しさをもって変動している。2007-08年には穀物ほどの価格高騰を示さなかったが、2009-10年にはブラジルやインドの天候不順の影響、EUにおける農政改革の影響によって、著しい価格の高騰を経験しつつある1。
このような激動する「短期」動向とは対照的に、「長期」動向の予測は安定性を示唆する。将来10年ほどの世界の砂糖の中長期的需給動向は、2009年の上半期に公表されたOECD(経済協力開発機構)-FAO(国際連合食糧農業機関)、FAPRI(食料農業政策研究所)、USDA(米国農務省)、欧州委員会などの検討結果2によれば、大まかな共通認識が形成されているようである。その最大の特徴は、需給均衡的な価格の形成であり、過去の構造的な過剰状態からの脱却である。
(中長期予測が示唆する方向)
中長期的な需給動向についての諸研究は、次のような傾向を明らかにしている。
まず第1に、世界的にみた砂糖の需要は、飽食社会を実現した先進国では停滞する一方、途上国では順調に拡大し(2008年来の世界不況の行方が不透明な今日、楽観的なマクロ経済的な前提が置かれているという問題は残るかもしれない)、世界全体では順調に増加する。他方、世界全体でみた生産は、農政改革で停滞ないし減少する先進国とは対照的に、途上国を中心に拡大し、全体でも順調な拡大が予想されている。こうして、将来10年間の世界砂糖市場は、構造的な過剰基調から脱するものと予想されている。
第2に、世界的にみた在庫率(需要量に対する在庫量の比率)は低下する(図1参照)。しかし、それは、必ずしも不足基調ではなく、中長期的には、需給均衡的な価格動向が予想されている(図2参照)。しかし、砂糖の需要と生産が途上国を中心に拡大することは、短期的な価格変動を発生しやすい条件であろう。
(source:OECD‐FAO)
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図1 砂糖の需給と在庫率の動向
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図2 砂糖価格の中長期的動向(2009-2018)
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第3に、飽食社会の先進国は、砂糖消費が低下傾向をたどるとともに、生産が農政改革による保護の削減などにより停滞し、ますます輸入国へと傾斜すると予想される。それとともに、世界の砂糖生産は、先進国型の生産構造と技術体系に基礎をおくてん菜に対して、途上国型の農業生産としてのさとうきびにますます依存するようになる。そこでは、農業資源をめぐる自給的食糧生産との競合がさとうきび生産に影響を与え、供給条件をむしろ不安定にする可能性がある。
以上のような需給構造の変化を背景に、世界砂糖市場には次のような構造変化が進行しつつあることが注目される。
世界砂糖市場の構造変化の方向は、表1および図3から読み取ることができる。前者は、1998-2007年平均、2008年、2009-2018年平均(FAPRI予測)における純輸出国と純輸入国のランキングを示す。後者は、主要国の輸入量の年次的な変化を示す。特に次の3点が注目される。
(農政改革により砂糖の純輸入国となったEU)
20世紀中葉まで伝統的に砂糖の純輸入国であった欧州は、1960−70年代のCAP(EU共通農業政策)の砂糖部門への適用によって純輸出国となった。しかし、2006−08年の改革3により、今度は逆に砂糖の輸出国から輸入国の地位に復帰しつつある。砂糖部門の農政改革にはWTOルールの適用が重要な背景となっており、同じくWTOルールとの関連で再編されつつあるEU砂糖特恵制度の進行とあいまって、WTO体制に体現されるグローバル化の進展が生み出した成果とみることができる。EUはわずか数年で世界第2位の純輸出国から世界最大の純輸入国に転換したのである。
(米国も砂糖制度改革を通じて輸入の増加が予想される)
2008年の新農業法は、米国の砂糖支持方式に修正を加えるとともに、北米自由貿易協定は、米国とメキシコとの間で砂糖市場の統合を実現した。EUと同様に、米国も、農政改革と地域統合(自由貿易協定)の両面から、保護主義的な砂糖制度に市場志向的な視点から改革を加え、輸入国化への道を歩みはじめたように見える4。
表1 砂糖の純輸出国と純輸入国
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Source:European
Commission,Agricultural Commodity Market Outlook 2009‐18.
備考:将来予測はFAPRI予測による。単位:1000トン。 |
途上国における一般的傾向は、輸出国と輸入国への分化である。輸出国としての発展は、ラテン・アメリカやACP(アフリカ・カリブ・太平洋)諸国の伝統的な輸出国のうち生産条件に相対的に恵まれた諸国で実現される。輸入面では、農産物全般と同様に経済成長を背景に、アジアの砂糖輸入の増加傾向が注目される。
出典:OECD‐FAO
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図3 主要国の砂糖輸入の動向
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(砂糖輸出国として支配的地位を確立するブラジル)
ブラジルにおける砂糖産業の目覚ましい発展は図4に示される。さとうきびによるブラジルの砂糖産業は、粗糖生産とエタノール生産の双方を包摂するが、伝統的な粗糖に対してバイオ燃料としてのエタノール生産の相対的地位が高まる傾向にある。そして、エタノール生産の増大は石油価格の動向に依存しており、石油価格の高騰がエタノール生産を増大させ、粗糖の生産と輸出を制約する関係が注目されるに至っている。
出典:OECD‐FAO
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図4 ブラジルの砂糖産業の発展
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(砂糖の消費大国インドの動向)
アジアの途上国が経済発展を背景に砂糖輸入国へと傾斜しつつあるが、そのなかで、伝統的には輸出国であったインドの砂糖需給が最近注目されている。図5によれば、インドの砂糖需給は循環的に変動する形を示し、砂糖の消費大国として世界砂糖市場に撹乱的な影響を与える可能性がある。
出典:OECD-FAO
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図5 インドの砂糖需給の動向
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(EU特恵制度の改革と世界砂糖市場)
ACP諸国に属する輸出国は、EUとの新たなEPA(経済連携協定)の締結のもとで、EUの特恵市場への輸出をめざす。また、EUは、“EBA”(「武器以外はすべて」を自由化)のイニシアティヴにより、後発途上国の砂糖に対して「無関税・無割当」のアクセスを供与する。EUの輸入は、かかる特恵制度にもとづき行われ、ACP諸国と後発途上国が圧倒的なシェアを占めると予想されている。だが、国際価格の短期的な高騰のもとではEU価格の魅力が失われる事態が発生しているようで5、EUにとって価格の乱高下する世界市場のもとでいかに安定的輸入を確保しうるか問われている(図6)。
出典:OECD-FAO
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図6
EU 砂糖輸入における特恵対象地域からの輸入比率の増加傾向
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2009年はインドの干ばつによる粗糖先物相場の高騰が世界的に話題となった。歴史上古くから国際商品の性格を強く持ってきた砂糖の場合、世界市場における価格の変動はそれほど異常なことではない。季節的な供給と恒常的な需要が市場において一致するのは価格の変動によってである。とはいえ、近年における短期砂糖市場の価格形成条件はますます複雑化した。バイオ燃料としてのエタノール生産の発展は、原油価格の粗糖生産への影響を生みだし6、世界的な金融経済の発展を背景とする原油と粗糖の先物相場の「投機的」性格を際立たせている。それに為替変動の影響もある。
こうした新たな価格形成要因とともに、砂糖の市場条件はますます複雑化する。そしてスペキュレーションによる過度の価格変動は市場機能を喪失させることにもなる。上述のとおり、これまでは国際市場価格より割高なEU特恵価格が設定されていたが、国際市場価格が高騰したため、両者の関係が逆転し、EU特恵市場へのACP砂糖の輸出に支障が生じる事態が危ぐされている。
主要国の農業政策において、砂糖部門は公的介入が深く、かつ、広範に実施されている部門の1つである。2000-2004年における主要国の名目保護率の水準を品目別に比較した世界銀行の最近の研究によれば、砂糖が60%、牛乳が53%、コメが39%という推定がなされている7。WTO交渉を通じて農業保護の削減が推進されようとしている今日、世界砂糖市場の特質、とくに価格の変動性の問題が改めて注目されるのである。
(注)
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