砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 視点 > 産業 > ブラジルにおけるさとうきびの試験研究、育種の現状

ブラジルにおけるさとうきびの試験研究、育種の現状

印刷ページ

最終更新日:2010年3月6日

砂糖類ホームページ/国内情報

今月の視点
[2006年12月]

【調査・報告〔海外/糖業〕】

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構  
九州沖縄農業研究センター バイオマス・資源作物開発チーム  
上席研究員 松岡 誠
農林水産省農林水産技術会議事務局 技術政策課
大潟 直樹

はじめに
さとうきび試験研究機関の概要
訪問した製糖工場
終わりに

はじめに

 ブラジルにおけるさとうきびの効率的生産技術に関わる研究動向調査のため、本年7月24日から28日までブラジルを訪問した。ブラジルのさとうきび栽培、砂糖生産の中心地であるサンパウロ州で、さとうきびの試験研究機関、製糖工場などを訪問し、調査を実施した(図1、2)。南半球のブラジルでは、7月は冬にあたり、さとうきびは収穫期を迎え、製糖工場は稼働している時期であった。ブラジルのさとうきび収穫面積は日本の約100倍である(04/05年期:日本の収穫面積は24,000haでブラジルは2,356,000ha)。さとうきびの収量も伸びており、1975年頃には約50t/haだった単収が、ここ数シーズンは100t/haに近くなっている。生産現場では、収穫したさとうきびの約50%を砂糖生産に、残り50%をエタノール生産に利用しており、さとうきびのバイオマスとしての利用、加えて製糖副産物利用は非常に進んでいた。このようにブラジルでは製糖産業、バイオエタノール産業が隆盛しているということもあり、訪問したさとうきびの研究機関では、施設、研究スタッフの数ともに充実しており、研究のレベルも高いと感じられた。今回は、訪問したさとうきび試験研究機関の概要と育種の現状を中心に報告する。

図1 ブラジル、サンパウロ州周辺概略図

図2 ブラジルのさとうきび栽培地帯
さとうきびの栽培地帯は中南部、サンパウロ州に集中している

ページのトップへ



さとうきび試験研究機関の概要

CanaVialis(カナビアリス)/Allelyx研究所:
 カナビアリス研究所(育種、さとうきび栽培に関するコンサルタント業務)はブラジルの大企業Votorrantimグループ系列の研究所で、2003年に設立された新しい研究所である(写真1)。サンパウロ州、サンパウロから車で2時間ほどのところにあるCampinas市のテクノパークに研究所がある。同系列のAllelyx研究所(バイオテクノロジー分野が担当)が同じ敷地内に隣接しており、二つの研究所の建物はつながっている。そして、お互いに研究を補完しながら、共同で新品種の育成にあたっている。Allelyx研究所ではさとうきびの有用遺伝子の解析、マーカー選抜、また遺伝子組換えなどについての研究を行っており、そこで得られた情報、形質転換さとうきびをカナビアリス研究所の交配育種に利用することにより、育種をより効率的に、迅速に進めていこうという戦略である。Allelyx研究所では、100名近い研究、技術スタッフが、さとうきびのバイオテクノロジー分野の研究を進めている(写真2)。すでにいくつかの異なる遺伝子を導入した遺伝子組換えさとうきびを作出していた。カナビアリス研究所はサンパウロ州内外に4つの試験農場を持っており、今回はその一つ、Campinas近くの「Conchal試験農場」を訪問した。試験農場の面積は約80haで、ここで実生種子の播種から品種の育成まで一連の選抜を行っている。またカナビアリス研究所では組織培養で増殖したクローン苗を各製糖工場へ供給しており、この農場では、クローン苗のポット育苗を行っていた(写真3)。ここには前述のAllelyx研究所の組換え体用隔離温室も設置されており、さとうきびの他、アラビドプシス、タバコなどのモデル植物の組換え体が栽培されていた。この他、サンパウロからは遠いが、東北ブラジル、バイア州のMaceioにさとうきびの交配育種試験地を保有しており、実際の交配はそこで行っている。これは、より赤道に近い同地域の方がさとうきびの開花に好適で、交配にも適しているという理由からである(写真4)。2006年度には1,010組合せの交配を実施し、1,500,000の実生個体を選抜に供試する予定ということであった。得られる実生の発芽率も良好で、1グラムの実生種子から200−500の実生個体(発芽した)が得られる。

写真1 カナビアリス(Cana Vialis)研究所の本館
写真2 Allelyx研究所
   
写真3 組織培養苗生産ラボ内部窕とクローン苗のポット育苗窘
写真4 カナビアリスの交配育種試験地(写真提供:カナビアリス)
交配父母本を養成している圃場窕、交配の様子窘、交配した種子の後熟窖、播種した種子の発芽状況窩

 カナビアリス研究所はブラジルの34の製糖工場とコントラクト契約を結んでおり、それら製糖工場のさとうきび品種、さとうきび栽培に関する技術についてアドバイス、指導を行っており、その対価としてコンサルタント料をもらい、それで研究所を運営している。カナビアリス研究所と契約している製糖工場がカバーしているさとうきびの栽培面積は593,500haで、そのさとうきび生産量は年間5,000万トン(ブラジル中南部のさとうきび生産量の15%)、粗糖生産量は450万トン、エタノール生産量は15億リッターということであった。設立されて日が浅いため、まだ独自の品種は出していないが、将来的には自社で育成した品種をこれら製糖工場の畑に作付けしていくことになる。同研究所のさとうきびの育種目標は以下の通りである。

1.早期高糖性品種の育成(主として痩せ地、乾燥地に向けた)
2.不良環境条件下にもよく適合しうる品種の開発(新たに開かれる栽培地域を想定)
3.機械化適正の高い品種の育成(植え付け、収穫の機械化)
4.主要病害に対し抵抗性を備える品種の育成
5.エネルギー原料として優れるさとうきびの育成(エタノール製造に好適な)

 これだけ広大な土地でさとうきびを栽培しているブラジルにおいても、エネルギー原料用のさとうきび品種の育成に着手しているということには驚かされた。
 今回の訪問では、同研究所の研究開発部長で育種責任者のShizuo Matsuoka博士(日系)が主に案内してくれた(写真5)。同博士はカナビアリスに来る前はFederal University of Sao Carlos(サンパウロ州立サンカルロス大学)の育種チーム(UFSCar)で育種を担当しており、これまで多くの品種を出してきている(同育種チームが育成した品種には「RB」が冠せられている)。技術部長、Hideto Arizono博士(日系)も同育種チームの出身ということで、カナビアリス研究所の育種はこの育種チームの経験を基に進められていた。

写真5 カナビアリス研究所の選抜圃場
写真右は研究部長で育種責任者の
Shizuo Matusoka博士


CTC−Canavieira研究所(CTC−Centro de Tecnologia Canavieira):
 CTC−Canavieira研究所(前Copersucar研究所、2004年に改称)もカナビアリス研究所同様の私立の研究所で、各製糖工場とのコントラクト契約により製糖工場が支払う資金で研究所を運営している。同研究所はサンパウロから約2時間ほどの距離のPiracicaba市にある。こちらは設立から36年が経過する老舗の研究所(前身のCopersucarの時代も含めて)であり、ブラジルの124の製糖工場とコントラクト契約を結んでいる。Canavieira研究所はブラジルで最大の中心的なさとうきび研究所であり、規模としてはカナビアリス研究所よりも大きい。研究所には育種以外に病虫害、農業機械、製糖プロセスなどにつき研究する部署もある。育種ではさとうきびの分子生物学的な基礎研究にも取り組んでおり、ジーンガンを使って、除草剤抵抗性遺伝子、BT遺伝子、糖蓄積に関与する遺伝子などを導入した形質転換体もいくつか作出している。また、糖蓄積関連遺伝子の単離やその機能解析研究も精力的に行っている。これらバイテク分野をまとめた育種部門全体の責任者はWilliam Lee Burnquist博士である。同博士はさとうきびの育種研究では世界的にも著名な人物で、ISSCT(International Society of Suger Cane Technologists)の育種・遺伝資源分野、分子生物学分野ではリーダー的存在の一人である。今回は出張で不在であったため、同博士に会うことはできなかったが、同研究所の交配育種において中心的な存在であるCarlos Suguitani研究員(日系)が案内してくれた(写真6)。

写真6 Canavieira研究所、分析前の茎サンプル
写真左は育種主任、Carlos Suguitani 研究員

以前、同研究所が育成した品種には「SP」が冠せられていた。これまでに多くの品種を出しており、CTC育成のSP品種はブラジルの全さとうきび作付け面積の50%以上を占めている。研究所の改称以降、同研究所育成の品種には「CTC」が冠せられることになったが、すでに2004年から2006年8月までの時点で「CTC1」から「CTC9」までの9品種を出している。同研究所もさとうきびの交配は、東北ブラジルにある交配試験地で行っている。交配は毎年、1,500組合せ程度実施し、実生選抜に約450,000個体を供試している。経済品種どうしの交配による製糖用品種育成を目的とした交配の他、組合せ検定のための交配、新たな育種素材作出を目的とする野生種などとの種・属間交配も行っている。日本より実生選抜に供試する個体数は多く、選抜試験区の各系統毎の栽培面積も非常に大きい。また、株出し能力の検定と、主要病害に対する抵抗性検定を、日本と比較して選抜の早い段階で行っていた。参考までに日本とブラジル(Copersucar研究所)のさとうきび育種の概略を比較した図を示す(図3)。

図3 ブラジルと九沖農研における育種概要の比較
*寺島、2004未発表データより

 ブラジル全体の品種別作付け面積(2005年度)をみると、「SP81−3250」と「RB72454」がともに約12%で並び、最も広く作付けされている。次いで「RB885486」が約10%、以下、「SP79−1011」、「RB855536」、「RB7885148」などがこれに続いている。確認はしなかったが、いずれの品種名でも、アルファベットの次に続く数字は、交配、あるいは実生播種をした西暦年の下二桁であると思われる。ブラジルでは、作付け面積が全体の2割、3割を超えるような主導品種はなく、いわゆる品種の寡占状態にはなっていない。

訪問した製糖工場

 今回、二つの製糖工場、Ararasにある小規模なSanta Lucia工場と、Pradopolis近郊にある大規模なS. Martinho製糖工場を訪問し、それぞれの工場と畑を見ることができた。以下、それぞれの概要を示す。
 Santa Lucia工場:
 同工場の昨シーズン(2005年期)の製糖開始日は5月2日、終了日は11月5日で、約6ヶ月操業した。1日あたりの平均圧搾量は5,564トン/日で、1日あたりの最大圧搾能力は7,000トン/日である。圧搾したさとうきび蔗汁の50%は砂糖生産へ、50%は直接アルコール発酵へ回しているが、ともに30%から70%の範囲でその割合を変更することができるとのことであった。昨シーズンの年間圧搾量は1,035,000トンで、産糖量は60,000トン、製糖歩留りは13.5%、糖蜜生産量は6,000トン、そして42,000m3のアルコールを生産した。工場がカバーしているさとうきびの作付け面積は12,400ha(収穫面積は11,700ha)である。このうち自社保有面積は約50%、借地が25%、自作農家の保有面積が25%で株出しの回数は平均すると4,5回とのことであった。収穫はほとんどが火入れ収穫とのことである(写真7、8)。

写真7 Santa Lucia製糖工場の畑、ハーベスタ収穫風景
火入れ収穫(Burning Harvest)
写真8 Santa lucia製糖工場の圃場、火入れ後の手刈り収穫風景
手刈り収穫は季節労働者により行われている。


S. Martinho製糖工場:
 同工場の昨シーズン(2005年期)の製糖開始日は4月17日、終了日は10月30日で、6ヶ月弱操業した。1日あたりの圧搾量は40,000トン/日、年間圧搾量は約7,000,000トン、産糖量は600,000トンで、ブラジルでも大きな工場である(写真9)。今シーズンの歩留りは、これまでのところ13.5%程度とのことであった。現在、圧搾したさとうきび蔗汁の約55%は砂糖生産へ、45%は直接アルコール発酵へ回している(図4)。工場がカバーしている収穫面積は約100,000haで平均単収は90t/haである。こちらの工場では火入れ収穫の面積は18%と少なく、工場の自社保有、あるいは借地畑では火入れ収穫はしていないとのことであった(写真10)。株出しの回数は平均で4、5回である。

写真9 S.Martinho製糖工場の施設、左側が製
糖工程で、右側がエタノール製造工程
写真10 S.Martinho製糖工場の畑、ハーベス
タ収穫風景
同工場の畑では火入れ収穫はほとんど行われ
ていない。

図4 S.Martinho製糖工場のプロセスの概要図
*1:搾汁の過程で注加水する水の量を含む。

 製糖工場の場合、世界中どこでも行われていることではあるが、特にブラジルでは、製糖副産物を無駄なく完全に利用していこうという姿勢が徹底していた。二つの工場ともに、余剰バガス、フィルタケ−キ、ボイラーの灰などを利用して堆肥を作り、新植の畑に還元するとともに、エタノ−ル製造廃液は畑へ散布、また、酵母は家畜飼料の原料として用いていた(写真11)。

写真11 S.Martinho製糖工場の堆肥置き場
野積みされた堆肥は定期的に大型の機械で切り返している

 ブラジルの工場と日本の工場が大きく違うところは、(1)ブラジルでは原料の搾汁液を全て製糖行程に回すわけではなく、おおよそ50%は直接、エタノール製造へ用いる。(2)ブラジルでは多くの工場が自社で保有する畑、あるいは借地で自らさとうきびを生産しており、原料の多くは自社生産である、という2点である。これを日本のさとうきび生産システムと比較してどうだという議論をすることは、国土面積、歴史的背景、社会経済状況など国状が大きく異なっている以上、危険だし、また不毛であると思う。ただ、(2)について言うと、大土地所有制度が持つさまざまな弊害はあるにしろ、導入した新技術、新品種が、迅速にあまねくその地域に普及できるという点において、生産性向上と、コスト削減にはプラスの側面があることは確かである。
 今回のブラジル調査で、広大なさとうきび畑と工場を見て強い印象として残ったのは、ブラジルでは砂糖とエタノールを製造するための「工場原料」を畑で生産しており、畑では農家でなく「技術者」と「労働者」がその生産工程で働いているということ、一方、日本でも同様に砂糖を製造するための原料としてさとうきびを栽培しているが、それは原料とはいえ「原料作物」、あくまで「農産物」であり、それを畑で作付けしているのは個々の「小農家」であるという事実である。

ページのトップへ

終わりに 
今回の調査で訪問したさとうきび研究機関は二つだけであるが、いずれも研究施設、研究スタッフの数ともに充実していた。また、研究の内容、質ともに優れており、育種研究においても、われわれが参考とすべきものが多々あった。
 九州沖縄農業研究センターさとうきび育種ユニットは、昨年からカナビアリス研究所と業務委託契約を結び、年間に50組合せの実生種子を購入している。昨年度に導入した実生種子から得られた個体は、現在、試験圃場において選抜中である。また、現在、もう一つのCTC−Canavieira研究所と両国のさとうきび品種の交換を進めており、近く実現する運びである。今後もブラジルのさとうきび研究所との研究交流を発展させたいと考えている。
ページのトップへ





BACK ISSUES