ホーム > 砂糖 > 生産現場の優良事例など さとうきび生産関係 > 沖縄本島南部地域における豚ふん尿曝気処理水の散布がさとうきびの生育、砂糖収量および土壌中硝酸態窒素量におよぼす影響
最終更新日:2010年3月6日
家畜排泄物については、「家畜排泄物の管理の適正化および利用の促進に関する法律」の完全施行(平成16年11月1日)により、不適切な処理が原則的に禁止されたため、経済的かつ環境保全的な処置方法が求められている。一般的に、養豚農家は豚舎汚水を浄化処理し河川や海に処理水を放流しているが、他の処置方法としてさとうきび畑に化学肥料の代替物質として豚ふん尿曝気処理水(ここでは曝気処理水とする)を散布する方法が考えられる。
曝気処理水の化学肥料代替物質としてのさとうきび栽培への利用については、国頭マージ地帯において施用した報告例があり、10アール(以下、a)当たり20トン(以下、t)程度であればさとうきびの生育、品質に影響なく栽培が可能である1)。しかし、アルカリ性を呈しているジャーガル2)を主な土壌とする沖縄本島南部地域において、曝気処理水の散布によるさとうきびの生育、収量や土壌中の硝酸態窒素濃度におよぼす影響を検討した例は見あたらない。また、作物に吸収されなかった過剰な曝気処理水は、作土層から浸透水とともに移行し、硝酸態窒素による地下水汚染の原因となる危険性がある。
そこで本試験では、沖縄本島南部地域を対象に、曝気処理水のさとうきび畑への適切な散布時期と量について調べた。次に、化学肥料代替物質としての曝気処理水の散布がさとうきびの生育、原料茎重および砂糖収量におよぼす影響を検討した。最後に、硝酸態窒素の作土層下への溶脱による地下水環境の汚染について考察した。
なお、ここでの南部地域とは、豊見城市、糸満市、八重瀬町、南城市、与那原町、南風原町を示す。
那覇の気象条件は表1のとおりで、海洋性亜熱帯気候に属する。土壌はジャーガルが主である。
表1 那覇の気象条件 |
資料:沖縄気象台資料 |
2007/2008年期のさとうきび生産量などについて沖縄県全体と、沖縄本島南部地域を比較したものが表2である。沖縄本島南部地域の生産量は県全体の約八分の一であり、作型は株出し栽培が主である。
表2 沖縄県および本島南部地域の生産量など |
資料:沖縄県農林水産部「さとうきび及び甘しゃ糖生産実績」 |
沖縄県全体の豚の飼養戸数は345戸、飼養頭数は240,119頭である。南部地域は、飼養戸数は107戸、飼育頭数は86,111頭で、養豚経営1戸あたり平均飼育頭数は805頭である(2008年、沖縄県農林水産部)。つまり、本島南部地域にその三分の一が集中していることになる。豚の排せつ物は、糞約5万5千t(生重)、尿は舎形式によって洗浄水量を加算する必要があるが約10万5千t、計約16万tである。市町村別では八重瀬町、糸満市、南城市で全体の9割を占める。曝気処理水は、糞尿を4倍に薄めて洗浄していると考えられるので、一頭当たり15キログラム(以下、kg)/日と換算すると、豚舎で洗浄後に発生する糞尿混合汚水を固液分離した後曝気した処理水は年間約47万2千t発生することになる。そこで、南部地域の養豚経営で生じる曝気処理水をすべてさとうきび畑へ散布するものと仮定し、排せつ物の尿量をさとうきび収穫面積で割って求めると10aあたり6.2t、曝気処理水では28.0tの量になる。洗浄水量や曝気の程度によって曝気処理水の窒素成分量が異なることが予想されるが、曝気処理水に含まれる窒素量が1t当たり1kgと仮定すれば、28kgの窒素量を施用することができる。これはさとうきび栽培要領(2006年、沖縄県農林水産部)で示されている10a当たり標準施肥量と比較すると春植え(23kg)の場合2割増、株出し(25kg)の場合ほぼ同量にあたる。よって、沖縄本島南部地域では、養豚経営とさとうきび生産との耕畜連携の実現による化学肥料の削減栽培が可能である。
作物に吸収されなかった窒素は、作土層から浸透水とともに移行し、硝酸態窒素となって地下水汚染の原因となる。そこで、沖縄本島南部地域のジャーガルにおけるさとうきび畑の水収支量を検討した。2006年4月から〜2008年2月までの各作型別の降水量とタンクモデルで推定した土壌水分量、浸透水量の推移を図1に、試験期間中のさとうきび畑の水収支量を表3に示す。作型別で積算した降水量は、春植えが1,576ミリメートル(以下、mm)、株出しは2,570mmであった。沖縄県那覇市の降水量の平年値は2,037mmなので、春植えの降水量は平年値よりも少なく、株出しは多かったことがわかる。各作型別の降雨分布を検討すると、1日当たり100mmを超える降水量(かん水を含む)は、春植え期間中には認められなかったが、株出し期間中は梅雨と夏季に5日あり、それらの日には浸透水量も多かった。浸透水量は、春植えは844mmと合計値に対し約5割、株出しは1,656mmと約6割が作土層下へ浸透した。よって、本試験において、株出し期間中は春植え期間に比べ作土層からの浸透水が多く、硝酸態窒素による地下水汚染を促す可能性が高いことがわかった。
図1 各作型における降水量とタンクモデルで推定した土壌水分量と浸透水量の推移 |
表3 さとうきび畑の水収支 |
(単位:mm) |
表面流水、蒸発散量、浸透水量はタンクモデル法(比屋根ら,2008)による推定値 注1:春植えは2006年3月31日〜2008年2月16日、夏植えは2007年2月17日〜2008年2月7日 注2:合計=降水量+かん水+曝気処理水 注3:()内は合計に対する比率 注4:浸透水量は、表層から50cmの作土層からの浸透水量 |
曝気処理水の適切な散布時期を検討するため、タンクモデルに1977年から2006年までの30年分の降水量データを入力して各月ごとの平年値を算出し、浸透水の多く発生した時期を求めた。すると、梅雨時期の5〜6月と、台風などの豪雨が認められる8〜9月に多く認められた(図2)。
図2 月ごとの降雨日数と降雨量および浸透日数と浸透水量1977年〜2006年の平年値 |
これらの時期における曝気処理水の散布は、土壌水分状態を考慮しながら行う必要がある。梅雨時期は、春植えと株出しにおいては追肥、培土や除草剤散布などの栽培管理を行い、さとうきびの分げつを促す大事な時期であるが、曝気処理水を施用して、除草剤による雑草防除効果が低下したり、化学肥料を削減した場合にさとうきびが必要な肥料分を吸収することができず、生育に影響することが予想されるので、注意が必要である。梅雨後は、さとうきびの茎伸長において大事な時期となる。この時期においても、台風など豪雨をもたらす天候や土壌水分を考慮しながら最終追肥および培土終了後に曝気処理水を施用することが望ましい。
梅雨時期や台風襲来などの降雨後の土壌水分量は十分にあるので、過剰な曝処理水の散布により浸透水量が多くなるものと推察される。そこで、1日当たりの降水量と浸透水量の関係から土壌水分の違いによる作土層から浸透水が認められない散布量を求め、その結果を表4に示した。
表4 作土層から浸透水が生じない散布量 |
単位:mm/日 |
1977〜2006年の30年間の降水量をタンクモデルに入力して解析を行った |
表4中の平均値から曝気処理水の散布上限を求めると,土壌水分がしおれ点付近では27mm,ほ場容水量から数日後であれば5mmであることがわかる。
化学肥料の2〜4割削減分を曝気処理水で補い、春植え、株出し栽培を行った結果を表5示した。ここでは、本試験で用いた曝気処理水(4割減区)の性状について説明する。春植えで散布した曝気処理水のpHは7.2〜8.5、株出しは7.2〜8.4であった。EC(電気伝導率)は、春植えでは3.67〜8.04とばらついたのに対し、株出しでは5.10〜5.69と安定していた。窒素成分はほとんどがアンモニア態窒素であったが、その1リットル当たりの濃度は、春植えが775〜1,334ミリグラム(以下、mg)、株出しは875〜1,013mgと施用日によって異なった。つまり、曝気処理水に含まれる窒素肥料成分量は常に不安定であるので、さとうきびの生育に必要とする肥料分量を分析などにより把握して施用することが望まれる。また、曝気処理水は、pHが高く、窒素成分がアンモニアで構成されるので、さとうきびに素早く吸収されなければ、アンモニアとして揮散しやすく、また、土壌中に生息する硝化菌によって速やかに消化され、土壌に吸着されにくい硝酸態窒素となって地下浸透し、地下水汚染の原因となると考えられる。
表5 各試験区における化学肥料の窒素施用量と曝気処理水の窒素成分 |
春植えは2006年3月31日〜2008年2月16日、株出しは2007年2月17日〜2008年2月7日。 標準区にはかんがい水、2割減区にはかんがい水+曝気処理水を1:1の割合で混ぜたもの、 4割減区には曝気処理水を1t/aずつ、計4t/aを株元に施用した。 総合計=化学肥料+曝気処理水。 |
化学肥料の2〜4割削減分を曝気処理水で補い、春植え、株出し栽培した収穫時の茎長、茎径、節数、1本茎重、原料茎数、原料茎重と可製糖量を表6に示した。茎長を比較したところは、春植えと株出しの作型間において大きな差はなかった。茎径は、春植えが、株出しより太く、節数は、春植えより株出しの方が多かった。原料茎数は春植えと株出しにおいて大きな差はないが、原料茎重は1a当たり春植えは、582〜618kg、株出しは418〜503kgと春植えの方が重かった。砂糖収量を表す可製糖量は、1a当たり春植え88.1〜96.4kg、株出し67.7〜82.5kgと春植えの方が多かった。なお、すべての調査項目で処理区において統計的な有意差は認められなかった。
表6 各作型における収穫時の茎長、茎径、節数、1本茎重、原料茎重および可製糖量 |
春植えの化学肥料窒素施用量は標準区2.30kg/a、2割減1.84kg/a、4割減1.38kg 各々施用した。 株出しの化学肥料窒素施用量は標準区2.50kg/a、2割減2.00kg/a、4割減1.50kg 各々施用した。 春植えは2007年2月16日、株出しは2008年2月7日に各々調査した。 NS:各処理区においてKruskal―Wallis の検定により統計的に有意差なし。 |
以上より、化学肥料2〜4割の削減分を曝気処理水で補ったところ、各作型ともにさとうきびの生育、砂糖収量において差はなかった。
土壌表層からの深さ別(20〜60センチメートル(以下、cm))の土壌養液中の硝酸態窒素濃度の推移を図3に示す。表6のとおり曝気処理水には多量のアンモニア態窒素が含まれているが、土壌養液からは検出されなかった。アンモニア態窒素は土壌施用後、速やかに硝酸態窒素へと変わったものと推察される。そこで、硝酸態窒素濃度の測定結果を述べる。春植えの表層下20cmの土壌溶液中硝酸態窒素濃度は、平均培土前の2006年5月15日に1リットル当たり13.1mg、曝気処理水散布後の2006年10月17日に14.7mgと地下水の環境基準値10mgを上回った。しかし、他の調査日は環境基準値以下で推移した。表層下40cmと60cmの硝酸態窒素濃度は、処理区や調査日の違いにかかわらず環境基準値であった。株出しにおける表層下60cmの土壌溶液中の硝酸態窒素濃度は,曝気処理水施用後の2007年9月20日に16.7mg、11月5日の化学肥料2割減区に13.1mgと環境基準値を上回った。表層下20cmと40cmの硝酸態窒素濃度は、処理区や調査日の違いにかかわらず環境基準値以下で推移した。
図3 各作型における土壌表層から深さ別の土壌養液中硝酸態窒素濃度の推移 |
タンクモデルで推定した浸透水量に硝酸態窒素量を乗じて求めた1a当たりの窒素溶脱量は、春植えでは標準区0.01kg、2割減区0.01kg、4割減区0.02kg、株出しでは標準区0.02kg,2割減区0.4kg,4割減区0.03kgと窒素施用量に対しわずかであった(表7)。ジャーガルでは、曝気処理水のさとうきび畑への散布が地下水の硝酸態窒素汚染におよぼす影響は低いものと推察される。
表7 各作型別の窒素施用量、作物体窒素吸収量と窒素溶脱量 |
合計=化学肥料+かんがい水または曝気処理水 比率=作物体、溶脱量/合計 |
収穫時におけるさとうきび地上部の1a当たりの窒素吸収量は、春植えでは標準区1.21kg(吸収比率51.5%)、2割減区1.51kg(同35.4%)、4割減区2.0kg(同38.0%)、株出しでは標準区1.6kg(同63.0%)、2割減区1.6kg(同40.0%)、4割減区1.9kg(同36.0%)であった(表7)。よって、各処理区ともに窒素施用量に対し約4〜5割が地上部に吸収されたことになる。作土層下への窒素溶脱量はほとんど認められなかったことから、残りの施肥窒素はアンモニアとして揮散したものと推察される。
ジャーガルにおけるさとうきび畑への曝気処理水の適切な散布時期と量が明らかとなった。化学肥料削減分の曝気処理水の散布によって、さとうきびの生育や原料茎重、砂糖収量に影響はなかった。さらに、土壌溶液中の硝酸態窒素濃度はおおむね環境基準値(1リットル当たり10mg)以下で推移し、作土層下への窒素溶脱はほとんど認められなかったことから、地下水の硝酸態窒素汚染の危険性は低いものと推察される。以上より、沖縄本島南部地域のジャーガルにおいて化学肥料の削減分を曝気処理水で補って栽培することが可能である。
今後の問題点としては、カリウムの土壌蓄積による砂糖収量への影響が懸念される。カリウムと砂糖品質との間に負の相関関係があることが指摘されている3)。さとうきび畑におけるカリウム収支をもとに曝気処理水の適正散布量についての再検討が必要である。
1) | 久場峯子・大田守也・屋良千賀子1998.さとうきびへの未利用資源の環境保全的利用(1)豚ぷん尿施用効果試験.第25回さとうきび試験成績検討会発表要旨.沖縄県蔗作研究協会那覇 24―25. |
2) | 久場峯子1993.沖縄の農地の実態と土壌管理−土壌化学性とさとうきび畑における施肥管理−.ペドロジスト37(2):56―67. |
3) | 久場峯子2008.さとうきびの適正施肥量.農業と科学6:1―5. |
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