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沖縄県宮古島の勝連栄一氏のキビ作り〜母茎処理技術で増収を図る〜

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最終更新日:2010年3月6日

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生産地から
[2005年10月]

那覇事務所 所長   仁科 俊一

はじめに

  16/17年期の沖縄県のさとうきび生産は、度重なる台風の影響や干ばつにより67万9千トン(収穫面積13,611ha、単収4,988kg)と史上最低の水準となり、さとうきび農家にとって大変厳しい年となった。
 しかしながら、このような厳しい自然条件の中にあっても、栽培技術の改善により、台風などによる減少分を低位にとどめ、着実に平均収量より高い収量を上げ、一定の収益性を維持している農家がある。このような、導入が比較的容易である栽培技術を実行して、厳しい気象状況の中であっても、高収量を上げている農家を紹介していきたい。


勝連栄一氏

 今回は、宮古島において、植え付け後約1ヵ月を目処に、耕耘機によるさとうきびの切断(母茎処理)と補植を行って、安定的に高単収を上げるという栽培方法を実践している宮古島上野村の勝連栄一氏を紹介する。


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1.地域概要

 沖縄県宮古島は、人口5.5万人、農家戸数5,351戸(うち、さとうきび栽培農家4,694戸)である。農業産出額は、145億円(うち、さとうきび59億円、肉用牛32億円、葉たばこ31億円)となっている。
 沖縄本島から約300km、耕地率53.5%と広い農地であるが、大部分が島尻マージと呼ばれる琉球石灰岩土壌で保水力が乏しく干ばつを受けやすいなど自然環境は厳しい。現在は、地下ダムによって豊富な地下水の利用が可能であり、畑地かんがい施設整備率44.4%となっている。



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2.勝連氏の経営概況

 勝連氏は、約10年前まで夫婦2人で葉たばこ栽培を続けてきた。葉たばこの栽培は、売り上げも多いが、管理・ 収穫にかかる機械購入費・臨時雇用費の出費も多く、収益が少なかったことと、体力的(現在72歳)に葉たばこの 農作業を続けることが難しくなってきたことを機に、さとうきび作りへ転換した。  当初は、葉たばことさとうきびの両方を栽培していたが、さとうきびの収量が安定的に確保できることに確信 が持てたことから、現在はさとうきび専業農家となった。

表1 勝連氏の経営概況




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3.勝連氏の生産実績

  作型は夏植えだけということであるが、収穫面積は、概ね3haと安定しており、単収も16/17年期のような厳しい自然条件(台風、干ばつ)の中にあっても安定した生産量を確保しており、地域の単収に比べても高単収となっている。
 具体的には、宮古地区の過去3ヵ年(13/14〜15/16年期)の平均単収は7.1トン、16/17年期の単収は5.4トンで、過去の平均単収と比較した減収率は24%となっている。一方、勝連氏の過去の平均単収は9.4トン(宮古平均を32%上回る)で、厳しい自然条件下での16/17年期の単収は8.7トンと宮古の単収を61%も上回り、かつ、勝連氏の過去の平均値と比較した減収率も8%と低位となっている。このことからも、台風や干ばつなどの厳しい気象条件下であっても、母茎処理や捕植など比較的容易な栽培技術を実施するだけでも(高度な栽培技術や機械化を図らずとも)気象条件という外的要因の影響を低位にとどめ、平均収量を確保できることを示している。

表2 生産実績の推移




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4.栽培の特徴

 (1) 栽培の基本技術
 勝連氏の栽培の特徴は、画期的な技術「母茎処理」と充分な補植とを行っているところにあるが、それを支えているのは、(1)良い苗作り、(2)土作り、(3)除草・病害虫防除、(4)施肥・培土など「さとうきび栽培指針」の基本技術をしっかり行っていることにある。

「勝連氏の栽培のモットー」
1.培土……収穫作業でロスをなくす
2.水………十分に水をかける
3.補植……母茎処理後10a当たり700本
4.切る……母茎処理は丁寧に
5.土作り…緑肥の導入や適正な肥培管理
6.防除……徹底した防除(除草・害虫駆除)

 特に病害虫、除草対策を徹底し、緑肥(主にクロタラリア)を利用した土作りを積極的に行い、切断後にはスプリンクラーによる十分な灌水を行っているほか、台風後にも灌水を行うなど栽培管理を徹底して行っている。

(2) 母茎処理(耕耘機による切断処理)
 勝連氏の栽培における最も特徴的なことは、植え付け後約1ヵ月ごろの苗が40〜50
cmの背丈となったときに、中耕を兼ね耕耘機のロータリーによる軽い株切り(苗から茎を5cm残して切る母茎処理)を行うことにある。
 一本一本丁寧に耕耘機で切断しながら足で踏みつけ、同時に施肥を行っている。
 これによって茎にストレスがかかって分げつが進み、茎数が増加することによって、単収増加につながっているのである。
 耕耘機による切断は、上下に微妙な調整が可能で、欠株を生じることはないようであり、切断する際には、植え付けた深さを考慮して、母茎を5cm残して切ることが肝要とのこと。
 また、切断することにより補植の苗が負けるのを防ぐ効果があるとのことである。
 そもそも、この母茎処理を行うきっかけは、「雑草がすごいので、これをどうしたらよいかと1週間悩み抜いた末に、『どうにでもなれ』というような気持ちで耕耘機の爪で雑草と一緒にさとうきびも切ったら、分げつが多くなった。」ということから始まった。
 切断を始めた頃は、「頭がおかしくなったのではないかと心配して様子を見に来た村人もいた」と当時のことを振り返り笑う勝連氏だが、もちろん、ただ単に切ればよいというものではなく、切断後の灌水や肥料の投入に加え補植などを行うことで安定的に高単収を得ている。


母茎処理作業の様子

(3) 積極的な補植
 勝連氏は自作の補植器を開発し、発芽を促進した苗による補植を10a当たり700本行い茎数の確保に努めている。
 「補植の苗は、既に植付け済みの新植の苗に負けてしまうケースがあるが、母茎処理することによって補植苗がほぼ同じ条件になるので負けなくなる」ということのようである。
 また、補植をすることにより密植となるので、キビ同士が支え合って倒伏しにくく台風にも強くなるという利点がある。高単収を支えているは、母茎処理技術と補植とをうまく組み合わせて行っていることが大きいようだ。
 また、補植器だけではなく農薬散布などのためのブームスプレイヤー、潅水チューブなども自作で整備していている。


勝連氏自作の補植器

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5.母茎処理技術評価

 勝連氏の母茎にストレスを与えることによって茎数を増加させる技術は、思いも掛けないきっかけから始まったが、宮古島における茎数増加技術として評価され、沖縄県農業試験場宮古支場において生育調査・収量・品質調査を行っており、新たな栽培技術として効果が確認されている。
 生育調査では、無処理区の仮茎長は17cm長かったが、茎数は切断区が約2100本/10a多い(表3)。
 収量調査(表4)時点で、茎長・節数は無処理地区で長いが、茎数・収量とも切断区で10%、可製糖量で約20%上回り、品質調査(表5)でも切断区の方が品質も高いことがわかる。
 以上の調査から、母茎処理により切断を行った方が、無処理に比べ茎数・収量も増加していたことや、品質も高かったことが確認されている。
 したがって、この母茎処理と補植をうまく組み合わせて栽培を行うことによって、確実に単収の向上が期待できる。しかし、一本一本処理するため処理方法が煩雑であることから、今後、試験場ではこの母茎処理を技術化するために、省力的で実施可能な処理技術として試験検討することとしている。

表3 生育調査(2003.8.18調査)


表4 収量調査(2004.1.26調査)


表5 品質調査(2004.1.26調査)



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おわりに

 勝連氏は今年のさとうきび競作会でも「奨励農家」として表彰されたが、これまでたばこ農家として何度も表彰された経験があり、これまでの農業に対する意欲や経験がキビ作りにも生かされている。
 現在は夏植えだけであるが、「条件が良ければ夏植えなら12〜13トンは取る自信がある」と、ご自身の技術に絶対の自信と誇りを持ってキビ作に従事されている。「切っただけではうまくいかない、たくさん分げつしただけ栄養もたくさん与えなければ大きく立派に育たない」と、キビを育てる基本技術の大切さを教えてくれた。
 この母茎処理の技術は、植え付け後にせっかく伸びてきた株を切るという農家にとって勇気がいる作業であり、これまでは他に行う農家がいなかったが、現在、興味を持つ上野村の農家数戸が試みているところであり、他の村(島)からも視察に訪れている。また、「ぜひ講習会をしてほしい」という要望があると出かけて行って講習をしているとのことで、自身普及に努めておられる。
 栽培面積が伸び悩む中で、生産性向上のカギは単収増にかかっている。台風などの自然条件による収量への影響が、このような基本的な栽培技術の実行により軽減されることは当然のことと推察されるが、自然条件と栽培技術という2つのファクターを区分して議論していくことが肝要である。
 今後とも、栽培技術の工夫(改善)を柱として抵投資の下で単収増を図っている具体的な農家の事例を紹介して、基本的な栽培技術の重要性とこれらの普及などについても考察していきたい。


勝連氏と筆者


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