ホーム > 砂糖 > 視点 > 漬物製造における砂糖の位置付け
最終更新日:2010年3月6日
漬物は8世紀の天平年間の木簡に須々保利、滓(かす)漬などの記載があり古い歴史を持ち、江戸時代のたくあん、明治の福神漬といった製品を引き継いできた。しかし戦争をはさんで日本人の家庭の食生活の変化により家庭で漬物を漬けることが減り、市販品漬物を購入することが徐々に増加していった。特に昭和30年代中頃からのプラスチック小袋の開発と、できあがったこの小袋詰めの漬物を歯切れの劣化しない程度の温度80℃で腐敗細菌を死滅させる加熱殺菌の導入は、漬物の形を大きく変えていった。加えて昭和50年代の「日本人の栄養所要量」における食塩と高血圧の関係による1人1日10グラム以下という厚生労働省への答申はこれまでの漬物の食塩量を半分にするという事態になった。漬物は変化し「新漬物」になったのである。このことを踏まえて漬物と砂糖の関係を論じてみよう。
野菜の細胞は細胞膜に囲まれ安定した組織構造になっている。これが食塩、砂糖などの溶液に触れるとその浸透圧で構造が攻撃を受け、細胞膜の防圧機構が破壊されて内からも外からも通じる膜に変化する。この膜破壊を「漬かる」という。
白菜漬、胡瓜の浅漬は、細胞膜を通して食塩が細胞内に入り、中の糖、遊離アミノ酸、核酸関連物質、有機酸、香辛成分などと混和して一種のスープを形成したものである。野菜の美しい色調、歯ごたえ、スープの特有の風味を楽しむもので、新漬、浅漬、お新香という。梅漬物もこの一系統で市販品は塩漬したものを袋に入れたのち調味したものが多い。ほとんどが食塩2〜2.5%の間にある。キムチもこの分類の漬物の一つである。
すぐき、生しば漬のような乳酸発酵漬物、米ぬかを使う干したくあんのようなアルコール発酵漬物(アルコール1%に達する)がこれで、上記スープに乳酸菌または酵母が生育して、乳酸あるいはアルコールを作り、野菜風味と複合して絶妙な味を示し、欧米のサワークラウトもこの分類に属する。
福神漬、甘酢らっきょうのような醤油漬、酢漬は浸透圧の強い食塩で細胞膜を壊し高塩スープのまま貯え(塩蔵という)、加工時に切断、脱塩、圧搾、調味、熟成、包装したものである。古漬、置き漬といって生姜、青唐辛子以外は野菜の風味が脱塩工程で抜けて調味液の味が主体になる。粕漬、味噌漬、たまり漬もこの分類に入る。
以上の分類は漬物の風味や保存性、そして外観に大きく影響するので、漬物を理解する上で重要である。1)は加熱殺菌をすることはほとんどなく(梅干もしない)、3)は粕漬と生姜漬以外は加熱殺菌(中心部の達温70℃以上)をすることが多い。古漬でありながら低塩塩蔵(冷蔵庫中)し脱塩することなく野菜風味を活かした塩蔵浅漬というべき1)と3)の中間の新生姜もある。
漬物全体をみてみて消費者が漬物用野菜と認知した野菜は少ない。白菜、大根、胡瓜、漬菜、梅、生姜、らっきょう、茄子、かぶ、越瓜、にんにく、山菜、きのこ、わさび、山牛蒡と漬物生産量の多い順に並べた僅か15種類の野菜だけが漬物用野菜になっている。この他、刀豆、蓮根、しそ、しその実などの補助的なものが加わる。以上に入らないキャベツ、人参、トマト、ねぎ、玉ねぎ、ピーマン、セロリなどは全国でそれぞれいくつかの製品が見られるだけで、大々的に販売してみてもなぜか全く売れない。
これら15種の野菜に対する漬物用調味料は醤油(アミノ酸液を含む)、食酢、味噌、酒粕、キムチのたれの5種と、これも少ない。この他、食塩、砂糖、グル曹も有力な調味料だが、野菜と食塩だけで作って市販している漬物は京都のすぐき1点だけであり、砂糖だけで作った砂糖漬は、普通は漬物には分類されない。
表1に主要漬物生産量、出荷金額の推移、事業所数、一事業所の出荷金額、およびその年の全漬物の1キログラム当たりの出荷時単価を示した。全漬物の合計生産量は平成3年の120万トンをピークにゆるい上下を繰り返したが、平成17年に100万トンを割って以来、回復を見ない。平成元年は平成に入って初めての統計なので示した。平成9年は漬物単品として1位にあったたくあんをキムチが抜いた年、平成14年はキムチが平成9年から急激に上昇して38万6000トン、全漬物の32.6%を示してピークを迎えた年なので表に加えた。
表1 漬物生産量(t)
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*単位:100万円
**平成19年 |
消費者の嗜好傾向をみるとキムチの生産量は平成14年をピークに下がっているが、品質的にみると小えびや各種塩辛類と大根、ねぎ、にら、梨などの薬念(ヤンニョン)を増やした良質なものと、白菜漬にキムチたれを加えただけの浅漬的キムチの両極に分かれ、消費者の好みで購入できるようになった。後者は辛味を抑えて子供も喜ぶように作ってあり、鍋や麺類、豆腐のトッピングに使われる。最新の話題としてはガス置換、初発菌数抑制、新しいおろしたてにんにくによる抗菌性を使って賞味期限30日間、乳酸発酵を抑えられるキムチが売れて全国展開、7工場で製造し100億円の出荷金額に達しようとする企業がある。
たくあんは漬物アンケートでは首位をキムチと分け合うが、実際には昭和50年代の26万トンから落ち続けていたものが平成19年から上昇に転じた。たくあんは干したくあんと塩押したくあんがあるが、美味な干したくあんは乾燥に手間がかかるので宮崎と鹿児島の2県で2万トン(全たくあん生産量の25%)に減った。梅干・梅漬は和歌山県の南高梅を使った調味梅干の品質が向上し、和歌山県を出荷金額1位に押し上げて久しい。この他、中国原料に大きく頼る甘酢らっきょう、中国、タイ、台湾原料の生姜漬の2つは中国バッシングの中でも健康性、機能性で一応の売上を保っている。古い漬物という印象のある奈良漬は贈答用に使われ、最も単価の高い漬物になっている。
その他、最近よく売れているのは塩漬に属する日本三大漬菜の高菜、野沢菜、広島菜の刻み製品で、昆布、なめこ、長芋などと混ぜた浅漬として豆腐のトッピングや納豆に混ぜることも含めて、安定した売上を示している。この種の漬物で最も古いのは山形の近江(おみ)漬である。
「漬物は発酵食品」と言われてはいるが、実際には日本人の嗜好は乳酸発酵漬物を好まず、京都の代表的発酵漬物のすぐき、生しば漬の2つを合わせてもようやく1,000トンであり全漬物生産量の0.1%にすぎない。
砂糖の漬物製造におけるマイナスの第1は発酵することである。寿司屋に行くと必ず出てくる甘酢生姜(ガリ)には、家庭用の小袋を除けば砂糖が使われることはほとんどない。一斗缶に入ったガリは寿司屋の調理場の床に置かれ、何日間かかかって1缶10〜15キログラムを使う習慣になっているので、砂糖を使った製品では1日で発酵してしまって扱いにくい。したがってサッカリンが一般的、関心のある店の特注品ではアスパルテームかアセスルファムカリウムなどの合成甘味料が使われる。一般には砂糖は高価なため経費節減でサッカリンを使うものと思われているが、甘酢生姜(ガリ)にかぎっては全漬物中で唯一砂糖が使えないのである。
マイナスの第2は、かつて樽取りたくあんの製造者がサッカリン禁止に際して全員が経験した脱水の問題である。砂糖あるいはザラメを使って小麦ふすまと混ぜて塩押し大根と樽に詰めて蓋をして出荷したとき、すぐに大根が樽の中に浮いてしまったのだ。たくあん中の含量を15%にするために使ったたくさんの砂糖により大根が脱水を起こした。これが樽取りたくあんの衰退の原因となり、今や全てのたくあんが小袋詰めになった。また、この脱水問題は小袋詰めのたくあんを作るに当たって砂糖は大根が「やせる」と一般に言われており、ステビアなどを併用するのが普通だ。もっとも、この脱水問題は砂糖しぼり大根という人気漬物を開発しているが。
マイナスの第3は、砂糖を使うとアミノカルボニル反応により製品に褐変が発生することである。福神漬、たくあん、味噌漬あるいは甘酢らっきょうで長いあいだ全糖製品が少なかった理由はこれである。その後、合成甘味料使用が安心・安全面でやや評価が下がったので、袋の3層ラミネートの中間にガスバリア性の強いエバール(エチレン−ビニルアルコール共重合樹脂)をはさむことで全糖製品が増えた。実際にはたくあん以外はあまり褐変しなかったのだが。
マイナス点のうち発酵変敗は漬物を加熱殺菌することで防げるが、脱水と褐変を嫌って新甘味料のアセスルファムカリウム、スクラロース、ネオテームの使用も始まっている。
漬物への砂糖のプラス影響はジャム、菓子のような「甘味ばなれ」がまだ少なく、福神漬、味噌漬、たまり漬では「甘味は旨味」が生きている点である。甘味漬物では砂糖が多い方が売れる。ただ奈良漬、味噌漬、たまり漬を除いては野菜の種類によって甘味が効果を示す量的範囲があり、大根、かぶは多用できるが、白菜、漬菜類は限界があって砂糖2%、キムチで4%までである。胡瓜、茄子も少ないほうがよく、醤油漬で2%までとなる。ただし漬物全般を通じて「かくし味」的に砂糖を入れることは多い。この他、砂糖ではないが、福神漬、たくあんなどに糖アルコールのソルビトールを2%含ませておくと湿潤性により皿に盛ったあと長く美しさを保つ。
漬物における甘味は風味を向上させるが、場合によっては甘さがうるさく感じることがある。この辺は技術者の長く漬物製造に関係した経験で、最適の添加量を官能検査で決めている。
漬物は20〜30%の高甘味製品、10〜15%の中甘味製品、3〜4%の低甘味製品、添加しない無糖製品の4つに分類される。第2表に主要新漬の呈味成分(注)数値化を、第3表に主要古漬の呈味成分数値化を示す。この2つの表は筆者が主要漬物50種類を選び、その時点でスーパーマーケット、市場でよく売れているいわゆる「売れ筋漬物」10〜15点を選び呈味成分を分析したもので、換言すればその種類の漬物の一番よい味覚はどうなっているかを示したものである。この分析と品質判断は、合計49回にわたって食品関係誌に連載している。なお砂糖使用量は、表では糖分として示しているが、3.で述べた砂糖のマイナス点によって合成甘味料の併用もあるので、一部、官能検査での体感甘味度となっているものもある。甘味漬物については、さらに第4表に高甘味漬物の解説、第5表に中甘味漬物の解説をまとめて付した。
低甘味漬物は、醤油類の使用などで食塩が4%前後を示す古漬で、かくし味付与と塩かど除去のために砂糖を加えるものを指す。胡瓜一本漬、しその実漬、しば漬風調味酢漬がそれである。キムチも調味時にアミノ酸液、魚醤を使い、唐辛子も1〜2%加えるので、刺すような味をやわらげることと、皿に盛った後の湿潤性を保つために砂糖を3〜4%加えることが多い。甘い方が売れるという説も根強い。
これに対し白菜漬、野沢菜漬、胡瓜・茄子調味浅漬などの低塩で袋詰後に加熱殺菌をしないものは、発酵酸敗防止のために砂糖は加えない。
注:味を感じさせる原因となる成分
表2 主要新漬の呈味成分数値化(%)
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表3 主要古漬の呈味成分数値化(%)
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*醤油、アミノ酸液、アルコールは容量%
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砂糖の脱水、発酵、褐変などマイナス面を補う意味でサッカリン、ステビア、アセスルファムカリウム、スクラロース、ネオテームが使われている。ただ漬物工業技術者がこれらの研究をするわけではなく、営業担当者に砂糖に対する甘味倍率を聞いて加えるだけである。例えば、たくあん調味では製品甘味度を砂糖15%とする場合、10%を砂糖、残り5%は倍率を考慮してステビアを加えるというものである。また利便性、砂糖との価格差から、異性化糖のブドウ糖・果糖液糖を使う例は多い。この他、保湿性を目的として70%ソルビトール液は、たくあん、刻み古漬では多用される。また、はちみつは高級感を付与するようで、らっきょう漬に使う。以前、漬物の塩かど取りを兼ねて使われていた甘草・グリチルリチンは、甘味の質が悪く大きく減っている。
高甘味漬物(らっきょう漬)
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表4 主要高甘味漬物と解説
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表5 主要中甘味漬物と解説
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漬物における砂糖の歴史は天保8(1837)年に出た小田原屋主人著『四季漬物塩嘉言』に薤(らっきょう)三杯漬、花落茄子の芥子漬である初夢漬の2種にはっきりと砂糖の文字が見られる。明和5(1768)年に深川養育所内に製糖所を設け白砂糖を作り、さらに製法を諸国に伝えたのが製糖の起源とあるので、天保年間には漬物にも使われたと思える。それ以前の元禄8(1695)年の人見必大著『本朝食鑑』の香の物の項には醴酒(あまざけ)、浅漬、甘漬、百本漬(沢庵漬)があるが、全て麹を使って甘味を出している。中国の最古の農書、斉民要術(6世紀中頃)には麹を使った漬物が、日本では延喜5(905)年の『延喜式』に糟漬があって甘酒あるいは麹汁を使ったとみられ、中国南北朝あるいはわが国の平安期には甘い漬物が食べられていたことが判る。また、その頃の甘味には、飴、あまずらが使われていて、砂糖も遣唐使、遣隋使によってもたらされ唐菓子に使われていた。聖徳2(1712)年の和漢三才図会には台湾、交趾、寧波など諸国から白砂糖250万斤(一斤は600グラム)、黒砂糖80万斤、氷砂糖20万斤が入ったとある。
以上、歴史も含めて6章にわたって漬物と砂糖を取りまとめてみた。
まとめてみると漬物製造では、旨味の窒素系資材(醤油、酸分解アミノ酸液、グリシン、天然調味料)、酸味料については漬物工業の研究室も資材製造メーカーも一所懸命に調査研究あるいはそれに対する助言をしているが、甘味料についてはその効果についてあまり細かい検討を経ずに使うことが多いように感じた。
最後に、表6として福神漬の調味処方を参考までに付けておく。
表6 カレー福神漬の調味処方
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文献
前田安彦:『漬物学』(全373頁)幸書房
前田安彦:『新つけもの考』岩波新書
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