てん菜は日本では北海道だけに栽培される砂糖原料用の作物であり、栽培面積は北海道の畑作地の約16%にあたる約68,000haに及び、畑作地帯の輪作体系において、小麦、ばれいしょ、豆類と並んで重要な作物として位置付けられている。北海道では北海道農作物優良品種認定要領に基づき、新品種候補は、北海道立の各農業試験場が中心となって、現在栽培されている品種と比較し優れているかを検討される。そこで、成績優秀と判断された新品種候補が、北海道農作物優良品種認定委員会の認定を得て優良品種となる。てん菜では、最近10年間に北海道の優良品種に認定された品種は18品種あり、品種の移り変わりが比較的早い作物である。これは、もちろん、品種の能力が向上してきたことの証明であるが、どのような能力がどの程度改良されてきたのかは、意外と知られていない。てん菜の品種において重視される特性として、生産者側からみると、直接収益性に係わる高収量、高糖分であることはもちろん、例えば、薬剤散布回数の削減のような省力栽培に向く特性があること、生産費の低減に役立つ特性があることなどが挙げられる。製糖業者にとっては、このほかに製糖コストの引き下げに役立つ高品質などの特性が求められる。本稿では、最初に品種の重要な特性について具体的な例を紹介したあと、以降の章において、近年の品種能力向上の推移、将来における品種の将来展望について述べていきたい。
(1) 生態的特性
てん菜品種において最も重要な特性は、根の重量(根重)と根の中に含まれる糖分含有率(根中糖分)であり、原料てん菜取引価格もこの両者によって決定されている。一般に、根重と根中糖分の間には、一方が高まればもう一方が低下する負の関係があるため、両者を同時に向上させることは難しいとされる。糖量は、根重と根中糖分を掛け合わせた値で、品種間の砂糖生産能力を単純比較するのに大変役立つ。一方、てん菜根部に含まれるカリウム、ナトリウム、アミノ態窒素といった無機的な成分を有害性非糖分と言い、これらは砂糖の製造工程における妨げとなるため、これらの含量が多いほど製糖コストが大きくなる。上記の3成分の量と根中糖分により計算式で求められる不純物価は品質を表す総合指標として重要である。
(2) 抽苔耐性、病害抵抗性
てん菜は通常播種二年目に開花結実して種子をつける二年生作物であるが、生育初期に低温、長日条件に遭遇した場合には、一年目でも花芽分化し抽苔(とうだち)して開花結実する場合がある。抽苔した個体は生産物としての価値も劣るだけでなく、花茎が伸びて防除作業など機械運行の妨げとなって栽培管理の支障になることから、抽苔に対する耐性が強いことは、てん菜品種に欠かせない条件である。
病害の発生は、根重、根中糖分の低下と不純物価を増加させる大きな要因であり、病害抵抗性が強いことは、安定的な生産にとって重要である。さらに、抵抗性の弱い品種では必要とされる薬剤防除を省くことができる場合には、これにかかる労働や費用の削減に役立つ。
てん菜の主要病害には、そう根病、褐斑病、根腐病、黒根病があげられる。このうち、そう根病は一度発生すると化学的防除が困難な土壌病害で、同病の汚染の有無を明らかにすることは重要である。汚染圃場では同病抵抗性をもたない品種(以下、一般品種)を栽培すると著しく根重、根中糖分が低下するため、抵抗性をもつ品種の作付けが必須とされる。褐斑病は発生頻度が高く、薬剤の散布回数および防除面積が最大のてん菜の病害であるが、それだけに、抵抗性品種の利用は減農薬栽培に結びつく。根腐病、黒根病はどちらも根が腐敗する病害であり、一般に地上部の病害より防除対策が図りにくいことから、抵抗性の強化による防除対策への要望は高い。
(3) 形態的特性
形態的特性は、栽培管理にとって注目される特性である。例えば、葉が早く畦間を覆う品種は雑草を抑制する面で利点となるが機械中耕作業に気を遣うことになる。また、根の形状によって機械収穫の難易があり、根に溝の多い品種では土砂を抱え込みやすいなどさまざまである。しかし、実際には、てん菜の形態的特性において品種による差は小さく、比較的見分け可能なのは葉の形状(葉形)と葉の立ち方(葉姿)ぐらいであろう。葉形には細長く尖ったタイプと横幅が長く楕円形状のタイプとに大きく分けられ、葉姿としては、すっきり直立するタイプと広がって開張するタイプとがある。これらの特徴は、品種の倍数性による影響が大きく、通常の染色体が18本の二倍体では葉が細長く葉姿が直立するタイプとなりやすい。染色体を倍化(四倍体)すると各部が大きく肥大する個体が生まれるが、二倍体と四倍体を交配してできた三倍体は、葉が幅広で葉姿が開くタイプとなりやすい。根の形状は、根長の長短の比率が異なる場合があるが、それ以外では品種による差が小さく、外見で品種を見分けることは困難である。
3.品種特性の向上
(1) 根重・根中糖分
今回の報告では、1988年から現在まで新品種の検定試験に供試し続けている優良品種「モノホマレ」の能力を尺度として、1988年以降の優良品種について根重、根中糖分、糖量、不純物価の変動を解説する(表)。
表 優良品種名一覧(1988年以降)
注)*はそう根病抵抗性をもつ品種を示す。
糖分取引が始まる以前(〜1985年)は、根重のみによって取引価格が決定する方式であったため、品種の要件としては根重が多いことが第1に望まれた。糖分取引が導入された以後は、根中糖分により取引価格が変化する制度に替わったことから、根中糖分が高い品種を普及させる必要性が高まった。こうした背景のなか、糖分取引開始直後に選定された1988〜1989年の優良品種には、根重は少ないが根中糖分は高い品種から根重は多いが根中糖分は低い品種までさまざまな品種が登場した。1990年代前半(1990〜1995年)は、根中糖分の水準をさらに高めた品種が多く優良品種となり、1990年代後半(1996〜1999年)は、根中糖分の水準を維持しつつ根重を向上させたバランスのとれた中間型の品種が多く誕生した。近年(2000〜2005年)では、中間型品種の根重を多収化した品種が優良品種となる一方で、低糖分地帯への対策あるいは早期出荷による低糖分対策として、根重は少ないが根中糖分のレベルを一層高めた品種が出てくるなど多様化している(図1)。
図1 1988年以降の優良品種における根重、根中糖分の関係
注1)1988年に品種認定された「モノホマレ」を100として、各品種認定時の成績より計算した。
注2)白抜きはそう根病に抵抗性をもつ品種。
また、近年まで、そう根病に抵抗性をもつ品種の根重、根中糖分は、一般品種よりも1ランク劣る品種が優良品種に認定されていたが、現在では、糖量において一般品種並以上の品種が出現するようになり、能力の向上が目覚ましい。
このような変遷を経て、根重は対「モノホマレ」百分比で約5〜7%、根中糖分では約2〜3%の能力が、この約15カ年間に向上してきた。なお、1986年以降の全道の生産統計における成績では、根重は徐々に上昇していく傾向を示している(図2)。根中糖分はほぼ横這いで推移しているが(図3)、主産地の十勝、網走地域(全道の栽培面積の84%)では若干ながら上昇する傾向が見られる(図4)。
図2 北海道のてん菜根重の推移
注1)トレンド値は統計数理研究所のホームページを利用して計算した。以下同。
注2)2004年度てん菜糖業年鑑による。
図3 北海道のてん菜糖分の推移
注)2004年度てん菜糖業年鑑による。
図4 支庁別てんさい糖分の推移
注1)トレンド値によりグラフ作成した。
注2)栽培面積1,000ha以上の支庁を選択した。
(2) 糖量・不純物価
糖量の年度別推移を見てみると、ばらつきが見られるものの、徐々に増加する傾向があり、対「モノホマレ」百分比で表して1年間に約0.5%の比率で上昇している(図5)。なお、病害抵抗性の面で優れる品種、根中糖分の高い特長をもつ品種は、若干糖量が少ない場合にも優良品種に認定される場合がある。
図5 各年に認定された優良品種の糖量の推移
注1)各品種の認定時の成績より「モノホマレ」と比較した。
注2)白抜きはそう根に抵抗性をもつ品種。
注3)近似直線にはそう根病に抵抗性をもつ品種を含めないで計算した。
不純物価(前述、品質の指標)の年度別推移は、全体的には低下する傾向がみられ、この約15年間で対「モノホマレ」百分比で10%程度低下し、高品質化の方向へと向かってきた(図6)。
図6 各年に認定された優良品種の不純物価の推移
注)各品種認定時の成績より「モノホマレ」と比較した。
(3) 病害抵抗性
これまで認定された優良品種は病害抵抗性が強い品種が数少ないのが現状である。褐斑病に対する抵抗性は、1988年以降の36品種のうち22品種が“弱”の評価である。とくに一般品種については、全27品種中21品種が“弱”とさらに“弱”の比率が高まる(図7)。そう根病に対する抵抗性をもつ品種は、同時に褐斑病に対しても抵抗性を併せ持つ傾向が見られる。上記2病害に対し、根腐病、黒根病は、抵抗性の特性検定法の確立が1998年、2004年と比較的新しい。過去の品種も含めて、これらの病害に対する抵抗性は“中”以下であったが、近年、両病害ともに“やや強”クラスの品種が現れてきている。
図7 一般品種とそう根病抵抗性品種別の褐斑病抵抗性の傾向
注)1988年以降の優良品種における特性評価による。
近年の砂糖をめぐる情勢が厳しい中、今後もさらなる低コスト生産に向けて一層の合理化対策が進められると予想される。てん菜品種に対しても低コスト生産に適した特性への要望が強まると想定される。生産者のコスト低減には、病害による被害の軽減、防除の省略化が有効であると考えられる。特にそう根病に対する抵抗性が強い品種は褐斑病に対しても比較的強い抵抗性をもつことから期待が寄せられる。この5年間でそう根病に対する抵抗性が強い品種の根重、根中糖分の能力が向上したことから、栽培面積は、885haから11,477haへと大きく増加し、同病の発生地帯のみならず、発生が懸念される地帯にも普及が進んでいる。今後、さらに品種改良が進められ、根重、根中糖分、糖量が一般品種と遜色のない水準となれば置き換わる可能性が出てくるであろう。もちろん、これ以外の病害に対する抵抗性の強化も重要である。一方、てん菜の価格に係わる状況の変化によって生産者の多収栽培への関心が薄れてきた場合、現在、生産者の95%が行っている移植栽培が、低コスト栽培である直播栽培へと移行していくことも予想される。直播栽培では安定的な苗立ちの確保が重要であることから、これに有利に働くと考えられる特性(不良条件での高出芽率など)を強化した品種の開発に期待したい。製糖業者におけるコスト低減には、製糖・運搬経費などを総合的に考慮する必要があり、同じ糖量であれば、根重が多く根中糖分が低い品種よりも根重は少なくても根中糖分が高い品種のほうが有利である。また、製糖コストを抑えるために不純物価は低い品種が望まれる。
以上より、将来における品種は従来の多収性に加え、高糖分高品質化、各病害への抵抗性への強化が重視されるようになると考えられ、これらの特性に優れた品種が開発、普及されることで、てん菜の低コスト安定生産に貢献できるであろう。