[2005年10月]
【調査・報告〔農家経営〕】
1.はじめに
てん菜は北海道畑作農業の基幹作物のひとつである。近年その作付面積は微減傾向にあり、農業団体が定める作付指標や生産努力目標を下回っているが、今次の食料・農業・農村基本計画において「効率的かつ安定的な農業経営」を担い手とした経営安定対策(品目横断的政策)に転換することとされた。また、同計画においてはてん菜について、高性能機械化体系の確立、直播栽培技術の改善などにより、生産コストを1割程度低減するとともに、需要動向に応じた作付指標の作成とこれに基づく計画的生産を推進することとされ、生産努力目標は精糖換算で平成15年度の74万トンを27年度に64万トンとすることとされている。これは13%強の生産縮小であり、北海道畑作に与える影響は大きい。そこで、以下では、てん菜生産者を対象に行われたアンケート調査を活用し、てん菜作付を拡大あるいは維持しようとする生産者の特徴を検討することにより、てん菜の作付要因を整理し畑作農業の抱えるジレンマを明らかにすることにしたい。利用したアンケート調査は平成15年度に行われたもので、すでに農畜産業振興機構から「平成15年度甘味資源作物生産・経営構造調査報告書(てんさい)」として整理されている1)。
2.現況のてん菜収益性の評価
つぎに、てん菜の収益性評価とてん菜の10年後の作付意向の関係をみてみよう。表3によれば、収益性に大変満足している農家で作付拡大意向が強くみられるが、事例数合計が12の分布であることに注意が必要である。注目したいのは、収益性評価に満足、どちらともいえない、やや不満、大変不満という違いがありながらも、10年後の作付では拡大意向や現状維持意向とに関係性をみてとることができないことである。繰り返すが、一般的には収益性評価が高いほど作付意向が高くなると考えられる。この関係がみられないことは、収益性だけがてん菜の作付意向の決定要因でないことを想起させるのである。
収益性でてん菜の作付意向要因を導き出せないとすれば、先にみた地域での作物選択の相違や輪作の実施といった土地利用の違いが、てん菜作付のあり方に影響を与えることが考えられるため、この点を確認する。
地域別の10年後のてん菜作付意向を表4に示した。地域別には、その他地域で拡大意向が現状維持意向を上回っているが、北海道全体では拡大意向、現状維持意向は相半ばし大きな地域性を確認することはできない。さらに、現況の輪作実施という地力維持意識との関係を表5に示した。輪作を実施している農家が84%という高率であり、てん菜作付拡大意向をもつ農家のほうが輪作実施率は高いが、現状維持意向の農家と大きな違いを確認することはできない。しかしながら、少なくとも輪作実施といった土地利用の相違は、10年後のてん菜作付の拡大または現状維持を規定すると考えることができるのである。
表4 地域別10年後のてん菜作付意向
表5 輪作実施の有無と10年後のてん菜作付意向
そのほかに、てん菜の作付面積を規定する要因として強い関係がみられたのは、表6に示したように10年後の経営耕地の拡大意向である。10年後に経営耕地の拡大意向をもつ農家は全体の44%に当たる199戸であり、うち168戸、事例全体の37%がてん菜作付を拡大しようと考えているのである。現状維持農家150戸をみると、てん菜作付拡大意向をもつ農家は14戸、事例全体の3%にすぎず、てん菜作付も現状維持意向が全体の26%を占めており、経営耕地拡大意向の農家とは大きな違いをみせている。この意向から将来のてん菜作付を決定する大きな要因に経営耕地の拡大意向を挙げることができる。
経営耕地拡大意向がてん菜作付面積の動向を左右する要因であると考えられるが、やみくもな拡大はてん菜作付拡大には結びつかないようである。表7に現況の経営耕地面積と10年後のてん菜作付意向を示した。表によれば、25〜30ha、30〜40ha層で現状維持意向を上回るてん菜作拡大意向がみれるが、それ以上の階層ではてん菜拡大意向が低下し現状維持意向が強くなるのである。経営耕地の拡大にともなって労働力問題や単収の停滞・減退問題などが考えられるのである2)。
表6 10年後の規模拡大意向と10年後のてん菜作付意向
表7 現在の経営耕地面積と10年後のてん菜作付意向
以上の考察から、将来にわたっててん菜の作付面積の動向を規定する主な要因は、畑作農家の経営耕地拡大意向ではないかと考えられる。このことはてん菜の収益性と関連がないことを示すものではない。アンケートでは40%以上がてん菜の収益性を評価していたし、何よりも経営耕地の拡大はより大きな収益の獲得を期待していると考えられるからである。また、本考察が示すことは、畑作経営にあっては特定作物の計画生産だけではその結果が期待できず、総合的な調整の必要性、とりわけより規模拡大が進展したときの畑作土地利用のあり方が検討されなければならないということである。高い輪作実施率にも示されるように、畑作は輪作という土地利用が不可欠なのであり、今後も高率の離農が予測される畑作地帯では規模拡大意欲の継続は農地資源そのものの保全と関係せざるを得ないからである。総精糖生産量=てん菜作付面積×面積当たりてん菜収量×糖分であり、食料・農業・農村基本計画の生産努力目標は作付面積が大きく左右する。仮に、面積が維持されるとすれば、農家にとっては面積当たりの糖生産量が減少することによる所得問題が発生する。しかし、農家が収量や糖分を減少させる行動を選択するとは考えられず、しかも糖分含量の低い原料を使用することで製糖工場はコスト高問題などを抱えることになる。こうした問題が調整されず、輪作に組み込める新規作物が見出せなければ、畑作土地利用は混乱せざるを得ないと考えられる。
注:1)農畜産業振興機構『平成15年度甘味資源作物生産・経営構造調査報告書(てんさい )』平成16年3月。本報告は同報告書アンケートの再集計であるが、異常値と思われる事例を除いた452戸を対象としている。
2)50ha以上層になると、農業所得総額は増加するが、単収の低下傾向がみられ単位面積農業所得額は減少傾向がある。また、小規模畑作層は高齢化、大規模畑作層では労働時間といった労働力問題でてん菜作付割合の低下傾向がみられる。平石学・志賀永一・黒河功「大規模畑作経営の農家経済の特徴(1996〜2001年)−農業経営部門別統計を対象として−」北海道大学農業経営学教室『農業経営研究』第29号、2003年2月、および平石学「十勝地域畑作経営におけるてん菜直播栽培の収益性導入指標」北海道立十勝農業試験場研究部経営科『平成14・15年度農業経営研究成績書』平成16年3月などを参照。