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てん菜栽培技術選択の方向性とその要因に関する実態調査

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2006年1月]

【調査・報告〔農家経営〕】

北海道大学大学院農学研究科 助教授 志賀 永一

1.はじめに
2.調査農家の概要
3.肥培管理の対応
4.コストダウン対応
5.てん菜直播の契機
6.経営内におけるてん菜の評価
7.農家のてん菜評価と課題

1.はじめに

 北海道のてん菜作付は平成13年から4年連続の豊作を記録し、14年からその単収は6トンを超えている。しかし、こうした豊作を素直に喜べない状況が存在している。それは消費者の砂糖に対する誤解などによる甘味離れ、加糖調製品などの輸入増加によりてん菜糖を含む砂糖の需要が低迷しているからである。
 17年3月に示された「食料・農業・農村基本計画」の生産努力目標においても(15年度基準、27年度目標)、てん菜糖は精糖換算で74万トンから64万トンへ、作付面積も6.8万haから6.6万haへの減産型の展望が示された。そして、農業者そのほかの関係者が積極的に取り組むべき課題として、「高性能機械化体系の確立、直播栽培技術の改善等により、生産コストを1割程度低減」すること、「需要動向に応じた作付指標の作成とこれに基づく計画的生産を推進」することが指摘された。このように、てん菜栽培は生産コスト低減が課題となり、直播などの栽培技術の普及も課題となっている。こうした中で栽培農家は生産コスト低減の方向で技術選択や投資選択を行っているのか、あるいは規模拡大にともなう栽培面積の拡大などが選好されているのであろうか。また、その要因は何か。てん菜栽培農家に対して行った調査をもとに、てん菜栽培農家の技術選択の方向性とその理由を検討する。

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2.調査農家の概要

 調査地域は、北海道十勝地域A町である。周知のように十勝地域のてん菜作付面積は29,800haであり、北海道の44%を占める(平成16年、図1)。A町選定の理由は大規模な畑作経営が多く、しかもてん菜直播農家も存在することである。


図1  十勝地域のてん菜生産動向

 調査農家戸数は20戸であり、経営耕地は最大78ha、最小22.5haであり、60ha以上2戸、50ha台9戸、40ha台7戸、40ha未満2戸である。労働力は家族労働力主体であり、経営主夫婦を中心に父母世代あるいは後継者世代が加わり、3名の家族労働力を保有している。ただし、2戸は家族労働力2名の農家である。
 作付作物をみると、てん菜のほか、小麦、馬鈴しょ、豆類の4作物が中心であるが、比較的手がかからず地力対策をかねた加工用スイートコーンや緑肥、逆に、ながいも、キャベツ、にんじんなどの労働集約的な野菜を導入している農家も存在する。てん菜は全農家で作付され、うち2戸は直播である。その作付率は最大事例で23.8%、最小は14.3%であり、平均は19.8%であるから、てん菜作付間隔は平均的にみれば5年に1回であるが、作付割合の高い事例では4年に1回の作付になっていることがわかる。
 調査事例における農業粗収益は最大で6,500万円、最小でも2,200万円であり、農業所得は1,000万円超が事例の80%ほどとなっている(全戸回答ではない)。史上最高といわれる生産を記録したことは、この農業所得額の高さからもうかがうことができよう。

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3.肥培管理の対応
 繰り返し述べてきたように、十勝地域は平成13年から作柄に恵まれ、農家経済も安定しているといわれている。調査事例の16年のてん菜収量も平均で7,464kg、平均含糖率17.2%と極めて高く(図2、範囲をつけて回答した事例を除く。北海道平均は、それぞれ6,850kg、17.2%)、中には「はじめて7,000kgを超えた」「平年より500kgも増収している」との回答もみられた。この高収量状態は天候だけの要因なのであろうか、13年からの4年間には初期生育の悪かった年次があったことも事実である。そこで、てん菜に即してここ5年間ほどの肥培管理の重点事項を確認した。


図2  調査事例のてん菜作付面積と収量

 調査事例で回答されたことは、(1)品種の交代、(2)土作り・たい肥投入、(3)指導技術の励行であった。
 第1に、品種の交代は従前の「アーベント」「スコーネ」「めぐみ」などの主要品種から、「えとぴりか」「のぞみ」などへの変化である。十勝全域でも「えとぴりか」は14年の14%から15年33%、16年35%と広範に選択されている。
 第2の土作り・たい肥投入は必ずしも近年5年間の変化ではない。A町のJAは、早くから鶏ふんの斡旋などに取り組み、平成に入ってからはたい肥製造施設を設置し、農家へのたい肥供給を強化している。こうした背景もあり調査事例では65%が土作りの成果、それに伴う肥料施用の見直しを増収や糖分向上の一要因と回答していた。さらに、てん菜栽培は深耕を行うため、たい肥投入対象作物として評価されている点である。一般的には、小麦収穫後、えん麦などの緑肥を栽培し、そのすき込み時にたい肥を散布し秋起こしを行うという作業体系が採用されている。てん菜は、たい肥投入をともなう輪作の励行に不可欠の作物と認識されているのである。
 第3は、指導技術の励行であった。この対応は品質、すなわち糖分向上対応として認識されており、普及センターや製糖工場の指導である6,500〜7,000株/10aという栽植密度の励行である。調査事例の株間は20〜24cmであるが、この間隔を変化させながら、最も増収につながる株間の模索が行われている。また、さきのJAたい肥製造施設は、病害の蔓延を防止する意図からてん菜の遊離土もたい肥原料としており、調査事例も3戸が病気を出さないことを重点対策として回答していた。てん菜の肥培管理意識が大きく向上していると考えることができよう。
 このような調査事例の肥培管理対応をみると、てん菜の品質を向上させながら、しかも増収を図るという意向が非常に高いと考えることができよう。てん菜生産努力目標で課題とされたコストダウン対応はどうであったのかを、次に検討する。

4.コストダウン対応

 コストダウンの対応を機械投資と資材調達の2つの対応から検討した。てん菜関連の機械投資で注目されるものは、全自動移植機の導入である。全自動移植機は、移植時の機上作業者数を減少させることが可能であり、そのため補助者を含め4名の家族労働力を保有していれば雇用労働力の調達を回避できる。雇用労働力が不足し、高齢化している現況では全自動移植機の導入が進展しているが、調査事例ではコスト低下に結果しているという回答はみられなかった。また、防除作業はスプレーヤのタンクが大型化していたが、これも作業効率の向上という回答がほとんどで、コスト低下を指摘する回答はなかった。特に、16年はてん菜作付面積が抑制されたこともあり、作付面積増によって機械費用の節減を目指す対応が採用できなかったことも、調査事例の意向に反映していた。
 資材調達に関しても、全般的にコスト低下意識はみられなかった。中国の鉄骨需要を反映した鉄製資材の高値傾向、原油価格ならびに円安傾向を反映した各種資材価格の高値傾向が、調査事例の努力では回避しにくいという回答であった。こうした中、さきのたい肥投入に伴って化学肥料投入量を減少させたという事例が3戸みられた。
 これら事例はたい肥投入を化学肥料投入減で補い、肥料費合計は増加していないと回答している。しかし、他方で化学肥料投入を減らすと収量が減少するのではないかという不安で、投入量を減少できないと回答した事例も2戸存在した。
 このような調査事例の回答からすれば、経済環境の変化の中でコストを低減するのは困難で、かろうじて維持しているというのが対応の基本であると考えられ、こうした条件から収量・糖分の向上をめざすという対応が明確に示されたと考える。

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5.てん菜直播の契機
 てん菜生産コストの低下が進まないと回答する調査事例が多い中で、直播を行う事例が2戸存在していた。この事例は、どのような理由で直播栽培を選択したのか、そのコスト評価はいかなるものかを検討する。
 事例1(経営耕地51ha、てん菜12ha作付)は労働軽減を主目的とした直播継続事例であるが、春先の風害・霜害へ対応するため16年からマルチ被覆栽培を行っている。マルチ実施後、災害がないため効果を確認できていないが、資材費用は7,000円/10aかかるため、移植栽培と比較しても経営費の低減になっていないと評価している。ただし、育苗ハウス設置を含めた育苗作業が不要となることを特徴として指摘している。
 事例2(経営耕地30ha、てん菜7ha作付)は17年から全面積直播を実施している。その理由は父母の高齢化であり、数年前から可能な限り経営主1名での作業を模索していたことである。直播実施農家圃場の見学・研修を続け、16年に1haの試作を行い、「直播は危険性があり運まかせの技術」と評価しながらも、17年から本格移行している。
 両事例ともコスト低減よりも、労働力・労働時間を契機に直播に取り組んでいる。ところで、事例1によれば、事例2のように1haほどの試験をしている農家がほかにもあり、「どんな品種を使うのか、どんな機械を使うのか、発芽率は?」といった質問をよく受けるそうである。てん菜の情勢をみすえた対応と考えられ、こうした試作・試験栽培の普及が直播自体の普及にも有効だと考えられる。

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6.経営内におけるてん菜の評価
 これまでみてきた調査事例のてん菜作への取り組みに関して、改めて他作物との相対的評価を検討する。表1に各質問項目に対するてん菜の順位を示した。調査事例の平均作付作物数は7.1であり、これに対して「(1)作付面積の自由性がある」と評価した順位は平均で6.2番目であり、てん菜を上位3位までにあげた事例は16.7%、1位はなし、下位3位までにあげた事例が83.3%であったことを示す。つまり、てん菜の作付制限が設定されたことにより、面積増減の自由性がないと考えていることが明確に示されている。表示はできなかったが、作付面積に関連して高齢農家の一部にみられる。てん菜作付を中止し、より労働粗放的な小麦や澱原用馬鈴しょに偏作する事例の農地を取得した場合、てん菜作付の可能性を危惧する回答があった。計画生産に伴い作付権発生などが早くも課題と認識されているのである。

表1 調査事例のてん菜評価
単位:作物数、順位、%

農家実態調査により作成。
20戸全戸の回答が無い場合があるため、割合で表示した。
回答が無い場合は空欄とした。
馬鈴しょは用途別に1作物とカウントして回答をえた。


 てん菜を上位に評価している項目をみると、収量面の高さ・安定性((5)、(6))、価格の高さ・安定性((7)、(8))、売上の高さ・安定性((9)、(10))であり、これらは調査事例のほとんどが上位3位までに評価し、(5)・(6)、(9)・(10)に関しては半数以上の事例が第1位に評価している。このような収量や価格の安定による売上の安定性が、多少費用はかかるが((11))、所得は高く((12))、結果として経営主が得意とする作物((4))として評価されていると考えることができよう。連作はできず((2))、手間もかかるが((3)省力性)、収量の安定性に由来する経済的な安定性が評価されているのである。

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7.農家のてん菜評価と課題
 20戸という調査事例の意向ではあるが、てん菜は安定性をもたらす作物として強く意識されているため、作付面積を確保したい作物であり、たい肥投入など土作りの基幹をなす作物として畑作経営に評価されている。このような評価が、経営費やコスト増加につながっても、より売上の増加をもたらす品質・単収向上に結果する肥培管理への取り組みを積極的にさせていると考えられ、糖分の向上対策や肥培管理などの集約的な取り組みにより安定化を図ると考えられる。畑作農家には、これら取り組みが結果的にコスト低減をもたらすと考えられているのである。
 こうした中で直播を含む低コスト生産を振興していくためには、かつての直播が「不安定」(出芽率が低い、出芽後に強風被害、霜害の被害を受けるなど)であったことへの対処が必要になろう。直播技術も改善されているとはいえ、いまだ不安定さを残しているし、何よりも「かつての直播の経験」が導入を制約しているのであり、改善された直播技術の経験(導入)を妨げているのである。試作段階での失敗や災害などへの補償を行うなどの対策によって直播栽培の経験が蓄積されない限り、畑作農家はより集約的な取り組みで安定化を模索する実態にあると考えられる。
注記:実態調査に際しては事例農家ならびにJAにご協力をいただきました。感謝申し上げます。

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