生活習慣病に対する関心がより一層の高まりをみせる中、適度な運動習慣の獲得と並んで、もしくはそれ以上に適正な食生活の重要性が注目されている。特に肥満はメタボリックシンドロームの主要因となることから、カロリーの過剰摂取は現代社会の抱える大問題となっている。このような状況の中で、低炭水化物食を勧める一部のダイエット法の流行などの影響もあり、摂取カロリーの減少を目的として炭水化物摂取を控えようとする場合が少なくない。国民全体でみても過去10年間においては、摂取エネルギー量に対する炭水化物の占める割合が低下してきているが、スポーツ場面のように筋グリコーゲンの補給が必要な状況においては、従来の日本国民における炭水化物60%のPFCバランスが理想的であるといわれている。
糖は細胞内では有酸素的にあるいは無酸素的に分解され、エネルギー源であるATPの合成のために利用される。特に脳・神経系においては、エネルギー源のほとんどが糖であるため、これらの器官の障害の原因となる血液中の糖濃度(血糖値)の著しい低下が生じないようなしくみが生体には備わっている。また、運動を行うと骨格筋中のグリコーゲン含量が低下するが、運動後に適切な食事(高炭水化物食)を摂取することで、速やかなグリコーゲンの蓄積が行われ、運動開始前よりもより多くの蓄積が可能となる。このようなことから、運動競技の場面では、運動後の適切な糖摂取がパフォーマンスの向上と深く関連している。
一方、食事後に全身の代謝が増加すること(食事誘発性熱産生)は広く知られており、カプサイシンのように、骨格筋代謝の増加を引き起こす機能性食品も存在する(Ueda
2002)。昨年度、農畜産業振興機構の委託学術調査において我々は、75gの砂糖(グルコース)摂取によって筋血流量および筋有酸素代謝量が上昇する可能性を示した。しかしながら、一般的なスポーツドリンクに含まれる糖の量は全飲料の2%程度であるものが多い。 そこで本研究は、運動後において摂取する糖の量を変化させた場合、全身および末梢組織の代謝、特に有酸素代謝に及ぼす影響について検討した。
成人女性6名(年齢21.6±0.5歳)を対象とし、プラセボ対照法を用いて、2種類の濃度の糖(グルコース)およびプラセボ摂取による安静時および運動後の筋(左前腕部)代謝賦活状態の計測を行なった。糖摂取量は1.5g/kg体重(G群)および0.15g/kg体重(GP群)の2種類とし、200mlとなるように水に溶解して投与した。糖に対するコントロールとして、人工甘味料(アスパルテーム)を0.27g/kg体重(P群)、水に溶解して投与した。測定は各被験者3回行ない、順番はランダムとした。なおGP群の摂取物はG群の摂取物と見分けがつかないようにするために、0.243g/kg体重のアスパルテームを加えて甘さを調節した。
被験者は測定開始前12時間は水以外の摂取をしないこととし、実験室に来室後最低30分間は仰臥位での安静とした。その後最大酸素摂取量の40%強度で30分間の自転車運動を行い、運動終了30分後に摂取物を投与した。
全身代謝の測定は、呼気ガス分析装置(ミナト医科学社製AE-300S)およびベッドサイドモニタ(日本光電社製BSM−4103)を用いて酸素摂取量、呼吸交換比、心拍数および血圧測定を運動前安静時、運動後安静時、摂取物投与30分後に行った。
筋代謝の測定は、近赤外分光装置(オムロン社製HEO200)を用い、運動前安静時、運動後安静時、摂取物投与30分後、60分後および90分後に行なった。近赤外分光装置のプローブの送受光間距離は、先行研究を参考に3cmとした。酸素化ヘモグロビン/ミオグロビン、脱酸素化ヘモグロビン/ミオグロビン、総ヘモグロビン/ミオグロビンの変化量から、一時的動脈血流遮断法(Hamaoka
1996, Sako 2001)により筋酸素消費量を測定した。なお筋酸素消費量および筋血流量は、それぞれ運動前の安静時の値に対する比率として評価した。小型血糖測定機(グルコカード、アークレイ社製)を用いて指先から採血した血液により血中グルコース濃度を安静時、運動開始直前、摂取物投与直前、摂取30分、60分および90分後に測定した。
無酸素性全身パワー測定として、自転車エルゴメータ(コンビ社製PowerMAX-V)を用いたWingate Testを摂取物投与100分後から行なった。Wingate
Testは体重の7.5%の負荷で30秒間の全力自転車運動を行い、そのときの発揮パワーから無酸素性エネルギー発揮能力を評価する方法である。
統計処理に関しては、2要因の分散分析を用い、交互作用があった場合には事後検定(Fisher LSD)を行い、危険率5%未満をもって有意とした。
3.調査結果
2種類の糖摂取およびプラセボ摂取測定終了後、摂取物質の味について被験者に質問したところ、味の違いは認知できる被験者はいたものの、物質を断定できる被験者はいなかった。
1)血糖値
G群、GP群およびP群の血糖値はそれぞれ安静時87±5mg/dl(平均±SD)、86±7mg/dl、85±7mg/dlであったのに比較して、運動後の摂取前安静時では81±7mg/dl、83±4mg/dl、81±8mg/dlとなり、全ての群において30分間の自転車運動により有意に低下していた(p<0.01)。摂取物投与前後の変化を図1に示した。G群においては30分、60分および90分後においてそれぞれ167±15mg/dl、165±23mg/dl、143±21mg/dlとなり、P群およびGP群に比較して90分間を通して有意に高値を示した。GP群においては30分後に111±11mg/dlとなり、P群に比較して有意に高値を示したが(p<0.001)、その後は有意な差は認められなかった。このことより、G群およびGP群において摂取した糖は全身代謝、筋代謝および脳機能に対する異なる糖摂取量の違いの検討を目的とした本研究の方法の妥当性は証明されたものと考えられる。なお、糖摂取に対するインスリン感受性の検査である75gOGTTの検査結果は、全ての被験者で正常の範囲内であった。
図1.糖投与による血糖値の変化
*:P群に対する有意差(p<0.01)
#:GP群に対する有意差(p<0.01)
2)全身および骨格筋代謝
全身の酸素摂取量は安静時および検査飲料摂取30分後において、G群では170ml/min、191ml/min、GP群では173ml/min、181ml/min、P群では167ml/min、182ml/minとなり、G群で高値を示したものの各群間での有意な差は認められなかった。血圧、心拍数および体温についても各群間で有意な差は認められなかった。
筋酸素摂取量(安静時に対する比)は摂取30分、60分および90分後でG群が1.2±0.2、1.6±0.3、1.4±0.3倍、GP群が1.2±0.4、1.1±0.2、1.2±0.6倍、P群が0.9±0.2、1.0±0.4、1.2±0.2倍となり、60分後のG群においてGP群(p<0.05)およびP群(p<0.01)に対して有意に高値を示した(図2)。筋血流量に関しては群間での有意な差は認められなかった。
図2.糖投与による筋酸素消費量の変化
*:P群に対する有意差(p<0.01)
#:GP群に対する有意差(p<0.01)
G群の筋酸素消費量が、摂取60分後にGP群およびP群に対して有意に高値を示したことは、昨年度の我々の研究結果と一致する。GP群の筋酸素消費量には有意な増加が認められなかったことから、体重あたり0.15g/kg(平均7.1g/47.5kg)の糖摂取による血糖値の上昇の程度あるいは時間では筋酸素消費量を増加するには十分でなかったと考えられる。75gの糖を摂取した昨年度の研究では、インスリン感受性の低い被験者が含まれていたこともあり、筋酸素消費量に対する糖摂取の影響に被験者間でのバラツキが大きく、有意な増加は認められなかった。そのため本研究では、あらかじめ糖負荷試験を行いインスリン感受性が正常範囲内であると考えられる被験者のみを対象とした。G群において認められた筋酸素消費量の増加がカプサイシン摂取の影響を検討した研究(Ueda
2002)と同程度であることは、非常に興味深い結果である。全身の酸素摂取量には、糖摂取による有意な増加が認められなかったことから、糖摂取に対する局所的な代謝反応に部位特異性があることが示唆された。今後は前腕に比べて筋量の多い大腿部等の筋での検討の必要性が考えられる。
無酸素性全身パワー測定については、平均パワーがG群で284.0watt、GP群で281.8watt、P群で282.0wattとなり、群間での有意な差は認められなかった。Wingate
testの成績には、自転車運動を行う際の主働筋である大腿四等筋の貯蔵グリコーゲン量やモチベーションの高さ等が関係すると考えられるが、Wingate test開始100分前の糖摂取の有無、あるいは開始時の血糖値には影響されないことが示された。
正常な耐糖能を有する成人女性において、体重1kgあたり1.5g、総量で平均71.2gの糖を摂取することにより、末梢組織(前腕の屈筋)の酸素消費量が安静時の1.6倍に増加した本研究結果は、糖摂取が単なるエネルギー摂取となるだけでなく、代謝の亢進を誘発することを示すものである。食事誘発性の熱産生反応はよく知られているが、骨格筋での局所的な増加を確認したのは、本研究がはじめてとなる。糖摂取により増加した酸素消費量の絶対値は本研究からでは明らかにはならないが、摂取エネルギー量の一部が代謝亢進によって相殺されているという事実は、過度のエネルギー摂取を予防し、適切な糖摂取量を考える上で重要な知見であると考えられる。
Ueda C., Hamoka, T. et al. Food intake increase resting
muscle oxygen consumption as measured by near-infrared spectroscopy. Eur.J.Sport
Sci. 2(6) : 1-9, 2002.
Hamaoka,T., Iwane,H. et al. Noninvsive measures of oxidative metabolism on
working human muscles by near-infrared spectroscopy. J. Appl.Physiol. 81:1410-17,
1996.
Sako, T., Hamaoka, T. et al. Validity of NIR spectroscopy for quantitatively
measuring muscle oxidative metabolic rate in exercise. J.Appl.Physiol. 90
: 338-44, 2001.
〔用語解説〕
メタボリックシンドローム
内臓脂肪型肥満によって、さまざまな病気が引き起こされやすくなった状態
筋グリコーゲン
筋肉に蓄えられた糖質で、運動のエネルギーとなるもの
PFCバランス
たんぱく質(Protein)・脂質(Fat)・炭水化物(Carbohydrate)の3大栄養素の摂取バランスを示す指標
ATP
クエン酸回路において生産されるエネルギー源で、細胞の活動を支える物質
カプサイシン
唐辛子の辛味成分で、脂肪を分解するホルモンのアドレナリンを分泌させ、体脂肪の分解を促進し、体脂肪の燃焼、新陳代謝の活性や免疫力の向上などの効果がある
有酸素代謝
酸素を使って糖質や脂肪を代謝させること
プラセボ対照法
新薬を開発するときなどに用いられる、でん粉や砂糖のような不活性物質を使ったプラセボ(偽薬)を使って、薬の効果と比較する試験
〔用語解説〕
メタボリックシンドローム
内臓脂肪型肥満によって、さまざまな病気が引き起こされやすくなった状態
筋グリコーゲン
筋肉に蓄えられた糖質で、運動のエネルギーとなるもの
PFCバランス
たんぱく質(Protein)・脂質(Fat)・炭水化物(Carbohydrate)の3大栄養素の摂取バランスを示す指標
ATP
クエン酸回路において生産されるエネルギー源で、細胞の活動を支える物質
カプサイシン
唐辛子の辛味成分で、脂肪を分解するホルモンのアドレナリンを分泌させ、体脂肪の分解を促進し、体脂肪の燃焼、新陳代謝の活性や免疫力の向上などの効果がある
有酸素代謝
酸素を使って糖質や脂肪を代謝させること
プラセボ対照法
新薬を開発するときなどに用いられる、でん粉や砂糖のような不活性物質を使ったプラセボ(偽薬)を使って、薬の効果と比較する試験