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お砂糖豆知識[2006年12月]
最終更新日:2010年3月6日
「甘み・砂糖・さとうきび」(3) |
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独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
研究管理監 杉本明 |
〜砂糖作りの主人公〜 |
砂糖を作るのは誰?
世界各地の大都会、東京にも、大阪にも精製糖工場、いわゆる白砂糖、グラニュー糖、氷砂糖、琥珀色をしたクリスタル砂糖等、普通に店で売られるさまざまな砂糖を作る工場がある。それとは別に、北海道や、種子島から、奄美大島、南大東島、石垣島、波照間島、与那国島等にかけての南西諸島には、大きな前庭(原料の集積場)を持つ製糖工場がある。冬になると前庭には原料が山積みされ、建物からは蒸気が立ちこめ、甘い薫りがすっぽりと周辺を包む。なぜ北海道や沖縄に製糖工場があるのだろうか?当たり前のことだが、砂糖は元々てん菜(さとうだいこん)やさとうきびが作るからであり、北海道はてん菜の、南西諸島はさとうきびの主産地だからである。どちらも代表的な糖料作物であり、北海道や南西諸島の工場は、これらの作物から粗糖(原料糖ともいわれる)や精製した白砂糖を取り出す工場、すなわち製糖工場である。原料の産地には原料を処理して保存や運搬のしやすい製品(原料糖)にする原料糖工場があり、大都会には華やかな製品を作る精製糖工場がある、これが砂糖製造における世界共通の図式である。ところで、砂糖はてん菜やさとうきびが作るというが、何か特別なことがあるのだろうか?
植物は砂糖を作る
そもそも植物は砂糖を作る。砂糖(ショ糖)の化学式はC12H22O11である。それを見るとわかるが、その組成は水素と炭素と酸素、即ち、砂糖の原料は二酸化炭素と水、製造のエネルギーは太陽光線である。要するに砂糖は、デンプンと共に、地球における生命活動の基本である植物による光合成(炭酸同化作用)の最終産物の一つである。すなわち砂糖は植物が作るというわけである。もちろん水と二酸化炭素と太陽エネルギーがあればよいというものではない。製糖工場がさとうきびやてん菜などの原料やボイラーに必要な熱源の他、そもそものものとしての工場施設や機械、搾った甘蔗汁を清澄化するために用いられる石灰、工場を動かす人材、その他多くの資材が投入されて砂糖作りをするように、植物が砂糖を作るにも、二酸化炭素、水、太陽光線の他に、多くの養分が必要である。主原料の水と二酸化炭素、そしてエネルギーのうち、二酸化炭素とエネルギーは葉から、その他の養水分は根から取り込まれると考えてよい。根から吸収される養分の内、窒素、リン酸、カリはその代表で肥料の3要素と言われる。
光合成は主に葉で行われる。水、二酸化炭素、太陽エネルギーにより、葉中で砂糖とデンプンを作り、葉脈を通して茎や根に取り込む。そのようにして生存・生長に必要な物質を合成する。稲や麦、大豆、トウモロコシのような種子繁殖植物の場合、植物体を形成した後は、光合成産物等は主に次世代の種子に貯められる(でんぷん等の光合成産物と体内で合成されたタンパク質等)。栄養繁殖性植物では、植物の特徴に応じた器官にそれを貯める。サツマイモは塊根と言われる地下部の器官(肥大した根)に、ジャガイモは塊茎と言われる地下部の特殊な茎に養分を貯める。個体として生長を続けている間は塊根や塊茎は肥大を続け、地上部が枯れたり、刈り取られたりすると、条件に応じ、貯めた養分を利用して芽を出し、再び生長を始める。また、多くの樹木は、光合成産物を幹の内部に貯め、それを分解してエネルギーや物質合成の基質に用いて個体としての生長を続ける。
甘味を貯める植物 そして甘味のための作物
植物の光合成の最終産物はデンプンとショ糖(砂糖)であると記した。デンプン等が比較的貯まりやすい植物の多くは、その有用性故に長い年月の間に改良され、それぞれが個性豊かな作物となった。水稲品種が野生稲とは比べもにならない程に姿を変えていることや、大部分の栽培作物の野生種の姿が一目では現在の作物の先祖とは分からない程に違いが大きいことなどにその歴史が良くあらわれている稲やサツマイモ、馬鈴薯、その野生種のように、デンプンを貯める植物・作物があると同様、甘い糖質、砂糖や果糖を貯める植物・作物がある。花の蜜が甘いのは「蜂蜜」の存在で分かるし、柿や梨、葡萄や林檎、マンゴーやレイシ、リュウガン等の果実、イチゴやメロン、スイカ等がある。その甘味はそれらが作物として生活に取り込まれたことの原点である。最近ではナスやトマトなどの野菜類もめっぽう甘い。生で食べても甘いトウモロコシ、サツマイモ等もある。いずれも、植物が人間の好む方向に改良され続けてきた姿である。
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写真1 稲 |
写真2 さつまいも(イモ) |
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写真4 かき |
写真3 大豆 |
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甘い作物、甘味をためる作物は数多く知られる。しかし、工場で砂糖を作るための原料となるほど沢山貯める植物は多くはない。砂糖を貯蔵物質とし、人間にとって効率的に貯める作物は糖料作物と呼ばれる。高緯度の糖料作物に、カナダ産メープルシロップとして珍重され、幹に傷を付けて甘い汁液を集めるさとう楓がある。低緯度地方には、花房に傷を付けて汁を取り出し、椰子糖と総称される砂糖の原料になるさとう椰子の仲間がある。また、トウモロコシに良く似た姿をし、吉備団子で有名なソルガムの仲間で、茎の中に甘味をためるが、果糖やブトウ糖が多く砂糖の製造には向かないためにシロップに用いられるスイートソルガムも糖料作物の一つに数えて良いのではないだろうか。
糖料作物 てん菜とさとうきび
糖料作物の代表はなんと言っても、高緯度地域のてん菜、そして熱帯・亜熱帯地域のさとうきびである。てん菜は根に、さとうきびは茎に砂糖を貯める。
てん菜は種子繁殖植物であるから、本来は種子に栄養を貯めて次世代の繁栄に努めるはずであるが、作物としてのてん菜は植物の繁殖戦略としては意味の薄い、根に膨大な量の光合成産物を貯める。人間の利用に合わせて特性が改変された品種改良の典型的な姿である。砂糖大根ともいう。畑で見ると、地下部は大根または大きな蕪、地上部は大きなホウレンソウといったところである。晩秋に桜島大根のような根を掘り出し、根中の砂糖を抽出して純化したものが北海道産のてん菜糖である。てん菜栽培の歴史は比較的新しく、ナポレオン時代のヨーロッパ、さとうきびを原料とする砂糖の国際物流の停滞を補うために意図して作られた作物である。1747年、ドイツ人マルクグラフによる発見がその始まりといえよう。その後の作物開発・製造技術の発展、生産の拡大はめざましく、一時期はさとうきびを凌ぐほどの生産量に達したが、現在では再びさとうきびに王座を明け渡している。日本では1870年に栽培が始められ、一時期は九州などでも作られたが、今はもっぱら北海道が産地である。広い畑で栽培するので生産量も多く、日本で作る砂糖のおよそ三分の二が、北海道産のてん菜糖である。
さとうきびは栄養繁殖(本来的には種子繁殖植物、種子による次世代の確保、増殖、分布の拡大が可能)であり、次世代の種苗には茎そのものが用いられる。茎の内部・柔組織を構成する細胞の液胞に砂糖を貯める。イネ科の植物で熱帯や亜熱帯地域に多く、ススキを太く長くした姿をしているが、トウモロコシや前述のソルガムにも良く似ている。日本では鹿児島県や沖縄県の島ならどこでも見られる。九州、四国、中国地方や静岡県等でも所々で栽培されている。
おわりに
砂糖の歴史は、植物と人間との関わりの歴史であり、人々の植物に対する知識の蓄積と関わり方の変遷の歴史である。そんなわけで今回は砂糖作りについて植物を主人公としてて記述した。次回はこの物語の主人公中の主人公、「南の島の緑の宝」さとうきびについて、作物としての成り立ち、世界各地の栽培実態、個体の生長と砂糖蓄積の機序、品種特性等について紹介する予定である。