「甘み・砂糖・さとうきび」(7) |
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独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
研究管理監 杉本明 |
世界各地のさとうきび圃場 〜足で考えたこと〜
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はじめに
前号では、さとうきびの、発祥の地から、インドを経て欧州・新大陸・オーストラリアに至る伝播の旅を概観した。文を繋ぎながら、世界の熱帯・亜熱帯を辿るその長い旅が、時間的にも、意味的にも長く激しい旅であることを実感した。その旅が落ち着いて間もない今、さとうきびは、再び旅立とうとしている。今度は用途の旅、自らの位置付けを探す旅である。高価で貴重な薬、日常生活に欠かせない甘味、世界商品としての「砂糖」の原料から、地球環境保全の一役を担うための、「バイオエネルギー」・「バイオプラステイック」・「木質系資源」、即ち、人と地球のための「薬」、「食とエネルギー」の原料へと向かう新たな旅である。
今号は、その旅に向かう前の一休みとして、世界の主要地域におけるさとうきび圃場を紹介する。長短様々な背丈、葉の幅や緑の濃さの違い、銀の穂並みの有無。熱帯雨林の多収地域、南北回帰線近く雨季・乾季のある地域、小雨地域、大規模機械化栽培地域、高糖多収栽培を誇る高標高地域、赤道直下の周年収穫多収栽培地域等を歩いてみる。日本は、北の果てにある新興のさとうきび生産地であり、技術は海外から導入されたものが多い。遅い参入者にとって、先進地や類似の地を真似ることも重要である。そんなことを考えつつ、これまでに訪ねたさとうきび圃場を思い出してみた。少し古いが、足で考え直感で整理した世界各地のさとうきび生産情報を紹介する。
インドネシア
ジャワ島はお米の島、2月号の写真は、スラバヤ、水田のさとうきびである。長く伸びた茎、太さも十分、バイオマス資源としての多収性を余すことなく示している。熱帯の高温条件の場合、水があれば多収になる。さとうきびの典型的な姿である。日本では幾分違和感があるが、「田にはさとうきびがよく似合う」のである。そのインドネシアで生まれたのがかつての世界的大物品種、驚異のさとうきびと言われた「POJ2878」、そしてその兄弟品種「POJ2725」である。その後の普及品種「NCo310」導入までの日本の主役である。茎が太く長いため、太茎種と呼ばれた。糖度も高く夏植での多収を誇ったが、収穫後の株再生は悪く、株出し栽培には向かなかった。
「POJ」品種の故郷は、温度、水に恵まれる好適環境である。しかし、増加する人口を減り続ける農地で賄う必要のある現在、インドネシアでも、肥沃な圃場でさとうきびを作ることは難しくなりつつある。生産地も、ジャワ島の周辺、他の島、水条件も肥沃度も低い地域に移っている。品種の呼び名も「Ps」に代わり、茎はより細く、茎の数は多くなったと聞く。さとうきび生産量は2,675万トンで世界第10位、収穫面積は345千ヘクタールで第12位、ヘクタール当たり収量は78トンで多収である。
フィリピン
かつての砂糖大国フィリピン。マルコス政権の崩壊以降大きく落ち込んだ生産は今復活している。さとうきび生産量は3,250万トンで世界第9位、収穫面積は395千ヘクタールで第10位である。ヘクタール当たり収量は計算上は82トンと多い。地域による差異が大きく、砂糖の島「シュガーランド」のネグロス島は、水と温度に恵まれて生育も良い。収量も糖度も同国では高い。(写真1)。一方、ピナツボ噴火による降灰の影響の強いルソン島パンパンガ州では、痩せ地に栽培技術未整備の影響が加わり、収量は極めて少ない。地下水位が比較的高く気温も高いため、収穫後の萌芽は旺盛であるが、刈り取り位置が高すぎるために多くの腋芽が地表付近から発生し、培土が実施されず養水分の吸収に必要な根圏の土壌容量が確保されず、茎の生長が少ないからである。JICAの支援を受けた味の素株式会社の栽培改善試験によってそのことが証されている。その対策は根圏の土壌容量確保であり、施肥改善、刈り払い位置の改善、中耕・培土の実施、灌水等が有効であるが、低投入を前提とすればその第一は品種改良による根系特性の改良である。写真2はピナツボ山火砕流堆積地の圃場である。Sugar Regulatory Administration(SRA)管轄下のさとうきび研究所が国内各地に置かれ、品種改良を始めとする技術開発を実施している。
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写真1 ネグロス島の
収穫後の運搬風景
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写真2 ルソン島ピナツボ山火砕流堆積地帯 |
タイ
タイはさとうきび生産量(6,497万トン)も収穫面積(1,121千ヘクタール)も世界第4位のさとうきび大国である。ヘクタール当たり収量は58トンと少ないが、新植の圃場は何処も生育が良く多収に見える。主要な生産地は中央平原地域と、コンケン、ウドンタニ等の東北地域である。かつての主産地である中央平原地域は、東北地域に比べて水事情がよいために生育は良いが、永年月の灌水の影響から塩類集積に悩む圃場も少なくない。東北地域は新興のさとうきび生産地域である。小雨地域で明瞭な乾季があるために糖度・製糖歩留まりが高く、中央平原地域からの工場移転が続いて栽培面積の拡大が続いている。しかし、1,000mm内外の少雨条件下の痩せた砂地、白葉病・黒穂病の多発等のために株出し収量が少ない等、栽培上に問題がある。砂質土壌で、地表から20〜30cm程度の所には硬(耕)盤層が発達している。その下層には水分の多い土壌が分布しているが根系の強い作物以外は根が水分に届かないため、乾季に生育を続けることのできる作物は少ない。農作業の多くは人力であるが、経済発展の中で、日本と同様労働力の確保が問題であり、技術者達は小型のハーベスタに興味を示す。そのような状況下で、糖度が低く製糖工場の評判は良くないが、株出し能力が比較的高く太茎で直立、多収性を備えるウトン1号(農業局育成の第1号品種)が多く栽培される。広大な土地を疲弊させずに経済行為を成り立たせること、持続的な営為のための生産・利用技術の開発等々、研究者の登場の余地が大きい地である。写真3、4は東北地域ウドンタニ近くの植付け前の圃場、原料茎の積み込み風景である。
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写真3 ウドンタニ近く
植付け直前の圃場
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写真4 同 原料茎の
積み込み風景 |
パキスタン
1991年だったと記憶している。12月、塩類集積圃場に適応しうるさとうきびの育成に向けた技術移転のためパキスタンのシンド州を訪ねた。パキスタンはさとうきび生産量(5,342万トン)、収穫面積(1,075千ヘクタール)でタイに次ぐ第5位、やはりさとうきび大国であるが、ヘクタール当たり収量は約50トンと少収である。シンド州はインダス川からの灌水によって農業が成立している。カラチから、研究所のあるタンド・ジャムまでの道中には石れきの乾燥地が続き、道に沿って灌水用の水路が敷かれている。写真5はタンド・ジャムに置かれた原子力利用農業研究所の試験圃場であるが、圃場地表面に白く見える塩が集積している。さとうきびの背は低く、茎の太さはごく普通である。塩類集積等の不良土壌におけるさとうきびの生育改善が先述した研究所の重要テーマである。勿論統計数値(収穫面積、生産量共に世界第5位)から見ればこの国の圃場には高い生産力を示す圃場も多いはずであるが、不良土壌条件下での栽培改善は優れて今日的課題であると深く心に刻み込んだ。
南アフリカ共和国
南アフリカ共和国はさとうきび生産量で世界第14位(1,909万トン)、収穫面積では第13位(322千ヘクタール)である。ヘクタール当たり収量は59トンで多くはない。製糖企業の所有するプランテ−ションでの生産が中心であり、日本のような自立農家が原料生産の主人公である場合とは趣が異なる。かつての世界的大物品種NCo310、NCo376を生んだのはこの国の砂糖研究所である。NCo310の特性はPOJ2725等と比べると際立つ。茎は細いが分げつが多く、株再生力が優れる株出し多収品種で、インドネシアが向かおうとしている方向を先取りしている。しかし、南アフリカ共和国の主産地周辺は気象環境が厳しく、砂糖含率の高い品種を安定的に生産するには多量の人的・物的資材の投入が必要である。写真6はダーバン周辺の風景であるが、まるでゴルフ場の芝のように密生した緑地・傾斜地が広がっている。緑の絨毯!!日本のさとうきび圃場とは隔たりが大きい。「少雨条件でこれだけ綺麗な立毛を成立させるとはさすが世界のさとうきび大国」と、一瞬思った。しかし、よく見ると、茎が短い。写真7には収穫作業中の人が映っているが、その背丈とさほど差がない。畦幅は狭そうで、茎は密生している。欠株も目立たない。短く軽い茎を数で補って収量を確保しており、少雨等の厳しい環境条件下の農法として自然環境の観点からは理に叶った方法である。さすがにNCo310の国である。しかし、このことは何を意味するのか。広大な傾斜地に狭い畦幅で株を密生させれば、大型の機械(プランターやハーベスタ)は導入できないはずである。製糖企業の職員や研究者らも、作業の主役は大型機械ではなく人力であるという。膨大な量の労働力が投入されていることを思わせる。
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写真6 南アフリカ共和国ダーバン周辺のさとうきび圃場 |
写真7 その近く収穫中の圃場 |
ブラジル
ブラジルは世界一のさとうきび大国、さとうきび生産量は41,626万トン、収穫面積は5,630千ヘクタールである。写真8、9はサンパウロ州の圃場、種苗用の茎の収穫風景と植え付け直後の圃場風景である。広大な土地に薄緑色の立毛が広がる。さとうきびの技術開発に携わる者にとっては憧れの光景である。テキサス、フロリダ、クイーンスランドなども広いが、平坦地でありこれほどの眺望は得にくい。サンパウロ州は高台の緩傾斜地であり、遙かな眺望がどこでも得られる。写真9は、土砂流出への配慮だと思われるが、等高線に沿って緩い曲線を描くように畦が作られていることを示す。適度な降雨、晴れた午と低温の夜、台風はまずない。気象環境に恵まれ、さとうきびは伸びやかである。品種改良も進んでおり、圃場のさとうきびは、茎がやや太く伸びも良く、葉は適度に枯れ上がっている場合が多い。倒伏は少ないが、耐倒伏性強化の成果というよりは、適度な降雨・温度・乾燥の均衡によるもの、すなわち自然の恵みと思われる。土は乾くととても軽い。収穫後はそのまま放置されるが、日を追って株が再生する。株が再生した後に肥料を入れ、中耕・培土を行う。日本のように、株出し処理というような煩わしい作業はない。それでもヘクタール当たり収量は74トンで日本より高い。ブラジルは、さとうきびを用いたエタノール生産の老舗であり、その歴史は既に長い。さとうきび、砂糖・エタノールの大生産国として世界の砂糖市況に大きな影響力を持つ国である。
コロンビア
コロンビアカウカ渓谷は、アンデス山脈を背景に持つ赤道直下にあり、周年収穫を実現している地域である。赤道直下であり、気象は周年にわたり安定している。いつ植えていつ収穫するのだろうか。栽培技術、栽培を支援するシステム等の水準は高く、植付けや収穫の便宜向上には人為的な操作が進んでいる。アンデスの山々が背景であり、良質の水が豊富であるため、畦間灌水が盛んである。そのため、植付けは常に、すなわち、周年植付けが可能である。非出穂性の品種を用い、成熟促進剤を散布して計画的に登熟を誘導している。企業が共同して出資する研究所があり、先進的な研究、育種〜栽培、利用に至る技術を開発している。さとうきび生産量は4,002万トンで世界第7位、収穫面積は432千ヘクタール世界第9位、ヘクタール当たり収量は恵まれた環境を背景に93トンと極めて高い。一大生産地が形成されているため、工場も多く、糖みつやバガスを一箇所に集積することが比較的容易なため、糖みつやバガスの利用が盛んである。
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写真10 コロンビアバガスからの製紙工場 |
写真11 コロンビア生育中のさとうきび |
アメリカ合衆国本土
アメリカ合衆国は、ハワイでの生産縮小が目立つが、メキシコとの国境に近いテキサス州リオグランデ渓谷、ルイジアナ州南部、フロリダ州中部の生産が活況である。ルイジアナやフロリダでは霜の降りることも稀ではない。テキサスでは緑の中を走り回るハーベスタとトラックが、ルイジアナでは霜枯れたさとうきび、フロリダでは綺麗に揃った淡肌色の穂の印象が強い。機械化が進み、大型のハーベスタ、或いは、ローダ(火入れの後に圃場作業員が人力で刈り取って並べ、それを大型の集材機で集める)が活躍していた。世界での地位はさとうきび生産量が2,632万トンで第11位、収穫面積は同じ第11位で380千ヘクタール、ヘクタール当たり収量は69トンで多収とは言い難い。アメリカ合衆国では、フロリダ州カナールポイントの頭文字CPの付いた品種が普及している。この地で育成されたCP57-614は日本最大の普及品種NiF8の父親である。
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写真12 収穫直前の穂の出揃った圃場(CP品種) |
写真13 火入れ後のハーベスタ収穫 |
オーストラリア
オーストラリアはさとうきびの歴史の旅、その最終の到達地である。1817年にさとうきび栽培が始まり、製糖業の開始は1863年と記録される。前号にタリー周辺のさとうきび圃場の写真を載せた。圃場は広く、平坦である。東部海岸から少し離れたところに連なる山地に海風が当たり雲ができる。その雲が作る雨によって育まれる農産物がさとうきびである。内陸の広大な乾燥地と比べると、北部海岸沿いに広がる亜熱帯のさとうきび圃場はそれ自体が緑の宝であろう。ケアンズから、ブンダバーグ、ブリスベーン、シドニーまでさとうきび地帯が続く。シドニーは高緯度で霜も降りる。そのような気象条件のためだろうか、オーストラリアでは低温条件下での生育に関する研究も進んでいる。
この国は、大規模機械化栽培のトップランナーでもある。枯葉等の未利用部分を用いたマルチ(トラッシュマルチ、トラッシュブランケットともいわれる)、不(減)耕起栽培等の環境保全型栽培技術開発にも熱心である。技術開発と普及の連携が濃密であり、実用性の高い普及活動を展開している。その一方で、分子生物学的手法を積極的に取り入れた育種の展開も活発である。ちなみに生産面での地位は、さとうきび生産量が3,699万トンで世界第8位、収穫面積が448千ヘクタールで同じく世界8位、ヘクタール当たり収量は82.5トンと高く、大規模機械化栽培と多収とを両立させている。
おわりに
かつて訪れる機会があり、印象の深かった国のさとうきび圃場を、肉体的な記憶のみで紹介した。日本は、どの国のどんな圃場に似ているのだろうか。種子島は霜の降りる高緯度と比較的肥沃な火山灰土壌が特徴である。奄美大島や沖縄本島は糖度上昇に有利な、適度に低温の冬を持つ。石垣島、宮古島、南・北大東島等の夏は、干ばつ・台風の発生が多い。収穫期はどの島も冬で、株の再生には温度が低すぎる。どの島の圃場も狭く、海に向う傾斜を持つ。奄美以南の地域は島を環礁が取り囲み美しい礁糊が包んでいる。このことは、南西諸島の島々、日本のさとうきび生産地域は土砂流出に感受性の高い環境であり、圃場からの土砂流出が直接地域の現在と将来に負の影響を与えることを意味する。土地は狭く地代が高く、労力は少なく労賃は高い。はて、どの国に似ているのだろうか。どうやら、どこにも似ていないようである。足で感じた遠い圃場を想い出しながらそう考えた。次回は日本の生産地を紹介したい。