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最終更新日:2010年3月6日
[2008年2月] |
風とソテツとさとうきび 〜第一話 連続台風〜 |
鹿児島県農業開発総合センター農業大学校 非常勤教授 安庭 誠 |
今回から執筆することになりました。よろしくお願いします。私とさとうきびの付き合いは、鹿児島県農業試験場の研究員として、種子島で5年間、徳之島で5年間の計10年間であります。島に住んでさとうきびの試験研究に携わると、多くの人からさとうきびの話が聞けます。さとうきびと島の人々の生活のかかわりの深さに驚きますし、苛酷な島の気象に対応した農家の知恵を見聞すると感動さえ憶えます。このような話を記録に残すことは、南西諸島におけるさとうきびの大切さを少し理解をいただけるのでは。また、さとうきびに取組む関係者の励みになるのではなかろうか。このような思いから、南西諸島におけるさとうきびをまとめてみました。
最初は、南西諸島では避けることのできない気象被害である台風を取り上げました。表題の風は台風、ソテツは防風樹をさしています。奄美地域におけるさとうきびの台風被害と対策について、第一話「連続台風」、第二話「潮風害」、第三話「最強の防風樹ソテツ」、第四話「ソテツに学ぶ明日の防風対策」として紹介します。なお、勝手ではありますが、ここからはさとうきびを愛称であるキビと表現させていただきます。
1.南西諸島における台風の特徴
南西諸島における台風の特徴としては、①台風進路にあたるため上陸もしくは接近する台風の頻度が高いこと、②来襲する台風は発達中であるため、勢力が強く強風が吹くこと、③海に囲まれているため、しばしば潮風害を伴うこと、④海岸線の一部には、その地形が関与して想像を絶する疾風が吹く地域があることが挙げられる。
潮風害と疾風は次回以降に記載することにし、ここではキビに特に被害を与える台風について紹介する。
2.台風後はキビ畑に入るな
徳之島では「台風後はキビ畑に入るな」との言葉があることを聞いた。この意味は倒伏したキビ畑に入ると、キビの茎を折ってしまうことを戒める言葉である。私も台風後1週間ぐらい経った頃、キビ畑に入ろうとしたことがある。ところが、キビは少し身体に触れただけで簡単に折れ、とてもキビ畑に入れるものではなかった。このようにキビが折れやすくなる理由は、下記のとおりである。
ある程度成長したキビは、台風の強風を受けると倒伏する。折重なって倒伏し押さえつけられたキビの茎は、光が届かないためそのままでは生きられない。そこで、梢頭部(キビの頂部)は、数日後には光を求めて上向きに急速に伸長し、一斉に起きあがる。この時、キビの茎は曲がった状態になる。寝ていた人が起き上がる時に、人の体は曲がった状態になるのと同じである。一般に、植物の未発達で弱い組織は何らかの器官に保護されている。キビの場合、葉鞘と呼ぶ器官が、柔らかく折れやすい未発達の茎を幾重にも包んで保護している。ところが倒れて起きあがったキビの茎は、曲がった部分が葉鞘から外れるため、葉鞘の保護を受けることができない。従って、キビの茎は極めて折れやすくなるのである。さらに、急速な茎の伸長は、茎の下方の節間と上方の節間に大きな硬度の差異を生み、折れやすくなることも指摘されている。
いずれにしても、このような折れやすい状態のキビに、台風による風の圧力が加わったら大被害が発生するに違いない。このような考えで、このタイプの台風被害を解析してみた。
3.これから述べる連続台風の条件
このタイプの台風については調査した報告がないため、用語も定義も決まっていない。従って、被害について述べる前に、呼び名と条件を設定する必要がある。
まず、呼び名であるが、短期間に複数の台風の被害を受けることから、ここでは「連続台風」と呼ぶことにする。次に、この連続台風の条件を下記のように設定した。
①この台風被害の発生条件は、1回目の台風で倒伏することに起因する。概ね、8月中下旬までには倒伏する程度に茎が伸長するので、最初の台風時期は8月10日以降とした。
②次の条件は、曲がった茎が硬化し、折れ難くなる時期までに再度台風が来襲することである。この1回目の台風と2回目台風の期間は、茎の硬化は徐々に進むため、一概にはいえない。しかし、倒伏したキビは一ヶ月以上経過すると、少々乱暴に取り扱っても折れなくなる。従って、1回目の台風と2回目台風の期間を30日以内とした。
③最後に風の強さであるが、台風では馴染みの深い瞬間最大風速で表した。測定値は気象庁の発表とし、名瀬測候所と沖永良部測候所の測定値から、風速の強い方を用いた。キビが広域に倒れたり、折れることを想定すると、少々強めの瞬間最大風速35m/秒以上のものを対象とした。
4.連続台風の被害
上記の条件を満たす連続台風について、昭和40年から平成16年までの40年間の記録を表に示した。この結果から、次のことが解る。①連続台風はこの40年間に4回来襲しているから、奄美地域における発生頻度は10年間に1回である、②連続台風年におけるキビの収量は、昭和54年度以外は40年間のワースト5以内であるから、被害は極めて大きい、③収量への被害が軽かった昭和54年度は、品質がワースト1であるから、被害額からすると減収程度が著しい他の3回の連続台風に劣らない。
以上のように、過去4回の連続台風は、いずれもキビに最大級の被害を与えていることになる。
もちろん、一回の台風でもキビに被害は発生する。奄美地方を襲った最も風の強かった台風は、昭和52年9月9日に来襲した台風9号であろう。この台風は「沖永良部台風」と呼ばれ、強風で約二千戸の家屋が倒壊するなど島民に最大の被害を与えたことで知られる。しかし、この年、キビが不作であったわけではない。収量・品質ともに40年の平均値を越えているのである。このように、基本的にキビは台風に強い作物である。しかし、キビは茎が曲がった茎が硬化するまでの期間、折れやすい弱点を抱えてしまう。連続台風はこのキビの弱点をついて、茎を折ってしまうのである。
倒伏後上方に伸びたキビ |
折れたキビからの側芽 |
収穫期の側芽 |
5.連続台風の発生時期と被害
前述のとおり、連続台風はキビに最大の被害を与えるが、必ずしも収量と品質が一律に低下している訳ではない。連続台風は昭和54年のように収量への影響が小さく、品質低下が著しい場合もある。この原因は連続台風の発生時期による。折れたキビの茎は、それ以上伸びることができないが、死滅するわけではない。代わりに茎の節にある芽から側枝を伸ばし、新たな葉で光合成を行い、生き伸びる強さを備えている。側枝は収量になることはないが、原料の糖分を上げることはできる。従って早い時期に折れると茎が短いため収量は低下するが、側枝により糖度は上昇する。反対に、遅い時期に茎が折れると、茎はある程度伸びているから収量への影響は軽いが、気温が低いため、側枝の成長が遅く糖度の上昇は不十分である。
このような理由で、8月における茎の折損は収量に影響が大きく、9月以降の折損は品質に影響するのである。
これを裏付ける事例として、キビの北限地で気温の低い種子島における品質のワースト1及び2は、連続台風によるものである。気温の低い種子島では側枝の発生は極めて緩慢であるため、糖度は上昇することなく収穫を迎えたのである。
表 奄美地域における連続台風とキビの収量品質との関係 |
注)1.資料はさとうきび及び甘しゃ糖生産実績(鹿児島県農政部農産課)による。 2.品質は工場歩留りである。 3.40年間の平均値は、収量6,220kg/10a、品質12.44%である。 4.備考欄は昭和40年から平成16年間(40年間)での順位である。 |
6.連続台風の被害を防ぐには
キビの弱点を狙って襲う連続台風に、対策はあるのだろうか。私は、これはキビの宿命と思っていた。しかし、平成14年の連続台風の時、ある農家から、今年はキビの管理による差が大きいとの話を聞いた。よく見ると、培土を十分やって倒伏を防いだキビは、折れた茎の数が少ないのである。被害を軽減する効果は確かにあった。また、品種の効果もあり、倒伏し難い品種はやはり2回目の台風でも折れ難いのである。いずれにしても、1回目の台風による倒伏を防ぐことが、何よりの対策である。
7.おわりに
これまで過去40年間に来襲した連続台風について、その被害の大きさについて紹介した。連続台風の発生頻度を10年に1回と述べたが、これはあくまで過去40年間の話である。最近5年間に限ると、平成14年と平成16年に2回も発生している。これは決して低い発生頻度ではない。近年の温暖化に伴う台風被害は、増加するとの見方もあり、予断は許されない。連続台風に対応する技術開発も念頭にいれる時期にあるのではなかろうか。
最後に、この40年間で最大の被害を与えた気象被害は、連続台風ではない。連続台風はワースト2から5で、ワースト1は干ばつと潮風が複合した被害である。次回は台風に伴うこの潮風害を紹介し、併せて、台風や潮風の被害を受けたキビの類い稀なる再生力について述べることにします。