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お砂糖豆知識[2008年3月]

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最終更新日:2010年3月6日

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お砂糖豆知識

[2008年3月]


風とソテツとさとうきび〜第二話潮風害〜


鹿児島県農業開発総合センター農業大学校 非常勤教授 安庭 誠

 南西諸島のキビに大きな被害を与える台風は、連続台風だけではない。島々は周囲を珊瑚礁に囲まれていることもあって、降雨が少ない台風は必ず潮風を伴う。この潮風もまたキビに大きな被害を与える。昭和40年以降、奄美地域におけるキビの最低収量年は昭和56年で、この年には120日間の干ばつに加えて、潮風害が9月30日と10月21日に2回も発生している。この被害を受けたキビの収量は4,765kg/10a(ワースト1)、工場歩留りは11.79%(ワースト3)となり、キビにとって最大の気象被害を受けた年となっている。
 今回はまず、この地域特有の気象被害である潮風害を述べる。次に、連続台風や潮風害の被害を受けたキビは、その類希なる再生力によって被害から回復し、南西諸島に欠せない作物になっていることを述べることにする。

1.「稲の種籾は山手の水田から」
 キビの潮風害を述べる前に、稲の潮風害に触れておきたい。奄美地域における昭和40年の水稲栽培面積は4,284haで、現在の17haに比べると想像もできないほど広く栽培されていた。稲作は古くから二期作が行われ、収穫した籾を種子として播種する「取り播き」と呼ばれる方法が基本であった。「取り播き」の理由は、高温多湿の条件下では、水稲種子の発芽勢を長期間維持することができなかったためである。中でも、稲作の盛んであった徳之島には、「稲の種籾は海岸部の水田でなく、山手にある水田の種籾を使いなさい」と言う言葉がある。出穂した稲は潮風害に極めて弱く、一夜で全滅することもある。言葉の意味は、海岸部の稲作は潮風害を受けるため、稲の種籾を失い稲作ができなくなることへの警告であろう。このように、南西諸島の潮風害は、昔から恐れられていた。

2.潮風害とは
 潮風害とは、海水の飛沫が強風によって飛散し、付着した塩類によって作物に悪影響を与える被害である。キビでは葉身や葉鞘が枯れるため、光合成ができず、生育は停滞する。また、新たな葉身を作るため、体内の糖分を消費することから、品質も低下する。このように、潮風害が発生するとキビの収量及び品質は確実に低下する。
 日本国内では稲や果樹類の被害が多く報告され、沿岸部での発生は珍しくない。しかし、南西諸島の潮風害は、発生頻度が高く、規模も想像を絶する大きなものである。潮風害は台風と季節風に起因するが、台風の方が広範囲に発生し、被害も著しく大きい。従って、ここでは台風に伴う潮風害に絞って述べることにする。

3.潮風害の発生頻度と規模
 まず、発生頻度であるが、鹿児島県農業開発総合センター徳之島支場の試験成績書によると、台風に伴う潮風害は、平成9年以降10年間で3回発生している。徳之島支場は海岸から1kmほど離れた標高40〜60mの高台に位置する。このような場所でも、潮風害は高い頻度で発生する。また、風の通り道にあたる海岸近くの地域は、毎年のように潮風害が発生する常襲地域もある。龍郷町の西海岸線にも潮風が吹く常襲地域がある。この地域のガジュマルの多くは、写真のようにL字を逆さまにした姿をしている。本来、T字型に成長するガジュマルがこのように変形した理由は、海岸線の枝が繰り返される潮風のため、枯れて伸びることができなかったためである。このように、降雨量の少ない台風は、風が吹きつける海岸の畑では必ず潮風害を伴うと考えてよい。
 次に、規模についてであるが、私は「規模は想像を絶する」と前述した。確かに表現することは難しい。そこで、少しでも潮風害の理解をいただくため、私が平成9年8月17日に体験した潮風害について話を進める。
 この潮風害は長寿の島である徳之島でも、誰も経験したことがないほど大きな規模であった。この時、私は島の南端に位置する伊仙町の海岸を一望できる標高40m程の高台に住んでいたので、自宅の窓からこの潮風害を詳細に観察することができた。その時の様子は次のとおりである。
 まず、台風による高波は島の東側海岸線に連なる珊瑚礁や海岸の岩に砕け、濃霧のような状態で西の山岳方向へ流れていた。最初は霧雨かと思ったが、雨は降っていなかった。これが潮風害の源である海水の飛塩であったのである。多分、私の住んでいた住宅も遠くからは、濃霧の中にあるように見えたに違いない。
 台風が経過した数日後、島全体が枯れて茶褐色になった。潮風害に強いとされる松やソテツの葉も一部が枯れた。もちろん、海岸線のキビは緑色が全く消滅した。東から飛散した塩分は西海岸まで達していた。なぜなら、西海岸のモクマオウは東側が枯れて、海岸に面した西側は緑を保っていたからである。徳之島は南西諸島の中では比較的標高の高い山が多い。この時、東海岸で発生した潮風は、これらの山並みを乗り越えて、西海岸まで被害を及ぼしたことになる。このような大きな潮風害は極めて稀な例であるが、奄美地域における潮風害の激しさをイメージしていただけたらと思う。

陸側に伸びたガジュマル(龍郷町)
キビの潮風害

注: 1.品種はNiF8、栽培型は春植である。
2.仮茎長とは、地表面から梢頭部までの長さで、茎の長さを表す。
3.()内は対前年比である。
4.潮風害を伴う台風は8月17日に来襲した。

4.キビの潮風害
 潮風害を受けたキビは、葉身、葉鞘ともに枯れる(写真)ため、死滅したのではと心配になる。しかし、強靱な葉鞘に幾重にも包み込まれたキビの成長部分は、しっかりと守られ、死滅することはない。葉身の回復の状況は、次のとおりである。
 1週間程度経過すると、キビの頂部から針状の葉身が出てくる。この葉身は展開しても葉面積が非常に小さく頼りないが、この葉の同化産物(糖分)を得て、次に出る葉身は最初の葉身よりやや大きくなり、次の葉はさらに大きくなる。このようにして、葉身は徐々に大きくなると共に、葉数を増やし回復に向かう。
 葉身がすべて枯れた、平成9年におけるキビの被害は、表に示したとおりである。このことから、次のことが解る。(1)このような大きな潮風害を受けると、青葉が回復するのに約2ヶ月を要する。(2)潮風でキビの葉が枯れ、光合成量が不足するため、茎の伸長が抑えられ収量は低下する。(3)光合成の不足に加え、枯れた葉に代わる新たな葉の形成にキビ体内の同化産物(糖分)を消費するため、品質は低下する。

5.キビの再生力
 このように大きな被害を受けても、キビの収量は、10a当たり5t近くを得ている。確かに、これは平均値であるから、被害が大きかった地域の減収分は、被害が小さかった地域が相殺した面もある。しかし、これほどの被害を受けても収穫できなかったキビの話は聞かない。この被害を他の作物が受けたらどうだろうか。稲の潮風害は収穫皆無もあるし、果樹類はその年だけでなく翌年まで減収する。キビと同様に茎の長い、とうもろこしの被害は悲惨である。やはり、キビは台風の被害を軽減できる能力を備えているのである。私はその能力を、下記のように考えている。
 葉の光合成で成長する植物は、葉を失うと枯死する。そこで、生き延びるため新たな葉を作る必要がある。キビはこの新たな葉を作る能力(以下、再生力とする)が極めて高い。第一話で述べたように、台風で倒れたキビは、光を求めて起き上がり、連続台風で折れて葉を失ったキビは、側芽から新葉を作り出した。また、潮風害で枯れたキビは、新葉になる部分を強靱な葉鞘で守り、その後の新葉の成長につなげた。この再生力のエネルギーは、キビ体内に蓄えた同化産物(糖分)である。キビはこの高い再生能力を保持することによって、大きな台風でも被害を軽減できるのである。キビは倒れても、折れても、枯れてでも懸命に砂糖を作ろうとする「ど根性作物」と言える。
 これほどの高い再生力を備えた作物は、キビ以外に見あたらない。そして、キビは島の全域で栽培できる貴重な作物となっている。「キビは南西諸島に欠かせない」と言われるゆえんはこの再生力にある。

6.潮風害の対策
 潮風害の被害を軽減するには、下記の方法がある。

1) かん水によって、キビに付着した塩分をできるだけ早く洗い落とす。この方法は現在進められている畑地灌漑施設によって、実施可能な面積は増加するだろう。
2) 近年、潮風害に対して品種間差異があることが認められている。これも今後注目する必要がある。
3) 徳之島の潮風害常襲地である犬田部岬の周辺では、古くから夏植を栽培している。キビは植付け時期によって、3月頃植える春植と前年の9月を中心に植える夏植に分かれる。このため、夏植の生育する期間は、春植よりは6ヶ月程度長いことになる。潮風害で停滞する生育量の不足を、生育期間の延長で補う方法である。
2年に1回収穫する夏植は、1年に1回収穫する春植に比べて、キビ生産にとって効率の悪い栽培型とされる。それでも潮風害の常襲地では、生育量を確保するため夏植を選択せざるを得なかったのであろう。
4) 畑を風から守る防風樹は、潮風害を防ぐのにも効果が高い。防風樹については、次回から述べることにする。

7.終わりに
 奄美地域におけるキビの台風被害について、最も大きな被害を与える連続台風と潮風害について紹介した。台風さえなければ、奄美地域のキビは多収を得られると考えるのは、早計である。昭和40年以降、奄美地域におけるキビ収量のベスト1は平成元年、ベスト2は昭和60年で、ともに10a当たり収量は7t以上あり、品質も良かった年である。ところが、平成元年には4回、昭和60年には3回の台風が接近しているのでる。これは台風の被害が軽かったことと、台風のもたらす降雨によって、干ばつ被害を受けなかった結果である。まさに、南西諸島における台風は両刃の剣である。
 次回は、台風被害を防いだソテツの防風樹について紹介する。